経済分析第56号
金融政策と銀行行動
-日銀信用の役割について-(注)

1975年7月
<金融ユニット>
浜田 宏一,岩田 一政,島内 昭,石山 行忠

(理論的フレーム・ワーク)

本稿は、日本の金融制度とその運営の仕方がどのような特色をもっており、それが金融政策の波及経路にどのような影響を与えているかに関して一つの視点を提供しようとする試みである。欧米で発達した金融論の諸学説を日本の制度上、運営上の特殊性を考慮せずにそのまま適用しても、意味のある理論仮説、現実的な政策論議は生れてくるとは限らない。また日本の金融センターを斉合的に把握する際にも、われわれはできるだけ制度的な要因を考慮したモデルを提示する必要がある。なにしろ、経済的データ、特に時系列データは、きわめて限られた情報しか、すなわちいわば1回きりの実験結果しかわれわれに教えてくれない。したがって、われわれは先験的に知りうる制度的特徴、運用上の慣行等の情報を最大限に構造把握のために利用しなければならないのである。もちろん、欧米で発達した金融論の細目までの適用が望ましくないということは、それらの中に流れている不易な経済的理論をないがしろにしてよいということを意味しない。むしろわが国の制度上、慣行上の特徴を十分に考慮することによって、普遍的な経済的論理をより純粋な形で摘出できるということもあり得るのである。

日本の金融制度の特徴を図式的にとらえ、金融現象を一般均衡的枠内に把握した先駆的業績として鈴木淑夫(1967)がある。鈴木氏は、都市銀行と地方銀行とを明確に区別して、日本銀行からの貸出しに依存しない後者への金融政策の波及が、わが国における唯一の自由な短期資金市場であるコール市場を通じて行われることを明らかにした。本稿は、鈴木氏による日本の金融構造のモデル化から出発しながら、その論理的帰結を一層純化して日本のマクロの経済活動の把握を行なおうとするものである。

日本の金融構造の特色で、多くの論者、例えばパトリック(1962)、小宮(1964)、館(1965)等によって指摘されるのは、金利の硬直性とそれと裏はらをなす量的規制(信用割当)の存在である。金融論における抽象的な金融機関、特に銀行は、資産バランス制約式と、預金準備の制約式のもとで利潤最大化につとめる主体と考えられている。しかし、わが国においては、貸出限度額規制とか貸出増加額規制(窓口規制)といった形の、準備率の制約や資産バランスの制約以外の日本銀行による明示的ないし暗黙の制約が銀行行動に対して加えられている場合が多い。また、コール市場、既発電々債の市場等限られた市場を除いては、利子率が資金市場の需給均等化を実現するだけ十分自由に動いていない可能性のあることも指摘されている。このような制度的硬直性を外的な制約条件としたときに、金融機関や企業の合理的行動がどのような特徴をおびるかは興味ある問題である。したがって、以下では銀行行動を多くの制約条件をもつ経済主体の行動であると定式化することによって、どのような仮説が生れるかを検討する。とくに、日本銀行からの貸出の信用割当が存在する場合の銀行の行動がどのような特徴をもつかを考察することにする。

このように、制約条件を直接考慮し、また量的規制を明示的にモデルに組入れることは、銀行がコーナー解をとっていないとする鈴木(1967)の立場とは対立することとなる。いずれが、現実をより正確に把握しているかは、経験的に明らかにされねばならぬ問題である。しかし、制約条件や量的規制を直接とりあげることによって、コール・レートへの金融政策の波及効果、そしてコール・レートから企業行動への波及効果がより明確になり、コール市場を一種のブラック・ボックスとして取扱うことも避けることができると考えられる。

ちなみに、銀行行動に付加的な制約条件をとりいれることは、近年発達した公共事業規制の経済分析〔Averch & Johnson(1962)〕と類似した構造を銀行行動の分析にあたえることになる。また、金利が変化せずに、資金の供給量が割当てられた企業の行動は、現在のマルク経済学の一つの論争点となっているクラウァーの二重決定過程〔Clower(1965)なお山(1971)参照〕とも一脈通ずるところがある。

さて、日本のおける金融政策の波及過程を図式化して示すと

第1-1図

第1-1図のようになる。日本銀行は都市銀行に対して貸出政策によるコントロールを及ぼすが、それがコール市場を通じてその他銀行にも及ぶのである〔鈴木(1967)〕。ここで、伝統的な金融政策としての公定歩合政策(D)は都市銀行に対する日本銀行の貸出政策として利用されることはもちろんである。債券売買操作(O)は日本銀行と銀行との相対として、あるいは短資業者を通ずるコール市場自体への売買として行われ、また準備率操作(R)は銀行に対する資産選択行動のコントロールという形で行われる。しかしながら、わが国の場合日本銀行の対都市銀行与信に対して量的規制(G)が行なわれ、また引締め期には、銀行(特に都市銀行)の企業への貸出に対して、貸出増加額規制(Z)が行われている。

