経済分析第66号
予算における意思決定の分析

1977年3月
<システム分析調査室>
野口 悠紀雄,新村 保子,内村 広志,巾村 和敏

(分析の目的と範囲)

この分析の目的は、わが国の予算のおける意思決定ルールを実証的に明らかにすることにある。この背後にある問題意識と、分析の範囲および分析内容の概略について述べよう。

§1 問題意識と分析の目的

(1) 正統的な経済理論の最も奇妙な特徴の一つは、公的主体の行動を説明する理論が完全に欠如していることである1)。ミクロ経済学の結論では、「市場の失敗」が生ずるときに初めて政府か登場するが、それは、モデル内で生じているあらゆる不都合をモデルの外から完全に是定する役割をになった全知全能の存在-deus ex machina-としての登場である。マクロ理論においても事態は同様であって、政府は有効需要を適切なレベルに維持したり、あるいは経済を最適成長経路にのせる役割を果たす理想的な、しかし完全に受動的な主体としてしか想定されない。
 しかし、現実の世界における政府は、生身の人間から構成された大規模で複雑な組織体である。個々の意思決定者はそのポジションに対応する権限しか与えられず、制度や慣行、上位のレベルの決定あるいは過去の決定などによって意思決定の自由度を制限されている。また、環境は不確実性に満ちているが、情報は常に不完全であり、しかもその収集にはコストが伴う。そして問題の複雑性に対して、意思決定に与えられた時間的制約は余りに厳しい。こうして、現実の政府機構は、deus ex machinaとはほど遠い存在である。

(2) しかし、われわれは正統的経済モデルで描かれた政府のイメージにあまりにも慣れ親しんでいるため、現実をそのモデルに押し込めようとする。すなわち、政府の意思決定は全く自由に動かせる-あるいはそうあるべきである-と思いがちである。この結果、「経済合理的な」立場からなされる政策提言は、時としてきわめて現実性を欠き、多くの場合現実の政策形成に何の影響も与え得ない。
 このことは個別的な政策課題についてもいえるが、より総括的な立場からの予算改革論において最も明瞭に表われている。わが国においても、予算制度や予算編成方式を合理化し改善するため、これまで多くの提案がなされてきた。それらのうち、あるものは部分的ないし一時的に採用された(総合予算主義、復活財源の公開等)が、多くのものは単なる提案にとどまった(複式予算、機能別予算、PPBS、中期財政計画等)。なかでも、昭和40年代前半にその導入が検討されたPPSB(計画、企画、予算方式)は、予算編成方式を根本から合理化し、「科学的」予算編成を可能にするものとして大きな期待がかけられ、さまざまな準備的分析が行われてきたが、いまだ現実の予算編成に影響を与えるにはいたっていない。総じて、予算対策の実質的な仕組を全般的かつ根本的に変更することを意図した改革はいまだかって成功しておらず、予算編成の基本的な方式や慣行は不変に留まっている。その原因としてはさまざまなことを指摘しうるが、最も重要な点として、予算改革の諸提案の多くが抽象的理論から直接の帰結や、外国で採用または提案された新方式の単なる輸入であり、わが国の予算編成の実態に即したものでなかったことが指摘できよう。予感改革のためのこれまでの努力や分析が、すべて、「錬金術のように政治構造を自由に作り変えられる2)」ことを前提にしていたといえばいいすぎであろうが、現実の政策決定過程の綿密な実証分析に立脚したものでなかったことは、少なくともいいうるであろう。

(3) したがって、政策提言を現実に実りあるものとするため、政策機構の意思決定ルールを明らかにする必要がある。とりわけ重要なものは、予算に表われる意思決定ルールを分析し、さまざまなレベルにおける財政システムの現実的な制御可能性を見出すことであろう。
 その際注意すべきことは、制度的、形式的には制御可能なものであっても、実際は制御がきわめて困難なものも存在することである。したがって、制御可能性は、制度の単なる法制的、手続的記述から導かれるものではなく、実証分析によって見出されるものではなければならない。
 ところが、こうした観点からの実証分析は、経済学以外の分野においても、きわめて不十分な段階にある3)
 財政学や行政学においては、財政制度の記述や、古典的問題意識(財政民主主義の実現)からの規範的原則論は詳細に展開されるが、その実態に関する実証分析は表面的観察の域を出ていないといっても過言ではない。
 唯一の例外は、行動科学の流れをくむアプローチである。詳しくは第2章で述べるが、ウィルダフスキー(Wildavasky, A.)、クリサン(Crecine, J.P.)等によって、アメリカ連邦政府や地方政府の予算に関して精力的な実証研究が試みられている。しかし、わが国の予算に関しては、いまだこの種の研究は行われていない。総じていえば、わが国の予算上の意思決定のメカニズムは部分的、定性的に、もしくは、印象的、評論的にしか論じられていないといってよいであろう。
 この分析は、このような実証分析の空白を埋めることを目的としたものである。

