経済分析第71号
地方財政における意思決定の分析

1978年3月
<システム分析調査室>
野口 悠紀雄,新村 保子,竹下 正俊,金森 俊樹,高橋 俊之

(分析の目的と方法)

1 問題意識

(1) この分析の目標は、さまざまな地方公共団体における予算編成プロセスの比較により、意思決定プロセスの類型化を行い、かつその類型化にいかなる要因がいかに影響するかを解明することである。

経済分析第66号所載「予算における意思決定の分析」において、われわれは、わが国の一般会計予算について、ウィルダフスキイ(Wildavsky,A)クリサイン(Crecine,j.)らの「増分主義仮説」がほぼ支持されることを示した(注1)。すなわち、歳出面での各経費決定や、歳入面における所得税減税の決定は、前年度の予算額や課税最低限をベースとした単純なルールに従っていることを時系列データの分析によって明らかにした。しかし、それは、国の一般会計という特定の対象のみに関する分析であった。ウィルダフスキイ、クリサインらの主張は、意思決定ルールとしての「増分主義」はある程度の規模と複雑さを持った組織には普遍的にみられるというものである。実際、クリサインは、ピッツバーグ、デトロイト、クリーブランドの市予算の分析から、異なる市が基本的には同一のルールに従っており、都市間の差はパラメータの差によって表現できることを示している(注2)。このことは、わが国においても妥当するであろうか。あるいは公共団体の規模や財政状況、あるいは団体のおかれた経済環境などの諸要因は意思決定パタンに有意な差異をもたらしているであろうか。それを解明しようとするのがこの分析の目的である。

(2) 意思決定パタンに有意な差異を問題にするとき、あらかじめ一定のフレームワークを設定しておくことが便利であろう。クリサインは、現実の予算編成の意思決定を分析するモデルとして、次の二つのものがありうるとする(注3)(注4)。(そして、少なくとも短期的には、予算の動向は、これらのうち、Aモデルによってよりよく説明しうるとする。)

  1. (A) 内部官僚モデル(予算編成にかかわる意思決定主体のうち行政官-内部官僚( internal bureaucracy )-を重視し、かつ、彼らの意思決定についてサイモン流の「合理性の限界」を強調する。このため、意思決定は前年度の予算額をベースとした単純で機械的なルールによって説明されるとする。)
  2. (B) 外部環境モデル(公共主体のおかれた環境-人口、所得等-や利害集団の圧力など、行政部局の外部にある要因を重視する。そして予算編成はこれらの変化を貨幣タームに翻訳する過程であると理解する。)

ところで、上記のモデルは、あくまでも複雑な現実を抽象するための手段であるから、実際の予算編成が完全にこれらのいずれかによって説明しうるわけではない。われわれが以下で問題とするのは、仮にAモデル、Bモデルを両極端のものと考えたときの各公共団体の相対的な位置関係、すなわち、異なる二つの公共団体をとったとき、よりAモデルに近いのはいずれかという相対的な関係である。

そこで、公共団体のうち、相対的にAモデルに近いものをA型、相対的にBモデルに近いものをB型と呼ぶことにしよう。すなわち、A型はB型に比べ、相対的に内部官僚の影響力が強く(すなわち、首長のリーダーシップが発揮され難く)、増分主義的ルールがより支配的であり、外部環境の変化に対する対応がより緩慢な団体である。より具体的には次のような特徴が観察されるであろう。

  • A型
    •  首長の影響力は形式的であり、実質的な意思決定は内部官僚組織によってなされる。内部官僚のなかでも、施策担当部門や企画部門に対する財政部門の相対的な力が強い。
       予算の査定において、個々の経費の目的や効果を考慮した個別的、内容審査的判断よりも、前年度の決定をベースとした機械的ルールが支配的になる。したがって、外的環境の変化は徐々にしか予算に反映されない。
  • B型
    •  内部官僚に対する首長の相対的な力が強い。内部官僚のなかでの財政部門の相対的な力は弱く、主として係数整理的な役割をになう。予算査定における個別的事情の占める影響力がより強い。また、予算の内容が外的環境の変化により敏感に反応する。