このような、制度上、政策運営上の特徴は、わが国の金融メカニズム全体に対してどのような性格を与えているであろうか。

まず、日本の貨幣供給のメカニズムが、はたして、ハイ・パワード・マネー(HM)(銀行券と中央銀行に対する銀行預金の和)からM1(公衆の保有する銀行券と当座預金の和)あるいはM2(M1と定期性預金の和)へと波及していくと把えてよいのかという問題がある。もし、日本銀行が貸出増加額規制(Z)を通じて銀行の貸出をコントロールできるものとすると、まず銀行貸出が決まり、それが企業の預金保有を決め、さらに家計の現金預金保有に影響を及ぼしHMにはねかえるという現象も起りうるであろう1)

第二に、都市銀行が日本銀行からコール・レートより低い公定歩合で一定限度のだけ与信をうけられるという日本銀行と都市銀行との間の信用割当の現象は、資金配分の効率性や銀行間、借手間の公平に影響を及ぼす可能性がある。

さて、日本銀行と都市銀行の間で、日本銀行の与信に関する制約が効果をもっていることはほぼ疑いのない事実である。しかしながら、都市銀行自体の貸出規制である貸出増加額規制、つまり窓口指導がどれほど有効であるかはより微妙な問題である。したがって第三に、貸出増加額規制の有効性について検証可能な仮説の提示を試みる必要がある。

第四に、日本銀行が都市銀行に対して信用割当を行っているのは事実であるが、はたして銀行が企業に対して信用割当を行っているかは、第三の点と関連しながらも、しかし独立の問題である。貸出増加額規制が有効であると否とにかかわらず、すなわち銀行が貸出量を日本銀行の指導によって決定しているか、自主的に決定しているかにかかわらず、金利が貸出市場の需給均衡をもたらすような変動をしているかという問題である。銀行と企業との間に信用割当が存在するときと存在しないときではどのような銀行行動、企業行動の差が生ずるかという問題も興味のある問題である。

最後に、銀行を規制しているのは日本銀行にとどまらない。大蔵省は、預貸率規制、店舗規制その他の行政指導を行っているのみならず、国債発行金利等を政策的に決定している。これらの規制の効果に関する研究もこれまた必要である。

以上の論点のうち、特に第二、第三の問題を明らかにするために、以下では鈴木氏による都市銀行と地方銀行を区別したモデルに明示的に日銀信用の量的制約や貸出増加額規制の付加的な制約条件を加えたモデルを提示する。日銀与信の上限が外生的に与えられる場合、それが預金定額やコール・マネーの取入れ額に依存して定まる場合、さらに貸出増加額規制が有効に働いている場合、預貸率規制がある場合等の銀行行動のあらわれ方を検討し、その資金配分の有効性、公平性等に及ぼす効果を検討する。

さて、モデルによって導出される倫理仮説を現実のデータで検証する仕方には二通りの方法がある。第一は、銀行行動の量的側面、すなわち日本銀行からの借り入れ量、コール・メネーの取り入れ量、貸出量、預金量などの相互関係を検討する仕方である。個別銀行の行動と、銀行全体の行動の量的側面をクロス・セクションデータをも含めて観察することによって、理倫的枠組が事実と矛盾していないか、あるいはそこでいくつか提出された代替的なレジームの内どれが一番現実的かを検討しようとする方法である。第二は、量的側面に双対的(dual)な価格の側面、具体的には公定歩合、コール・レート・貸出利率等利子率相互間の関係を観察することによって、理倫的枠組の当否、代替的レジームの現実性の程度を検討しようとするものである。ここでは、利子率は各銀行にほぼ共通と考えられるので、クロス・セクション・データに頼ることができず時系列データに依らねばならない。

二つの分析の方法は、もちろん、おたがいに独立のものではなく、相補うものでなければならないが、第2章では主に量的側面の検討、第3章では利子率相互間の関係の検討を行うことにする。以下にみるように、いずれの章においても、われわれの代替的なレジームのいずれが現実より良く説明し得るかに関する決定的な確証を見い出すことは必ずしも容易でない。それにもかかわらず、われわれの理論的枠組を通じて銀行行動の態様と利子率相互の関係を観察することによって、わが国の金融政策、銀行行動、金利構造のもつさまざまな特徴、問題点が浮きあがってくるのである。


(注) 本研究にあたり東京大学大学院の桜井眞氏はほとんど共同執筆者にひとしい助力をおしまれなかった。また日本銀行の江口英一氏、大阪大学の蝋山昌一氏をはじめとする数多くの方々から有益なコメントと御協力をいただいた。これらの方々に心から感謝の意を表する。

1) なおハイパワード・マネーとM1 M2の動きの時間的ずれに関してはJohn Greewood氏の意見に負うところが多い。ところで本文章に述べたような関係はより詳細な検討を必要とする。預金にしめる都市銀行のシェアは34%(1974年)であり、主として都市銀行に対して課された貸出増加額規制の効果のみによってこうした動きが生じたのかどうかは一層の吟味が必要である。


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 533 KB)
  2. 1ページ
    第1章 理論的フレームワーク
    1. 1ページ
      1.序
    2. 3ページ
      2.付加的制約条件付の銀行行動
  3. 10ページ
    第2章 量的側面からの考察
    1. 10ページ
      1.戦後日本の金融政策の様態
    2. 14ページ
      2.量的側面からみた実証分析
  4. 24ページ
    1. 24ページ
      1.利子率による仮説の検討
    2. 27ページ
      2.実証分析
  5. 38ページ
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