経済分析第40号
変動相場制下における為替レートの変動と国際収支 他

1972年6月
<分析1>
小金 芳弘,川名 英子
<分析2>
市川 洋

<分析1> 変動相場制下における為替レートの変動と国際収支

(まえがき)

世界は、今や新しい国際通貨制度を必要としている。有用でかつ永続きする制度を発見するためには、古くてしかも困難な経済学上の質問、"国際収支における撹乱は、外貨の需要・供給の弾力性が高いので容易に克服できる、というのは本当であろうか?"(J.Tinbergen)に対する答えを用意する必要がある。ここでは、この問題を、"中央銀行が為替市場に介入しない場合、為替レートは安定的であり得るか、また、自由に開放された為替レートの変動は国民経済にどのような影響を与えるか?"という問題におきかえて、検討しようとするものである。

本研究の狙いは、外国為替市場における外貨の需要・供給が為替レートの変動を通じて調節されるプロセスを、簡単なモデルを用いて分析しようとするところにある。いわば物理学実験室における実験に当たるものであって、ここで用いた実験装置をそのまま工場や戦場で用いるわけには行かないが、問題の性質を明らかにするのにはかなり役立つだろう。この装置は、半分は、日本経済の過去の実積値にもとづいて通常の計量モデルのように組立てられており、残りの半分は、理論上の為替市場のメカニズムが作動するように人工的なパラメーターを与えただけの、いわば実験に都合のいいように作った道具である。

ここで行なわれた実験結果によれば、現在日本が変動相場制度を採用してとしても、為替レートの大幅な変動が続くことはないであろうし、従って、実体経済に対して悪影響を及ぼすこともないだろう、ということが示唆されている。もちろん、実験室の中で成功したことが実地に成功するとは限らない。しかしまた、新しいことをやる場合には、事前に色々の実験をやって見てそれを参考としながら実行にふみ切る、ということの方が、成功の率は高い。経済社会制度の変更については、工学的技術の場合のような紙上実験がその代りになるものと思われる。これが一つの情報として政策担当者や実務家の助けになれば幸いである。


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 340 KB)
  2. 1ページ
    まえがき
  3. 1ページ
    概要
  4. 2ページ
    1.理諭的枠組み
    1. 3ページ
      1-1 為替レートと実体経済
    2. 3ページ
      1-2 国際金融のメカニズム
    3. 6ページ
      1-3 外貨の市場取引きのモデル化
    4. 8ページ
      1-4 国際収支統計のしくみと円切上げのメカニズム
    5. 11ページ
      1-5 財貨サービスの市場と為替市場の連結
  5. 13ページ
    2.静学モデル
    1. 13ページ
      2-1 実体経済の同時連結方程式モデル
    2. 15ページ
      2-2 日本経済の実証的モデル
    3. 17ページ
      2-3 為替レートの変化がGNPおよび名目純輸出に与える影響
  6. 18ページ
    3.単一定差方程式モデル
    1. 18ページ
      3-1 動学的特性
    2. 21ページ
      3-2 為替レートの変動経路
    3. 23ページ
      3-3 為替市場の安定性
  7. 24ページ
    4.動学モデル
    1. 24ページ
      4-1 モデルの定式化
    2. 25ページ
      4-2 シミュレーション
      1. 25ページ
        (a) 昭和46年度に変動相場制に移行した場合
      2. 27ページ
        (b) 変動相場制が昭和50年度まで続いた場合
      3. 29ページ
        (c) 固定レート制との比較
  8. 32ページ
    附表1.基礎データ
    1. 34ページ
      2.国際収支表

<分析2> 振替所得について

(諸統計の接合と福祉の測定)

マクロ経済分析で最も多く使用される方法は、ケインズ理論を中心とする有効需要分析であり、国民所得統計がしようされる。一方社会保障関係の研究には、一般的な資料として社会保障関係総費用、国民総医療費、社会保険収支等があり、更にその詳細については社会保険庁の事業年報、社会医療調査報告、医療給付受給者状況調査報告、生活保護動態調査報告、精神薄弱者実態調査、社会福祉行政業務報告等の専門的諸統計がある。社会保障問題をとらえる方法として、医療、年金、心身障害、生活保護等プロパーの議論として検討する場合と、マクロ経済との関連に於いて検討する場合がある。医療、年金はマクロ経済に占めるウェイトが高い丈でなく、特に年金は将来非常に大きな財政負担を必要とすると思われること、既に現在に於ても、社会保険負担に個人から政府へのその他の移転を加えた国民所得ベースの個人から政府への総移転額は個人税を上回る巨額に達している。このため、社会保険負担と所得税、個人市町村税、個人県民税との調整は非常に重要な問題となってくる。

