経済分析第11号
企業の成長と資本の調達-化学工業を中心として- 他

  • <分析1>企業の成長と資本の調達-化学工業を中心として-
  • <分析2>最近における工業労働者の労働異動と賃金格差-藤林仮説の統計的検証-
1963年6月
<分析1>
榎本 善昭
<分析2>
西川 俊作

<分析1> 企業の成長と資本の調達-化学工業を中心として-

(はしがき)

戦後のわが国経済が世界にも類をみない高度の成長を遂げたことは,すでに多くの論者によって指摘されるとともにいくたの分析が加えられている。しかし,この高度成長の担い手である企業のベースまで立ち入ってみるならば,急速な成長を遂げた企業,停滞的な企業,業界から脱落した企業などがみられ,決して一律に高度の成長を示したわけではない。

しかるに,これらの個別企業の成長に関しては,従来,マクロの経済成長に対して払われた関心に比べるならば,極めて僅かな注意しか向けられなかったといえるのではなかろうか。皮肉にも,景気後退を迎えた昨今,ようやく企業の成長が研究対象として採り上げられてきたように見受けられるが,まだ充分な成果が得られているとは言い難い。

そこで,当研究所資本蓄積ユニットと労働ユニットとは37年度研究プロジェクトとして「成長要因と企業者行動」をテーマに選び,共同研究をすゝめてきた。急速な経済成長下にあって,ある企業はどうような企業行動をとり,あるいは他の企業はどのような企業者行動しかとり得なかったか。そしてこのような企業行動はその後の成長率較差にどのように結びついているか。このような側面に主としてスポットライトをあてて共同研究はすゝめられた。

この共同研究の一環として筆者は製品構成と企業の成長との関係を採り上げ,さらに具体的にはつぎのごとき問題意識のもとで企業の成長に関する考察を行ってきた。

(1) 企業の成長(注)を規定する要因は種々数えられるであろう。すなわち,景気の上昇下降という一般的経済環境,各企業の製品構成と各製品の需要の消長,コスト面における競争力,販売面の競争力(販売網,広告,その他)などが挙げられよう。なかんずく,製品が多岐にわたり,製品構成の面から企業の業態が多様な産業においては,その製品構成によって企業の成長がかなり大きく規定されるのではなかろうか。そこで,初期における製品構成の差がその後の成長率決定にどの程度関与しているかをまず分析する必要がある。

(2) 製品構成は需要面から企業の売上高を規定するとしても,これを実現するための設備資金はどのようにして調達したのであろうか。成長製品メーカーは同時に高い内部資本を確保していたのか,あるいは外部資本調達力が高かったのか。すなわち製品の成長性とその製品を生産する企業の資本調達方法と資本調達力を分析することが必要であろう。

(3) 停滞製品を切り落し,成長製品をとり入れることは成長率を高める手段であるが,この製品転換は現実にどの程度進められてきたか。もし,製品転換が充分行なわれていないとすれば,この転換に対して何らかの抑制要因があるのではないであろうか,このような製品転換の行われるための条件とその抑制要因もまた必要な分析対象である。

第1の主題,すなわち製品構成と売上高成長率との関係を眺めてみると,両者の間には極めて密接な結びつきが観察されるのである。すなわち,観察期間の初期における各企業の製品構成によってその後の成長率が決定される度合は著しく高い。需要の伸びの速い製品を生産する企業は成長が速く停滞製品を抱えている企業の成長は遅い。(ここ点に関する分析結果は簡単に第II章にまとめておいた。)

このように企業の生産する製品の需要の動きによって,企業の売上高成長率が左右されるという事実は一見当然のことのように考えられる。しかし,企業の成長は製品需要によってのみ決定されるのではなく,製品需要に見合った供給力をもつことができるかいないかによって決定されるはずである。供給力を分析する場合どこに視点を置くかによって,種々の分析方法が考えられようが,特に,戦後の金融市場が極く短期間を除いては常に隔迫状態にあり,極言すれば,資本調達のいかんによって企業の成長は決定的に左右されたとさえ考えられることに鑑み,資本調達の側面から供給力の分析を行うことが不可欠になる。このようにして,第1の主題に続いて直ちに第2の主題すなわち製品需要の変動に合せて企業はいかなる資本調達をとり,あるいはとらざるを得なかったかという問題が派生してくる。

以上の観点から,本稿はこの第2の問題すなわち企業の成長と資本調達との関係を各企業の製品構成とからみ合せて考察を行ったものである。

この資本調達の問題に引き続いて,当然第3の主題,すなわち製品構成が企業の成長にとって重要な要因であるとすれば,企業は積極的に製品の転換を進めたであろうか,もし製品転換が充分行われていないとすれば,これに対してどのような抑制要因が働いていたのかという問題が派生してこよう。これはたしかに重要な問題であるが,まだ充分な実証分析を行うことができなかったので,最後に問題の所在点のみを概観するに止めた。

