経済分析第68号
家計の資産需要方程式の計測(注)

1977年10月
斎藤 光雄,大鹿 隆

(序)

本稿は昭和45年から49年までの貯蓄動向調査の個票を用いて、家計の動学的資産選択モデルを計測した結果を報告するものである。現在、計量経済学的な実証研究において重要な障害の1つに多重相関性の問題がある。とくに時系列データに依存する分析においては、不十分な情報からあまりにも多くのものを推定しようとする傾向がある。このため、パラメターに対する点推定値が著しく不安定になり、その結果、経済理論上当然含まれるべき変数が十分なテストも受けないままに無視されるということがしばしば行なわれる。これに対し、適切に設計されたクロス・セクション・データは、経済学研究における実験結果といっていいほどの大量のすぐれた情報を提供している。本研究もこのような意味で、クロス・セクション・データ分析の意義を重視し、貯蓄動向調査を用いて資産選択における正味資産および所得の影響の計測を意図するものである。

家計の資産選択において、もっとも基本的な決定要因が、家計の正味資産、所得、および各資産の収益率であることはほとんど異論のないところであろう1)。従来、同様な意味での家計動向の基本的決定要因に関し、たとえば多品目消費関数に対する所得効果(いわゆるエンゲル曲線)、あるいわ(総)消費関数における所得効果・流動資産効果については、きわめて多くの実証的計測結果が蓄積されており、これらは計量経済学的な実証研究の中でももっとも信頼すべき事実に属するといってよい。われわれは、資産選択においても、このような意味で一般的事実の存在を期待し、その計測を行なうことによって、資産選択に関する実証研究の基礎としたいと考えている2)

まず、第1節では家計の動学的資産選択モデルを説明する。このモデルは、静学的方程式も動学的方程式もともにadding-up restraintを満足させているという意味でブレイナード・トービン型であるということができる。第2節および第3節では、それぞれ推定結果の経済学的意味および統計学的意味の検討を行なう。クロス・セクション・データを取り扱う推定上の問題点の1つとして誤差項の不均一分散性が挙げられる。第4節ではこの点を考慮した推定結果を示す。また、ここまでは資産需要関数の独立変数はすべて線形式であらわさていたが、第5節では、正味資産の非線形効果についての計測を行なう。資産選択の理論モデルでは、しばしば資産需要関数を正味資産および所得に関する1次同次関数であると仮定するが、第6節では、この仮定の現実性を検討した。第7節では通貨性預金および定期性預金をそれぞれ郵便貯金と銀行貯金と分割して、需要関数を計測した結果を掲げる。以上の計測結果はすべて、勤労者世帯のみを標本とするものであるが、最後に第8節において、一般世帯(非勤労者世帯)の場合の計測を示して勤労者世帯の結果との異同を論じることにする。


(注) 本研究の基本データである貯蓄動向調査の利用に関しては、総理府統計局消費統計課の方々からきわめて、理解ある御助力を受けた。ここに厚く感謝の意を表する。また、本報告の一部は経済研究(1977年4月号)に発表したものを含んでいるが、総合的な研究報告とするため、ここで再掲載した。この点について了承を与えられた経済研究編集部に謝意を表したい。

1) 以下では、各資産の収益率の効果についても若干の推定結果を報告するが、後述するように、クロス・セクション・データはこの効果の推定に対し十分な情報を与えるものではない。したがって、本研究の主目的は正味資産および所得の短期的・長期的効果の推定である。

2) クロス・セクション・データによる資産需要の分析は、アメリカについてはProjector-Weiss[3],Saito[7]参照。


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 224 KB)
  2. 1ページ
  3. 2ページ
     1. 動学的資産選択モデル
  4. 4ページ
     2. 推定結果の経済的意味
  5. 11ページ
     3. 推定結果の統計的意味
  6. 14ページ
     4. 不均一分散性
  7. 23ページ
     5. 資産効果の非線形性
  8. 23ページ
     6. 資産選択関数の同次性
  9. 25ページ
     7. 郵便貯金の需要関数
  10. 31ページ
     8. 一般(非勤労者)世帯の資産需要方程式
  11. 32ページ
     9. 結語
  12. 33ページ
    10. 付録
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