§2 分析の範囲と概要

(1) 予算上の意思決定といっても、そのなかには、さまざまなものが含まれる。ここでは、分析の第一歩として、対象を次のように限定してある。

  1. (i) まず、形成的には、国の一般会計の歳入と歳出を対象とする。もちろん、これは、財政活動のすべてをカバーするものではない。国に関連するもののみでも、一般家計の他、特別会計、政府関係機関、公社、公団等があるし、量的にみれば地方財政は国の財政規模を凌駕している。国民所得統計においても、「政府」の範囲はかなり広く設定されている。一般会計のみを分析対象とした理由は、第一には、対象が明瞭でデータが得やすいためであり、第二には、国の一般会計が特別会計への繰入れ、地方交付税交付金、国庫支出金(補助金)、国庫負担金等によって特別会計や地方財政にもかなりの影響を与えているので、少なくとも財政的観点からもれば財政全般の姿を象徴的に代表すると考えられるからである4)
  2. (ii) 個別的細目的決定でなく、集計量でみたある程度高次の意思決定を対象とする。したがって、例えば「国道**号線の**区間の建設費」といったレベルでなく、公共事業関係費全体の動向を扱うこととする。
     このため、歳入や歳出の分類としては、かなり粗いものを用いる(具体的な分類については、第3章§1、および補論 I を参照)。
  3. (iii) 予算上の意思決定は、さまざまなレベルにおけるさまざまな関係者の意思決定の集合体である。したがって、本来は、予算編成をいくつかの段階に分けて各々のメカニズムを分析する必要があろう。例えば、各省庁内部での要求額決定過程、さまざまな利害集団や政党との交渉過程、大蔵省の査定過程、復活折衝の過程の分析などが考えられる。しかし、これを行うには、データ面できわめて大きな障害があるので、ここでは、最終的な決定のみを分析の対象とし、そこにいたるプロセスの分析は行わない(第2章§4参照)。

(2) 具体的には、一般会計の歳入、歳出がいかなる要因によっていかに決定されるかを定量的に分析する。分析の手法としては、インタビュー、アンケート等を用いることも考えられるが、それは別の機会に行うこととし、以下では、計数的データの分析を行う。その際、重点は、いずれかといえば、歳出面にある。歳入面については、すでにいくつかの税収モデルが開発されているが、ここでは、単なる税収決定式でなく、重要な政策決定(例えば減税)のメカニズムをも分析の対象とする。

(3) 以下の各章の概要は次のとおりである。
 第2章においては、予算上の意思決定モデルの一つとして「増分主義仮説」を紹介し、わが国の予算に対する適応可能性を検討する。
 まず、正統的経済学の最適化モデルに対する批判としてリンドブロム(Lindblom, C.E.)の所論を紹介し、サイモン(Simonm, H.)らの「限界のある合理性モデル」との関連を述べる。そして、アメリカ連邦予算の策定過程は増分主義仮説によって説明できるとするウィルダフスキーらの分析をサーベイし、単純な増分主義モデルによってわが国予算上の意思決定がどの程度説明しうるかを検討する。
 第3章はこの報告の中心的部分であり、ここで第2章の検討結果をふまえ(歳入および制度的に決定される経費をも含めて)、予算上の意思決定のモデル化を試みる。社会保障費の決定は増分主義仮説によってきわめて良く説明しうること、所得税の課税最低限や人件費の決定についても増分主義的決定が大部分を占めること、他方、公共事業費の決定については増分主義的でない要素(景気調整上の考慮)がかなり認められること、などが述べられる。ここで推定された歳入、歳出の構造式を用いて内挿テストを行うと、高度成長期における一般会計の構造変化をかなり良好に再現しうることが示される。
 第4章では、第3章の分析結果の一つの応用として予算の制御可能度を指標化し、それがどのように推移したかを述べる。
 第5章においては、以上の分析結果を要約する。
 なお、分析に用いられたデータの説明等は補論においてなされている。

