経済分析第72号
マネタリスト・モデルによるスタグフレーションの分析(注)

1978年6月
新保 生二,小西 和彦,大平 純彦

(はじめに)

昭和48,49年の日本経済は戦後の安定期に入ってから最高のインフレーションを経験した。GNPデフレーターの動きでみると、30年代以降では毎年5%内外の物価上昇率で推移している。最も物価上昇率の高かったピークの年でも32年が6.1%、36が7.9%、45年が6.8%であり10%以下の上昇率にとどまっていた。ところが48年は11.6%、49年は実に20.7%のインフレ率となった。これはまさに朝鮮戦争以来の平時としては最高のインフレ率である(第1表)。

このように平時としては未曽有のインフレーションが惹起された原因については完全に解明されたとはいいがたい。これまでに現われた48~49年インフレの本格的な分析としては小宮隆太郎教授[1]が最も注目される。教授は同論文で「昭和48~49年のインフレーションの最も重要な原因の一つ、あるいはまさに最重要の原因は、46~48年の3年間にわたって過大な貨幣供給がなされたことにある」と述べている。さらにいわゆる輸入インフレ論については、(1)日本は「小国の仮定」が妥当しないこと、また、(2)たとえ「小国の仮定」が妥当する場合でも「自国通貨建ての輸入物価指数がいくらになるかは、為替レートに依存し、後者なその国の国内経済の状態、為替政策・財政金融政策に依存する」として否定的な見解を述べている。

過大な貨幣供給が昭和48~49年のインフレの最も重要な原因の一つであるという小宮教授の指摘は卓見であり、我々も同じ見解に立っているが、以下の二点において同教授の解明に不十分な点があると考える。第一の点は小宮教授は過大な貨幣供給がインフレの原因だとしながらも、どのような理論モデルを想定しているか明らかでないことである。同教授は「貨幣残高の変化の影響、ある一定期間後に名目国民総支出の変化、物価の変化を惹きおこすというような単純なのもではなかろうか。・・・・・しかし2年の3年もの間、急速に貨幣供給を増大し続ければ、やがては物価が急騰せざるをえないということだけはほぼ間違いないことである」と述べている。しかしながら、理論モデルを明らかにし、貨幣供給と名目国民総支出なり物価なりとの間の定量的関係を把握することなしに貨幣供給が過大かどうかを判断することが可能であろうか。例えば貨幣供給の伸び率が何%を超えれば過大と判断するのであろうか。そうしてその際の基準は何によって決まるのであろうか。

我々が解明が不十分と考える第二の点は輸入インフレの問題である。小宮教授は先に挙げた理由から輸入インフレをわが国の48~49年のインフレの原因として考えることに否定的な立場をとっている。しかし、47年後半以来の今回のインフレの大きな特徴の一つは世界の非常に多くの国が同じ時期に急速なインフレーションの加速化を経験したということ、いわば「世界インフレ」の性格を持っていたということである。貿易及び資本取引の自由化が進み、各国経済相互の関係が緊密化しつつあり、世界経済として一体化しつつある中で、インフレーションの相互波及を考えないといけないというのは言うまでもなく、非現実的である。確かに小宮教授の言うように、日本の場合「小国の仮定」は成り立たないかもしれないし、為替レートが国内の政策や物価等の影響を受けるというのは正しい。しかし、そのような国内的要因が輸出入物価に与える影響を何らかの方法により除去したとしても純粋に外生的な海外のインフレーションがわが国に伝播するというメカニズムは残ると考えられるのである。いうまでもなく変動相場制下ではこのインフレ伝播のメカニズムはかなりの程度遮断されるわけであるが、変動相場制に移行したのはすでにインフレが本格化した後の48年2月であり、47年後半からのインフレ加速化の局面では固定相場制が維持されていたかれである。また、変動相場制移行後の為替レートの動きをみると、むしろ上昇しており、48年末の石油ショック後に低下に転じている。したがって、石油ショック以前のインフレ加速化については、国内の財政金融政策が為替レートの低下をもたらし、これがインフレを刺激するというメカニズムは働いていない。

以上の二点について完全に解明するためには、貨幣供給が家計及び企業の資産選択行動を通じて実物経済及び物価にいかなる影響を与えるかという点に関する実証分析の積み重ねと、後に述べる開放経済におけるインフレの発生及び伝播のメカニズムについての理論的解明が進まなければ無理であろう。しかしながら、次章でみるように、フリードマンを中心とするマネタリストが主張しているマネタリーアプローチ(monetary approach)は、インフレーションに関しては従来のケインジアン・アプローチ(Keynesian approach)よりも優れた説明力を示しており、このアプローチをわが国の48~49年インフレーションの説明に適用してみることは意味深い課題である。そこで我々は、わが国経済のマネタスト・モデルを開発し、これを活用して種々のシミュレーション実験を行った。

