経済分析第45号
年金の将来推計 他

1973年11月
<分析1>
市川 洋,北村 博
<分析2>
市川 洋,西 三郎

<分析1> 年金の将来推計(注1)

(租税との関連)

現在の我国の年令別人口構成は、世界歴史に類例のない転機をむかえており、ヨーロッパ諸国が100年かかって到達した老令化社会に、わずか25年の高速度で突入しようとしている。この急速な老令化に如何に対処し、のりきってきくかは、まさに民族的課題と言えよう。年金制度の充実は、人口構成の老令化に対処するための対策の一つであるが、年金だけではこの大問題に対処しきれないかも知れないほど将来の年金保険料負担は重くなることが、ほぼ確実に想定される。この事実をデータに基づいて明らかにし、負担が重くなる場合の対策を検討するのが本来の目的である。

先進国スェーデンにおいては、租税と社会保険負担を合算したものは国民所得の4割を上廻っており、我国も将来このような状態に近付くことが予想されることを以下において明らかにするのであるが、このような高負担に耐えうるためには、それなりの国民的合意の成立を必要とする。所得再分配は社会保障、特に老人問題に大きなウエイトを占めているが、それは個人の所得に直接かかわるものであるために、国民の間に深刻な利害対立と祖剋を生みかねない危険をはらんでいる。

国民がいくつかのグループに分かれて特定制度を維持している場合、国民的合意の成立していない所得再分配をグループ間において強行すると、それは国民の連帯感をきずつけ、社会保障の理念をそこなうことになりかねないのである。

社会保障においては、特に給与所得者と農業事業所得者の両グループ間の調整をいかに行うかがきわめて重要な問題となる。給与所得者は一般にその所得が把握しやすいため、租税負担および社会保険負担が目いっぱいかかるのに対し、農業・営業所得者等は一般にその所得把握が困難であるため、租税負担および社会保険負担が給与所得者に比べて一般に軽くなる傾向がある。農業営業所得者等を対象とする医療保険および年金保険は国民健康保険および国民年金であるが、それらは給与所得者を対象とする健康保険(組合保険と政管健保に分かれている。)および厚生年金に比べて国庫負担率がかなり高くなっている。それにもかかわらず、国民年金はそう遠くない将来財政が苦しくなることが知られている。国民年金が財政困難に陥る以前に、その対策をねり、国民的合意の育成を図らねばならぬ。

社会保障の目指す所得再分配は、国民の連帯感による相互扶助の精神に基づいて、国民的合意の形成をまって行わるべきものであって、本来権力的に行うものではない。もちろん租税も同様の精神に基づかねばならないが、社会保険負担よりやや強制的ニュアンスが強くなる。理論上は租税と社会保険負担は同一と考えて差支えない場合が多いが、年金保険負担には若干の私的貯蓄的要素が含まれている。社会保障負担と租税との最も大きな相異は、前者が個人の受ける給付と比較的密着しているのに対し、後者は個人の受ける政府サービスと負担の関係が必ずしも十分明らかでないことである。もちろん、公共経済学においては、個人の負担する租税と個人の受ける政府サービスがリンダール・ダイヤグラム上で均衝するようにこの問題は理論上は解かれている。

しかしながら、リンダール・メカニズムの示す解に到達するための必要条件である、国民が自分の選好を直接表明する場合は現実には存在せず、負担率が合意に到達する政治システムは間接的な代議選挙制度を通じるのみである。

我国においては、租税の負担感が重いと一般に言われている。しかしながら、国際比較を行ってみると、日本の租税負担は軽い方に属している。国税と地方税の合計を分子に、国民所得税Yおよび国民総生産Vを分母にした1971年分租税負担率は次の通りとなっている。

租税負担率
  /Y /V
日本 19.3 15.6
アメリカ 28.5 23.2
イギリス 39.9 30.8
西ドイツ 29.3 22.6(1970)
フランス 27.2 20.9
イタリー 23.7 19.3

日本では軍事負担費が少なくてすむという理由は若干あるにしても、租税負担はかなり低い。にもかかわらず重税感がある、ということは、国民が政府支出に納得していないためもあろう。国際比較すれば決して高くない租税負担でも、その租税の使途に国民合意が形成されていなければ、政府サービスから受ける便益に対比して租税が重く感じられることとなる。

我国の政府支出は、国家予算において、防衛費と社会保障費の構成比がヨーロッパ諸国に比較して低いのが特徴である。

一方、農業関係費のウエイトはかなり高くなっているが、これは諸外国と比較して、部分利害を調整するための政治的コストが高価につく我国の風土のためかも知れない。政府支出の合理化は必ずしも十分には行なわれておらず、行政改革もあまり実行されていない現在、国民が租税の使途が効率的でないと感じているのはもっともである。租税と政府支出の関係においては、高負担が高福祉をもたらすという保障は必ずしも十分でない。このため、租税を財源として高福祉をあがなうことには限度がある。この限度を高めるためには、行政改革を含めた政府支出の合理化と、租税における所得把握率の均一化が必要であるが、その背後に国民的合意が存在していなければならぬ。