(4) ここで作成されもモデルは、§1で述べた問題意識とはやや異なる観点から、次のように利用することも可能であろう。

  1. (i) 内挿シミュレーションによって、過去の一般会計予算の変動の要因分析や政策の評価を行う。
  2. (ii) 外挿シミュレーションによって、将来の財政収支を予測し、問題点を分析する。例えば、中期財政計画策定の際に、こうした作業は一定のフレ-ム・ワークを与えるであろう。
     ただし、こうした分析のためには、財政変数が経済諸量に与える影響をとり入れるため、マクロモデルとの連結をはかる必要がある。しかし、以下で構築されるモデルは国民所得統計ベースでは表示されておらず、また地方財政や財政投融資なども含まれていないため、上記の目的に直接に用いることはできない。

1) ハイルブロンナー(Heilbron, R.L.)[13]は次のように書いている:「経済学のもっともお粗末な仮定の一つは、国家の経済行動をまったくの受動行動-たとえば自動安定化を果たすもの-として扱うか、あるいはまったく予測不可能な独立変数として扱う傾向にある。しかし、国家は資本家階級が結託してつくっているというマルクス的見解にまで進まなくとも、公共部門と民間部門の相互依存関係をより現実的な形で指摘することはできよう。そうした努力は、伝統的理論がもつ技術的能力のなかで可能であろうし、そのモデル適用性を大幅に高めることであろう。」
 なお、市川・林[28],Davis[7]などにおいて、マクロモデルにおける財政部門を内生化するための試みが行われている。しかし、これは主として財政制度をモデル化しようとするものであって、政策パラメータは依然外生変数とされる。ハイルブロンナーやわれわれの問題意識はこうした方向とはやや異質のものである。

2) Wildavsky[27]

3) ここでの問題意識と類似の立場からの文献サーベイとしてCrecine[4],Ch.2が有用である。

4) したがって実質的には、財政全般のかなりの部分が分析対象に入っている。とりわけ、公共事業関係の特別会計の財源のほとんどは一般会計からの繰入れであるから、公共事業関係の特別会計の活動はこの分析によってほとんどカバーされている。また、年金関係の特別会計についても政策的経費の主要な財源は一般会計の繰入れであるから、一般会計の分析によって政策的な動向はかなりの程度カバーされるとみてよいであろう。
 ただし、地方財政や財政投融資は必ずしもこれのみによっては把握できない面を有しているので、これらについては別の機会に分析を行う予定である。


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 469 KB)
  2. 1ページ
    第1章 分析の目的と範囲
    1. 1ページ
      § 1 問題意識と分析の目的
    2. 2ページ
      § 2 分析の範囲と概要
  3. 4ページ
    第2章 増分主義仮説とその検討
    1. 4ページ
      § 1 限界ある合理性
    2. 6ページ
      § 2 予算編成に関する増分主義仮説
    3. 8ページ
      § 3 増分主義仮説のモデル化と実証
    4. 10ページ
      § 4 わが国の予算への適用
    5. 16ページ
      § 5 単純増分主義モデルの問題点
  4. 16ページ
    第3章 歳入と歳出の構造方程式
    1. 16ページ
      § 1 一般的事項
    2. 19ページ
      § 2 所得税
    3. 29ページ
      § 3 法人税
    4. 31ページ
      § 4 間接税
    5. 32ページ
      § 5 地方交付税交付金
    6. 35ページ
      § 6 国債費
    7. 40ページ
      § 7 人件費
    8. 44ページ
      § 8 社会保障費
    9. 46ページ
      § 9 公共事業費
    10. 51ページ
      §10 物件費
    11. 54ページ
      §11 その他経費別ウィンドウで開きます。(PDF形式 338 KB)
    12. 57ページ
      §12 ファイナルテスト
  5. 67ページ
    第4章 歳出の制御可能度の推移
    1. 67ページ
      § 1 制御可能度の指標
    2. 68ページ
      § 2 制御可能度の推移
  6. 71ページ
    第5章 暫定的結論
    1. 71ページ
      § 1 結果の要約
    2. 73ページ
      § 2 増分主義ルールの評価と背後のメカニズム
  7. 補論
    1. 77ページ
      I データについて
    2. 88ページ
      II 剰余金について
    3. 93ページ
      III 法人税のタイム・ラグについて
  8. 付録別ウィンドウで開きます。(PDF形式 404 KB)
    1. 97ページ
      I 基礎データ集
    2. 103ページ
      II 参考図表
    3. 119ページ
      III 付表・付図
  9. 参考文献
  10. 図表索引
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