経済分析第83号
世界経済モデルにおける西ドイツ経済の短期予測モデル(注)

1981年5月
豊田 利久,加藤 裕己,押谷 正樹,伊東 順一,菊池 純一

(はじめに)

I-1 EPA世界経済モデルと西ドイツ経済モデル

本稿は、経済企画庁経済研究所が開発を進めている「世界経済モデル」(EPA World Econometric Model)の一環として開発された西ドイツ・モデルに関する中間報告である。全体の世界経済モデルは、日本をはじめとして日本と関係の深い9ヶ国およびその他6地域によって全世界をカバーするものであり、まず、これから各国および各地域別の個別モデルが開発される。そして最終的には、国際貿易関連モデル(天野ほか[3]参照)によってこれら個別モデルが結合され、世界全体の輸出総計が輸入総計に等しいという整合性を保ちながら、世界経済の構造分析や政策シミュレーションによる予測がなされる。

一般に世界経済モデルの構造は、従来は外生扱いにされていた国際経済関係の諸変数を内生化しようというマクロ計量経済モデルの作成における一つの方法であり、L. Kleinを中心とするリンク・プロジェクトをはじめとして、研究の蓄積が進められている。特に、1973年の変動相場制への移行と、各国における国際的要因の重要性の増大はこのような要請を高めている。このような要請に応えるために開発される当世界経済モデルでは、特に次のような諸点に留意されている。

  • (1) 変動相場制下の各国経済政策の協調のあり方が分析できるような四半期モデルであること。
  • (2) 日本経済の動向を予測するのにあたって、従来は与件とされていた世界貿易の成長や国際物価等の諸変数を内生化すること。
  • (3) 為替レートを内生化することによって、金融政策や介入政策の評価ができるようにすること。
    これらの諸点を考慮しながら西ドイツ経済モデルが開発されることになったが、その場合に、次のような諸点が制約として考慮された。
  • (1) 全体のモデルのサイズを考慮して、西ドイツ・モデルは内生変数が約80の中型のサイズとする。
  • (2) 金融セクターと非金融セクターのバランスを保ち、また、為替レートを内生化するために国際収支ブロックロできるだけ詳細に取り扱う。そして、これらのセクター間の相互波及経路を十分に保つこと。
  • (3) 主要な政策変数を取り入れること。
  • (4) モデルを将来も維持・改善するために、説明力の高いものを目指しながらも、できるだけ簡略なものにすること。

西ドイツ・モデルが日本などの他国モデルと相互依存関係を保つ主要な経路としては、輸出入数量、輸出入価格、利益率、それに為替レートが考えられている。そのうち、輸出数量と(マルク建)輸入価格は、国際貿易関連モデルによって他国モデルと結合されるときには外生的に与えられるが、モデルを完結するために、この 1 国モデルでは内生的に決定される。また、ドルに次ぐ基軸通貨としてマルクは他国に重要な影響を与えているが、その為替レートを内生化することも本モデルの大きな目的であり、われわれは多大の努力をそれに注いだ。


I-2 西ドイツ・モデルの特徴

このモデルの推定期間は、原則として1966年第1四半期から77年第4四半期までである。

この期間における西ドイツ経済は、他国と同様に激動の経済環境の中にあったが、日本と並んで、比較的"強い経済"として西側経済をリードした時代である。すなわち、建国以来着実な成長を続けた西ドイツ経済は、1968~69年に戦後最大のブームを体験した。70年代に入ると、国際的なマルク投機が続き、71年第4四半期のスミソニアン合意以降しばしばマルクが切り上げられた。すなわち、77年末までのマルクの対ドル上昇幅は53.8%に達した。このようなマルクの再三の切上げにもかかわらず、物価は西欧諸国に比べて格段の安定性ぶりを示した。それは、西ドイツでは物価安定が建国以来一貫して第 1 の政策目標として重視され、そのための諸政策が機敏に採られてきたからである。70年代初めの外資流入と石油危機によって、1973~74年には大きくインフレーションを経験してが、機敏な政策運営でそれを収束させ、それに続く景気後退からの回復も先進国の中では、比較的早かった。とはいえ、このようなブーム、インフレ、不況、回復という経路は平坦なものではなく、経済歴史的には激動の時代であったといえよう。計量経済モデルでこのような環境が著しく変化する経済分析をすることは容易ではないが、われわれは、このような経路をシミュレーション・テストで追跡できるモデルを開発することを最大の目標とした。

このモデルには、84個の内生変数と22個の外生変数が含まれている。そのうち、財政政策を示す政策変数としては政府支出と政府移転受取りが、金融政策を示す政策変数としては公定歩合、ブンデスバンクの対政府純信用、必要準備率が考慮されている。そして、84本の動学的方程式体系によって、内生変数、なかんずく重要な経済指標(GNP,インフレ率、失業率、為替レート等)を決定する形になっている。特に、為替レートの内生的決定とそのフィードバック効果に分析の力点がおかれている。

われわれのモデルの第1の特徴は、金融セクターと非金融セクターをバランスよく分析することに留意したことである。すなわち、開放経済下における金融諸変数の決定を統一的なアプローチ(ポートフォリオ理論)で行なうために、国内金融ブロックと国際収支ブロックが開放経済下の金融セクターとして組み込まれ、モデル全体の約半分の比率を占めている。そして残り半分の部分で、実質支出、労働、物価、賃金等のブロックが組み込まれている。