(3) 予算編成パタンを区別するいま一つのメルクマールとして、予算のタイムホライズンの問題がある。形式的にいえばいずれの団体の予算も単年度主義の原則をとっているが、中長期計画の重要性に対する認識は最近とみに強まっている。実際、多くの団体からの形で中長期計画を策定しており、計画と予算との関係も、一般的には国におけるより強いと思われる。しかし、計画の内容、単年度予算に対する拘束力は団体によりさまざまであり、単に計画の形式的な有無では判断できない面もある。そこでここでは、中長期計画に対する態度の差によって、計画重視型、非重視型というタイプ分けを試みた。この区別は、(2)で述べた内部官僚型、外部環境型とは一応別の区別と考えられる。なぜなら、同じく計画重視型であっても、その作成プロセスは、内部官僚型であったり、外部環境型であったりすることが考えられるからである。


2 分析の方法

(1) 意思決定のプロセスを分析するにあたっては、そのプロセスの実態に関する情報を収集する必要がある。この種の情報はその性格からいって必ずしも定量的な統計としては得られず、実際にそのプロセスを観察することによってしか得られない。そこで、われわれは、地方公共団体の予算編成を分析するために各団体の財政担当者(主として財政課長)に対するアンケート調査および面接調査を行ってこれらの情報を収集することとした。

しかし、一方でこの情報は調査対象となった人の主観的判断であり、それが具体的に予算の計数にまで影響しているかどうかはこの種の調査のみでは知ることができず、今後、予算の計数による定量的分析によって補完される必要があろう。

(2) アンケ-ト調査は、地方公共団体の予算編成担当者860名に対して行った。対象団体は都道府県、特別区および市については全数とし、町については人口規模の大きな順に100団体をとった。対象者は都道府県については財政・企画の両部門の担当者、それ以外は財政担当者とした(注5)。団体別の回収状況は表11のとおりであり、84.8%というきわめて高い回収率をみた(注6)

なお、アンケート調査では必ずしも十分把握できなかった点やさらに深く把握すべき点について面接調査を実施した。対象は25団体であり、その内訳は都道府県が9団体、市が14団体(うち政令都市3団体)、特別区1団体、町1団体である。

(3)アンケート調査の設問にあたって考慮した視点は次のおとりである。

  • 1) 予算編成における首長、各部局、会議などの役割。
  • 2) 編成の方式(積上げ方式か枠配分方式か、査定にあたって考慮される要因は何か、等)。
  • 3) 中長期計画と予算編成の関連
  • 4) 財政環境悪化の予算編成に対する影響。

このような視点に基づき作成されたアンケートの構成は次のようになっている(具体的な質問項目は、単純集計結果とともに付録IIに示してある。)

  • I 予算編成一般について
     中長期計画との関連、首長の影響力、議会との関係、住民ニューズの吸収方式、財政部門による予算規模の見通し、上限提示の有無、その他(編成日程、補正要因等)
  • II 目的別分類(注7)の民生費について
     民生費の「単独分」(地方公共団体独自の施策および法定基準への上乗せ施策)につき、施策の内容、発案者、民生費全体に占める比率、今後の福祉に対する考え方等
  • III 性質別分類(注7)の建設事業費について
     「枠」の有無、「枠」の作り方、首長の影響力、査定考慮要因、補助金や起債との関連等
  • IV 性質別分類の人件費、物件費について
     人件費における給与水準や職員数につき、その決定要因と決定主体、物件費の決定方式
  • V 予算編成方式の変化について
     財政危機が予算編成に及ぼす影響、今後の対策等

(4) 回答のあいまいさを防ぐため、時点と範囲について次のような限定を付した。まず、時点としては、昭和52年度の当初予算とした。最近時点での予算編成は財政危機によってかなり変化しつつあると思われるので、ある程度安定的であった昭和40年代における予算編成についても情報が得られればより望ましいことはいうまでもないが、回答信頼度に不安が残ることや設問が膨大になることを懸念してこの限定を行った(なお、これに関しては、上記Vの設問がある程度補完している)。当初予算に限定したのは、政策的な意思決定の基幹はここでなされると考えたからである。また、範囲は普通会計に限定した。このことによって公営事業会計が除かれることとなるが、政策的な意思決定は普通会計によって代表されると考えられるので、こうした限定を行った。