社会保障には2通りの考え方がある。例えば医療について言えば、1つは医療サービスそのものを保証するものであり、1つは医療費を保証するものである。前者は重症胃腸、救急胃腸、へき地胃腸、心身障害医療、公衆衛生の問題を含み、後者は所得保証に重点をおく考え方であろう。そしてこの両方の考え方はともに重要な別の面を強調している。前者の考え方は医療プロパーの困難な問題を含み、後者の考え方は租税、政府支出と社会保障拠出および給付を総合通算する経済問題である。ここでは問題を後者に限定して考察する。

社会保障における所得保障の側面は、租税、政府支出、医療、年金、失業保険等を含む広汎な問題であるが、これは一括して所得階層別分布の変更問題として把握される。政府による介入により、所得階層別分布がどのように変化するか、ということが所得保障問題の根本であり、この意味に於て社会保障問題の分析のためには、所得階層別人口分布(あるいは世帯分布)が最も基本的である。しかしながら所得階層別分布統計の整備は不十分であって、今直ちにこの問題を取扱える状態に我々はいないのである。現段階に於て、我々はマクロ集計量としての為替所得を考察の対象とするに止めよう。

所得保障問題をマクロ経済との関連に於てとらえる場合に重要となるのはデータの接続可能性、比較可能性である。ここでは社会保障のうち専用的な統計を別として、社会保障関係総費用、国民総医療費等と国民所得との関連が明らかになるような方向で国民所得統計との接合を図る問題を考察する。社会保障統計年報巻末に示されているように、国民所得勘定、I・L・Oの社会保障費用、社会保障関係総費用(社会保障制度審議会事務局)、社会保障給付費(厚生省)、国民総医療費(厚生省統計調査部)はそれぞれ定義が異なり、計数間の関係は複雑である。例えば国民総医療費は健康保険給付には含まれている分べん費、出産手当金。育児手当金は含まれておらず、、また公衆衛生費も含まれていない。又、厚生省で作成検討中の統計では医科大学の費用も医療関係総費用に含める方向にある。社会保障問題研究の基礎となる統計の比較可能性の問題はいずれ解決しておかねばならない。

国民所得統計は有効需要分析に有力な方法を提供しており、景気循環、マクロ経済分析に最も頻ぱんに活用される。しかしながら、国民所得統計上社会保障に関連する社会保険負担及び為替所得は必ずしも福祉の物差しとして有効ではない一面を持っている。国民所得統計は多くの約束ごとから出来ており、約束ごとの適、不適はもちろん利用目的によって決めることである。本来需要面をとらえることに重点もある国民所得統計に於ては為替所得は重要な地位を占めては居らず、政府支出、設備投資、個人消費等の支出面をインプットにより測ることにウェイトが置かれている。一方、福祉はどちらかと言えば、アウトプット的概念であって、例えば狭義の社会福祉、即ち養護老人ホーム、精神薄弱児収容施設等にかんして言えば収容定員および運営水準等の具体的、物理的単位で測定すべきものであろうと思われる。(後述)政府支出の需要効果はインプットのみでも発生するのであて、マスグレイブの言をかりれば、「飛行機から札束をまいても発生する」のであるが、医療等のサービスの福祉効果は本来アウトプットにより測定すべきものであろう。しかしながらアウトプットに関するPPBSの研究は未だその蓄積は少ない。ここでは問題を制限し、社会保障の分析を目的とする場合に国民所得統計と社会保障総費用、国民総医療費等の接合を検討するための第一段階として、為替所得をユーザーに於て加工する問題を検討する。

前述の通り国民所得統計は有効需要・経済変動分析等のための極めて重要な部分品であるが、必ずしも国民福祉の物差しとしては適切でない一面をもっている。国民所得統計そのものを福祉志向型に改訂すれば、現行国民所得統計のもっている経済変動測定の目的にそぐわないものとなり、本来の目的をそこなうおそれがある。このため、現行国民所得統計と関連を持ちながら国民福祉の物差しともなるNNWの開発が行われている。ここではNNWとは別個に、社会保障問題の分析を行う場合に国民所得上の為替所得に加除すべきものを検討し、他の社会保障関係諸統計との接合を図るとともに、社会保障問題をマクロ経済循環の中でとらえることができるような措置を講ずることを検討する。国民所得統計そのものは、有効需要分析、経済変動分析の目的のためにこそあると考え、社会保障問題等の各分野の特殊問題を取扱う場合は、目的に応じてユーザーに於て国民所得の為替所得等に加除を行えばよい、というのが本研究の立場である。但し社会保障問題のうちの所得保障に関しては、それはあくまでも所得階層別分布を政府等の介入によって変更する問題であるから、分布を考えないで集計された一つの量としての為替所得によって社会保障問題を論じるには限界があると思われる。


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 55 KB)
  2. 37ページ
    1.諸統計の接合と福祉の測定
  3. 38ページ
    2.振替所得の定義
  4. 40ページ
    3.アウトプットによる評価
  5. 41ページ
    4.政府の範囲と社会保険
  6. 44ページ
    5.福祉経費の2重計算
  7. 45ページ
    6.その他
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