なお,分析の対象としては化学工業を採り上げた。これは単にケーススタディとして化学工業を採り上げたというに過ぎず,特に意味があるわけではないが,化学工業製品は極めて多岐にわたり,製品構成を扱う本稿の対象としては恰好な産業であるといえる。対象企業数は作業量を勘案して代表的化学会社30社にしぼり,分析対象期間は31~36年とした。


(注) われわれは通常「企業の成長」という言葉を莫然と使用しているが,企業の成長とは正確に何を指しているのであろうか,あるいは成長の指標として何を使用すべきであろうか。成長率指標としては一般に売上高成長率,附加価値成長率,総資産成長率,固定資産成長率などが使われているが,そのいずれかのひとつをもって簡単に企業の成長率とすることはできない。なぜならば,成長率を高めることは,たしかに企業の目標のひとつではあろうが,各企業のいう成長率は企業間であるいは各時期において決して画一的なものではなく,各企業の置かれている環境によって異っているからである。しかし,このように各企業によって異る成長率指標を使うことは経済分析の手段としては不都合である。われわれエコノミストが成長率を扱う際の主要な目的は成長率の企業間ないし時系列的比較にあるからである。

したがって,われわれが売上高成長率や附加価値成長率などを企業の成長率の指標として使うことは単に便宜的手段にすぎないことを断っておかねばならない。たしかに売上高,附加価直などはそれぞれ単独にはその最大化を企業が目標としているという意味では,成長率指標にはなりうるが,そのいずれもが他の目標のためにときには犠性とされることがあるものである。

本稿では製品構成と成長率との問題を扱うため,便宜的に売上高成長率を企業の成長指標として使った。というのは,製品構成は通常売上高で示されているからである。


全文の構成

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  2. 2ページ
    企業の成長と資本調達
     ―化学工業を中心として―
    1. 2ページ
      I はしがき
    2. 3ページ
      II 製品構成と売上高成長率
    3. 11ページ
      III 企業の分類
    4. 14ページ
      IV 内部資本の蓄積および利益率
    5. 30ページ
    6. 41ページ
      VI むすび

<分析2> 最近における工業労働者の労働異動と賃金格差-藤林仮説の統計的検証-

(序説)

藤林敬三教授は,昭和31年に「最近の労働異動について」という論文の冒頭で,次のような事実を指摘している。「まだ一般によく注意されていないようであるけれども,戦後,特にこの数年来の傾向についてみると,労働異動率がわが国の場合にきわめて低い」「単にアメリカに比べてそうであるばかりではなく,戦前のわが国の状態に比べてもまた,このことはきわめて明白である」戦前異動率(離職率)は大体昭和6年に最低水準に達し,月率で4%程度,年率で約20%見当であったが,「最近では」これが半減して月率2%弱という推移を見せている。「戦前から戦時中にかけてのわが国労働移動事情について多少の知見を持っているものにとっては,戦後のこのような傾向は全く想像のつかない事柄であった」このような労働異動率の低下は,戦後における労働市場の制度的変化によってある程度までは説明可能で,労働側についてみれば労働組合の組織と活動があるし,経営側についてみればその不合理な過剰雇用などが挙げられよう。

これらの要因はいずれも異動率を低下させるように作用するものだが,さらに「労働異動率についてよく知られている事実は,産業経済の向上期には異動率が大きくなり,反対にその下向期には低下するという傾向のあることである」これは,より「正確に」「別の言葉」でいえば,労働力需給の相対的大小が異動率を左右するということであるが,「前述のように・・・労働異動率がきわめて低いことについては,今日のわが国の労働力の需給事情のうちに深く根ざすもののあるのを看過してはならないのである」端的には「潜在失業現象」の広汎な浸透こそ決定的な因子であるというのが,藤林教授の示唆的な結論である。ここにあえて示唆的という理由は,戦前・戦後の潜在失業現象と労働異動率との関連についてこの論文が全面的な論証を用意したものではなく,二,三の利用可能な就業統計を用いて相対的な供給過剰を指摘するところに止まっているからである。しかし同時に,わが国における労働市場分析,労働移動研究において,低位就業の構造や零細規模企業の存在が占める本質的な重要性を明示している点で,(つまり二重の意味で)示唆的であるためである。

