経済分析第37号
日本の国際資本勘定

1972年2月
<経済研究所国際収支ユニット>
天野 明弘,小泉 和夫,小菅 伸彦,松本 孝之,永田 宏一

(序論)

国際貿易の流れについては、計量経済学的分析が広汎に適用されているのに比べると、国際資本移動に関する同様な研究は、やや発展が遅れている感じが強い。これには、計量的研究の基礎となるべき国際資本移動の理論そのものが、国際貿易理論ほどよく整備されていなかったということが理由として挙げられるかもしれない1)。しかし、恐らく最も重要な理由は、近年各国において著しい発展を見せている巨視的計量経済モデルの作成において、国際収支経常勘定諸項目の推定が国民所得決定の必須の条件であるのに対し、資本勘定の項目は、(i)為替レートの変動が経常勘定収支の決定に重要な影響を及ぼす場合、あるいは、(ii)外貨準備の変動が経済政策の変更を通して国内経済部門にある程度規則的な影響を与えることが明らかな場合以外は、経常勘定諸項目と比肩するほどの重要性をもっていないという点に求められるであろう2)。しかし、西欧通貨交換性回復後の過去十数年間における急速な国際金融市場(とくにユーロダラー市場)の成長により、国際資本移動を通じて各国国民経済の国際的連繋が強化され、一国の経済政策に対する国際的制約が一層強く感じられるようになって、国際資本移動の計量的把握の必要性が急速に認識され始めたといえる3)

さらに、通常の巨視的計量モデルは、主としてフローの均衡概念を中心として構成されているが、国際資本移動にとって適切な均衡概念は、ストックに関するそれであって、この点についての明確な認識が遅れたことが、国際資本移動の計量研究にある種の混乱を惹き起す原因となった4)。しかし、トービン・マルコヴィッツ流の資産選択理論の展開は、国際資本移動の分析に強固な基礎を与え、理論・計量分析はいずれもこの線に沿って現在進展しつつある5)

本研究の主な目的は、巨視的計量モデルにおける国際収支部門を拡充するために、わが国の国際資本勘定の重要な項目について構造方程式を推定するための基礎作業を行なうことである。われわれの研究の最終的な目標は、国際収支諸項目全般にわたった構造方程式をもつ国際収支サブ・モデルを構成し、それを生産、支出、分配、金融、賃金、物価その他の国民経済の諸部門と結合することによって、国内経済と国際的諸要因との相互依存関係を明らかにすることである。しかし、国際収支部門の中でも、貿易やサービスなどの経常取引に比べると、わが国における国際資本勘定諸取引の計量的研究は著しく遅れており、この点を何らかの形で補うことが急務であると考えられたため、第1次的な研究目標を国際資本取引の分析に設定することとしたのである。

以下、まず第2章および第3章で、国際資本移動ならびに外国為替相場の推定式を特定化する際に必要な理論的諸問題の考察を行なう。ついで第4章では、国際間での短期利子率の変化に応じて短期資本取引がどの程度敏感に反応するかという点を中心として、米国およびカナダについてなされた計量的研究の展望を行なう。国際短期資本移動の利子率に対する反応の規模ならびにその時間パターンを計量的に明らかにすることは理論的にも政策的にも重要な問題であると思われるからである。それと同時に、このような展望を行なっておくことは、われわれの推計結果を検討する際の比較の基準を得るという意味でも有益である。長期資本移動や外国為替相場に関する計量的研究についても、同様な展望を行なうことは必要かつ有意義であると思われるが、必ずしも文献が豊富に入手可能ではないことや、それらの研究の目的や方法が多様であることなどの理由で、将来の課題に残したい6)

第5章から第7章までの3つの章は、それぞれ、短期資本勘定、長期資本勘定、および外国為替相場に関するわれわれの計量分析の結果を要約したものである。各章は、問題の予備的な考察、推定結果の提示、推定式の検討、および標本期間内のシミュレーション・テストという構成で書かれている。分析結果の具体的な評価は、それぞれの章で行なうこととして、ここではわれわれの作業がつぎのような意味で予備的なものであることを予め断っておきたい。

第1に、構造方程式はすべて単純最小二乗法を用いて得られたものであり、連立方程式推定法は用いられてない。これは、われわれの作業がいわば基礎的研究の段階にあることに伴なう結果であり、将来国際収支モデルの全体系における位置づけが明らかになった段階では、何らかの構造推定法を用いて再推定を行なうことが必要である。

第2に、以下に示す諸方程式は、一応国際資産勘定の主要項目に関する推定式を含んでいるが、これらを既存の巨視的計量モデルと結合するためには、後者で内生化されていない変数を決定するための方程式を新たにステイする必要がある。