我々はこの実験により48~49年のインフレの基本的な原因は46~48年の三年間にわたって20%を超える高いマネーサプライの増加率をゆるしたことにあるという小宮教授の説を定量的にサポートする結論を得た。他方輸入インフレについては小宮教授の説と異なりインフレ加速化の要因の一つであることが明らかになった。

さらに我々はマネタリスト・モデルの開発過程で期待物価上昇率の計測に成功を収めた。その結果によればわが国の場合、インフレ期待は基本的には二次の適合期待仮説(a second order error learning model)に基づいて形成されること、また円切り上げや石油ショック時の政策転換などの影響も受けていることが明らかになった。またマネタリスト・モデルによりシミュレーションの結果、50~52年度の景気回復過程では従来以上に強いインフレ期待が残っており、これが一方でインフレの収束を遅らせ、他方で景気回復の大きな足かせとして働き、スタグフレーションをもたらす原因となったということが明らかにされた。

以下では、次の第II章でまず初期の極端なケインジアン・アプローチがマネタリストの見解の影響を受けて徐々に修正されつつあることを確認し、次に我々のモデルの理論的な拠所となっているフリードマンの名目所得の決定論を概説する。我々はフリードマンの理論的フレームワークにそった構成を持っているセントルイス連銀のモデル(Andersen et al. [5])を参考としつつ、わが国経済マネタリスト・モデルの開発することが、セントルイス連銀のモデルは閉鎖経済(a closed economy)のモデルであり、これをわが国に適用しようとすれば開放経済(an open economy)にあてはまるように修正をほどこす必要がある。そこで第II章の最後では開放経済におけるインフレ理論の最近の成果をふりかえっておくこととする。

第III章では以上のような理論展開を念頭に置きつつ、開放系のわが国経済のマネタリスト・モデルを開発する。そうしてこのモデルが40年代後半からのインフレの激化、生産の落ち込みとスタグフレーションの持続など現実の日本経済の姿をよくフォローしており、内挿テストの結果がかなり満足できるものであることを示す。

第IV章では48~49年インフレの原因を探るためにこの開放系のモデルを使用して様々のシミュレーションを行った結果について述べる。とくに46~48年のマネーサプライの急増がなかったとしたら、48~49年のインフレの激化はかなり穏やかなものにとどまっていたことを明らかにする。最後の章では以上の分析を通じて得られた若干の結論を要約することとする。


(注) この論文の成立にあたっては経済研究所主任研究官吉冨勝氏から、終始、御教示をいただいた。厚く御礼申しあげたい。


第1表 戦後のインフレ期の物価上昇率

第1表 戦後のインフレ期の物価上昇率

全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 425 KB)
  2. 1ページ
    I   はじめに
  3. 4ページ
    II  モデルの理論的基礎
    1. 4ページ
      1. マネタリスト的視点の重要性
    2. 8ページ
      2. マネタリストのインフレ理論
    3. 12ページ
      3. 開放経済におけるインフレ理論
  4. 17ページ
    III  わが国経済のマネタリスト・モデル
    1. 17ページ
      1. モデルの体系
    2. 20ページ
      2. 個別関数の説明
      1. 20ページ
        i) 総支出関数
      2. 21ページ
        ii) 需要圧力(定義式)
      3. 21ページ
        iii) 期待物価変化率関数
      4. 22ページ
        iv) 大企業製品卸売物価関数
      5. 23ページ
        v) 総合物価関数
      6. 24ページ
        vi) 生産(実質)
      7. 24ページ
        vii) 失業率関数
      8. 24ページ
        viii) マーシャルのKのトレンドからの乖離幅
    3. 24ページ
      3. ファイナルテストの結果
  5. 31ページ
    1. 31ページ
      1. 46~51年度のスタグフレーションの分析のためのシミュレーション
      1. 31ページ
        i) マネーサプライの伸びが15%以下に抑えられていたとした場合(ケース1)
      2. 32ページ
        ii) 輸入物価の上昇が小幅にとどまっていたとした場合(ケース2)
    2. 33ページ
      2. 53~60年度の政策シミュレーション
      1. 33ページ
        i) 標準型のシミュレーション(ケース1)
      2. 34ページ
        ii) マネーサプライの伸びが2%強高かった場合(ケース2)
      3. 34ページ
        iii) 潜在GNPの伸びを7%強とした場合(ケース3)
      4. 35ページ
        iv) 輸入物価上昇率がやや高かった場合(ケース4)
    3. 35ページ
      3. マネーサプライと輸出の長期乗数
  6. 38ページ
    V  結論
  7. 40ページ
    付論I   ビジネス・サーベイ・データによる期待物価変化率の計測
  8. 44ページ
    付論II  潜在GNPの推計
  9. 45ページ
    付論III  因果関係の検出-シムズ・テスト
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