社会保険は一種の目的税と考えられるが、ここでは高福祉・高負担の関係は比較的明らかである。このため、社会保険負担を引上げることに対する説得力は、租税の場合よりも強いと思われる。


(注1)本研究は特定の前提下においてモデル計算を試みたものである。年金の被保険者数、給付総額等の基礎データは厚生省年金局のものによった。


全文の構成

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  2. 1ページ
    1.租税との関連
  3. 2ページ
    2.年金保険の公平性
  4. 4ページ
    3.基礎データ
  5. 7ページ
    4.年金収支
  6. 8ページ
    5.国民年金財政
  7. 10ページ
    6.厚生年金
  8. 13ページ
    7.年金の比較
  9. 14ページ
    8.積立金が0になる時点

<分析2> 医療費の需要要因(注2)

(序論)

1-1 社会保険

社会保障における医療の分野は、医療費の保証と医療サービス供給の保障に大別されるが、ここでは医療費の保証サイドの問題をとりあげて論じることとする。

社会保障は富める者が貧しい者のために所得あるいは財貨サービスの提供を行なうものであるから、本質的に富める者と貧しい者の分布、すなわち所得階層別分布が社会保障制度によって行われる所得移転の結果、どのように変化するかを問題としなければならぬ。さて、医療は所得階層別分布上、特別な問題を提起する。疾病は確率的に発生するが、一たび重症疾患罹ると巨額の医療費支出をよぎなくされる丈でなく、所得稼得機会を喪失するおそれがある。すなわち疾病は2重に患者とその家族にも打撃を与えるのである。

このように確率的に発生する事故を保障するシステムとして保険システムが誕生し、世界各国においても医療費保障を保険システムによっている所らが多い。保険システムはリスクをプールするシステムであって確率的に発生する保険事故による給付費がプール計算できる程度に十分な保障制度加入者が存在するときに成立する。そして医療保険は疾病にかかった際の医療費の保障と、疾病にかかったため所得稼得機会を失った場合、あるいは所得が減少した場合における所得保障の2つの機能を持っている。

一般に保険システムは保険事故が発生した場合における給付することと、給付費をまかなうための保険料を徴収することの二つの事業から成っているが、社会保険においては給付費用の一部にあてるための財政負担(国庫負担等)が行われることが多い。保険料は給付費をまかなうに足る総額を徴収する必要があるが、それは個々の保険事故の給付補費に発生確率を乗じたもののそう合計である。個々の加入者にその総費用を割り当てる方法が問題であるが、わが国の大部分の雇用者医療保険においては給与に比例的な保険料を徴収している。社会保険の特徴を明らかにするため、私的保険における保険料を考察してみよう。厳密な意味における私保険制度の保険料は各個人の受給する給付の確率論的意味における期待値に保険制度の運用コストの加入者1人当り平均値を加算したものが保険料とされる。すなわち、保険料は(給付額×保険事故発生確率)にリンクされる。たとえば、災害保険については契約額が高額になれば保険料も高額になるだけでなく、火災の発生確率の高い民家密集地域の方が野原の一軒家よりも火災保険料は発生確率に比例して高額になる。

我国の医療保険は社会保険であるが、社会保険においては保険料と保険給付は必ずしもリンクされず、保険料負担能力も加味したうえで保険料の算出システムが決定される。保険料負担能力は、所得および扶養親族数等が重要であり、保険給付、すなわち、保険システムによる受益の程度は疾病の発生確率および扶養親族数に関係する。(扶養親族に対しても医療保険給付が大体医療費の5割以上支給される。)この外、若干の国庫負担が行われる場合がある。

1-2 医療保険と所得再分配

本研究は2つの部分に別けられる。第2、3章においては、医療保険がどのように所得再分配をしているか、医療費の需要面は所得とどのように関係しているかを明らかにし、私保険的な意味における保険料と比較して社会保障としての医療保険給付と保険料の比較分析を行う。ここでは扶養親族の多寡に基づく給付の大小もこめて給付が算出され、また疾病の発生する確率が医療費階級別に検討される。疾病の発生する確率を医療費階級別に把握することは、保険システムにおいて最も基本的な事項であるとともに、医療においても重要である。ひとたび重症疾患に罹るとその必要医療費は生活をおびやかす程高額になるとともに、所得稼得機会まで喪失する可能性のあることは、医療の特性であるから、高額医療費を要する疾病の発生率は所得、年令等の要因別に確実に把握されねばならない。

一般に医療保険による所得再分配効果はあまり大きくないと云われている。市川洋、仙石隆史による研究「社会保障と所得階層別分布」(経済分析第41号経済企画庁経済研究所、1972年11月)によれば、昭和45年の保険制度加入者の年間1家族当たり医療費は平均して6万円未満であり、保険料は9万円未満であるから、平均値としてはいずれにせよあまり大きな給付および拠出額にはならない。しかしながら、これは平均値としては所得再分配効果が小さい、ということにすぎない。本質的に、所得再分配は平均値やマクロ集計量で論議するべき問題ではないのであって、あくまでも所得階層別検討を必要とする。必要とされた医療費を所得から控除して考えれば、医療費を全額保険費で給付を行うシステムは絶大な所得再分配機能を有することとなる。すなわち、医療保険の所得再分配機能のかなり大きな部分は、「保険システム」本来の確率的に発生する保障事故の損害をカバーする機能に基づくのである。

