経済分析第64号
日本産業の成長と集中 他

1977年2月1日
<分析1>
馬場 正雄,楠田 義,福林 良治
<分析2>
馬場 正雄,楠田 義,福林 良治,横倉 尚(部外協力者)

<分析1> 日本産業の成長と集中(注)

(はじめに)

市場において有効な競争的状態が存在し、利潤の大きさ、生産の効率、技術革新などに反映させる進歩性、あるいは消費者の利益等々を含む産業の究極的な「成果」が達成されているかどうかを判定するための基準には、次の3つがある。

  • a 市場構造基準
  • b 市場行動基準
  • c 市場成果基準

それぞれについてやや詳しく述べると、

  • a 市場構造基準とは、
    • (1) 売手、買手の集中が、あまり高くないこと、
    • (2) 市場への新規参入が容易であること、
    • (3) 製品の高度の差別化が存在しないこと、等
  • b 市場行動基準とは、
    • (1) 各企業間に、価格、製品、生産数量についての共謀がないこと、
    • (2) プライスリーダシップが存在しないこと、等
  • c 市場成果基準とは、
    • (1) 製品や生産過程の改善のために絶えず圧力が存在すること、
    • (2) コストの大幅な引下げに応じて価格が引き下げられること、
    • (3) 産業内の企業の多くが「適正規模」にあること、
    • (4) 総費用の中で販売費の占める割合が高くないこと。
    • (5) 慢性的かつ過大な過剰生産能力が存在しないこと、等

を意味する(1)

これら3つの基準のうち、何れの基準を重視するかによって、産業組織政策については次のような3つの立場が存在する。

その第1は、市場行動、市場成果は何れも市場構造により左右されるから、市場構造をとくに重視する必要があると考える立場であり、これを便宜上「市場構造派」と呼ぼう。しかし、市場構造がたとえ寡占的であっても企業行動は競争的であるかも知れないし、また、その逆も成立しうる。したがって、その第2は、市場構造よりも市場行動に着目し、有効競争をそこなうような障害を排除していけばよいという。「市場行動派」と称さるべき立場である。その第3は、「市場成果派」であり、有効競争によってもたらされるメリット・デメリットは結局は市場成果として表われるのであり、市場成果と是とされるような状態にあれば市場構造・市場行動についてはあまり問題視しない立場である。

産業組織研究の目的は、事実に即して市場構造、市場行動、市場成果の間に成立する関係をあきらかにし、有効競争維持政策ないし、独占禁止政策に寄与することにある。しかし、何れか1つの基準のみでこと足れりというものではなく、また、たがいに競合するものでもない。多くの場合、結局は3つの基準を相互補完的に勘案して用いなければならないものと思われるが、以下の理由により市場構造派の立場にとくに注目する必要があろう。すなわち、

  • (a) 市場行動基準に抵触するような行動は補足することは実際にはきわめて困難である。
  • (b) 市場構造に比して、市場行動、市場成果基準は観客的にはとらえにくく、具体的に計測困難なことが多い。
  • (c) 企業等の合併等の申請がなされたときに、合併後の企業について客観的に把握できるのは「市場集中」等の市場構造的諸側面であって、市場行動や市場成果に関する諸側面ではない。したがって、これら2つの基準を重視する立場に立つ限り、合併等の申請時においてはその可否の判断材料が得にくい。また、ひとたび合併した企業が、万一、独禁政策上このましくないような市場成果をもたらしても、その企業を合併前の状態に分割させることは、現行独禁法のもとでは事実上不可能である。
    たとえば、昭和43年に八幡・富士両製鉄の合併が表明されたとき、両製鉄当事者から主張されたのは市場行動・市場成果基準にもとづいていたと思われる。これに対し、近代経済学者達がこの合併に反対し、いわゆる大型合併促進気運に強い危機意識を表明したのは、主として上記(a)~(c)を内容とする市場構造基準にもとづいてであった(1)。また、近年における独占禁止法改正問題をめぐる諸論議においても、それぞれも立場にもとづく論者の主張がしばしば平行線的になされてきたように思われる。先に、産業組織研究の目的は3つの基準の間に成立する諸関係を明らかにすることにあると述べたが、これまでの産業組織論の展開において、この問題の理論的、実証的研究はなお不十分な点が多く、とくにわが国における研究についてこのことが痛感される。
    われわれは以上のような問題意識にたって、わが国産業の実状にもとづく構造-行動-成果の相互関係の解明に、いささかなりとも寄与したいものと考えている。このため当研究所では、わが国産業組織の実証的研究のための包括的なデータバンク作りを進めているが、以下の報告はこの作業の過程において得られた成果の一部、とくに市場集中の推移とその決定要因産業の成長と集中との関係等についての分析結果をとりまとめたものである。

