経済分析第54号
時間当り賃金率の決定要因
-労働時間需給モデルによる賃金動向分析-

1975年3月
<経済研究所 雇用・賃金ユニット>
古賀 誠,船津 鴻太,藤中 章三

(まえがき)

最近の週休2日制、夏期・冬期の休暇制度などの急速な普及にみられるように、労働時間短縮の動きが進みつつある。賃金問題はこれまでのようなペイロールにより月当たり賃金としてだけでなく、時間当り賃金としてみて行くことが必要になってきているといえよう。また、同じく労働需給関係も単に頭数でみた需要量と供給量だけでなく、労働時間の需要、供給といった視点が必要になってくると思われる。すなわち、余暇時間への家計の需要増加は、供給労働力数一定の下においても総労働力時間供給の減少をもたらすものであるから、時間ベースにおりてみなければ、市場における労働需給ひっ迫の程度を正確には把握できないであろう。もっとも勤労者は企業の定める労働時間と賃金との組合せを受け入れるか、または就業しないかの選択についてのみ完全に自由であるにすぎないのであって、労働時間には本来企業の定めた時間としての性格が強いことは否定できない。しかし、現実には長すぐる労働時間に対しては、労働者は欠勤、遅刻、早退の増加などの反応を示し、或いは相対的に労働時間の長い企業への入職の減少や、他企業への転出の増加によって労働力の確保が困難になり、また、労働力者の不満の増大や、労働組合を通じての改善要求が高まるなどの問題が生じるから、企業としても労働者の時間選好を無視することができなくなるであろう。

さらに、商品としての労働は、一般の市場財とは異なり、労働力者という人格と不可分に結びついたものであって、「そこで提供される労働の実質的な量と質とは、労働者の意思に依存し、他の一般の商品におけるように、事前に確定されているものではない」という特殊な性格がある。

つまり、通常われわれが目にする賃金の中には、出来高給のようなものは少なく、日給月給制とか通常の月給制のように一定の労働を期待して支払われるものが多い。とくに、職種と熟練度別の賃金を採らないわが国の場合には、個々の労働と賃金との結びつきがよりルーズであるが、そこで、或る賃金と、長すぎる労働時間とを企業が定めたとしても、それが労働者のモラルと労働意欲とを低下させる結果になれば、労働の価格は実質的には企業にとって高いものについてしまい、費用最少の効果をあげることができなくなるであろう。1)

だから、実労働時間の動きは、長期的には労働者の所得=余暇選好をかなりの程度反映しているとみてよいであろう。労働需要がひっ迫ぎみに推移している時期には、とくに然りと思われる。

ここで経済が完全雇用段階に近づいた状態を想定すること、頭数としての雇用量は所与に等しいものとして外生的に取り扱うことができることになるから、需要者と供給者側との間での労働の売買関係を労働時間をめぐっての売買関係として捉えることが可能になる。

われわれは、このような視点に立って労働時間の需給連立モデルを推計し、これから得られる、需給均衡点の賃金と実際の時間当り賃金を比較すると同時に、このモデルから導かれる時間当り賃金変動率の説明式の推計を試みることとした。ここで使用する労働時間需給連立モデルは、さきに、経済企画庁経済研究所「経済分析」第47号(昭和49年7月)2)で推計したものに若干の修正を加えたのもで、オーエン(John D. Owen)のモデルを参考にしている。

以上のように、ここでの分析は均衡論的接近の方法を用いているが、これがさきに行った不均衡論的接近の方法による分析で見出された幾つかの疑問点についても、何等かの解明に役立つことを期待している。3)さらに、石油危機、卸売物価高騰という経済環境の激変下における賃金調整関数の適合性の問題とも関連が生じよう。過去の実態から得られる経験則は過去の経済的データーから推定された法則であって、その期間に経験のない異常な事態の下でもそのままあてはまるものではないかもしれないからである。とくに、卸売物価安定、消費者物価上昇という35年以来定着したパターンが、消費者物価高騰をはるかに上回る卸売物価急上昇といった形に変ったことが、賃金上昇とどのように関連づけられるかという問題は、賃金上昇の性格を明らかにする上からも無視することができないであろう。

なお、この分析を御批判下さった佐野教授をはじめ統計研究会の諸先生方に厚く御礼申し上げたい。ただわれわれの時間と能力の限界から、御批判、御質問に対して十分にお答えできない点も少なくない。これらは後日さらに検討を加えていきたいと考えている。

