経済分析第41号
社会保険と所得階層別分布(注)

1972年11月
市川 洋,仙石 隆史

(所得階層別分布)

1-1 社会保険負担と個人税

昭和45年度国民所得統計によれば、社会保険負担と個人税は次のような額となっており、社会保険負担の総額はほぼ個人税に近いオーダーに到達していることが分る。個人税については今後も減税が行われると考えられるが、社会保険負担、特に年金保険料は将来かなり高い水準まで引上げられると推定される。その理由を概観すれば次の通りとなる。今、全国民を次の基準で仮に老人層、稼得者層、子供等に分類する。

昭和45年度国民所得統計

実際には男子で65才を超える高令層でも稼得可能な者があり、又女子の20~59才の全部が働くとは限らないが、大きな目安として単純に年令のみに従って分類してみると、人口の将来推計から昭和44、70、90年の構成比は次の通りに算出されている。

構成比

今、稼得者の生活費を1.0、老人層と子供等の生活費を仮に0.7とおけば、老人層の生活を支えるためには、稼得者層と子供等より成る稼得可能世帯が老人層のために拠出しなければならない比率を単純に計算すると次の通りとなる。

社会的拠出率
  • (昭和90年に於て老人層と子供等の生活費は稼得者層の0.7であるから
  • 老人分=19.7%×0.7=13.9%
  • 子供等分=28.0%×0.7=19.6%
  • 稼得者分=52.1%
  • 合計して13.9+19.6+52.1=85.6となる。このうち老人にわかち与えるべき資源分13.9/85.6=0.162となる。)

不幸にして現在老人層の世界歴史に類例にない急激な増加と、家族による老人層扶養の慣習の減退が並行して進行しているため、将来に於て老人層の生活を支えねばらない老令年金の拠出率はかなり高い水準まで上昇せざるを得ないこととなる。(この概算に於ては遺族年金の一部、障害年金、母子年金等がカウントされていないが、老令年金とその他の年金を合算すると必要拠出率は20%を上廻ると推定される。)更に現在7%程度の医療保険料率を年金保険料率に加算すると、将来に於ける社会保険負担率はきわめて高いものにならざるを得ないのである。社会保険料は一種の目的税と考えられているが、租税負担と社会保険負担を如何に調整するかという問題は重要である。租税は公共経済学の立場からは受益説に基き政府支出から個人の受ける便益に対する当該個人の評価とのバランスに於て説明される。しかしながら、実際の所得税、個人住民税の基礎控除・配偶者控除・扶養控除および累進税率等の税制を具体的に決定する政治的決定プロセスに於ては、税制調査会資料等によれば税制改正に際して政府支出に対する個人の受益の評価が政策当局によって論議された記録はあまりなく、現実の租税負担は能力説的発想に基いて決定されているように思われる。

一方、社会保険負担は受益説的発想にやや近く、医療および年金保険料率は雇用者については給料に対して累進しない一定の比例率(昭和45年現在政管健保7%、厚生年金6.2%)が適用され、基礎控除、扶養控除等の所得控除制度はない。比例率を適用する給与月額には上限が設定されており、(昭和45現在政管健保10.4万円、厚生年金10万円)、上限を超える給与部分には保険料はかからないことになっている。個人業主等を対象とする国民年金に於ては保険料は定額(昭和45現在月額450円)であり、老令年金給付も又定額的である。政管健保に於て保険料率を適用する給与に上限が設定されているのは、高額所得者が高額の医療費を必要とするわけではないためであり、保険料が給料に比例しているのは低額所得者の負担を軽減するためである。しかしながら第3章に於て説明するように給与が上昇するとともに扶養親族数が増加し、扶養親族も保険給付が受給(政管健保に於て与は半額健保負担)できること、高額所得者には医療費を比較的多く必要とする高令者が多いこと等のため、健康保険給付対保険料比率は幾分フラット化される。

健保の保険料のよって立つ原理を受益説で割切るならば例えば扶養親族の多い被保険者に対しては保険料に扶養加算をつけることになろうし、能力説で割切るならば所得税、住民税同様に扶養控除を設定せねばならない。医療保険の拠出と給付の関係については第3章に於て詳細に論じる。

社会保険負担が租税的であるとみなし得るかどうかには若干問題がある。加入が任意である生命保険や火災保険と異り、強制加入である公的保険は租税的彩色がやや濃厚であるが、強制加入である自動車損害賠償責任保険は私的保険と考えられている。一方、年金保険料に対する国民の受け取り方は同一個人に於ける異時点間の移転(タテの移転)を主眼とする私的保険に近い場合もある。年金保険加入者の中には、年金制度に保険料を積立てることによって出来ている基金は自分達のものであり、従って将来自分達は払っただけの分は回収するのであるという私保険的意識がかなり強く、自分達の保険拠出によって現在の老人達の面倒をみるのであるという意識はあまり強くないように思われる。即に、国民の間には公的年金保険のヨコの所得移転(現在の稼得者層が現在の老人層に所得移転を行うこと)の基本的性質が十分に理解されてはいないように思われるのである。また、後述する年金給付基準の中には保険料納付月数が含まれており、保険料を全加入期間にわたって納付した者と、そうでない物との間には格差が発生する。これは国民年金および厚生年金定額部分の場合保険料納付月数に比例する老令年金が給付されるためである。(第4章 4-1参照)老令年金給付を保険料納付月数に比例させるこの制度は保険料と給付をリンクさせるものであり、保険料が必ずしも租税的とは言えない私保険的性格もあわせもっている一例である。

