経済分析第48号
技術進歩の産業別計測

1974年7月
篠原 三代平,浅川 清志

(実証以前の理論的な問題-資本概念)

戦後わが国の急速な経済成長の過程を分析する場合に、技術進歩の問題は見逃しえない重要なポイントであろう。しかし、業種ごとに、いつどういう新規の技術・設備が導入されたかといった情報が積み重ねられていったとしても、それぞれの産業の成長率に対する技術進歩の寄与といった定量的な分析にまで入ろうとすると、それだけでは不十分であることがわかる。とたんに最近の経済学で流行している生産関数の計測を前提にした方法とか、あるいは、労働・資本を組合わせた形のいわゆるtotal(factor)productivityの分析を欠くことができなくなるように思われるのである。実はわれわれはこの慣行の方法から離れて、産業別技術進歩の計測を行う方法がないかを模索したのであるが、結局最近の経済学の流れに押しかえされざるをえなかったといえよう。近時生産関数やtotal productivityの計測例は国際的にも尨大な量に達しており、すでにいくつかの展望論文〔1〕〔2〕〔3〕〔4〕も発表されているくらいである。

しかし、ここで述べたtotal productivityの方法もimplicitには何がしかの生産関数を前提にしていることになると思う。とすれば、生産関数の計測に当って逢着する厄介な理論的問題-Joan Robinson〔5〕提出の問題-をどう考えるかに最初に触れておかねばならない。

一般に知られているように、生産関数を計測する一つの目的は、所得分配に対する限界生産力説の観点からアポローチということにある。しかし、生産関数に入ってくる資本の大きさそのものは利子率と無縁ではない。だから、資本の価値がもし将来期待収益の還元価値にひとしいとすれば、将来収益の系列を割引くには利子率が前提されていなければならない。ところが、限界生産力説によって利子率のレベルを説明しようとして、生産関数から出発するわけだが、生産量の動きを説明する労働量、資本量のうち、資本の大きさ自体は利子率を前提することなしには決定されない。とすれば、資本を説明変数の一つとして含む生産関数から出発して、利子率を説明しようとしても、実はその資本が利子率に決定的に依存している。それゆえ、生産関数ないしは限界生産力説のよるアプローチはここで「循環論」に陥いってしまうというのである。

このようなJoan Robinsonの批判は一見不可抗にみえる。しかも、もしそれが正しいと、生産関数の実側そのものの意義はなくなってしまうかにみえる。けれども、J.K.Hicks〔6〕が近著『資本と時間』で指摘しているように、資本には、backward-lookingな次元とforward-lookingな次元がある。そのうちforward-lookingな次元は、現在から将来を展望して、将来の期待収益の系列を割引いてえられる需要側からみた資本である。端的にいって、それは資本の「需要価額」であるといってよい。しかし、生産関数に入ってくる資本は、将来収益の期待とか不確実性によってふわふわ動く需要価額であってはならず、「供給価額」でなければならないはずだ。とすれば、それはHicksが指摘するbackward-lookingの次元での資本であるはずである。

もちろん、ここで「供給価額」といっても、それは熔鉱炉1台といった数量単位のものではない。各種の異質の設備が総合されて把握される場合には、どうしても金額表示とならざるをえないからである。しかし、この場合その時々の資本の価値を表示する際には、昔から、(1)資本収益の還元価値、(2)資本の取得価額、(3)資本の時価ないし再取得価額表示の価値の3形態が考えられる。(1)はHicksのいうforward-lookingな概念だし、(2)と(3)はbackward-lookingな概念である。企業の帳簿価格はいうまでもなく、一般には(2)の取得価格表示だが、それは設備の取得時の相違に伴って評価が異質である。評価がheterotemporalである。しかし企業分析の場合には、そのままでもよいかもしれないが、国民経済的な分析に当っては、同一基準に従った評価に還元される必要がある。さし当って、われわれの分析の場合には、実質系列にする必要があるため、最近の「特定」年次の個々の設備諸価格がその前後の諸年次においても変化しなかったと想定して計算されるところの「不変価格系列」を作成せねばならない。

そうするためには、年々保有されている設備存在高を、取得年次ごとの「設備投資」系列に分解し、さらにこれらの設備投資系列をたとえば40年不変価格に直したうえ、それらを再合計して、不変価格表示の設備残高にまで戻す必要が出てくる。ところで、こういった方法で導かれた資本は、(1)backward-lookingな次元を持った「供給価額」系列の性質を有し、(2)しかも「不変価格」系列であるため、実質値の性格を持っている。われわれは、そのような資本系列をもって生産関数に入りこむ資本と考えて前進するほかない。

もちろん、この形式での資本とて、過去の賃金、過去の利子率、過去の設備価格とは無縁ではない。しかし、異質の設備を総合して資本を云々する場合には、およそ個別価格のウエイトとしての使用を排除できないことはいうまでもない。しかし、問題なのは、forward-lookingな次元での利子率や賃金の問題は、予め資本の供給価額の定義では排除されているということである。しかも、資本の価格を実質系列として構成しなおしている。生産関数に入りこむ資本は、この種のものであるべきだし、これ以外に適切な方法はありえないといわねばならない。

