経済分析第82号
世界経済モデルにおける日本経済の短期予測モデル(注)

1981年4月
  • 吉冨 勝,加藤 裕己,佐久間 隆,升本 裕紳,笠原 裕博,新居 玄武

(はじめに)

I-1 新しい日本モデル作成の目的

世界経済モデルの一貫としてすすめられている新しい日本モデル作成の目的は、次の三つにある。

一つは、変動相場制下のマクロ経済政策の効果を数量的に明らかにすることである。このためには当然、為替レートの動きを内生化しなければならない。これまではSP-18も含め、現実の経済はすでに変動相場制の下にあるにも拘らず、政策シミュレーションは事実上、固定レートを前提に行われていた、政策の変化が実物部門、金融部門、国際収支部門などを通じて、為替レートに影響し、それがまたフィードバックしてくるという動学的関係は取り扱うことができないでいた。今日、現代的な政策分析のためには、為替レートを内生化した新しい日本モデルを作成し、それに基づいて、マクロ経済政策の波及効果の違いを、固定相場制の場合と数量的に比較できるようにしなくてはならない。

二つめの目的は変動相場制下における外的ショック(石油価格の急騰など)の影響と、それに対する経済の調整過程を数量的に研究することである。1970年代に入ってから、日本経済を襲う外的ショックも多くなった。石油価格の沸騰や世界景気の影響は、変動相場制と固定相場制の下にあって、どのように異なるのであろうか。われわれは、変動相場制下の外的ショックの影響を数量的に把握しておく必要がある。

三つめの目的は、変動相場制下におけるマクロ経済政策の国際的協調のあり方や必要性如何を、明らかにすることである。しかしこの目的のためには、日本モデルだけではなく、それを含む世界経済モデルを作成しなければならない。当研究所が作成中の世界経済モデルはその目的に沿うものであるが、今回の新しい日本モデルも、そうした世界経済モデルの一貫に組みこめるように作成したものである。世界経済モデルが完成すれば、単独に日本経済モデルを用いて予測や政策シミュレーションを行うときにはどうしても外生扱いにせざるをえない世界貿易、世界工業品輸出価格、一次生産品価格、主要国の金利などが、すべて内生化される。そのときわれわれは、変動相場制下のマクロ経済政策の国際的協調の問題に、数量的に接近していくことができるであろう。この点は、日本が経済大国化した今日、日本経済の動向や政策が世界経済に及ぼす影響と、それの日本へのフィードバックを明らかにする必要があるという時代の要請にも応えることになる。

I-2 新しい日本モデルの特徴

この新しい日本経済モデルの最大の特色は、変動相場制下の開放体系にある。この点が、これまでの当研究所の作成してきた短期経済予測モデルと大きく異なる。

この新しさは、次の三つの特徴になってあらわれる。

第一に、これまでは、固定相場制かのモデルになっているか、変動相場制下でも為替レートを外生扱いしてきたが、新しいモデルは、変動相場制下為替レートを内生化している。内生化の方法には、国際収支構造接近法(Structural Approach to the Balance of Payments)を用いている。これは国際収支ブロックの主要項目を推定し、そこからえられる外国為替に対する需要、供給の不均衡をクリアーするように、為替レートを決定する方法である。

第二に、これまでのモデルも開放体系ではあったが、国際収支ブロックは経常収支勘定だけからできあがっていた。経常収支勘定における輸出等、輸入等の関数は、国際収支ブロックに属するということよりは、支出ブロック(Expenditure Block)に属していた。新しいモデルでは、資本鑑定と通貨当局による外国為替市場への介入も関数化している。変動相場制下では、為替レートの変動と資本移動の相互依存関係が強いから、この面からも資本勘定の内生化は不可欠である。

第三に、これまでは事実上外生扱いしていた金融ブロックを構築したことである。金融ブロックの構築は、本来、これまでのモデルでも必要であったが、変動相場制下の開放体系である新しい日本モデルはいっそう不可欠となる。これは、変動相場制下における金融政策のマクロ諸変数に及ぼす影響、通貨当局による外国為替市場への介入が金融に及ぼす影響、外国における金利変動が日本経済に及ぼす影響などの重要性を考えれば、自ずと明らかである。

以上は要するに、これまでのモデルは余りにもリアル・セクター(支出ブロック、労働ブロック、デフレーター・ブロック、分配ブロック)中心に構築されていたのを、IS曲線(外貨・サービス市場の均衡)に加え、LM曲線(外貨市場の均衡)、BP曲線(外国為替市場の均衡)をも取り入れた体系にしたことである。

その結果、新しいモデルでは、次のようなメリットが得られるようになった。

一つには、各ブロック間のフィードバックの関係が、より多様に、且つ明示的になってくることである。それにより、リアル・セクター、金融セクター、国際収支セクターの三者間の相互依存関係が分析できるようになった。本書では、フロー・チャートと「構造分析表」を使って、この相互依存関係を明らかにしている。

二つには、公転歩合に加え、他の金融政策手段(公開市場操作、準備率)と外国為替市場への介入の効果が分析できるようになった。また、通貨当局によるハイパワードマネーの供給一定の下で、M2のようなマネーサプライが内生的に決まる過程、つまりハイパワードマネーの供給一定の下で経済活動の変化により通貨需要と市場利子率が内生的に同時に決まるメカニズムが明らかになった。したがって、いわゆる貨幣乗数も分析できる。これにより例えば、財政政策とクラウデング・アウトの量的関係にも接近できるようになった。

