経済分析第42号
国際収支セクターの計量モデルとシミュレーション分析(注)

1973年1月
経済研究所国際収支ユニット
天野 明弘,小菅 伸彦,永田 宏一,今林 秀明

(序論)

 本稿は、日本の国際収支に関するより広汎な研究の一部であり、日本経済の四半期計量モデルと結合できるような形で、国際収支の諸項目を含む計量モデルを構成することを目的としたものである。本稿では、国際収支セクターを(1)輸出、(2)輸入、(3)サービスおよび移転取引、(4)長期資本、および(6)短期資本の五つのブロックに分け、それぞれのブロックをさらにディスアグリゲートして構造方程式の推定を行なっている。

 まず輸出ブロックについては、総輸出額を六つの地域(米国およびカナダ地域、ECおよびEFTA地域1、東南アジア地域2、オーストラリア・ニュージーランド・南アフリカ地域、その他自由諸国地域、および社会主義諸国地域)に分割し、最初の五つの地域について、各地域の日本の輸出に対する需要関数を推定した(社会主義諸国向け輸出は当面外生扱いとする)。これに対して、輸入ブロックについては、総輸入額を八つの商品グループ(食料品、繊維原料、金属原料、その他原材料、鉱物性燃料、化学製品、機械機器、およびその他の商品)に分割し、それぞれに対する日本の輸入需要関数を推定した。輸出関数を地域別、輸入関数を商品別に扱ったのは、そうすることによって本研究の主要な目的の一つである輸出入の価格弾力性の推定に関してより適切な変数の選択が可能となると考えたからである。

 サービスおよび移転引取ブロックについては、六つのタイプのサービス取引(運輸および貨物保険3、旅行、直接投資収益、その他投資収益、政府取引、およびその他サービス取引)のうち、政府取引を外生変数とし、残りのものについて、それぞれ国際収支上の受取および支払を決定する方程式を推定し、また移転取引については、民間移転収支決定式のみを推定した。

 長期資本ブロックは、直接投資、長期貿易信用、借款、証券投資などの長期対外資産・負債の変化を説明する8個の推定式を含み、短期資本ブロックは、民間非銀行部門の対外短期純負債減増と、民間銀行部門の対外短期資産および負債の変化を説明する3個の推定式から成っている。

 ところで、国際収支セクターをマクロ・モデルと結合するためには、国際収支セクターの説明変数で内生変数と考えるべき変数で、マクロ・モデルの中で内生化されていなものを決定する方程式が必要となる。このような「補助方程式」の必要な数は、もちろん結合されるマクロ・モデルによって異なってくるが、ここでは中規模のもの(たとえば、経済企画庁のパイロット・モデル4、あるいはLINKプロジェクトで用いられている日本のモデル5)を念頭におき、輸出ブロックについて7個、輸入ブロックについて10個、長期資本ブロックについて2個の補助方程式を推定している。したがって、本稿で示す国際収支セクターは、54個の推定式と31個の定義式をもち、85個の部門内生変数を含んでいる。

 以下、第II節では、各ブロックの構造方程式を推定する際の基本的なスペシフィケーションならびにデータの作成について説明し、国際収支セクターの構造方程式は第III節に一括して掲げた。諸変数の説明と、データの出所および測定単位については、第III節の末尾を見られたい。

 第IV節および第V節は、国際収支セクターを用いて行なったいくつかのシミュレーション実験の結果を示したものである。まず、第IV節では、国際収支セクターの経常勘定ブロックのみについて、国際所得勘定のマクロ諸変数を外生扱いとした体系で、為替レートの変更が輸出入額、貿易収支、経常収支などに及ぼす価格効果の大きさおよび時間経路を分析し、ついで経常勘定ブロックを経済企画庁パイロット・モデルと結合した上で、同様な分析を行っている。われわれの国際収支セクターでは、輸出入の長期の価格弾力性が比較的大きく推定されているが、価格変化の影響が相当長期のタオム・ラグを伴って現われること、所得効果が含められた場合に価格効果が著しく減殺されること(後に述べるように、これは本稿で用いたパイロット・モデルが有効需要の攪乱に対して極めて大きい周期的反応を示すことにもよる)などが示される。

 第V節では、経常勘定のみならず、資本勘定をも含む国際収支セクター全体をLINKモデルと結合し、まず国内有効需要の外生的変化(名目政府投資支出の増加)が国際収支の諸勘定、とくに貿易収支、経常収支、基礎収支、総合収支、および外貨準備高増減などにどのような影響を及ぼすかについてのシミュレーション分析を行なう。長期ならびに短期の資本収支を内生化することによって、有効需要の変化が国内均衡と国際均衡の維持に対してどのような意味を持っているかを量的に把握することがその目的である。財政収出の増加は、通常国際収支の悪化を伴いながら国内の雇用および所得の水準を高めるが、金融政策によって国内金利を引上げ、短期資本の流入によって国際収支への悪影響を中和しながら拡張的財政政策を行なうというポリシー・ミックスを採用したときに、その効果が単独の場合と比べてどの程度減殺されるかという問題は、これまでの数量的に分析されていない。第V節では、この問題についてもシミュレーション分析を行ない、短期資本移動の利子率の変化に対する感応度の大小が、そのようなポリシー・ミックスの成否にとって重要な意味をもっていることを示唆する。最後に、国内および海外における利子率の変化が、短期資本取引の変化を通じて国際収支および外貨準備高にどの程度の影響を及ぼすかという問題についてシミュレーション分析の結果を示す。


