経済分析第59号
余暇と消費を制御変数とする最適成長経路の研究
-フランス長期計画モデルにおける最大原理の活用事例を参考として-

1976年2月
古賀 誠,藤中 章三

(はじめに)

このモデルでは余暇と消費からなる効用関数を基に、計画期間における効用の累積が極大となる最適成長経路を推計する。

効用の累積は、将来の効用に心理的割引率を乗じて積分することによって求められる。これがこのモデルにおける目的関数である。

目的関数の極大化に当っては、ポントリヤーギンの最大値原理の元づき、ハミルトン関数の極大化の方法がとられる。余暇と消費の変化の問題は、余暇の消費に対する代替の弾力性を中心に検討される。

このモデルによる最適トラジェクトリーの計測は、昭和48年を初期として、今後20年間の長期を計画期間として行ってみた。

計画期間の終期における資本ストックとしては、この期間の平均経済成長率が約6%である場合に見合う終期資本ストックを中心に、その上下の特定の資本ストックを設定し、これに到達する最適トラジェクトリーを比較することとした。

最適成長経路を取り扱ったモデルとしては、すでにいわゆるターンパイクモデルがある。

ターンパイクモデルは、多部門モデルから出発したもので、われわれの今回取り扱った単部門モデルとは幾つかの点で違いがある。

われわれのモデルの特徴としては、概略次のような点をあげることができよう。

〔このモデルの特徴点〕

(1) このモデルでは、最大原理を用いたハルミトニヤン最大化の方法により、非線型モデルでの最適経路が推計されている。多部門モデルは主として線型である。

(2) 多部門モデルでは、その目的が最適経済成長率や産業構造等におかれている。
 一方、このモデルでは、消費と余暇からなる効用関数を設定しているが、これによって貯蓄率、労働活動率が制御変数として使用されている。
 ただ、このモデルでは、技術的な制約から多部門モデルとしては設定しにくい。
 この点は、一部門モデルとして大づかみな考察をするのに適していよう。

(3) しかし、非線型モデルであるため、一般に非線型で作られた産業関数や効用関数をそのままの形で使用できるなど、モデルが説明しやすいという特徴があろう。

(4) つぎに、最適経路を求めるに当っては、ターンパイクに相当する経路のほかに、終期資本Kfの種々の値に対して最適経路を描いてみて、経路間での制御変数等の比較ができるようにした。

(5) さらに、終期資本だけでなく、余暇と消費の代替の弾力性、技術進歩率、心理的割引率、外生需要などの条件を変化させてみた場合に経路にどのような影響があるかなど、一種の感応度を調べるようなシミュレーションを行なっている。
 なお、このモデルは、フランス経済計画で用いられているものを、わが国に適用して創ってみたものである。
 ただし、日本の経済の実態や最近のタイムリーな問題などにもある程度応えられるように、アレンジしたところが多少ある。その概略は次のとおりである。

〔この論文で新たに追加した創意点〕

(1) このモデルは、生産関数における技術進歩率が変化した場合の影響をとくにとりあげて分析してみた。
 すなわち、わが国の高度経済成長は資源問題、環境問題などから、現在きわめてシビヤーな形で屈折期を迎えている。経済成長率の鈍化は、同時に技術変化をも低下させるであろう。また同時に、高成長から低成長へと急激に変化している接点近傍では、最適条件も劇的に変化していよう。

(2) つぎに、同じような発想から、公害防除投資増大の影響もとりあげることとした。これは、このモデルでは、非生産的投資であると考えて外生需要の変化の問題として処理すてある。

(3) フランスのモデルでは、労働力、労働時間、余暇などを雇用者のもとに限定して取り扱っている。
われわれのモデルでは、農林業就業者や非農林業主等を含む全産業就業者ベースに拡張して取り扱うこととした。
 もっとも、この場合でも就業者の頭数は他のモデルで推計して外生的に与えてあり、労働者活動率が就業者の平均労働時間の変化に専ら依存するという形になっている。この点は、生産年齢人口をとり入れることによって、さらに制御変数であるところの労働活動率を、労働力率をもとり込んだものに発展させ得る余地がある。これは今後のわれわれの課題の一つである。

(4) 労働時間、余暇時間等は既存のデーターからフランスの場合よりかなり厳密に算出してある。これは、生産関数、余暇と消費の代替の弾力性などの推計や、初期条件の設定に反映させている。

(5) 余暇と消費の代替の弾力性は、一時点のデーターから近似計算によって求める方法はとらず、時系列データーによる所得=余暇選好関数と消費関数から推計する方法によっている。また、代替の弾力性を時間の関数として設定するに当っても、この時系列データーから求める方法をとっている。

