経済分析第78号
道路投資の動学的意思決定過程の分析

1979年10月
<システム分析調査室>
榊原 英資,薬師寺 泰蔵,新村 保子,井上 弘光,山本 裕一,高橋 俊之

(はじめに)

政府の意思決定に関する経済分析における「伝統的」アプローチは意思決定主体としての政府が「合理的」であると仮定することである。ここれは、政府は、完全に将来を予測することができる「神」のような全智全能の存在であり、それ故、政府は外部環境を完全にコントロールすることができ、かつ、そうしたコントロールを通じて、ある目的関数を極大化するのである。このような経済学におけるパラダイムを政治学者アリソン(G.Allison)1)は、古典的モデル、あるいは、合理的行為者モデルと呼んでいる。

マクロ経済モデルにあたっては、通常、政府は「外生」部門として扱われている。経済システムは、この「外生」の仮定に従って推定され、この推定結果は政府が最適な意思決定をする(社会的厚生関数の極大化)際の制約条件となる。こうしたフレームワークの1つの問題点は、この「外生」の仮定が統計的に適当なものかどうかという点である。例えば、シムズ(Sims)2)は、グランジャー(Grager)3)流の「外生性」の厳密な定義をもとに、変数の「外生性」に関するテストの一例を示し、モデルの特定化に先だって、このようなテストが行われるべきであると主張している。こうした厳密な「外生性」の定義を用いるならば、はたして通常外生変数として扱われている政策変数が「外生」であるかどうかは、はなはだ疑問である。

もし、「合理性」あるいは「外生性」という、分析上は極めて都合のいい仮定が非現実的であり、現実の重要な部分を捨象してしまっているということであれば、われわれは意思決定プロセスをもう少し素直に叙述し、モデル化する必要がある。

サイモン(H.A.Simon)及びいわゆる行動科学の流れを組む人々の分析4)は、こうした古典的合理性の仮定の問題点を組織内部における意思決定プロセスを詳細にモデル化することによってのりこえようとする試みの1つである。サイモン自身の言葉通り、このような分析に共通のパラダイムは、「ある自然現象(あるいは社会現象)を与えられた時、この現象を説明するプロセスを規定する微分方程式を発見すること」5)にある。

このような、合理性パラダイムに対するアンティテーゼとしての(解析的)行動主義パラダイムは、経済学よりむしろ政治学の中で根強く採られてきた。例えば、1930年代リチャードソン(L.Richardson)の軍備拡張競争モデル6)、ウィルダスキィー(A.Wildavsky)の予算決定のモデル7)がそうである。又、明確な形で解折的なモデルになっていないが、アリソンの内部官僚モデルもその著者な例であろう。

しかし、意思決定の内部プロセスを叙述しモデル化するこのようなアプローチは、恣意性、複雑性、抽象性の三つの点で問題を残している。例えばサイアート・マーチ流のシミュレーション・モデル8)は、企業の意思決定のプロセスを詳細に叙述しているという意味では極めてすぐれたものだが、モデルの細部のパラメータが恣意的に決定されているという批判からまぬがれない。又、アリソンの第3モデルが示すように、意思決定の内部プロセスは"きりがない"ほど複雑であり9)、その複雑な事象を整理し、最も本質的な因果関係を見つけ叙述するのはなかなか難しい9)。さらに、リチャードソン・モデルにおける恐怖係数(fear coefficient)、消耗係数(fatigue coefficient)が示すように、人間あるいはその集合としての組織の意思決定の内部をモデル化する際、必ずといってよい程抽象度の高い概念の使用を導入せざるを得ない。抽象度の高い概念の使用はこうしたモデルがさけて通ることができない点であるが、同じ抽象度の高い概念でも、理論の進め方によって後追い的にあみ出された、限界消費性向や、増分(あるいは、全く同じことを意味するが、人によっては減分10))主義といった"創られた概念"ではなく、もっと原初的(nascet)な、もともとわれわれが自然言語で用いて来たトータルな概念(例えば階級意識とか、権力とか、技術力とか、組織の効率など)を適確にモデル化する必要をここでは強調したい。この様な概念は自然のごとくわれわれの眼には直接見えないものであるから、この抽象性の問題は観測可能性の問題と等価である。以上3つの問題点はそれぞれ互いに関係し、からみあった形でこれまでの行動主義的な意思決定プロセスの分析にあらわれている。

以上の認識に立ち、本研究は道路投資の動学的意思決定過程を分析するものである。われわれの研究の意図するところは、サロモン等の主張する、意思決定内部プロセスを叙述し、モデル化するという(解析的)行動主義の原点に回帰しながら、且つ、上で挙げたこのパラダイムの3つの点を、政治学でいうハルサーニー(J.Harsanyi)のレラティブ・パワーの概念と、近代制御(ベクトル制御)理論でいう「状態」(state)を結びつけることによって解決しようとするところにある。

