経済分析第77号
内部組織の状態空間モデル
-公企業の動学的効果分析-

1979年9月
<システム分析調査室>
榊原 英資,薬師寺 泰蔵,新村 保子,井上 弘光,山本 裕一

(はじめに)

従来の公企業体あるいは公的部門の分析の多くは、「資源分配の効率性」(allocative efficiency)や「市場の失敗」、(market failure)という概念を軸に発展されてきた。これは、古典派、更には、新古典派の経済分析が、市場や効率的資源分配を中心概念として発開されており、政府等の公的部門が「市場の失敗」の補完役として導入されていることに深く関連している。

政府あるいは公的部門の存在を経済学的に正統化してきたのは私的財に対する「公共財」という概念であるが、この二つの財を究極的に分かつのは、当該財について、市場が機能するか否かということである。市場成立の必要条件は、例えば、マスグレイブ(R.A.Musgrave)1)の「排除性」(excludability)で示されるが、公共財はこの条件を満たさない。更に、こうした公共財の中で最も純粋なものとしては、サムエルソン(P.A.Samuelsen)2)の「非競合性」(nonrivalry)の定義があるが、これは国防・司法等のようにすべての人々が同量のサービスを消費するという性質を有している。こうした「非排除性」、「非競合性」という概念は、いずれもが「市場の失敗」の条件であるという意味で「外部性」(externality)という概念とも一致するものであるといえる。公共経済学の分野で定義され、その分析の軸になるこうした一連の概念に共通するもの、それは、こうした概念が積極的に何かを定義するものではなく、むしろ、市場という概念の反対概念として公共財を定義しているという点であろう。

そして、こうした、反対概念によって規定される政府あるいは公共企業体も、政府あるいは公共企業体自身として積極的に定義され分析されることはなく、あくまで市場のアンチテーゼとしてのみ想定されることとなる。こうした抽象化の結果、古典派またはマネタリストのように市場を経済システムの唯一の有効なメカニズムとみる人々にとっては、政府あるいは公共企業体は必要悪であり、できうる限りその活動を縮小すべきものになり、又逆に、ある種の経済学者にとっては、公共部門は市場の失敗を矯正する救世主のような存在になってしまうのである。

こうした市場を中心概念として展開されてきた伝統的経済分析に対し、近年注目を集めてきているのが、いわゆる「組織」の分析である。3)

「組織」をより広義の一つのシステムとしてとらえる立場からみれば、市場システムもまた「組織」であり、狭義の組織である企業や政府・公共企業体は逆に一つの擬似市場であると考えることができる。このように「組織」を一つのトータル・システムとしてみるとき、いわゆる「市場の失敗」も、広義の「制度の失敗」(institutional failure)の1つに一般化して考えられなくてはならない。ウイリアムソン(O.E.Williamson)によれば、この「制度の失敗」は「市場の失敗」の他に、「内部組織、政治あるいは司法」等のより一般的なものを含むとされている。4)5)

いわゆる「内部組織の経済学」(Economics of Internal Organization)6)はこうした「制度」の中で、企業の内部組織、更に「内部組織の失敗」に注目し、その分析的フレーム・ワークを理論的に展開してものである。他方、政治学の分野においても、近年官僚機構の内部組織に関する研究が進み、官僚機構の失敗を内部組織モデルで説明する傾向が強くなっている。7)

我々は、こうした最近の理論展開をふまえ、公共企業体の分析を、「市場の失敗」という受動的フレーム・ワークではなく、広義の「制度の失敗」というフレーム・ワークの中で展開してゆくことが必要であると考えている。ここでは日本の三公社(日本専売公社、日本電信電話公社、日本国有鉄道)の内部組織の一般的な動学モデルを構築するとともに、各々に対する実証分析を行った。ここでの中心概念は、組織の生産と消費の構造を表わす二つの指標である。生産構造の指標は、宇沢等8)により「実質資本」(real capital)と呼ばれているものに対応し、物的資本の他に経営管理上の組織、人材、経験、情報伝達システム等を含む生産に関係する組織の構造を示すものである。また、費用構造の指標は、総費用に対する可変費用の比率で定義されている。ここで用いられている状態空間モデル(State Space Model)のフレーム・ワークの即して考えれば、この二つの指標は当該組織の「状態」(State)を表わす状態変数であるということになる。この二つの状態は、生産と消費に関する組織の構造を特徴づけ、更に、組織の意思決定を通じて動学的に変化してゆく。