ところが、J.Robinsonに従って、資本が賃金単位表示であるべきだという人もないではない。Robinsonの真意は必ずしも明白ではない。しかし、賃金単位の意味を資本の総額を現在の賃金単位で表示するということであれば、何がしかの賃金指数で年々のcurrent-price表示の資本額系列をデフレートすることになる。この結果は何を意味するのであろうか。それは年々の名目資本額が貨幣にすぐ転換可能だと前提すれば、その資本によって取得可能の「支配労働量」を意味する。それはその間の生産物価格の変動だけでなくて、実質賃金(≒労働の生産性)の変化をも消去してしまっていることになる。したがって、そういった「労働単位」にまで押し下げられた資本概念を生産関数にもちこむと、二重の生産性上昇を技術進歩に含むことになるであろう。その第1は、資本財生産過程で生ずる支配労働量ベースの生産性の増大であり、第2はその資本財を「物量」的に使用することから生ずる全産業の資本の生産性の上昇である。この二つの生産性がやや複雑な形で混合されて表示されることになる。なぜなら、労働単位の資本をベースにする場合と、実質(生産物)単位の資本を用いる場合の間に、われわれはすでに上述の第1種の生産性上昇を観念することができるからである。

しかし、われわれの実証分析の過程では、上述の第1種の生産性にまで遡ることは行わない。業種ごとに、実質(生産物)単位の資本と労働の関数として生産関数が考えられるものとのみ想定して前進しよう。

資本を賃金単位で表示するということは、個々の設備の取得時点が異なるというhetero-temporalityを考え合わせると、実質的に非常に難しい問題を提出する。なぜなら、資本額を構成する個々の施設ごとに、それぞれ異なった取得時の賃金でデフレートしなければならないかなである。現在資本のうち、現在購入した設備は現在の賃金、5年前に取得した設備は5年前の賃金によってデフレートするというステップを踏まねばならいからである。この操作はできないことはないにしても、要するに労働と資本を、「直接労働」と資本の裏側にある「間接労働」にまで遡る行き方だとおえよう。この方法だと、たしかに現行のtotal(factor)productivityよりは技術進歩の伸びが大きく計算されるように思われる。しかし、われわれはそこまで遡って、労働単位へ強く執着しようと思わない。

資本については、J.R.Hicksの示唆にしたがって、backward-lookingな観点で、不変価格での資本の供給価額を計算し、これを使用することにしたい。

両ケンブリッジ間には、資本理論をめぐって最近まで活発な論議〔7〕〔8〕が戦わされてきた(サムエルソン、モディリアーニ、ソロー対ロビンソン、カルドア、パセネッティ)。この論争の泥沼に入りこむことは回避しながら、その問題に対する立場だけをはっきりさせれば、以上のごとくである。


〔1〕 Marc Nerlove,"Recent Empirical Studies of the CES and Related Production Function",National Bureau of Economic Research,Theory and Empirical Analysis of Production Studies in Income and Wealth,No.31.1967

〔2〕 M.Ishaq Nadri,"Some Approaches to the Theory and Measurement of Total Factor Productivity: A Survey"Journal of Economic Literature,Dec.1970"

〔3〕 小泉進「巨視的制お産関数による成長の定量分析:展望」筑井甚吉,村上泰亮編『経済成長理論の展望』,岩波書店 1968.8

〔4〕 石渡茂「ソース・アプローチの展望」経済研究 1971.1

〔5〕 Joan Robinson,"The Production Function and the Theory of Capital",Review of Economic Studies,vol 21.1953-4

〔6〕 J.R.Hicks, Capital and Time,Aneo-austriam Theory,Clarendon Press,Oxford,1973

〔7〕 G.C.Harcourt and N.F.Laing ed, Capital and Growth , Pengiun Books.1971

〔8〕 G.C.Harcourt. Some Cambridge Controversies in the Theory of Capital, Cambridge University Press. 1972


全文の構成

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  1. 本編
  2. 1ページ
    I.実証以前の理論的な問題-資本の概念
  3. 3ページ
    II.使用データについて
  4. 4ページ
    III.時系列生産関数
  5. 12ページ
    IV.クロスセッション生産関数
  6. 15ページ
    V.時系列、クロスセッションの総合 -年次・業種ダミーの導入による一本化-
  7. 21ページ
  8. 42ページ
    VII.代替の弾力性とCES生産関数
  9. 53ページ
    むすび
  1. アペンディックス
  2. 55ページ
    1. 55ページ
      I-I.対象期間と対象業種
    2. 56ページ
      I-II.産出量
    3. 57ページ
      I-III.産出価格デフレーター
    4. 58ページ
      I-IV.従業者数および労働時間
  3. 58ページ
    付論II.粗資本ストックの推計方法
    1. 58ページ
      II-I.粗資本ストック推計についての基本的な考え方
    2. 58ページ
      II-II.Benchmark Yearの実質粗資本ストックの推計
    3. 59ページ
      II-III.年次別実質粗粗笨ストックの推計
    4. 59ページ
      II-IV.設備取付額の推計方法
    5. 59ページ
      II-V.除却額の推計方法
    6. 60ページ
      II-VI.設備投資デフレーター
  4. 60ページ
    付論III.稼働率の作成方法
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