経済分析第62号
地域開発の事後的分析
-経済指標と社会指標による考察-

1976年8月
<システム分析調査室>
中村 英夫,武藤 昭光,尾崎 博

(序)

システム分析調査室では昭和43年に調査室が発足して以来、PPBSの我国予算制度への導入を図るために基本的研究を続けてきた。この間、米国において1961年(昭和36年)に国防総省、1965年(昭和40年)他の民生省庁の予算制度に導入されたPPBSの制度(予算要求の際プログラム要網、特別分析書、プログラムおよび資金計画書を添付する制度)は1971年(昭和46年)ニクソン大統領の時代に廃止されている。この廃止された理由についてはニスカネンレポートに詳しく述べられているが、一言でいえば、PPBSの本来意図された理念と、現実の制度として予算制度に導入された手法および、その効果に余りにも大きな相違があったこと、また制度を受入れる土壌が十分熟成されていなかったことによると言っても過言ではない。しかしこのことはPPBSの理念が否定されたことを意味するものでない。行政における合理的な資源配分、サービス配分の考え方は我々の常にめざすべき方向である。今後なお増加するであろう行政需要と予算執行においてこのような基本的な考えや、方向は生かされなければならない。しかしPPBSが持った初期の着想や方法を固執していては実際の行政の中へ制度的にとり入れることはきわめて難しいといわざるを得ない。近年、経済社会の発展に伴なって、行政需要も増大、多様化し、そのための行政施策の影響も複雑化、広汎化している。ある目的をもとに採られる行政施策は社会生動の複雑な因果連鎖の網の目を通して思いがけない結果を導き出す可能性を持つものである。それゆえこの事前の検討においては関与する社会システム全体の中で問題をとらえそれを可能か限り科学的な立場に立って分析する必要性は以前にまして大きいといわねばならない。それゆえ、政策の合理的、全体的評価を目的として行政施策の影響をシステム分析的アプローチによって明らかにすることは、現在必須であると思われる。したがって我々がとるべき新たな研究の方法は、ある行政施策を行ったとき、関与するシステムの中でそれがどのような影響を及ぼすかを調べ、この結果を多面的に事前評価するという行政分析の方法を作り上げることが重要になる。このような観点から、我々は幾多の事例を取り上げ研究を重ねて行かねばならない。

本調査ではこのような目的に沿って、いくつかの都市における地域開発振興策に着目し、今までに行われたその種の政策を追跡的に捉え、これの社会変動に対する影響分析を試みた。

昭和30年代から始まった経済成長政策によって、日本各地に工業開発を核とする地域開発が行われて来た。昭和37年公布の新産業都市建設促進法、および昭和39年公布の工業整備特別地域整備促進法によって指定された地域は15新産、6工特地域にのぼっている。これらの地域では莫大な公共、民間投資の集中により、急激に工業都市へ変貌したところもあれば、公共投資と民間投資の不調和によって遅々として投資効果が上らぬところもあった。また当時の開発の究極の目的が、工場誘致によって、地域に所得を向上させ住民の福祉を向上させることにあったにもかかわらず、経理的合理性を追及するあまり、住民社会や環境への適応を考慮することが、ともすれば、見落されがちなところもあった。その結果、産業基盤投資が先行し、公害防止や生活環境整備が立遅れ、投資のアンバランスによって日本全国に環境汚染、住民の開発アレルギーなど種々の歪みを生じていることは周知の事実である。さらに一方そのような国家的投資よりとり残され、人口の急激な減少と公共サービスの低下に悩む過疎地域をも生み出した。

