経済分析第43号
高年令者層ならびに低所得者層における「現在の生活満足」および「将来の生活不安」意識に関する数量化理論・第II類による分析(注1)

1973年2月
<経済研究所システム分析調査室>
公文 俊平,小野 宏逸,浦尾 武昭(注2)

(まえがき)

(一)

近年では、行政機関は国民生活のさまざまな側面での福祉水準の向上に責任を負っているという考え方や、生活のさまざまな側面に発生する問題の解決に行政機関が大きな役割を果たしてほしいという期待感が、とみに強まってきている。他方、好むと好まざるとにかかわらず、行政当局の規模や活動の巨大化・広汎化が進行しているために、行政当局の存在や活動が国民政活のさまざまな側面に実質的な影響をますます多く及ぼすようになりつつある。また、いわゆる"cheap government"の考え方は失われてすでに久しいが、それだけに行政経費の節約や効率的な使用の必要はいっそう増大してきている。行政活動に関する意思決定に計画性と慎重さが要請されるゆえんである。

行政活動の対象は「社会」である。つまり、行政当局は、なんらかの意味で社会に働きかけ、それを通じて社会の望ましい状態を維持・回復したり、より望ましい状態を作り出したりしようと試みるのである。だが、そのためには、社会の「状態」をあるいは個別的にあるいは総合的に表現するための指標――いわゆる「社会指標」――が、測定手続きをも含めて「客観的に」作成される必要がある。註)でなければ、行政活動の成果を多少とも「客観的に」、つまりなるべく多数の人々の合意が得られるような仕方で、評価することは不可能である。

もっとも、一般に社会指標とよばれている指標には、さまざまな内容のものがありうる。とりわけ、社会指標はその用途に応じていくつかの異った種類のものを考えることができる。たとえば、ある時点でのある会社の状態が望ましさを、他の時点でその会社の状態との比較において、あるいは他の会社のある適当な時点での状態との比較において、評価しようとして作成する指標がある。これは評価用の指標というべきであろう。また、たとえば行政当局が自己の活動の達成目標として作成する会社指標もありうる。これは目標用の指標というべきであろう。もちろん、評価用の指標と目標用の指標とは、その性質をかなり異にする。たとえば、行政当局にとって達成がそもそも不可能なような社会状態は、目標の中に含めても意味がない。しかし、評価用の指標にとっては、ある状態が人為的に、とりわけ行政当局の活動を通じて、達成しうるかしえないかは、さしあたりどうでもよい問題である。第三の種類の指標としては、行政当局による社会の状態の制御用の指標を考えることができる。この種の指標は、「指標」とよぶよりは、活動の対象としての社会の「モデル」とでもよぶ方がより適切かもしれない。すなわち、それは行政当局にとって利用可能な政策手段とそれらの手段を用いた結果として生ずる社会の状態の変化の両者についての指標を含み、かつ、両者のあいだの因果関係を示すものでなければならない。

さきに述べた、行政活動の成果を評価するための指標は、上の第二および第三の種類の指標と密接に関係するものであるが、同時にそれは、達成される社会状態の「便益」と利用される多数の「費用」を比較可能な形で表わすことのできるものでなければならないだろう。その意味では、この第四の種類の指標は、上述の三種の指標いずれとも異ったものでありうる。

(二)

以上のいずれの用途のためのものであろうと、社会指標(総合的な)を構成する個別的指標としては、「客体的」指標とでもよぶべき指標群と「主体的」指標とよぶべき指標群の二種類を区別し、共に考慮に入れることが重要であると思われる。なぜならば、社会の構成要素としての人間は、自分自身での評価や判断を形成する「主体」であって、かれが主体的に行っている評価や判断の内容がどのようであるかということは、社会の状態を示す上では、かれの客観的に測定可能な状態とならぶ重要性をもっていると考えられるからである。