われわれはこの論文において,その後における(工業)労働異動率の統計的な分析を意図している。なぜなら,潜在失業状態の浸透は「非常特別のことがなければ変化することもないであろうから,労働異動率はいわば慢性的に低率のまま推移すると考えられ」たにもかかわらず,昭和30年以降の各業種別異動率(離職率)は,図イに見るとおり,あきらかに上昇傾向を描いているのである。このような事態はもとより高度成長という「産業経済の向上」によるものであって,とりわけ若年労働者の相対的な逼迫にその端的なあらわれをみることができる。反面,中高年令層の再雇用,流動化が焦眉の問題を形成しつつあるが,これは技術革新に伴う産業労働力の再編成という「非常特別のこと」のあらわれにほかならない。こうした要因が労働異動率の上昇に現在までどのように作用したか,さらに今後において労働異動率はいかに就業構造を変化させるかを,あきらかにすべきであると考えられる。

一般に労働異動率に対して賃金水準が負の効果を与えることは,戦前の鉱工業労働者の異動研究において藤林教授の手で計量的に確認されている。2)われわれはそれに習って戦後の工業業種間資料を用いて異動率・賃金(格差)関係の回帰分析をおこなう。そのうえでこれらの年度別回帰係数の比較を通じて,上述のような最近における労働市場硬化の(変位)作用をあきらかにするという経過をたどるであろう。いま異動率・賃金格差間の逆相関関係を軸とし,就業構造変化によるその変位効果を含む労働応募行動論を「藤林仮説」と呼ぶならば,以下においてわれわれが展開する分析は,その戦後資料による統計的検証であると考える。

事業所ベースの労働異動率はパーマー女史に従えば,3)「利用しうる労働異動の尺度は,その実際の動向についてわれわれの知っておくべきことを,必ずしも全部教えてはくれない。事業所の異動率は,所定数の職をジョブ充しておくのに必要な人数を示してくれるけれども,企業の雇用者がどこから来るか,またどこへ立ち去ってゆくかについて,なんら解決の糸口を与えてはくれない。職業の異動が,主に既経験者の雇用主間の移転によっているものか,あるいは労働市場からの流出とそこへの流入によっているものかを,見出すのは不可能なのである。」

確かに労働異動ないし労働可動性の全面的な分析にとって,労働異動率は十分な資料ではない。しかし「藤林仮説」では,労働異動率としてつねに離(退)職率が採用され,慣用の入職,離職率の和,またはその差(さらにはその平均)は用いられていない点に留意したい。4)かりに,入職率,離職率の和をもって異動率とし,「賃金水準との相関を作っても,表ロに明示されているようにマイナスの相関が結果される。」

まさに,入職率は充さるべき空席の数を示すものであって,入職率・賃金関係は期待されるような構造的関係式ではない。だが離職率・賃金関係は,企業側よりみれば労働者の定着可能性に対する賃金の効果を示すものであり,労働側よりいえば所与の賃金に対してかれらがどの程度離脱するか-マイナスの意味における供給-を示す関係式である。レイノルズ教授によると,5)「大部分の労働異動は労働力の中でごく少数の部分に発生しており,労働力のうち所定の年度に職(ジョブ)を変えるものはほんの僅かである。そしてこの少数のうちで-年に二度も三度も転職する-少数者こそ,異動の大部分を占めるものなのである。こうして,労働者の入職,離職に関する通常の統計は,個人の転職回数について過度の印象をもたらすのである。(下略)」

こうした傾向はわが国でも既に明治年間の紡績女工争奪,炭鉱夫異動において広く認められる。いわゆる「渡り者」がそれである。6)しかしそうしたものの存在自体,ただ単に少数の成員の心理的特性に根ざした普遍的現象であるというよりは,さらに立ち入って考えるならば,かれらの定着を悪化させた社会・経済的要因の作用を証明するものである。経済的要因たとえば賃金水準の高低はかれらの離職を加速したり,制動したりするであろうし,非経済的因子として労働時間,福利厚生施設などもまた退職の意志決定に影響するであろう。性別,年令別,職種別等の労働者属性も変位要因として数え上げることができるが,表面的な異動率の観察はこれら非経済的因子の効果をいわば固定して,静態的に扱うに止まってしまう。われわれは「藤林仮説」によりつゝ,「通常」「利用しうる」労働異動率の統計・尺度を,問題の経済的次元において定量的に分析してゆきたいと考える。


2) 補説(ニ),(ホ)参照。

3) G.L. Palmer, Labor Mobility in Six Cities, Social Science Research Council, 1954, p.3

4) 補説(イ),(ロ)参照。

5) L.G. Reynolds, The Structure of Labor Markets, Harper & Brothers, 1951, p.39

6) 明治史料研究連絡会編『明治前期の労働問題』お茶の水書房,35年。


図イ 産業大分類別離職率の推移:毎月勤労統計

表ロ 入・離職率と賃金の相関

表ロ 入・離職率と賃金の相関

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    最近における工業労働者の労働異動と賃金格差
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