(5) アンケート調査の結果は、都道府県、政令都市、特別区(政令都市を除く)市、町という制度上の区分のほか、市および町について各地方公共団体の特性を示す属性(産業別就業人口比率および首長の政党色についてはデータの入手が困難なため市のみ)について5~6階級の区分を設定してクロス集計分析を行った。データは、回答時点との整合を図るため入手可能な最新時のものを用いた(階級の区分、出所等は付録Iを参照されたい)。

集計に使用した基本的な属性は、人口規模、人口増加率、歳出総額、1人当り歳出総額、財政力指数(注8)、実質収支比率(注9)、産業別就業人口比率および首長の政党色である(なお、用いるべき属性として当然考えられるものとして所得水準があるが、市町については全ての団体のデータを入手することが困難なため、用いえなかった。この代理指数として、一人あたり工業出荷額を用いたが、財政力指数との相関係数が0.662とかなり高いため、以下においてはこれには言及せず、財政力指数が所得水準を表わしているものと考える)。

これらの属性相互の相関は、表12に示すとおりである(階級別平均値、サンプル数等は付録Iを参照)。分析は各属性について階級間の回答パタンの有意な差に焦点を絞って行った。なお、産業別就業人口比率は、第1次就業人口の比率で代表させて考察を加えた。

このような属性階級別の個別のクロス集計分析に加え、数量化理論の手法を分析の道具として用いた。すなわち、属性とのクロス分析を一活して行い全体的な回答パタンを把握する手段として数量化理論II類を、また、各団体の意思決定パタンを類型化する手段として数量化理論III類の手法を適用した(数量化理論の概要は補論II参照)。

(6) 1(2)で述べたとおり、この分析で問題とするのは、地方公共団体間の相対的な関係である。したがって、例えば「あるタイプの公共団体で首長の力が強い」と述べてあるのは、そのタイプの団体では首長の力が他の団体に比べて相対的に強いことを意味しているのであり、絶対的な力の強さを意味しているのではない。

 また、以下の分析では、主として(5)で述べた属性ごとの平均値を問題とする。したがって、分散が大きい場合に個別の団体をみれば平均値から離れた特性を示すものがある。例えば「都道府県では財政部門の力が強い」という命題が導かれたとしても、個別にみれば財政部門の力が弱い都道府県も当然存在しうる。

(7) 以下の各章の概要は次のとおりである。

第2章においては予算における意思決定を規定する要因として組織規模をとりあげ、組織規模による意思決定パタンの差を検討し、その違いが前述のA型、B型の差といえることを述べている。

第3章においては地方公共団体の意思決定をとりまく諸条件(団体の属性)と意思決定ルールとの関係を考察し、財政基盤(長期的意味での団体の財政力)による意思決定ルールに差があることを述べ、短期的な財政環境が、地方公共団体の満足化の基準として機能し、満足化が満たされなくなると「検索過程」を経て基幹的ルールの見直しを行うことになることを述べる。また都市化度でみると、ルールには差が検出されないが、経費の分配パタンには財政環境の制約の下で影響を与えていることが示される。

第4章では、経費別意思決定ルールを個別的な特徴を中心に検討する。

第5章では、各団体の意思決定のパタンを数量化理論III類を用いて類型化することを試み、分類基準として計画志向か否か、内部官僚型か否かの二つが検出されることを述べる。

第6章では、以上の分析結果を要約し、結論を述べる。


(注1) 野口、新村、内村、巾村[18]

(注2) Crecine[3]

(注3) Crecine[3]

(注4) これらの他に、少なくとも観念的には、社会的最適化モデル(財政支出や税などを説明変数とする社会的厚生関数を想定し、これを最大化するように予算編成がなされるとする)がありうる。しかし、社会的厚生関数の非現実性、意思決定者の能力の限界等を考慮すると、これは現実の予算を説明するモデルとはなりえないというのが、ウィルダフスキイ、クリサイン、リンドブロム等の考えである。