社会保険は本来社会構成員の連帯感を基礎にリンクをプールするシステムであるが、社会保障の目的を達成するために国家が保険システムを活用しているものである。この意味で社会保険負担は租税とはややそのニュアンスを異にするものであるが、その金額ウエイトは前に述べたようにほぼ個人税に匹敵しているため、当然社会保険負担と給付および個人税は所得階級別に十分調整されなければならない。

社会保険拠出は租税的性格と私的保険的性格をあわせ持っているが、我々はここでこの2つの性格を分離することを試みることとする。火災保険のような代表的な私的保険に於ては、その保険料は生起する可能性のある保険事故iに対する支払保険金をAi,発生する確率をPiとするとき式1PiAiプラス保険会社の手数料で表わされる。医療保険に於てはその私保険部分式1PiAiの値は計測可能であるから、この私保険的部分を医療保険拠出から差引いた残額は租税と考えられるが、その部分は高所得階層から低所得階層への純然たる所得移転と考えられる。この計算は第2章で於て組合保険と政管健保について算出される。老令年金についてはこのように社会保険が私的保険部分と租税的部分に分れているという関係は極めて複雑であって、単純な論議ではない。

租税と社会保険拠出の最も異る点は、社会保険がその構成員の連帯感に基いて成立っていることであろう。もちろん租税と政府支出による所得再分配(例えば生活保護)は国民相互の連帯感と相互扶助の国民的合意の上に成立つものであるが、社会保険に於てはこの点がより強調されるために社会保険は連帯感の強いグループごとにまとめられ、結成される。このため、我国に於ては多くの年金および医療保険制度が並立しており、その結果一部にはグループ・エゴイズムの弊害が目立という主張も見受けられる。式5がその所得式6(j=1,・・・,N)に依存すると仮定しよう。基数的効用関数を前提すれば、社会全体の効用は式7で表わされる。しかしながらもし効用関数がその社会構成員の所属するグループの特性にも依存するとすれば、論議はやや面倒になる。社会がA,Bの2グループに分割され、それぞれの構成員を式8式9人としよう。式10Aグループの効用は式10、Bグループの効用は式11となる。A,Bは例えば白人と黒人、組合保険と政管健保、先進国と低開発国、若者と老人、等々が考え得るであろう。所得再分配が是認されるのは、グループ構成員の各々の効用関数がその所属するグループの所得分布にも依存し、所得分布の是正が各構成員の効用を高めると認識される場合である。

A,B両グループ間の連帯感が稀薄な場合は、グループ間の所得移転は小さなオーダーに止ることとなる。これは例えば我国の場合、沖縄県民と本土の県民との連帯感は強力であるが、バングラデシュ国民と日本国民との連帯感はそれほど強力ではない。という事実からその援助額に格差が発生するのである。連帯感の強弱は時として大きな社会的対立とグループ・エゴイズムを生み原因となる場合があり得るから、このような場合には、A,B両グループの連帯感を強めるような啓発を行い、相互扶助に対する国民的合意を育成することにより個々人の効用関数の構造を変えてゆくような政策がとられなければならない。


(注)本研究の構成は第1章に於て全般的な解説を行い第2章に於て所得階層別分布の中心的問題であるTransfer表を論じる。第3,4章に於ては準備段階として健康保険と厚生年金の制度の概要と問題をまず論じ、次いでTransfer表を作成するための説明と計算を行い、更に健保と年金プロパーのもつ関連する問題を論じる。第1,2章で健保と年金についてふれている箇所があるが、必要に応じて第3、4章の最初に解説してある制度の概要を参照すればよい。本論文を読むに際して他の健保・年金の解説書等を参照しなくてもすむように、制度の解説と問題点は第3、4章に於てくわしくふれてある。


全文の構成

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  2. 1ページ
    第1章 所得階層別分布
    1. 1ページ
      1-1 社会保険負担と個人税
    2. 3ページ
      1-2 所得移転(Transfer)
    3. 5ページ
      1-3 Transfer表の概念
  3. 8ページ
    第2章 TRANSFER表
    1. 8ページ
      2-1 対数正規分布
    2. 15ページ
      2-2 Transfer表の実例
    3. 30ページ
      2-3 Transfer後の分布グラフ
    4. 35ページ
      2-4 失業保険と労災保険
  4. 36ページ
    第3章 健康保険
    1. 36ページ
      3-1 健康保険制度
    2. 38ページ
      3-2 医療費の需要面
    3. 41ページ
      3-3 疾患別検討
    4. 45ページ
      3-4 所得と診療費の関係
    5. 47ページ
      3-5 国民健保の所得と医療費
    6. 51ページ
      3-6 貧困階層の医療費
    7. 57ページ
  5. 63ページ
    第4章 厚生年金
    1. 63ページ
      4-1 厚生年金制度の概要
    2. 64ページ
      4-2 厚生年金給付の決定要素
    3. 66ページ
      4-3 年金保険の考え方
    4. 68ページ
      4-4 マクロ経済的検討
    5. 71ページ
      4-5 厚生年金給付の計算上の仮定
    6. 72ページ
      4-6 厚生年金の計算
    7. 80ページ
      4-7 厚生年金の分析
  6. 83ページ
    第5章 個人税
    1. 83ページ
      5-1 個人税の概要
    2. 85ページ
      5-2 Transfer表の個人税
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