我々は、このような過去の経験から多くの教訓を学び、それを次の施策に生かさねばならない。

そこで本論では、これらの地域社会を1つのシステムとしてながめ、そこに投入された行政施策がその社会の中でどのような影響を及ぼしたかを、過去にさかのぼって、その変動を追跡し、しかも可能なかぎり全体的な視野に立って、システム内の因果連鎖を分析することを試みた。ここでは、工業開発の行われた動態的な都市と、みるべき産業開発が行われなかった静態的な都市の経済的ならび社会的指標を昭和35年まで逆のぼってとらえそれらの時間的変動を比較して眺め、社会全体のシステムを表現する指標として妥当と思われる社会指標を選定し、それらによって分析モデルを構築した。さらにこのモデルを用いて、各地域において過去に行われて来た政策投資の配分や規模、時間を仮想的に変えてみることによってどのような結果が導き出されるかを見ることとした。

研究対象地域としては大都市圏の直接的影響を受けることの少ない地方都市でしかも、地域面積や人口等、都市の規模が比較的類似しているものを選定した。図1-1は主要地方都市市民の1人あたりの卸小売業販売額と製造業出荷額を示したものである。○印は昭和40年値で、△印は昭和45年値である。その間を結んだ直線はその間の成長を示す。この直線が横軸に平行になる程この間に商業機能が発展し、縦になる程工業化が進んだことを示している。そこで、工業化が著しく進んだ都市として鹿島三町、工業化、商業化がどちらも同程度に進んだ都市として坂出、諏訪、商業化だけ進んだ都市として秋田、工業商業共発展が他と比較してあまりみられない静態的な都市として能代、益田の6都市を対象として選定することにする。

また今回の分析では、対象地域を市町村レベルとした。この理由は、できるだけ開発の影響が指標の変化として直接的かつ明確に把握しうる行政単位であると考えたからである。


(注) 尚本研究にあたり、東京工業大学院の亀井敏郎氏は、ほとんど共同執筆者にひとしい助力をおしまなかった。また秋田市、能代市、鹿島3町、諏訪市、坂出市、益田市の市役所および関係県庁の方々には、種々の資料を提供していただいたのみならず、貴重な時間をさいて多大の御協力をいただいた。これらの方々に心から感謝の意を表す。


図1-1 商業機能と工業機能

図1-1 商業機能と工業機能

全文の構成

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  2. 1ページ
    第1章 序
  3. 3ページ
    第2章 地域開発の歴史と諸問題
    1. 3ページ
      第1節 経済計画および地域計画の理念とその社会的背景
    2. 6ページ
      第2節 地域開発の問題点
    3. 7ページ
      第3節 対象地域の開発の経緯
      1. 7ページ
        (1) 鹿島地域
      2. 8ページ
        (2) 坂出地域
      3. 8ページ
        (3) 秋田地域
  4. 9ページ
    第3章 開発効果分析のための経済指標と社会指標
    1. 9ページ
      第1節 社会指標の系譜
    2. 10ページ
      第2節 社会指標に関する研究事例
      1. 10ページ
        (1) OECD「ファンダメンタルソーシャルコンサーンズ」
      2. 11ページ
        (2) 国民生活審議会「社会指標」
      3. 13ページ
        (3) 東京都「福祉指標」
      4. 13ページ
        (4) 宮崎県「総合地域指標(TLP)」
    3. 15ページ
      第3節 本研究における経済指標と社会指標
  5. 19ページ
    第4章 経済・社会指標からみた地域社会の変容
    1. 19ページ
      第1節 経済指標の変動
    2. 23ページ
      第2節 社会指標の変動
  6. 29ページ
    1. 30ページ
      第1節 モデルの特徴およびその構造
    2. 34ページ
      第2節 構造方程式の推定結果
      1. 34ページ
        (1) 構造方程式と変数記号表
      2. 39ページ
      3. 65ページ
        (3) ファイナルテストの適合度について
  7. 66ページ
    1. 66ページ
      第1節 鹿島地域シミュレーション
    2. 70ページ
      第2節 能代地域シミュレーション
  8. 74ページ
    むすび
  9. 75ページ
    参考文献
  10. 77ページ
    附属資料
    1. 78ページ
      (1) 使用データ一覧表
    2. 85ページ
      (2) デフレーター
    3. 85ページ
      (3) 主要データの算出方法
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)