三つには、経済変数におけるフローとストックの関係を考えうるようになった。一般に経済理論では、短期と長期を峻別する。短期とはストック量(実質資本ストックや金融資産・負債の残高)が所与であり、且つ利子率の変化など攪乱が加っても、瞬間的(instantaneous)に、金融資産の構成が調整すると考える(調整スピードがゼロ)。また、長期的とは、たとえば経常収支や民間部門の貯蓄・投資バランスがちょうど均衡して、金融資産の絶対量の変化しない場合であると考える。しかし、われわれモデルは、そのような理論的な短期と長期のちょうど中間にあるといってよい。こうした中期の理論体系はそのダイナミックな性質のために作ることが難しい。しかし、われわれのモデルは、そのような中間的問題に対して、エンピリカルな解答を与えるというメリットをもっている。

以下では、新しい日本モデルを個々の部分について全般的に詳述するという方法はとらず、新しく開発した分野、とくに金融部門、国際収支の資本勘定、為替レート内生化に伴う問題点などや、モデルの動学過程の特徴を変動制下と固定制下の違いを通じて紹介するように努めた。また、既往のモデルでさらに改善を要する分野、とりわけ在庫残高デフレーターや労働需要関数の問題点についても、いくつかの立ち入った考察を加えた。


(注) 本書のあたっては、WEFAのRichrd Berner氏ミシガン大学のDaniel Citrin氏、また天野明弘氏、豊田利久氏、美添泰人氏、ら大学からの客員の方々、および貞広彰氏をはじめとする当研究所の同僚諸氏からは貴重なコメントを頂いた、さらに、モデル管理ユニットの丸山昭氏、佐々木隆博氏、坂口邦雄氏らによるシステム面のバックアップなしには本モデルの作成は困難であった。また、図表のとりまとめは海老原広子さんにお世話になった。ここに記して感謝したい。


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 485 KB)
  2. 1ページ
    I   序
    1. 1ページ
      1 新しい日本モデル作成の目的
    2. 2ページ
      2 新しい日本モデルの特徴
  3. 4ページ
    II  主要ブロック別の理論体系および個別関数
    1. 4ページ
      1 開放経済下の金融ブロック
      1. 4ページ
        (1) 金融ブロックの作成にあたって
      2. 5ページ
        (2) 閉鎖経済体系での金融ブロック
      3. 12ページ
        (3) 開放経済体系での金融ブロック
      4. 20ページ
      5. 21ページ
        (5) 代替的な為替レート決定法
      6. 23ページ
        (6) 金融ブロックの構造方程式
    2. 39ページ
      2 供給側別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 383 KB)
      1. 39ページ
        (1) フレームワーク
      2. 40ページ
        (2) 物価・賃金ブロック
      3. 46ページ
        (3) 物価・賃金ブロックの構造方程式
      4. 49ページ
        (4) 労働ブロック
      5. 51ページ
        (5) 労働ブロックの構造方程式
      6. 53ページ
      7. 65ページ
        (7) 分配所得ブロック
      8. 66ページ
        (8) 分配所得ブロックの構造方程式
    3. 68ページ
      3 最終需要項目別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 374 KB)
      1. 68ページ
        (1) 民間最終消費支出
      2. 68ページ
        (2) 民間住宅投資
      3. 69ページ
        (3) 設備投資
      4. 73ページ
        (4) 在庫投資・工業生産
      5. 73ページ
        (5) 輸出入
      6. 74ページ
        (6) 民間支出ブロックの構造方程式
  4. 78ページ
    1. 78ページ
      1 FLEX方式による為替レートの決定法について
      1. 78ページ
        (1) 需給バランス法とその解法
      2. 79ページ
        (2) 為替相場制度と通貨当局の市場介入行動
    2. 82ページ
      2 為替市場の不均衡調整のメカニズム
    3. 84ページ
      1. 84ページ
        (1) 需給バランス型モデルの統計的性質
      2. 86ページ
        (2) FLEX方式での問題点
  5. 87ページ
    1. 87ページ
      1 日本モデルの全容
    2. 88ページ
      2 構造分析表
    3. 100ページ
      3 フロー・チャート
      1. 100ページ
        (1) 民間支出ブロックのフロー・チャート
      2. 101ページ
        (2) 労働ブロックのフロー・チャート
      3. 102ページ
        (3) 物価・賃金ブロックのフロー・チャート
      4. 103ページ
        (4) 分配ブロックのフロー・チャート
      5. 104ページ
        (5) 財政ブロックのフロー・チャート
      6. 105ページ
      7. 106ページ
        (7) 国際収支ブロックのフロー・チャート
  6. 107ページ
    V  モデルのパフォーマンス
    1. 107ページ
      1 イニシャル・テスト
    2. 111ページ
    3. 122ページ
    4. 131ページ
  7. 140ページ
    VI 乗数分析別ウィンドウで開きます。(PDF形式 377 KB)
    1. 140ページ
      1 乗数過程の叙述
    2. 153ページ
      2 乗数解釈上の注意点
    3. 153ページ
      3 乗数計算における不突合の取扱い
    4. 154ページ
    5. 174ページ
      5 日本モデルの乗数表
  8. 254ページ
    VII 方程式体系別ウィンドウで開きます。(PDF形式 449 KB)
  9. 274ページ
    VIII 変数記号表
  10. 280ページ
    IX 補論
    1. 280ページ
      予測における定数項調整について
  11. 282ページ
    参考文献別ウィンドウで開きます。(PDF形式 332 KB)
  12. 287ページ
    附録
    1. 287ページ
      新短期経済予測モデル-暫定版(昭和53年12月15日)
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)