(注) 本研究の初期の段階では、小泉和夫、松本孝之の両氏が国際収支ユニットのメンバーであった。本稿作成にあたり、大阪大学の建元正弘教授、京都大学の森口親司助教授、経済企画庁経済研究所の短期分析ユニットの諸氏、電力中央研究所の矢島昭、内田光穂、植木滋之の諸氏、および日本銀行統計局統計解析課の方々、とくに江口英一、三宅純一の両氏に多くの援助を賜った。付記して謝意を表わしたい。

1 オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、フランス、西ドイツ、イタリア(以上EC)、ノルウェー、スエーデン、デンマーク、イギリス、スイス、ポルトガル、およびオーストラリア(以上EFTA)。なお、1970年3月にEFTAに加盟したアイスランドについては、データの連続性の関係から、EC,EFTA地域から除いてある。

2 琉球、大韓民国、中華民国、香港、ベトナム共和国、カンボジア、タイ、シンガポール(1964年1月-1965年3月はシンガポール州。1965年4月-1966年2月はマレーシアに含まれる。)、マレーシア連邦(1964年1月-1965年3月はマラヤ州およびサバー州。)フィリピン、インドネシア(1965年1月以降は西イリアンを含む。)ビルマ、インド、パキスタンおよびセイロン。

3 国際収支表では、保険が一つの項目として挙げられているが、貿易取引に伴う貨物保険とその他の非貨物保険が一括されているため、受取および支払を決定する方程式の推定が容易ではない。(A. Amano,"A Quarterly Econometric Model of the Japanese International Service Transactions:1961-1968,"The Annals of the School of Business Administration, Kobe University,1971参照。)そこで、本稿では貨物保険を運輸に加え、非貨物保険はその他のサービス取引に含めて推定を行なった。

4 「短期経済予測パイロットモデルの再推定結果および外挿結果について」『経済分析』(経済企画庁経済研究所)、付録第14号(昭和46年9月)参照。

5 C. Moriguchi, M. Tatemoto, and M. Uchida, "A Quarterly Econometric Model of Japan : New Version for International Linkage Experiments, "Kyoto Institute of Economic Research, Kyoto University, Discussion Paper No.043および内田光穂・建元正弘「電研マクロ・モデル:1958.I-1968.IV」『電力経済研究』NO.1(1972年8月)参照。なお、LINKプロジェクトというのは、各国の計量経済モデルおよび、地域計量経済モデルを結合することによって整合的な世界貿易・経済モデルを構成しようとする国際的研究プロジェクトであり、米国ペンシルヴァニア大学のL.R.クライン教授の統括の下に多数の学術・公共研究機関および国際機関(IMF,UNCTAD)が参加している。その詳細についてはR.J.Ball,ed., International Linkage of National Economic Models(North-Holland Publishing Co., forthcoming)参照。


全文の構成

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  2. 1ページ
    I. 序論
  3. 3ページ
    II. モデルのスペシフィケーション
    1. 3ページ
      II.1 輸出ブロック
    2. 5ページ
      II.2 輸入ブロック
    3. 5ページ
      II.3 輸出入価格のデータについて
    4. 7ページ
      II.4 サービスおよび移転取引ブロック
    5. 8ページ
      II.5 長期資本ブロック
    6. 9ページ
      II.6 短期資本ブロック
  4. 10ページ
    III. 国際収支セクターの構造方程式
    1. 10ページ
      III.1 輸出ブロック
    2. 12ページ
      III.2 輸入ブロック
    3. 13ページ
      III.3 サービスおよび移転取引ブロック
    4. 15ページ
      III.4 長期資本ブロック
    5. 17ページ
      III.5 短期資本ブロック
    6. 17ページ
      III.6 輸出価格
    7. 18ページ
      III.7 国内卸売物価
    8. 20ページ
      III.8 その他補助方程式
    9. 21ページ
      III.9 定義式
    10. 22ページ
      III.10 変数リストおよびデータの出所
  5. 22ページ
    IV. 為替レート変更の価格効果
    1. 32ページ
      IV節への付録1
    2. 33ページ
      IV節への付録2
  6. 49ページ
    V. 国際資本移動と国際収支
    1. 59ページ
      V節への付録
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