(注5) 都道府県において財政、企画両部門を対象としたのは、企画部門の予算編成における影響力を重視するとともに、財政担当者と企画担当者の予算編成に対する意識の差を浮き彫りにするためであった。しかし、財政部門と同一の回答が多く本文の説明では割愛した。
 また、アンケート調査票は財政課長、企画課長宛送付した。実際の回答者は課長が約40%、課長補佐から主査までが約25%、係長が約25%、担当者が約10%となっている。

(注6) アンケート調査の実施は、株式会社日興リサーチセンターに委託して行った。

(注7) 地方公共団体の経費分類には、目的別分類と性質別分類がある。目的別分類は、経費を目的によって分類したもので、教育費、土木費、民生費、総務費、衛生費等に分けられる。
 性質別分類は、経費のもつ性質によって分類したもので、人件費、建設事業費、扶助費等に分けられる。性質別分類による経費は、集計されて経常的経費と臨時的経費に大別されたり、あるいは義務的経費と投資的経費とその他の経費に大別されることがある。この場合の経常的経費には人件費、扶助費、公債費、物件費が含まれ、それ以外は臨時的経費となる。また義務的経費には、人件費、扶助費、公債費、が含まれ、普通建設事業費、失業対策事業費、災害復旧事業費を投資的経費、それ以外をその他の経費としている。
 上記以外に、既定経費と新規経費、所管別経費、事業別経費という分類も使われることがある。
 ここでは、目的別分類による民生費と、性質別分類による建設事業費、人件費、物件費について質問した。

(注8) 財政力指数は、基準財政収入額/基準財政需要額によって定義される。ここで基準財政収入額、基準財政需要額は地方交付税の算定基礎となるものであり、財政力指数は、団体の財政基盤を表わす。ここでは48~50年度平均を使った。

(注9) 実質収支比率は、団体の収支状況を表わすものであり、以下の算式により計算される。
 実質収支比率=(形式収支-翌年度へ繰越すべき財源)/標準財政規模
 ここで、形式収支=歳入決算額-歳出決算額
 翌年度へ繰越すべき財源=事業繰越等繰越額-繰越事業における未収入特定財源
 標準財政規模=普通交付税+(基準財政収入額地方譲与税)×100/75(都道府県は100/80)+地方譲与税


表1-1 団体別対象者数と回収状況

表1-2 属性間の相関係数


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 590 KB)
  2. 1ページ
    第1章 分析の目的と方法
    1. 1ページ
      §1 問題意識
    2. 2ページ
      §2 分析の方法
  3. 5ページ
    第2章 組織の規模と意思決定のパタン
    1. 6ページ
      §1 地方公共団体の規模別区分
    2. 8ページ
      §2 各主体の実質的な影響力
    3. 12ページ
      §3 予算策定方法
    4. 13ページ
      §4 中長期計画との関連
    5. 14ページ
      §5 政令都市,特別区について
    6. 14ページ
      §6 予算編成の流れ
    7. 17ページ
      §7 数量化理論 II 類による分析
  4. 22ページ
    1. 23ページ
      §1 財政基盤
    2. 26ページ
      §2 短期的な財政環境
    3. 30ページ
      §3 都市化度
  5. 32ページ
    1. 32ページ
      §1 民生費
    2. 41ページ
      §2 建設事業費
    3. 51ページ
      §3 人件費,物件費
  6. 57ページ
    1. 57ページ
      §1 分析の方法
    2. 57ページ
      §2 基本的因子の性格
    3. 63ページ
      §3 属性と反応パタン
    4. 65ページ
      §4 地方公共団体の類型化
  7. 67ページ
    第6章 結論
  8. 補論
    1. 71ページ
      I   中長期計画について
    2. 73ページ
      II  数量化理論 II 類,III 類の概要
  9. 77ページ
    参考文献
  10. 付録別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 229 KB)
    1. 80ページ
      I   属性データ
    2. 86ページ
      II  アンケート調査票および単純集計表
    3. 99ページ
    4. 181ページ
      IV 民生費関連データ
    5. 184ページ
      V  数量化理論 II 類分析結果
    6. 187ページ
      VI 数量化理論 III 類分析結果
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    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
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