経済分析第73号
予算編成のシミュレーション・モデル

1978年8月
<システム分析調査室>
野口 悠紀雄,新村 保子,竹下 正俊,金森 俊樹,  高橋 俊之

(分析の目的)

われわれは、『経済分析』第66号所載「予算における意思決定分析」(注1)において、わが国の一般会計予算における意思決定がいかなるルールに支配されているかを分析した。そこでの基本的な結論は、一般には非常に複雑なものと考えられている予算編成過程が、比較的単純で機械的なルールによって説明しうるということであった。すなわち、歳出面での各経費の決定や歳入面での所得税減税の決定は、前年度の予算額や課税最低限をベースとして単純なルールによって大部分説明することができ、その意味で、ウィルダフスキンの「増分主義仮説」(注2)やクリサインの「内部官僚モデル」(注3)が、わが国の一般会計予算についても妥当することが示された。

しかし、66号での分析は、次の諸点で不十分なものであった。

(1) 人件費、その他経費、課税最低限の決定には、税収増が影響することが示されたが、いかなるメカニズムを通じてこれが影響するかが明らかにされなかった。税収増が影響を与える理由としては、(ア)当年度収支差額を調整するためのバッファーとして当該項目が用いられること、(イ)余裕財源の発生により査定の厳しさが弱くなること、の二つが考えられるが、各々の場合にどちらが主要な要因なのか明らかでなかった。

(2) 決定式において前年度額(物価調整後)にかかわる係数はほぼ 1 に近い値であるが、経費によって若干の差異がみられた。しかしその差異がいかなる要因でもたされたかは説明されなかった。

(3) 社会保障の決定式における係数は全期間を通じて一定ではなく、昭和40年代の後半で構造変化がみられるが、これがいかなる理由によるかが明らかにされなかった。

(4) 公共事業、その他経費については、モデルで説明できない特異な年度が観測されるが、これが単にダミー変数によって処理されたのみであった。

(5) 国債発行額は、単に結果としては定まる収支差に等しいものと定義された。ファイナル・テストの結果は、現実の動きをかなり良好に再現しているとはいうものの、昭和40年代中期において明らかに存在してと考えられる国債減額努力を全く無視したモデルになっていた。

(6) 歳出総額、歳入総額でみれば現実の動きをかなり良好に再現しているとはいうものの、個別経費ごとにみると年度によってかなりの誤差が生ずるものがあり、その誤差が政策決定上の観点から意味あるものか否かが明らかにされなかった。

以上を要するに、予算編成全体を通じての基幹的なルール(first order ruleともよびうるもの)は説明しえたが、それに付け加わるsecond order ruleについては、その存在が明らかにされたのみで、明示的な説明がなされていなかったといえる(あえて危険を覚悟で計量経済学的用語を用いれば、誘導形に対応する式が扱われたのみで、構造法程式レベルの検討がなされていなかったといえる。)このsecond order ruleは、額的にいえば、明らかに予算全体の限界的な部分にかかわるものでしかない。しかし、質的な観点からみると、この部分はきわめて重要である。なぜなら、政策的な決定は、さまにこの部分に現われていると考えられるからである。

この報告は、以上のような意味における政策的決定をも明示的に分析の対象とし、予算編成における意思決定のメカニズムをより、詳細に分析することを目的としている。このため、次の作業を行っている。

(ア) second order ruleにかかわる部分を明示的に扱うために、first order ruleを単なる回帰式によって与えるのでなく、制度的諸要因を明示的に考慮しつつ定義的に与える。それによって定まる部分を「当然分」と定義する。

(イ) 予算総額から「当然分」を控除した「歳量分」を算出し、その動向を支配するルール(second order rule)についてのファクト・ファインディングを行い、これをシミュレーションモデルによって表現する。

(ウ) シミュレーションモデルが実際の予算額の推移をどの程度再現しうるかを検討する。

モデルの構築にあたって基本的なよりどころとしたものは、サイアート・マーチの企画モデル(注4)とクリサインの内部官僚モデル(注5)である。具体的には次のとおりである。まず、サイアート・マーチのフレームワークに従って、次のような基本的構造を想定した。