生産や消費の構造を変えてゆくような組織の意思決定の古典的なものは、物的資本への投資であろう。しかしながら、生産や費用の構造を変えうるものは、物的資本のみに限られない。

例えば、雇用形態や組織の雰囲気を変えてゆくような人的資本に関する投資や意思決定も、組織の生産構造・費用構造に十分影響を与えうるであろう。

組織の生産や費用の構造に関するこの二つの「状態」あるいは指標は、直接観察することは可能ではないが、モデルの時変パラメーターとして推定することは可能である。本研究の主たる一つは、この「状態」を推定し、その動学的な変化の原因を同定することにある。

以下において、我々は、この二つの「状態」あるいは指標を三公社について概念化、定式化し推定してゆくが、組織の効率性の尺度はこれらの2つの指標の関数であると考えることも可能である。つまり、これらの指標の関数は、ライベンシュタイン(H.Leibenstein)9)の言う「X-効率」(X-efficiency)を計量化したものであると解釈することもできる。「X-効率」に関しては、その概念の曖昧さ故に、いくつかの有力な批判が提起されてきているが、こうした曖昧さもこの概念が本質的に組織の「状態」であるという事実に極めて深く根ざしていると考えられる。

周知のように、工学の文献においてしばしば用いられているシステムの状態空間表現においては、システムは「状態」という概念によって、完全に表現することが可能である。そして、この「状態」という概念は、説明は可能であるが、定義不可能な公理のような基本概念である。内部組織の分析においても、生産や費用の構造、あるいはX-効率は、十分に定義することは不可能であるが、解釈してゆくことのみは可能であり、またシステムの分析上で、実質資本の概念を選ぶか、あるいは企業家の能力10)、企業の雰囲気、組織のX-効率等の概念を選ぶかは、分析の視点によって定まる訳だが、ここで重要なことは、観測不可能な「状態」や様々な抽象概念は、その理論化の過程で不可避的に導かれるものであり、その抽象性あるいは観測不可能性故にこうした定式化を拒否すべきでないということ、及び、こうした概念の有効性は、シミュレーションや予測能力等で常にテストされていなければならないことである


  1) R.A.Musgrave[17]

  2) P.A.Samuelson[22]

  3) 宮沢健一[19]

  4) O.E.Williamson[35][36]

  5) K.J.Arrow[3]

  6) R.Coase[7]

  7) G.T.Allison[1][2]

  8) E.T.Penrose[20]、宇沢弘文[30][31][32][33]

  9) H.Leibenstein[14]

10) 宇沢弘文[34]、O.E.Williamson[35]


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 401 KB)
  2. 1ページ
    I.   はじめに
  3. 3ページ
    II.  理論フレーム・ワーク
    1. 3ページ
      §1 一般的状態空間モデル
    2. 4ページ
      §2 生産と費用の状態方程式
    3. 5ページ
      §3 生産と費用の出力方程式
    4. 6ページ
      §4 誘導形の導出
  4. 6ページ
    III. 実証分析 -効率性指標の展開-
    1. 6ページ
    2. 12ページ
    3. 18ページ
      §3 実証結果の考察別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 372 KB)
  5. 19ページ
    IV. おわりに
  6. 19ページ
    参考文献
  7. 補論 三公社の会計制度
    1. 23ページ
      A 日本専売公社別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 438 KB)
    2. 28ページ
      B 日本電信電話公社別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 462 KB)
    3. 35ページ
      C-1 日本国有鉄道別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 488 KB)
    4. 42ページ
      C-2 日本鉄道建設公団
  8. 基礎資料集
  9. 50ページ
    I.三公社等の会計諸勘定
    1. 50ページ
      A. 日本専売公社別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 287 KB)
    2. 61ページ
    3. 83ページ
      C. 日本国有鉄道別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 378 KB)
    4. 03ページ
      C'.日本鉄道建設公団別ウィンドウで開きます。 1(PDF形式 257 KB)
  10. 11ページ
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