第2の特徴は、両セクター間の相互波及が考慮されていることである。すなわち、実質セクターから金融セクターへの主な波及経路として、所得水準、民間正味資産、諸物価等が考慮されている。逆に、金融セクターから実質セクターへの主な波及経路としては、諸利子率、貨幣ストック、為替レート等が考えられている。

第3の特徴としては、理論的背景として基本的にはケインジアン体系に基づきながらも、今迄の計量経済モデルでは必ずしも明示的に導入されなかった「期待」(expectations)の役割を重視している点である。特に、インフレ期待の果たす役割に注意を払っている。

第4の特徴は、為替レートの内生的決定とそのフィードバック効果を重視している点である。われわれは、外国為替の需要均衡方程式(フレックス方式)によって、マルク・レートを決定しており、このようなアプローチをマルク・レートに適用した数少ない研究の一つとなっている。

本稿はあくまで中間報告の性格をもつものであるが、モデルの内挿テストの結果はほぼ満足すべきものとなっている。ただし、第IV章で検討されるようないろいろな未解決の問題が多く残されていることからは申すまでもない。また、1979年頃から西ドイツ経済はさまざまな構造変化を起こしており、果たして外挿テストによって予測力をもちうるか否かの検討も、将来の研究に委ねられている。


(注) 本稿の作成にあたっては、P.Sturm博士(OECD)とG.Uebe教授(Hochschule der Bundeswehr Hamburg)から詳細な批判とコメントをお受けした。天野明弘教授と吉冨勝氏をはじめとする当世界経済モデル・プロジェクトの同僚からも多くの貴重なコメントと御協力をいただいた。また、モデル管理システム班に負う所も大きい。付記して謝意を表わす。


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 397 KB)
  2. 1ページ
    I 序
  3. 1ページ
    I はじめに
    1. 1ページ
      I-1 EPA世界経済モデルと西ドイツ経済モデル
    2. 2ページ
      I-2 西ドイツ・モデルの特徴
  4. 3ページ
    II  非金融セクターの構造
    1. 3ページ
      II-1 民間支出・所得分配・政府ブロック
    2. 6ページ
      II-2 労働市場・稼働率ブロック
    3. 7ページ
      II-3 物価・賃金ブロック
    4. 10ページ
      補論II-1 在庫投資の取扱いについて
    5. 11ページ
      補論II-2 インフレ期待と消費関数
  5. 13ページ
    1. 13ページ
      III-1 閉鎖経済体系での金融ブロック
      1. 13ページ
        (1) 各経済主体の資産選択行動
      2. 16ページ
        (2) 利子率の決定
    2. 17ページ
      III-2 開放経済体系での金融ブロック
      1. 17ページ
        (1) モデルの拡張
      2. 18ページ
        (2) 自国利子率の決定と金融政策の効果
    3. 22ページ
      1. 22ページ
        (1) 先物市場の均衡
      2. 23ページ
        (2) 先物プレミアムと自国の利子率
    4. 23ページ
      III-4 代替的な為替レートの決定方法
      1. 23ページ
        (1) アセット・アプローチ
      2. 24ページ
        (2) 国際収支の需給均衡アプローチ(フレックス方式)
    5. 25ページ
      補論 正味資産について
  6. 26ページ
    IV 推定結果の検討別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 453 KB)
  7. 37ページ
    1. 45ページ
      補論IV-1 稼働率の系列について
    2. 46ページ
      補論IV-2 期待インフレ率の系列について
  8. 47ページ
  9. 50ページ
    VI シミュレーション・テスト
    1. 50ページ
      VI-1 最終テストの結果
      1. 51ページ
        第VI-1表 最終テストの結果
      2. 53ページ
        第VI-1図 最終テストの推定値と実績値の比較
        1. 57ページ
        2. 64ページ
        3. 73ページ
    2. 80ページ
      VI-2 初期値テストの結果
      1. 第VI-2表 初期値テストの結果
        1. 81ページ
          (資本収支と為替レートを外生とした場合):ケース(1),(2)
      2. 第VI-3表 初期値テストの結果
        1. 83ページ
          (資本収支と為替レートを外生とした場合):ケース(3),(4)
      3. 第VI-4表 初期値テストの結果
        1. 85ページ
          (資本収支と為替レートを内生化した場合):ケース(1),(2)
      4. 87ページ
        第VI-2図 初期値テストの推定値と実績値の比較
  10. 89ページ
    VII 乗数分析別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 380 KB)
    1. 89ページ
      VII-1 為替レート外生の場合
    2. 90ページ
      VII-2 為替レート内生の場合
      1. 91ページ
        第VII-1表 資本収支と為替レートを外生とした場合
        1. 100ページ
        2. 116ページ
      2. 153ページ
        第VII-2表 資本収支と為替レートを内生化した場合
        1. 221ページ
  11. 232ページ
    VIII 方程式体系
    1. 232ページ
      VIII-1 構造方程式
    2. 240ページ
      VIII-2 定義式
    3. 243ページ
      VIII-3 変数記号表
  12. 247ページ
    IX データ作成手続き
  13. 256ページ
    参考文献
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)