経済分析第30号
日本経済の最適成長径路(注1)
-EPAターンパイク・モデルによる分析-

1970年7月
<経済研究所産業構造分析ユニット>
村上 泰亮,時子山 和彦,西藤 冲,時子山 ひろみ,日水 俊夫

(多部門成長理論の意味と応用について)

1.理論的意味

多部門成長理論とは、その名の示すように、経済を数多くの産業部門に分けて考え、それらの部門の相互関連の中で、どのように成長が行なわれるか、あるいわどのような成長が望ましいか、を分析しようとする理論である。経済分析のためにわれわれが用いる主要な武器は一般には二つあって、一つは「ミクロ分析」もう一つは「マクロ分析」であるが、それぞれ対照的な性質をもっており、両者の結合は容易ではない。国民所得その他の集計量を用いる「マクロ分析」は、豊富な資源に恵まれているという利点があるが、経済全体の動きを大まかにとらえうるにすぎない。他方、「ミクロ分析は」は、消費者や企業といった個々の経済単位の行動を詳細に理論化するが、実証とに結びつきえないきらいがある。このような「ミクロ」と「マクロ」の間隙を埋める一つの方法が、多部門分析であろう。つまり経済を大まかに「産業部門」にまで分割しそれらの産業の関連の中で経済の動きをとらえようとするのである。このような多部門分析の枠組の中で、とくに成長という現象をとらえるために「動学的」な分析を行なうとするが、多部門成長理論である。

多部門成長理論の先駆は、数学者フォーン・ノイマンの論文(1937年)であるが、その後第二次大戦後において、先進国が規則的に成長をとげるようになると、多くの経済学者たちがこの分野の仕事を手がけるようになった。このような多部門成長理論の発展には、いくつかの注目すべき事件があったが、ここでは、その発展の流れを二つの段階に分けてみたい、と思う。すなわち、

第一段階  均整成長径路 balanced growthpath の存在と一意性を分析した段階

第二階段  最適成長径路を求めようとする段階

の二つである。「均整成長径路」とは、各産業部門が同じ成長率で一斉に成長して行くような径路のことであり、したがってその径路の上では部門間の産出量比率は不変であって、その意味でbalanced pathである。資源や資本ストックを途中で廃棄しながら、「均整成長」をいわばむりやい達成することはつねに可能である。しかしその場合には無駄が多く、成長率も低くなってしまう。第一段階の諸労作-ノイマン・ケメニイ=モルゲンシュテルン=トンプソン・ソロー、森嶋-は、「この種の無駄」のない「均整成長径路」、つまり資源や資本ストックを過不足なく使うようなbalanced groeth pathの存在を問題にしたのである。この段階でこれらの学者たちによって確立された結論は、各産業の生産構造が一次同次-すなわち収穫不変-であれば、そのような無駄のない「均整成長径路」-以下これを「有効均整成長径路」efficient balanced groeth pathと呼ぶ-がつねに存在し、しかも多くの場合、ただ一つしか存在しない、という内容のものであった。

しかし単なる「有効均整成長径路」の存在証明は、特異な成長パターンが存在しうることを示したにすぎない。第二段階の多部門成長理論は、これに加えて、任意の点から出発した最も能率のよい-パレート最適な-径路がどのような径路をとるか、を積極的に分析しようとした。このような「最適成長径路」の分析の先駆者は、おそらくサミュエルソンであるが、彼は、最適径路と「有効均整成長径路」との間に非常に密接な関係が存在することを、主張したのである。すなわち、最適成長径路は、その成長期間の大部分において、「有効均整成長径路」に接近してそれに平行ないし一致しつつ走り、しかる後に目的の方向へ向かって分岐する、と考えたのである。これは、ちょうど自動車が目的地に向かうのに地理的な迂回をあえてしても「高速道路」turnpikeにのった方がけっきょくは早いということによく似ているから、「高速道路の定理」または「ターンパイク定理」と呼ばれる。このサミュエルソンの推論はその後に、ラドラー、森嶋、筑井、マッケンジー、二階堂、ゲールらによって一般化され、一次同次-収穫不変-の生産構造の下では、そのような性質が成り立つことが確立されている。したがって、一次同次性の下では、「有効均整成長径路」は最適成長径路の近似として使えることになる。第二段階の多部門成長分析の最大の成果は、このような「ターンパイク定理」である。

「ターンパイク定理」に関心をもったことのある人ならばよく知っていることであるが、この定理の証明はしばしば極度に複雑な数学的工夫を必要とする。したがってこの定義は、抽象的な知的遊戯にすぎないと批判する人もあった。しかし幸いにも、レオンティエフによって開発された「投入-産出分析」は、実証可能な形の多部門分析モデルを提供する。周知のように多くの国々が、経済の状態を記述するための方法として、投入-産出係数行列を算定し、国民経済計算にもそれを採用するという態度をとっているが、わが国もその例にもれず、それに加えて資本係数行列も宍戸駿太郎氏らの努力によって試算されている。このような投入-産出分析型の資料を用いるならば、多部門成長理論の結論は、具体的な数値例によって確認され、ひいては実際の経済計画にも適用されることになる。このような具体的資料とターンパイク定理という理論的成果とを思い切って結びつけたのが、筑井甚吉氏の功績である。(注2)