(注) 当研究所の産業組織プロジェクトは昭和50年より発足し、初年度は主として産業組織のためのデータバンク作成を行い、51年度から実証的分析に着手した。以下の?分析1?および?分析2?はその結果の一部をとりまとめたものである。
 なお、データバンクの作成にあたっては山本力、中城吉郎、藤井正志、大守隆、杉田祥子、甲田直子の方々に多大の御尽力をいただいた。これらの方々に心から感謝の意を表する。

(1) たとえば馬場[2]を参照のこと。


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 510 KB)
  2. 1ページ
    I 序
    1. 1ページ
      1. はじめに
    2. 2ページ
      2. 市場集中
    3. 5ページ
      3. ConcentrationRatio(CRn )
    4. 7ページ
      4. ハーフインダール指数
  3. 8ページ
    II 市場集中度の推移
    1. 8ページ
      1. 産業別市場集中度の動き
    2. 22ページ
    3. 37ページ
      3. 市場類型別市場集中度の動き
  4. 37ページ
    III 市場集中の決定要因
    1. 37ページ
      1. はじめに
    2. 39ページ
      2. 参入障壁と市場集中度
    3. 45ページ
      3. 産業成長と市場集中度
  5. 48ページ
    IV 産業の成長と集中
  6. 57ページ
    参考文献
  7. 59ページ
    資料別ウィンドウで開きます。(PDF形式 585 KB)

<資料1> 買手構造と市場成果(注2)

(はじめに)

(1) わが国の産業組織に関する実証的研究においては、これまでもいわゆる構造・成果分析を中心に多くの研究が行なわれているが、なお、研究されぬまま残されてきた問題も多い。
 本研究は、これらの問題のうち、従来の研究ではまったく看過されていた買手構造について、実証分析を行なうことを第一の目的としている。さらに、輸出及び輸入やわが国特有の販売促進活動とみられる交際費支出を明示的に取り上げ、それらが産業組織に及ぼす影響について分析することも試みている。

(2) 一般に、買手が多数存在する消費財の場合はともかく、通常、買手が少数である生産財や資本財の場合には、単に売手構造を問題とするだけでは市場構造の分析として不十分であることは明らかである。
 これまでも買手構造等の分析の必要性についてイベント等の指摘があり、またわが国においても、最近、篠原三代平氏により指摘されているにもかかわらず、買手側の市場構造・市場行動・市場成果との関連は不完全にしか理解されておらず、とくに実証分析がほとんど見られなかったのは、買手構造を表わす的確な指標が利用不可能であったことによるものと思われる1)
 従来の研究においても、消費財と生産財の区別、政府購入のウエイト等を考慮した分析は、買手構造をもとり込んだものとみることができ、また、買手独占・寡占が存在する特定の市場についてその影響を分析したものもない訳ではない2)。しかし、これらの分析は、買手構造を表わす一般的な指標が準備されていないこと、特定の市場に限定されていること等の点で十分とはいい難い。
 最近に至り、産業関連表を利用して買手集中度等の買手構造の指標を測定する試みが少数ではあるがみられるようになった3)。これらの研究においては、買手構造が市場成果に対して軽視しえない影響を及ぼすことが実証されている4)。われわれの研究も、買手構造を買手集中度等の指摘でとらえ、これらの指標を産業関連表等を用いて測定し、これを構造・成果分析に用いている。