上記(注)3)の分析で生じた疑問点としては次のようなものがある。

  1.  学卒初任給変動率は学卒の労働需給あるいは学卒および一般の労働需給関係(求人倍率、殺到率など)だけでは説明できず、利潤率等がきく余地が大きい。
  2.  在籍者平均賃金のうち、小企業賃金は、学卒同様に労働需給関係だけでは説明できない。
  3.  労働需給ギャップ率と高い相関があるのはむしろ大企業賃金である。それは、学卒初任給や中小企業の賃金変動率はブレが大きいのに対し、大企業平均賃金は上昇率がなだらかに高まる傾向を示していることと関係がある。
  4.  しかし大企業賃金も、個別賃金段階におりてみると、利潤率等の影響が認められる。大企業平均賃金変動が労働需給ギャップ率と高い相関があるのは、平均賃金の上では、労働者構成の変化が利潤率等の影響を相殺する働きをするからである。
  5.  新規学卒初任給および中小企業賃金の変動パターンは、相互にきわめて類似しており、かつその変動率の説明力は需給ギャップ指標のほかに収益指標を追加することによって急速に高まる。

新規学卒初任給や中小企業賃金はわが国では限界層の賃金に近いとみられるから、これら諸特徴については、限界生産力の変化と何等かの関係があることが予想される。


1) 労働省が二種類の調査データリンケージによって推計した結果によると、企業の週休制別出勤率は産業計、男女計では週休1日半制で90.5%、完全週休2日制で95.1%、うち男子は、同じく92.0%と96.1%である。より長い労働時間を選好する傾向がある男子40~45才層でも同じく90.0%と98.8%となっており、一般に週休2日制を採用している企業の方が出勤率が高い。これは週所定労働時間階級別でみても同様である。(労働省統計情報部「労働時間関係情報」昭和48年)

2) 古賀、藤間、船津「労働時間の決定要因と時間短縮が生産に及ぼす効果」(経済企画庁経済研究所「経済分析」第47号、47頁以下)

3) 古賀、藤間「規模別賃金変動要因の計量分析」(経済企画庁経済研究所「経済分析」第44号、昭和48年6月)


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 463 KB)
  2. 1ページ
    まえがき
  3. 3ページ
    1 労働時間需給連立モデルの構成
    1. 3ページ
      (1) 理論的構成
    2. 4ページ
      (2) 労働時間需給連立モデルの内容
      1. 4ページ
        1) 需要関数の内容
      2. 5ページ
        2) 供給関数の内容
      3. 5ページ
        3) 誘導型方程式
      4. 6ページ
        4) データ上の制約条件と今後の統計改善の必要性
  4. 7ページ
    2 労働時間需要供給方程式と均衡値の推計
    1. 7ページ
      (1) 推計の対象期間と使用する変数
    2. 7ページ
      (2) 労働需給連立モデル(I)-ラグなしによる推計-
      1. 7ページ
        1) 供給関数にORを含めない推計
        1. 7ページ
          a 方程式の推定結果(I-1)
        2. 9ページ
          b 推計結果(その1)の検討
      2. 11ページ
        2) 供給関数にORを含めた推計
        1. 11ページ
          a 方程式の推定結果(I-2)
        2. 11ページ
          b 推計結果(I-2)の検討
    3. 14ページ
      (3) 労働需給連立モデル(II)-タイムラグを設定した推計-
      1. 14ページ
        1) 各種ラグ設定の検討
      2. 15ページ
        2) 方程式の推定結果(II)
      3. 17ページ
        3) 推定結果(II)
  5. 19ページ
    3 時間当たり賃金変化率推定式
    1. 19ページ
      (1) 賃金率変化率説明式への転換
    2. 19ページ
      (2) 賃金変化率の説明式の推計
      1. 19ページ
        1) タイム・ラグの検討
      2. 20ページ
        2) 収益率を追加した説明式による推計(3-2-2)
      3. 23ページ
        3) 平均賃金変動率説明式の推計
    3. 25ページ
      (3) 春季ベースアップ率推計式試算
  6. 27ページ
    むすび
  7. 29ページ
    付属統計資料別ウィンドウで開きます。(PDF形式 517 KB)
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)