「客体的」指標群には、社会の構成メンバーとしての個別主体自身にかかわるさまざまな客観的状態-たとえば、年平均所得、1人あたり住宅面積、栄養摂取水準、等々-をはじめとして、個別主体にとっていわゆる環境状態であらわす諸指標-たとえば大気や水の汚染度、人口1,000人あたり医師数、都市面積に占める道路や公園の比較等さまざまなものが考えられるが、前者の範疇との厳密な区別は必ずしも容易でない-から、さらには全体としての社会状態-社会の安定性とか成長力、富の分配の平等度等々-にいたるさまざまな種類のものが考えられる。他方、「主体的」指標群には、個別主体の生活満足度、将来の生活への期待や不安の度合いといったような直接自分自身の状態についての意識をあらわすもののほか、個別主体がその自然環境や社会環境あるいは全体としての制度的仕組みをどのように評価しているかに関する指標や、他の主体がもつ意識についてどんなイメージをもっているかといったような指標などを考えることができる。たとえば、行政当局が行ったある特定の意志決定の内容そのものには不満がないが、その決め方がよくない、自分の意志はきかれなかったといった不満は、当該社会の制度的な仕組みないし仕組みの運営の方式に関する評価だろう。また、自分は幸せだが、周囲には不幸な人が多いのでこのような社会には不満だといったような意識、自分の状態は決して悪くはないが他人の状態がもっとよいのが気に入らないといったような意識あるいはその逆の種類の意識なども、社会の状態の指標としての重要性は決して小さくあるまい。

社会指標の一環としての「主体的」指標の重要性は、基礎的物的生活水準かなりの上昇が一般に達成されたあとのいわゆる脱産業社会において、とりわけ大きくなると考えられる。それは、人々の主体的関心自体が物質的満足の追求から精神的満足の追求へと向う傾向をもつという意味でもそうであるし、また、社会指標の中で客観的指標群の値がいずれもかなりの高水準にあるからといって、それだけで社会は満足すべき状態にあるとは必ずしもいえない-人々の多くが不満をいだいているような社会は望ましい状態にあるとはいいがたいから-という意味でもそうである。

主体的指標は、それ自体としてもつ直接的な重要性のほかに、客体的指標の種類の選定や個別指標の総合化のための指針を与えるものとしても利用しうるという意味での間接的な重要性をももっている。たとえば、日本IBMは、兵庫県の求めに応じて試みた住宅需要予測の中で、居住環境状態の総合指標を作成するにあたって。この種のアプローチを採用している。すなわち、一方ではアンケート調査によって、住民が居住環境状態の状態をどう判断しているかを調べ、他方では居住環境状態のさまざまな側面に関係すると思われる各種の客体的指標群-大気汚染度、騒音等々-を選び出す、そして、林の数量化理論第II類の手法によって、前者を外的基準として場合の後者を独立変数とする判別用回帰式を求める。最後に、この回帰式に登場する独立変数とそれらに与えられたウエートを利用して、独自の客体的総合指標としての居住環境水準を作成する、というのがそのアプローチの概要ある。これは、個別的な客体的指標の選定やそれらの総合化の手続きに関して、専門家の意見徴したり住民の意見を調査したりする方法に対するひとつの可能な、かつ内容によってはかなり有力な代替案となりうるであろう。

(三)

以下に示すわれわれの研究は、上に主体的社会指標とよんだもののさまざまな方向への応用可能性の一端を追求したものである。そこでは、60才以上の年令層、および100万円以下の年所得層を主たる研究対象とし、個別主体の総合的な評価(現在の生活に満足しているかいないか、および将来の不安があるかないか)をそれぞれ一個の外的基準とみなし、数量化理論第II類の手法による判別回帰式の決定が試みられている。そのさいの独立変数として考慮したのは、各人の生活状態や環境状態に関する主体的はさまざまの個別指標、それらの人々の客体的な生活状態(年収、居住形態、職種等々)および性別、年令、学歴等の個人的属性などである。本研究のひとつのねらいは、こうして取り出された回帰式を、総合的評価という主体的指標の値を決定する因果モデルとして解釈してみることにあった。もちろん、そのような解釈はこの種の回帰式に内在的なものでありえないし、解釈の結果を予測や政治決定に応用するとたちまち誤ってしまうという可能性は十分にある。われわれとしては、それらの危険や限界は承知の上で、あえて回帰式を因果モデルと解した場合のインプリケーションの若干を具体的に検討してみたいと考えたのである。