(ア) 当然分は、各経費ごとに断片的に、かつ単純なルールに従って決定される。

(イ) 裁量増減の決定は、かなりの程度断片的にかつ段階的に行われた。

(ウ) 過去の財政収支状況により規定される「組織スラック」が予算編成の態度を左右する。
    また、クリサインの内部官僚仮説に従い、

(エ) 予算上の意思決定は、基本的には財政内部の変数によって規定される。すなわち、少なくとも短期的には、外部環境からの影響は、税収の増減、物価上昇、景気対策の必要性のみであり、財政需要、政治圧力等は影響を与えない。

と考えた。

われわれは以上の仮説に従ってモデルを構築し、それが現実のデータをどの程度再現しうるかを検討している。したがって,この分析の目的の一つは、こうした仮説の妥当性を(66号よりは一歩進んだレベルにおいて)検討することである。

もっとも、ここでいう検証とは、通常経済学の実証分析におけるような統計的に厳密な内容をさすものではない。それは、政府の行動について、通常経済学で用いられるような強力な理論が存在しないためである。サイアート・マーチの企業モデルにしても、クリサインの内部官僚モデルにしても、予算編成モデル構築の大まかな方向を示すのみであり、個々のビルディング・ブロック(計量経済学モデルでの構造方程式に対応するもの)についての具体的な内容は示しえない。

したがって、例えば、各々の段階で、意思決定に影響を与える変数が何で、関数関係がどうなっているかは、ファクト・ファインディングの積み上げによってしかなしえない。このため仮説検証の手続きは伝統的にはかなりルースなものとなっており、モデルの観客性は計量経済学のモデルに比べればかなり損なわれている。しかし、こうした手続きは、ここで対象としているような問題に対してはある程度不可避であり、これまで全く研究のなされていなかった課題への第一歩としては容認しうるものであろう。


(注1) 野口他[20]

(注2) Wildavsky[19]

(注3) Crecine[2]

(注4) Cyert & March[4]

(注5) Crecine[2]


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 489 KB)
  2. 1ページ
    第1章 分析の概要
    1. 1ページ
      § 1 分析の目的
    2. 3ページ
      § 2 モデルの全体像
    3. 3ページ
      § 3 データについて
  3. 7ページ
    第2章 当然分と裁量分の定義と算出
    1. 7ページ
      § 1 定義
    2. 9ページ
      § 2 所得税減税
    3. 14ページ
      § 3 国債減額
    4. 15ページ
      § 4 人件費
    5. 17ページ
      § 5 地方交付税交付金
    6. 19ページ
      § 6 社会保障費
    7. 24ページ
      § 7 国債費
    8. 26ページ
      § 8 公共事業費
    9. 29ページ
    10. 32ページ
      §10 一般的観察
  4. 42ページ
    第3章 モデル別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 402 KB)
    1. 42ページ
      § 1 概観
    2. 44ページ
      § 2 当初予算モデル
    3. 55ページ
      § 3 補正予算モデル
  5. 58ページ
    1. 58ページ
      § 1 シミュレーションの前提
    2. 59ページ
      § 2 テスト結果
    3. 67ページ
      § 3 代替シミュレーション
  6. 76ページ
    第5章 結論別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 514 KB)
    1. 76ページ
      § 1 サイアート・マーチモデルのフレーム・ワークによる予算編成プロセスの解釈
    2. 78ページ
      § 2 クリサインの内部官僚モデルのフレーム・ワークによる予算編成プロセスの解釈
  7. 補論
    1. 83ページ
      I 増減税(所得税,法人税,間接税)について
    2. 92ページ
      II 所得税減税の推定について
  8. 105ページ
    1. 111ページ
      II 社会保障費の概要と制度
    2. 116ページ
      III 一般会計予算の特徴一覧表
  9. 120ページ
    参考文献
  10. 121ページ
    図表索引
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