(3) 輸出及び輸入の産業組織に及ぼす影響については、これまでもアメリカ、イギリス等を対象とした分析がみられるが、わが国に関しては輸出入の問題を明示的にとりあげた分析は、個別産業の産業組織を対象としたものを別とすれば、ほとんど皆無であるといってよい5)。このことは、わが国における国際貿易の重要性を考慮すれば、きわめて奇妙なことのように思われる。
 また、販売促進活動については、広告・宣伝活動に関して、わが国においても、その効果等の実証分析を試みた事例が2,3見られる。しかしながら、わが国特有の販売促進活動と考えられる交際費支出については、その規模等を無視し得ないにもかかわらず、これまでのところ産業組織分析の視点からとり上げられたことがない。
 われわれの研究では、これらの要因を、構造・成果分析にとり入れて分析することを試みた。

(4) 本研究は、以下次ぎのような構成に従っている。IIにおいては、実証分析に先立ちこれに必要な範囲で、構造・成果の関係等について企業行動の理論に基づき理論的検討が加えられる。IIIにおいては、われわれの実証分析のモデル、変数等について説明がなされ、IVにおいて、分析の結果が示され、解釈が加えられる。Vにおいて分析の総括がなされ、残された問題が示される。


注) 本研究成果の一部は、昭和51年度理論計量経済学会年次大会いおいて、報告されたものである。有益なコメント・助言をいただいた後藤晃(成蹊大)、今井賢一(一橋大)、植草益(東大)、金子敬生(中央大)の各氏に改めて謝意を表したい。

1) 買手寡占、買手集中について分析が十分でなかった理由として、たとえば今井他[22]は、次のような点を挙げている。
 (i) 売手に比べ買手の方が集中度が低く、買手側の独占的市場支配力による弊害が生じている事例が少ないこと。
 (ii) 買手として市場に参入する場合には、売手の場合に比べ高い参入障壁は成立し難いから買手独占のみに基づく超過利潤が長期間成立しにくいこと。
 (iii) 買手集中度を測定することが困難であること。
これらの指摘のうち、(i)及び(ii)についていえば、消費財に関しては妥当するとしても、中間財については必ずしも先験的にはいえないであろう。とくに、わが国の産業組織において特徴的な企業集団内の相互取引、下請取引等においては、特定買手への依存度は小さくないことが予想される。

2) 構造・成果分析においてしばしばみられる消費財生産財に区分した分析は、買手構造の差異を反映させたものと考えられる。
 Ornstein[1]は、政府購入額の比率を当該業種の買手集中度の代理変数として利用し、買手集中度が高いほど売手集中度も高いという結果を得ている。
 特定の市場について需要独占・寡占の問題も明示的に分析したものとして、たとえば、木材の入札価格の数、規模等の関係を分析したMead[2]、看護婦の賃金水準と病院(雇用者)の集中度との関係を分析したLink[3]がある。いずれも、需要独占・寡占について有意な結果が示されている。

3) Brooks[4]、Lustgarten[5]の研究がこれである。このほか、OECDの制限的慣行に関する専門委員会への英国政府の報告[19]でも買手集中度の分析の必要性が強調され、実際にその測定も行われている。

4) これらの研究では、(i)買手集中度等の測定の基礎(ii)買手構造等の市場構造と市場成果との関係についての理論的検討が必ずしも十分でない。また、実際の指標の測定方法にも問題がある。われわれの研究は、これらの点について多くの改善を試みている。

5) わが国についてCoves & Uekusa[6]、アメリカについてEsposito[7]、Pogoulatos[8]、イギリスについてShirazi[9]。


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 587 KB)
  2. 121ページ
    I はじめに
  3. 122ページ
    II 構造・成果分析の関係
    1. 122ページ
      1. 市場構造と市場成果の関係
    2. 123ページ
      2. 「集計」の問題
    3. 124ページ
      3. 買手構造の指標の基本的性格
  4. 125ページ
    III 分析方法
    1. 125ページ
      1. 分析の概要
    2. 127ページ
      2. モデルおよび変数の推計方法
    3. 129ページ
      3. サンプルおよびデータ
  5. 130ページ
    IV 分析結果
    1. 130ページ
      1. 市場類型とその変化
    2. 132ページ
      2. ガルブレイスの「対抗力」仮説
    3. 133ページ
      3. 構造・成果分析
      1. 133ページ
        (1) 買手構造と利潤率
      2. 137ページ
        (2) 輸出・輸入と利潤率
      3. 137ページ
        (3) 販売促進活動と利潤率
  6. 139ページ
    V むすび
  7. 143ページ
    参考文献
  8. 145ページ
    資料
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)