この観点に立って考察するならば、医療保険の所得再分配機能を十分に発揮させるためには、高額医療費の全額保険負担が望ましいことが理解される。このためには、差額ベッドが存在することや付添いの費用のような医療に必要不可欠な費用が保険負担にならないことは医療保険の所得再分配効果を弱める要因であり、さらに、最も問題の多いには家族医療費が大体半額しか保険負担にならないことである。本人も家族も重症疾患に罹った場合には万全の治療を受けなければならないことは同じである。家族が重症疾患で高額医療費を必要とする場合、半額の自己負担さえ生活をおびやかすであろう。家族の医療費の半分が自己負担であることは、保険本来の機能を減殺してしまっている。なおこのような制度は、医療保険が企業の労務対策から発生した歴史に基づいている。第2章においては、家族分医療費の患者負担分も明らかにされる。

1-3 所得、年令等と医療費

本研究の後半は、医療費の需要面に影響与える要因として、所得、年令、本人と家族、性別当の要因につき、それがどのように医療費に影響するかをまず、ファクト・ファインディングを行い、分析し、何故そうなるのかをできるだけ解釈し、説明することを試みる。問題は半ば経済的であり、半ば医療的なものでもある。年令、性別が医療費に影響する理由の大半は純医学的なものである。年令が医療費に影響する原因の基本的な要素は老化現象に基づくと思われる。これらの問題は経済学的アプローチとしては疾患別、年令別受診率および1人当り医療費の統計からファクト・ファインディングが行われる。別に医学の分野における研究の成果をふまえて、経済研究者と医学研究者との共同研究開発がまたれる分野でもある。性別の要因も年令と同様の事情があるが、家庭婦人の受診率が就労婦人に比べてきわ立って低いこと、特に入院においてすらきわ立って低いことは経済的要因もからんでいると思われる。

所得が医療費に与える影響は経済学的、医学的にきわめて重要であるとともに興味深い問題であり、医療保険の本質的問題にも関係している。長期にわたる栄養条件、労働条件等(所得と深く関連している。)が疾病と如何にかかわらり合っているかは、インター・デイシップナリな問題として、医学、社会学および経済学の各サイトから深い検討を加えてゆく必要がある。本研究においては、主として経済サイトからのファクト・ファインディグに主力がおかれるが、医学プロパーの立場からの研究も進められることが望ましい。

所得と医療の関係するきわめて特異な例として、現在約130万人を数える生活保護世帯におけるきわ立った高受診率、しかもその約半分近くが精神障害であること、および伝染病のウエイトが高いことが著しい結果として得られている。精神分裂病、精神薄弱等の原因が貧困という結果を生む経済学的、社会学的分析が今後行われなければならない。また、精神障害の一つの原因である遺伝要因、貧困という環境要因が医学的、経済学的、社会学的にどのようにかかわり合っているかということに関する研究も、今後の課題として推進されねばならないであろう。これらの研究における方法論は必ずしも従来の経済学のワクに含まれないかも知れないが、精神障害、心身障害、ねたきり老人等の問題も含めて、医学、経済学、社会学、財政論の総力をあげて問題の研究と解決に努めねばならない。


(注2)本研究を行うに際して、社会保険庁総務課数理室長 谷口泰範氏および理数室の方々から、統計資料に関してひとかたならぬ御援助を戴いた。


全文の構成

  1. 19ページ
    第1章 序論 別ウィンドウで開きます。(PDF形式 172 KB)
    1. 19ページ
      1-1 社会保険
    2. 20ページ
      1-2 医療保険と所得再分配
    3. 20ページ
      1-3 所得、年令等と医療保険
  2. 21ページ
    第2章 医療保険の給付構造
    1. 21ページ
      2-1 基本統計表
    2. 23ページ
      2-2 保険料と給付
  3. 27ページ
    第3章 所得と年令
    1. 27ページ
      3-1 男子本人の医療費
    2. 32ページ
      3-2 女子本人の医療費
  4. 33ページ
    第4章 性別・本人・家族別分析
    1. 33ページ
      4-1 全般的分析
    2. 37ページ
      4-2 疾病別分析
  5. 42ページ
    第5章 国民健康保険
    1. 42ページ
      5-1 国民健保の概要
    2. 43ページ
      5-2 Rとmの分析
  6. 46ページ
    第6章 生活保護の医療
    1. 46ページ
      6-1 生活保護概要
    2. 47ページ
      6-2 精神障害
    3. 47ページ
      6-3 貧乏と精神障害
    4. 50ページ
      6-4 疾患別検討
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