経済分析第34号
計量モデルの誤差分析
-因子分析の応用例-

1971年3月
小金 芳弘,川名 英子

(まえがき)

因子分析は、心理学・物理学等のような実験科学の分野においては広く用いられているにも拘らず、経済学の分野ではほとんど用いられていない。経済学では、ある現象を説明しようとする場合、最初に先ず仮説を立て次に実際の観察にもとづいてこれを検証するという手続きをとるのが普通である。すなわち、第一段階は理論を構成し、第二段階でその説明力をテストし、説明力が弱ければ理論を修正するという方向で試行錯誤を行なう。理論の検証のためには回帰分析が多く用いられる。

しかし、より広い意味での行動科学という立場に立てば、これとは逆の方向での試行錯誤を試みることもまた必要であると思われる。すなわち、まず実際のデータを大量に集め、何らかの方法でこれを機械的に処理した後、それを用いて一般的な理論の構成を試み、斉合的な理論づけができなかったならば、データを追加したりとりかえたりして見る、という方向である。実際に個々の人間や社会的グループの行う行動は、多くの心理的生理的また物理的な要因によって影響を受けており、経済的動機というような単純明快な原理のみを用いて説明しようとしても、説明不可能な部分が残る。経済分析においてもミクロの行動主体の行動を説明しようとすると、経済原則だけではデータを処理しきれなくなる。この点で因子分析は回帰分析と異なり、行動に影響する因子を先験的にいくつかきめておく必要がなく、先ず、共通因子を機械的に抽出し、抽出された因子をあとから理論づけすればよいという点で、大量の情報から出発する分析には有利である。ただしこの場合でも、斉合的な理論的ワク組みをある程度設けておいて分析を行なわないと、投入すべき原データの選択が恣意的になり、意味のない数字を濫造したり全く誤った結論を導いたりする危険がある。因子分析は情報処理のためには鋭利な武器であるが、その使い方の計画と管理が悪ければ、分析成果が出ないという点では、他の武器と異なるところはない。

この研究における分析の対象は、日本で実際に用いられている計量モデルにける、内生変数の残差項である。残差は、要するに推計の誤りであるから、"経済的変数"とはいえない場合が多い。従って、この研究を因子分析の"経済学"への応用ということは適当でないかも知れない。ここでのこの問題をとり上げたのには、二つの理由がある。

第一に、この問題をとり扱う場合、われわれは、"管理された実験"を行なうことができる。すなわち、全く同じ計量モデルを操作しながら、初期値とシミュレーション期間を変えることによって、同じ内生変数の同じ時期における推計値をいく通りも作り出し、従っていく通りもの残差-実績値からの乖離-を発生させることができる。これは、因子分析を、実験科学における場合と同じように用いることを可能にする。これが、分析のいわば供給者側から見た場合の興味であり、供給の動機を形成する。

第二は、分析の需要者側から見て、この問題は多かれ少なかれこの種の分析手法を必要とすることである。計量モデルの誤差が、どのようにして発生し、内生変数相互間に伝播し、シミュレーションの期間を通じて累積されて行くかというメカニズムは、特に、大型の非線型モデルにおいては、理論的に定式化することができない。従って、どうしても、残差の大量観察にもとづくデータの処理から出発して定式化をはからねばならない。この問題は、個々の工場の排出物が集まって河川が汚染されるメカニズムを究明しようとする場合と同じく、理論体系の設定から始めて次にこれを実証するという手続きをとることがきわめてむずかしい問題なのである。

計量モデルの残差項は、モデルを実際の予測に用いる場合に大きな意味を持つようになる。たとえば、最近の日本では、年間の国際収支黒字の予測における10億ドルの違いは、輸出入合計にくらべればその約3%にすぎないが、非常に大きな政策上の論争をひき起こす。物価上昇の予測についても、同じように、指数にして2~3%の違いが大きな問題を起こす。すばわち、予測としては誤差範囲に入る程度の違いであっても、その上限をとるか下限をとるかによって、財政金融政策はこのままでよいか、引きしめまたは暖和が望ましいのか、という論議に大きな影響を与える。もしモデルを用いてこのような予測をするとすれば、果たしてその食い違いはモデルの誤差範囲内のものであるのか、または経済が実際にある政策を必要としまたは許容するような方向向かって進行しているのか、について判断を下さなければならない。これと同じようなことは、個々の企業や団体が意思決定をする場合にも、もし計量モデルをそのための道具として用いようとするならば、常に起こるであろう。モデルにおける残差項の処理技術は、従って、特に「モデル工学」的な意味において重要なものとなる。


全文の構成

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  2. 1ページ
    まえがき
  3. 1.目的、方法、対象
    1. 2ページ
      1-1 残差項の性質と分析の概要
    2. 3ページ
      1-2 因子分析
    3. 6ページ
      1-3 分析の対象
  4. 2.パイロットモデルの残差項の因子分析
    1. 7ページ
      2-1 Final Test
    2. 12ページ
      2-2 4期間初期値テスト
    3. 15ページ
      2-3 Total Test
    4. 17ページ
      2-4 Partial Test
  5. 3.残差の発生の原因と対策
    1. 19ページ
      3-1 理論モデル(1)の場合
    2. 20ページ
      3-2 理論モデル(2)の場合
    3. 22ページ
      3-3 パイロットモデルの場合
  6. 附録 残差項相互の相関係数行列
    1. 26ページ
      (1) Final Test
    2. 27ページ
      (2) 4期間初期値テスト
    3. 29ページ
      (3) Total Test
    4. 30ページ
      (4) Partial Test
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