制御理論、あるいは計算機理論(オートマトン理論)でいう「状態」は、言葉通りある動的システム(dynamical system)の状態を過不足なく表現する抽象的概念である。因果論的には、システムの出力はこの状態が決定し、又、この状態は一期前の状態と一期前の制御入力のよって決定される。

正確には、「状況」は定義出来ない概念で種々の異なる因果関係式の中で規定される。別のいい方をすれば状態という概念は、システムの創生期の初期状態と、それ以後入って来た全ての過去の入力履歴を含んだ、最小の情報量である。ここで特に留意する点は、「状態」はこのように抽象的概念であるが故に、観測可能である必要がさらさらないということである。われわれは、この「状態」の概念を、社会科学における「構造」の概念と対置させることにより、組織における動学的意思決定の定式化を行うことができると考えている11)

たとえば、行動科学グループあるいはアリソンの分析の背景にあるのは、組織の「構造」と「構造変化12)」の概念であると考えることができる。すなわち、それぞれの組織あるいは意思決定プロセスの「構造」は、いくつかの「状態」変数とその動学的変化によって規定することができる。アリソンのいわゆる標準作業手続(Standard Operating Procedure:SOP)はまさに、こうした意味での状態の1つであろう。全体の状態あるいは「構造」は、組織ありいは意思決定ユニットの目的、SOP、あるいは行動プログラム(それぞれが「状態」を示す変数であると考えられる)が変化していくにつれ変化していく訳である。サイモンのいわゆる「プロセスを決定する微分方程式」とは、こうした「状態」変数の変化を規定する微分方程式に他ならない。

状態空間モデルを、政治、経済分析にこのような形で応用するのははじめての試みであるが、われわれはこうしたモデルは、政治の経済システムあるいは官僚システムへの介入を定式化するのに極めて適した特性をもっていると考えている。


1)  G.T.Allison[2]

2)  C.A.Sims[87]

3)  C.W.J.Granger[40]

4)  H.A.Simon[84][85][86], R.M.Cyert and J.G.March[23],C.B.Mcguire and R.Radner[63]

5)  H.A.Simon[86]

6)  L.Richardson[71]

7)  A.Wildavsky[96]

8)  R.M.Cyert and J.G.March[23]

9)  この点に関し、ブランナーとブルーアーの政治発展モデルは一つの方向性を示している。R.D.Brunner and G.D.Brewer[16]

10) T.Inoguchi and N.Miyatake[49]

11) ここでわれわれが特に留意した点は、「構造」を単に物理的なそれではなく、意思決定パターンを規定する社会科学に固有な中間概念の集合とみなしたことである。これを「状態」とすることによって単に盲目的な工学の応用を極力避けた。

12) ここでいう「構造変化」の概念は、コーテス(Cortes)、シュオルスキー(Przeworski)、スプレイグ(Sprague)、等のいう「ダイアクロニ」(diachrony)と同義である。(F.Cortes,A.Przeworski, and J.Sprague[21])

   この議論に関しては、E.Sakakibara, and T.Yakushiji[72]を参照。


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 414 KB)
  2. 1ページ
    I    はじめに
  3. 3ページ
    II   従来の増分主義モデル
  4. 4ページ
    III  官僚・政治モデルの理論的フレーム・ワーク
    1. 4ページ
      §1 状態空間モデルと制度変革を考慮した増分主義モデル
    2. 6ページ
      §2 ハルサーニーのレラティブ・パワー・モデル
  5. 10ページ
    IV  道路整備事業費の動学的意思決定過程
    1. 24ページ
      §1 実証分析の基本的フレーム・ワーク
    2. 26ページ
      §2 実証分析別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 483 KB)
  6. 10ページ
    1. 24ページ
      §1 フレーム・ワーク
    2. 26ページ
      §2 実証分析 (PDF形式 483 KB)
  7. 35ページ
    VI  おわりに
  8. <補論>
  9. 37ページ
    1. 39ページ
      §1 はしがき
    2. §2 ヒューリスティックな状態空間モデルの理解
    3. 39ページ
      -定差方程式との関連において
    4. §3 状態空間モデルの四つの基礎概念
    5. 44ページ
      -可制御性、可観測制、等価性、正準系について
    6. 52ページ
  10. 61ページ
    II 道路事業制度の概要
    1. 61ページ
      A 道路投資策定の構造
      1. 61ページ
        1.道路の現況
      2. 64ページ
        2.道路整備計画
    2. 64ページ
      B 道路財源調達の構造
      1. 64ページ
        1.道路財政の仕組
      2. 67ページ
        2.各種財源の仕組別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 416 KB)
  11. 81ページ
    参考文献
  12. 95ページ
    基礎資料集別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 185 KB)
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