(6) 労働活動率lを外生的に与えるシミュレーションにおいては、lの時系列的変化の与え方を、実質賃金の成長率と斉合性をもたせるようにした。

(7) 効用にかかる心理的割引率の変化が最適経路に及ぼす影響も新たにテストしてみた。これは、これは、従来のわが国の人々の行動は、現在の消費および余暇の享受よりも、将来の消費および余暇の増大により大きなウエイトを置く傾向があったのではないかと思われる反面、最近では、現在の生活にウエイトをおく方向へと変ってきている可能性が考えられたからである。
 つぎに、このモデルを取り扱うに当って気付いたことを若干あげておこう。
 その一つは、最適経路が得られたとして、現実の経済とのギャップをどう扱うかという問題、いま一つは、制御変数とくに労働活動率を政策的に如何にして操作するかという問題である。労働活動率は、ほぼ毎年改訂されている最低賃金制などの面から或る程度の間接的な操作ができよう。しかし、時間性などを直接操作することはあまり現実性がないであろう。またtime-intensiveなコモディティやgoods-intensiveなコモディティの価格操作なども考えられるが、このためには時間と財の組み合せのメニューなどに関する別途の研究が進められなければならないであろう。
 しかし、このモデルによって、種々のケースに応じて描かれる種々の最適トラジェクトリーのタイプを分析してみることによって、既存のないしは別の方式で設定された経済計画を、このモデルの効用極大化といった視点からチェックしてみるという点では役立つ面が少なくないように思われる。
 さらに、このモデルにおける効用関数は余暇と消費のみからなっており、非生産的公共施設や住宅などは効用関数には含められていないという問題がある。これらへの投資や、政府の消費等は専ら外生需要として扱われている。この点は公害問題と併せてさらに今後の検討を要しよう。しかし、このモデルが参考としたフランスの経済計画にあるような余暇を含めたウェルフェア極大を政策目標とする発想は、今後のわが国の福祉経済の問題を考えていく上でも必要になってくるものと思われる。
 この研究は文献〔1〕に掲げたDominiqueLacazeおよびDanielBadellonの論文を主に参考にしているが、早稲田大学諏訪貞夫氏「フランス経済計画モデルの検討」(日本経済政策学会第31回報告)に触発された面が少なくない。また文献入手等に当たっても御助力を戴いた。記して謝意を表したい。


〔1〕 LAGAZE D. et BADELLON D.

Groupe de mathematiques economiques Universite de Paris VI Un modele de Croissance a deux Variable de Commande: arbitrage entre Ioisir et Consommation ,Cahiers du Seminaired' Econometre.

Paris C.N.R.S. No.14 1972


全文の構成

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  2. 1ページ
    はじめに
  3. 3ページ
    I.モデルの概要
    1. 3ページ
      1.変数等
    2. 3ページ
      2.目的関数等とモデルの変形
      1. 3ページ
        (1) 生産関数,消費及び効用関数と目的関数
        1. 3ページ
          1) 生産関数
        2. 4ページ
          2) 投資(貯蓄)
        3. 4ページ
          3) 消費
        4. 4ページ
          4) 効用関数
        5. 4ページ
          5) 目的関数
      2. 4ページ
        (2) モデルの変形
  4. 6ページ
    II.最大原理の概要
    1. 6ページ
      1.最大原理の内容
    2. 8ページ
      2.このモデルにおけるハミルトン関数の最大化
  5. 10ページ
    III.(κ,π)平面上における領域
    1. 10ページ
      (1) s,l に関する極大化のケース
    2. 10ページ
      (2) 組み合わせによる領域区分
  6. 14ページ
    IV.計算基礎
    1. 14ページ
      1.変数等の数値と推計方法
    2. 16ページ
      2.生産関数と効用関数の推計
      1. 16ページ
        (1) 生産関数:F
      2. 17ページ
        (2) 効用関数:U
  7. 18ページ
    V.わが国における最適成長過程の検討
    1. 18ページ
      1.平均経済成長率別の最適経路
      1. 19ページ
        (1) 基準ケース(ケース I)
      2. 24ページ
        (2) 余暇の関数とした場合の最適過程(ケース II)
        1. 24ページ
          1) 代替の弾力性 a/b=1.40 の場合(ケース II-1)
        2. 27ページ
          2) 代替の弾力性 a/b,または労働活動率 l を時間の関数とした場合(ケース II-2,および II-3)
      3. 30ページ
        (3) 生産関数の技術的進歩率(a1)変化の影響(ケース III)
        1. 31ページ
          1) (a1)=0.0605,a/b=1.1 の場合(ケース III-1)
        2. 34ページ
          2) (a1)=0.0605,a/b=1.4 の場合(ケース III-2)
      4. 38ページ
        (4) 心理的割引率(δ)変化の影響(ケース IV)
      5. 41ページ
        (5) 外生需要(gt)変化の影響(ケース V)
    2. 44ページ
      1. 45ページ
        (1) 計測基礎の比較
      2. 47ページ
        (2) トラジェクトリーの比較
  8. 51ページ
    VI.(κ , π)平面上の領域と最適トラジェクトリーのタイプ
    1. 51ページ
      1.領域の経済学的性格
      1. 51ページ
        (1) G領域
      2. 53ページ
        (2) D領域
      3. 53ページ
        (3) G’領域
      4. 53ページ
        (4) D’領域
      5. 53ページ
        (5) F領域
      6. 53ページ
        (6) E領域
    2. 53ページ
      2.最適トラジェクトリーのタイプとその性格
      1. 53ページ
        (1) トラジェクトリーの描写
      2. 56ページ
        (2) トラジェクトリーの特徴
        1. 56ページ
          1) タイプ I のトラジェクトリー
        2. 57ページ
          2) タイプ II のトラジェクトリー
        3. 58ページ
          3) タイプ III のトラジェクトリー
  9. 59ページ
    <参考文献>
  10. 60ページ
    <シミュレーション結果表>
  11. 70ページ
    <参考資料> ターンパイク性の証明問題
  12. 75ページ
    <付属統計資料>
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  • 電話 03-5253-2111(代表)