筑井氏は、「投入産出行列」および「資本係数行列」を用いて、日本経済におけるターンパイクを計算し、それについてターンパイク定理が典型的に成立することを、数値をもって示した。かくて、日本経済が最適成長径路を辿ろうとするならば、その経済に固有なターンパイクまたは、「有効均整成長径路」に沿って走るのが略望ましい、と考えられるのである。彼のこのような試みによって、多部門成長分析の理論的成果が、実際的な意味をもちうるようになった。経済企画庁経済研究所における産業構造分析ユニットは、このような筑井氏の試みを出発点として、それをさらに発展させ実際的応用のために開発を行なっていくことを、目標としている。


(注1)本報告の全般にわたり、筑井甚吉(成蹊大学教授)、高島忠(横浜市立大学助教授)両氏の御協力をいただいた。とくに、高島忠氏には、ターンパイク・モデル用のプログラムの開発をはじめ、多くの時間をさいていただいたことに感謝したい。

(注2)筑井甚吉「資本蓄積計画へのターンパイク定理の応用」(稲田、内田編、「経済成長の理論と計測」岩波書店,1966年)


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 688 KB)
  2. 1ページ
    第1章 多部門成長理論の意味と応用について
    1. 1ページ
      1.理論的意味
    2. 2ページ
      2.理論的シミュレーションを行う意味
    3. 3ページ
      3.実際的応用の意味
    4. 5ページ
      4.現行の産業連関分析との対比
  3. 6ページ
    第2章 単純ターンパイク・シミュレーション
    1. 6ページ
      1.ターンパイク定式化
    2. 6ページ
      2.支出性向シミュレーション
    3. 7ページ
      3.支出パターン・シミュレーション
    4. 7ページ
      4.資本係数シミュレーション
  4. 15ページ
    第3章 日本経済の資本蓄積ターンパイク・モデル
    1. 15ページ
      1.モデルの概要
      1. 15ページ
        1-1 モデルの特色
      2. 15ページ
        1-2 モデルの構造
      3. 16ページ
        1-3 技術代替の導入
      4. 17ページ
        1-4 技術進歩による資本および労働係数の変化
    2. 18ページ
      2.シミュレーションの効果
      1. 18ページ
        2-1 単純ターンパイクと拡張ターンパイクの比較
      2. 19ページ
        2-1 労働力供給の差異によるシミュレーション
      3. 19ページ
        2-3 ハロッド中立の技術進歩を導入したモデルのシミュレーション
    3. 20ページ
      3.むすび
  5. 29ページ
    第4章 日本経済の6部門消費ターンパイク・モデル
    1. 29ページ
      1.本章の目的
    2. 29ページ
      2.モデル
      1. 29ページ
        2-1 記号
      2. 29ページ
        2-2 モデルの定式化
    3. 30ページ
      3.データと部門分類
      1. 30ページ
        3-1 部門分類
      2. 30ページ
        3-2 データ
    4. 31ページ
      4.結果の分析
      1. 31ページ
        4-1 物量ブロックの潜在成長力
      2. 31ページ
        4-2 消費ターンパイク
      3. 31ページ
        4-3 消費ターンパイクと期末ストックに関するターンパイク
      4. 34ページ
        4-4 労働成長率と消費ターンパイク
      5. 35ページ
        4-5 時間選好率とターンパイク・プロパティ
  6. 38ページ
    第5章 日本経済の10部門消費ターンパイク・モデル
    1. 38ページ
      1.モデルの概要
      1. 38ページ
        1-1 モデルの特色
      2. 38ページ
        1-2 モデルの構造
      3. 39ページ
        1-3 消費と目的関数
      4. 40ページ
        1-4 技術進歩と労働
    2. 41ページ
      2.シミュレーション結果
      1. 41ページ
        2-1 初期年次および最終年次の資本ストックを変化させるシミュレーション
      2. 42ページ
        2-2 割引率を変化させるシミュレーション
      3. 43ページ
        2-3 消費パターンを変化させるシミュレーション
  7. 59ページ
    第6章 多部門成長モデルにおける非線型化の試み
    1. 59ページ
      1.はじめに
    2. 59ページ
      2.モデル体系
    3. 60ページ
      3.データ
    4. 61ページ
      4.理論的検討
    5. 62ページ
      5.試算結果
  8. 70ページ
    第7章 インド経済の有効成長径路
    1. 70ページ
      1.はじめに
    2. 70ページ
      2.モデル体系
    3. 71ページ
      3.計算結果の検討
    4. 83ページ
      4.データ表
  9. 87ページ
    付表 EPAターンパーク・モデルにおける部門分類
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)