経済分析第75号
勤労者の定年退職後の生計収支の推計(注)

1979年6月
丹羽 清之助,佐々木 展樹

(はしがき)

世界史上類例のない速度で進行しつつあるといわれる我が国人口構造の高齢化に伴って、今後急速に増加していく老人の老後の生活を物資面でも精神面でも如何にして充実したものとして保証していくかという問題は、今や国家的課題となっているといえよう。

本稿では、高齢者のうち退職した勤労者についての老後の経済生活面、具体的には家庭収支面に焦点を絞って、現在の社会・経済制度を前提とした場合の退職後の家計収支はどのような状況になるかを考察してみようとするものである。

勤労者の退職後の生活を支えるシステムとしては、大別して、(1)勤労者自身の貯蓄等による自活システム、(2)公的年金等による社会的扶養システム及び(3)勤労者の親族等による私的扶養システムの三者が考えられる。しかしながら、一般に云われているように、今や世界最高水準となった平均寿命と現行定年退職年令の著しい乖離による退職後の長い生活期間、経済環境面における物価上昇及び社会環境面における工業化、都市化に伴う核家族化等の諸現象は、上記の自活システム、私的扶養システムへの依存を益々困難なものにとしており、いきおい、今後における勤労者の老後生活の保障としては、社会的扶養システムに期待せざるを得ないのが実情となっている。

一方このように、今後、勤労者の老後の生活保障の主柱となるべき厚生年金についてみると、昭和48年、51年の二度の大改正によってその給付額は大幅に改善され、制度的にはすでに先進西欧諸国と比較しても遜色のない水準に達しているといわれている。例えば、現在、勤続期間28年で計算されたいわゆるモデル年金は月額10万4,485円となっており、昭和44年当時の2万円年金に比べるとその後の物価上昇を考慮しても飛躍的改善がみられる。しかしながら、平均給付水準でみると、いまだ年金制度の成熟化過程にある現段階では、8万1,248円でありモデルと平均との間にはかなりの乖離がみられる。

従って、我々の課題の検討にあたっても、制度上達成された水準の給付を完全に享受する標準者の場合と制度の給付を完全には享受するに至らない過渡期の非標準者の場合とに区別して計測する必要がある。ここで標準者とは、具体的に云えば、学校卒業後直ちに入社して、その後標準的に昇給、昇進を繰り返して定年退職するに至った労働者の場合をいい、非標準者の場合とは、現時点における厚生年金適用者の平均的勤続年数を有すると同等の勤続年数に相当する条件の定年退職者の場合をいう。

本稿では、第一章において勤労者の退職後の生計収支の前提となっている関連現行諸制度について概観したうえ、第二章、第三章ではそれぞれ標準者と非標準者についての家計収支モデル計算を行う。

なお、収支計算にあたっての制度の内容は、昭和52年度において実施されているものに固定することとした。

また、データについては、数値の採用のしかたによって生計収支計算結果が大きく左右されることは当然であり、従って、恣意性をできるだけ排除し採用した数値間の整合性を維持するため、データは昭和51年の賃金構造基本統計調査と家計調査を中心とすることとし、その他の資料は採用した数値の妥協性をチェックていどにとどめることとした。また、ケースとしては前述のように標準者と非標準者としたが、所得格差がある現状では、収支計算は所得の大小別に行う必要があるが、この点は学歴別の賃金格差をもって代表させることとし、計算は大学卒業者、高等学校卒業者及び中学校卒業者の別に行うこととした。

なお、老後の生計収支の試算としては、これまで主として金融機関による試算を中心として各種のものが発表されてきている。そのうちの主なものを参考資料Iに掲げたが、これらの試算結果をみると、積算の対象となる老後の期間のとり方、想定して世帯人員、その他消費者物価上昇率、金利等の試算に関連する諸前提の設定の仕方及び基本データを何に求めたか等によりそれぞれに大きな相違がある。また、推計方式としては菱沼推計を除きいずれもバランスシート方式によっているが、我々は後に述べるようにプロジェクション方式を採用することにより、年金制度、税制等考えうる現行諸制度の仕組みをできるだけ忠実に反映するように努めた。


(注) 本研究に当って、当研究所前次長降矢憲一氏に多くの御教示を頂いた。感謝の意を表したい。


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 406 KB)
  2. 1ページ
    はしがき
  3. 2ページ
    第一章 定年退職後の生計収支推計に関連する現行諸制度の概要
    1. 2ページ
      1. 標準者と非標準者の分布状況
    2. 3ページ
      2. 世帯属性
      1. 3ページ
        (1) 家族構成
      2. 6ページ
        (2) 退職者の平均余命
    3. 6ページ
      3. 定年退職後の収入面
      1. 6ページ
        (1) 定年退職度の再就職
        1. 6ページ
          (i)   定年制の現状
        2. 9ページ
          (ii)  定年退職時の給与及び賞与
        3. 9ページ
          (iii)  定年退職後の再就職及び給与の状況
      2. 12ページ
        (2) 定年退職者の個人的貯蓄とその運用収益
        1. 12ページ
          (i)   定年退職時金融資産保有額
        2. 13ページ
          (ii)  定年退職時の実物資産額の推計
        3. 15ページ
          (iii)  金融資産の運用収益
      3. 16ページ
        (3) 退職金
      4. 17ページ
        (4) 厚生年金
      5. 22ページ
        (5) 家族等による私的扶養
    4. 25ページ
      4. 定年退職後の支出面
      1. 25ページ
        (1) 税制の現状
        1. 27ページ
          (i)   所得税
        2. 28ページ
          (ii)  住民税
        3. 28ページ
          (iii)  固定資産税
      2. 28ページ
        (2) 社会保険料
        1. 28ページ
          (i)   雇用保険料
        2. 29ページ
          (ii)  健康保険料
        3. 29ページ
          (iii)  厚生年金保険料
      3. 30ページ
        (3) 消費支出額
  4. 32ページ
    第二章 標準者の定年退職後の生計収支の推計
    1. 32ページ
      1. 推計方法
    2. 32ページ
      2. 計算結果
      1. 33ページ
        (1) 結果表の見方
      2. 34ページ
        (2) ケース別計算結果の概要
      3. 37ページ
        (3) 標準者の生計収支
        1. 37ページ
          (i)   消費水準について
        2. 38ページ
          (ii)  年金給付水準の平準化について
        3. 39ページ
          (iii)  消費者物価上昇の影響について
        4. 40ページ
          (iv) 定年退職後の生計費総額等について
  5. 42ページ
    第三章 非標準者の定年退職後の生計収支の推計
    1. 42ページ
      1. 推計方法
    2. 42ページ
      2. 計算結果
      1. 43ページ
        (1) 結果の概要
      2. 43ページ
        (2) 標準者の場合との比較
        1. 43ページ
          (i)   赤字発生年齢等について
        2. 45ページ
          (ii) 定年退職後の生計費総額等について
      3. 45ページ
        (3) 私的扶養額の推計
        1. 46ページ
          (i)   消費支出額の抑制
        2. 46ページ
          (ii)  私的扶養額の推計
  6. 48ページ
    むすび
  7. 51ページ
    参考資料別ウィンドウで開きます。(PDF形式 296 KB)
    1. 53ページ
      I   老後の生計収支の試算例
    2. 56ページ
      II  標準労働者割合の推計
    3. 64ページ
      III  標準者の資産推計
    4. 67ページ
      IV 老人2人世帯の消費支出の推計
    5. 70ページ
      V  生計収支の計算結果表
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