第3に、この研究では標本期間が1969年第4四半期ないし1970年第1四半期で終っているが、周知のようにわが国の国際収支の黒字不均衡は1970年に入って拡大のテンポを早め、それ以前の期間には観察されなかったさまざまの新しい事態が生起した。外貨準備の急速を防止するための各種の短期的諸措置、円平価切上げの予想にもとづく投資的資本移動などがそれである。しかも、国際収支不均衡は単にわが国だけの問題にとどまらず、1971年8月15日には米国の新経済政策が発表され、それに続く国際通貨制度の急変は、ドルとIMFを中心とした戦後の国際通貨機構に大幅な修正が必要であることを明白にした。これらに事態の進展は、当然わが国をめぐる国際資本取引の環境に大きな構造的変化をもたらすと考えられるが、これらの諸変化をどのように考慮してわれわれの研究を進めるかは今後の課題である。

このような意味で、本研究は、1960年代におけるわが国の国際資本取引の構造を理論的、実証的に解明したにとどまるが、それによって、今後国際収支の計量モデルを構築する際の一つの方向が示唆されたのではないかと思われる。


1)たとえば、Leammer and Stern(1970),p.76参照。なお、引用文献は本稿の末尾に一括して掲げ、引用の際には著者名と発表年のみを記すことにする。

2)変動為替相場制度下にあったカナダにおいて、国際資本移動の計量的研究が数多く行なわれたことは、このような事情による。脚注3の文献参照。Amano(1969)(1970)は、上記(ii)の問題意識をもって行なわれた研究である。

3)第二次大戦におけるこの分野の研究は、Bell(1962),Kenen(1963)およびCohen(1963)の先駆的労作によって大きな刺戟を受けた。その後の文献については、Leamer and Stern(1970), 第4章の引用文献が詳しい。同章は、国際資本移動の理論ならびに推定に関する種々の問題点について興味のある展望を試みている。巨視的計量モデルに国際収支資本勘定を組み入れたものとして、Rhomberg(1969), Officer(1968), Prachowny(1969), Helliwell, et al.(1971)などが挙げられる。Branson(1968)は、巨視的モデルと接合されてはいないが、米国国際収支資本勘定の詳細な研究として重要な文献である。また、1つのモデルとして完結した体系にはなっていないけれども、長期ならびに短期の資本勘定諸項目に関する推定式を含むものとして金森・日本経済研究センター(1970)がある。

4)Stein(1965),Gray(1967), Hendershott(1967), Stein(1967)に見られるストック分析対フロー分析の優劣論争を参照せよ。また、Bryant and Hendershott(1970)参照。

5)理論的分析では、Grubel(1966), Appendix to Chapter 2,木村(1968), Willett and Forte(1969), Floyd(1969)などをまた計量的分析では、Lee(1969), Miller and Whitan(1970), Bryant and Hendershott(1970)などを参照。

6)長期資本移動の計量的研究に関する展望論文としては、前記脚注3のLeamerおよびSternによるものの他にSpitaller(1971)がある。


全文の構成

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  2. 1ページ
    第1章 序論
  3. 4ページ
    第2章 国際資本移動の決定因
    1. 4ページ
      第1節 利子裁定
    2. 9ページ
      第2節 為替投機および貿易金融
    3. 10ページ
      第3節 調整速度
    4. 10ページ
      第4節 長期資本移動
  4. 12ページ
    第3章 外国為替相場の決定因
  5. 14ページ
    第4章 米国およびカナダにおける計量的研究
    1. 16ページ
      第4章への附録
  6. 19ページ
    第5章 短期資本勘定の計量分析
    1. 19ページ
      第1節 序論
    2. 20ページ
      第2節 推定結果
    3. 29ページ
      第3節 推定結果の検討
    4. 32ページ
      第4節 短期資本取引の利子感応度
    5. 33ページ
      第5節 シミュレーション・テスト
  7. 43ページ
    第6章 長期資本勘定の計量分析
    1. 43ページ
      第1節 序論
    2. 45ページ
      第2節 推定結果
    3. 48ページ
      第3節 推定結果の検討
    4. 51ページ
      第4節 シミュレーション・テスト
  8. 58ページ
    第7章 外国為替市場の計量分析
    1. 58ページ
      第1節 序論
    2. 65ページ
      第2節 推定結果とその検討
    3. 65ページ
      引用文献
    4. 67ページ
      附録A 変数リストおよびデータの出所
    5. 71ページ
      附録B データ
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    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
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