その種の応用可能性の例をいくつか列挙してみよう。たとえば、典型的な「満足人間」や「不満人間」のプロフィルをこれによって浮かび上らせることができるであろう。すなわち、各独立変数の値がどのようなものであれば、その個人が現在の生活に不満(あるいは満足)であるという総合的な判断をもつ確率がもっとも大きいか、ということは、分析の結果からただちに引き出すことができる。また、ある個人について、彼が個々の独立変数に対して与える値から彼のスコアー(この語の意味については本文を参照されたい)を計算し、同時に彼が与える総合的な判断をも知った上で、分析に用いたサンプルにおけるスコアーの分布と総合判断との値との関係に照らして、この個人の判断はどのていど標準的であるかそれとも特異なものであるかを判断することもできる。あるいは、スコアーだけをもとにして、彼がどのような総合判断をもちそうかを予想するためにも、この分析を利用することができるであろう。

しかしながら、本研究を行うにあたって、われわれがもっとも大きな興味をもったのは、この種の分析(および結果の因果モデルとしての解釈)が、行政当局の活動に対してもつ政策的なインプリケーションであった。すなわち、独立変数のなかになんらかの意味で行政担当にとっての政策変数となりうるものが含まれていれば、行政担当はその値を適当に操作することによって、諸個人のスコアーをあるていど動かせると期待することができる。もしも現実の社会において、ここで想定されたような因果関係が存在し、かつその構造が多少とも安定的であるならば、行政担当はさらに、このような政策活動を通じて、間接的に諸個人の総合判断の値そのものを変更する可能性をもっと期待することができる。たとえば将来の生活に不安を感じている人のなかには少なくとも何人かについて、不安でないようにすることができる。こうして、主体的社会指標の値の政策的な制御の可能性が生まれることになるのである。

いうまでもないことだが、われわれの研究自体は、ごく端緒的なものであり実験的なものにすぎない。また、この種の研究の結果をあまりに早急かつ安易に政策上の意思決定の指針として利用しようとすることは、かえって危険であるかもしれない。それにもかかわらず、読者はこの種の研究がもちうる潜在的な重要性については、十分納得していただけるであろう。この種の研究をより広汎かつ継続的に行うことの必要性についての同様である。たとえば、外的基準としてさらに多様な主体的指標を取ってみることや、その値の区分をより細かくする(満足している、いないという二値的な区分のかわりに、たとえば五段階にわけてみるといったような)ことが考えられる。調査対象の範囲や区分を広げることも興味深いだろう。さらに、独立変数の候補となりうる変数も、政策的応用を主目的とする場合には、その選び方がおのずと異ってくるはずである。本研究は総理府が毎年行なっている「国民生活に関する世論調査」データを利用したので選びうる変数の範囲も原調査に制約されているが、独自の調査をデザインする可能性も当然追求されてよかろう。さらに、同種の分析をいくつかの年について行ってみて、構造の安定性をチェックしてみることも必要である。その点、われわれが利用した調査は毎年継続的に行なわれており、調査結果のテープが利用可能ならば、容易にチェックを行なうことができるという利点を持っている。いずれにせよ、これらはすべて将来の課題に属する。註)指標の「客観性」には、少なくとも二通りの意味を区別できる。第一にある指標の定義および測定手続きに関して、人びとの間に合意が成立し、だれが測定してもほぼ同じような値がえられると期待できるという意味での客観性がある。第二には、さまざまな種類の指標システムが存在し、そのおのおのについてさまざまな種類の測定手続きが存在しうる場合、行政活動の評価という目的のためにはどの指標システムを採用しまたそれに対してどんな測定手続きを採用するかについて、なるべく多くの人びとの意見が一致しているかという意味での客観性かある。ここでは、「客観的」ということばに、その両様の意味を含ませて用いている。

本研究の構成は4つの章からなっている。第1章では分析手法として用いた数量化理論・第II類を概説する。第2章において現在の生活満足意識に関する分析結果を、次いで第3章において将来の生活不安意識に関する分析結果を述べる。最後に、第4章において結論として第2章と第3章の分析結果をふまえ、主として意識改善のための政策の検討を行なった。


(注1)本研究にあたり、数量化理論のプログラム作成において、当研究所の村上健吾および大臣官房情報管理室伊藤征一の協力を得た。
 ここに使用した基礎データである「国民生活に関する世論調査」のデータ・テープは、内閣府総理大臣官房広報室が作成したものである。そのテープを快く提供してくださったことに対して、ここに感謝の意を表したい。

(注2)現在は労働省労政局労働経済課に勤務している。


全文の構成

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  2. 1ページ
    まえがき
  3. 4ページ
    第1章 分析手法の概要(数量化理論・第II類)
  4. 6ページ
    第2章 現在の生活満足=数量化理論・第II類による分析
    1. 6ページ
      第1節 まえがき
    2. 6ページ
      第2節 60才以上の年令者層に関する分析
      1. 6ページ
        (1) 全対象者と60才以上の男子層との比較分析
      2. 7ページ
        (2) 60才以上の男子層と女子層との比較分析
      3. 9ページ
        (3) 60才以上の男子層と20~39才の男子層との比較分析
      4. 10ページ
        (4) 60才以上の女子層と20~39才の女子層との比較分析
    3. 11ページ
      第3節 年収100万円未満世帯人層に関する分析
      1. 12ページ
        (1) 年収100万円未満世帯人層と100万円以上200万円未満世帯人層との比較分析
      2. 13ページ
        (2) 年収100万円未満世帯人層と200万円以上世帯人層との比較分析
    4. 15ページ
      第I表 各対象グループにおける説明変数寄与率
    5. 16ページ
      第I図 各対象グループにおける説明変数寄与率
    6. 17ページ
      第II表 各対象グループにおけるカテゴリー・ウエイト
    7. 21ページ
      第II-0図 全対象者における度数分布
    8. 21ページ
      第II-1図 60才以上の男子層における度数分布
    9. 22ページ
      第II-2図 60才以上の女子層における度数分布
    10. 23ページ
      第II-3図 20~39才の男子層における度数分布
    11. 23ページ
      第II-4図 20~39才の女子層における度数分布
    12. 23ページ
      第II-5図 年収100万未満世帯人層における度数分布
    13. 24ページ
      第II-6図 年収100万円以上200万円未満世帯人層における度数分布
    14. 24ページ
      第II-7図 年収200万円以上世帯人層における度数分布
  5. 25ページ
    1. 25ページ
      第1節 まえがき
    2. 25ページ
      第2節 60才以上の年令者層に関する分析
      1. 25ページ
        (1) 全対象者と60才以上の男子層との比較分析
      2. 27ページ
        (2) 60才以上の男子層と女子層の比較分析
      3. 28ページ
        (3) 60才以上の男子層と20~39才の男子層との比較分析
      4. 30ページ
        (4) 60才以上の女子層と20~39才の女子層との比較分析
    3. 31ページ
      第3節 年収100万円未満世帯人層と100万円以上200万円未満世帯人層との比較分析
      1. 31ページ
        (1) 年収100万円未満世帯人層と100万円以上200万円未満世帯人層との比較分析
      2. 32ページ
        (2) 年収100万円未満世帯人層と200万円以上世帯人層との比較分析
    4. 34ページ
      第I表 各対象グループにおける説明変数寄与率
    5. 35ページ
      第I図 各対象グループにおける説明変数寄与率
    6. 36ページ
      第II表 各対象グループにおけるカテゴリー・ウエイト
    7. 40ページ
      第II-0図 全対象者のおける度数分布
    8. 40ページ
      第II-1図 60才以上の男子層における度数分布
    9. 41ページ
      第II-2図 60才以上の女子層における度数分布
    10. 41ページ
      第II-3図 20~39才の男子層における度数分布
    11. 42ページ
      第II-4図 20~39才の女子層における度数分布
    12. 42ページ
      第II-5図 年収100万円未満世帯人層における度数分布
    13. 43ページ
      第II-6図 年収100万円以上200万円未満世帯人層における度数分布
    14. 43ページ
      第II-7図 年収200万円以上世帯人層における度数分布
  6. 44ページ
    第4章 結論
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