経済分析第84号
賃金および雇用調整過程の分析

1982年3月
島田 晴雄,細川 豊秋,清家 篤

第I部 賃金決定機構と賃金調整関数の分析(注)

(はじめに)

本研究の主な目的は、わが国の賃金決定におけるインフレ期待の役割を2度の石油危機を含む最近の期間について包括的に分析し、基本的な観測事実を体系的に確認することである。

分析は、団体交渉下の賃金決定を近似するいくつかのタイプの賃金関数の期間別比較、若干の国際比較、種類の異るインフレ期待変数を用いた賃金関数の期間別比較、同時決定方程式体系による賃金関数の吟味などを含む。また補足的に、交渉による賃金改訂時期の分布を考慮した賃金関数の暫定的推計結果をつけ加える。

なお、本研究で行われる分析は、本研究所研究シリーズNo.37『労働市場機構の研究』(昭和56年2月)第 I 部第III章Bの参考を実証的に深める意図を含んでいる。


(注) 本研究は事実上、当研究所客員研究官豊田利久氏と労働経済ユニットの共同研究の形をとって進められた。本研究のうち、とりわけ、意識調査にもとづくインフレ期待変数の特定化の方法、同時決定方程式による賃金関数の導出、ならびに賃金改訂時期分布を考慮した分析枠組の特定化は豊田氏の考案によるものである。最終的とりまとめを本ユニットの責任で行ったので著者としては加わられないが、氏の協力に深謝する次第である。また当研究所研究官安原宣和氏、佐久間隆氏および客員研究員(新潟大学助教授)新居玄武氏からは研究進行の過程で絶えず貴重な助力を得た。ここに記して深く感謝する次第である。しかし本書に含まれる誤りの全ての責任はわれわれ労働経済ユニットの担当者にあることはいうまでもない。


第II部 雇用変動と雇用調整関数の分析

(本稿の目的と構成)

先にわれわれは島田他(1981)において、石油危機を含む1970年代のわが国製造業の雇用調整についての分析を行った。その際の計測は基本的にはFair(1969)のモデルに依拠したが、これは超過雇用(Excess Labor)の概念によって企業の短期雇用調整を説明しようとしたモデルであった。ここではこれを超過雇用モデルという。ところでその分析では、手持ちの超過雇用が確かに企業の雇用調整行動に影響を与えていることや、あるいは一回の雇用調整で解消される超過雇用の比率が労働集約的な軽工業で大きく、資本集約的な重化学工業で小さい、というような第一次段階としての興味深い発見事実があったが、その段階ではなおいくつかの課題が残されていた。とくに、雇用調整の石油危機前後での比較については、石油危機以前の期間での計測で超過雇用モデルが有効でなかったために、ほとんどの満足いく吟味が加えられなかった。またその段階では着手に至らなかった雇用調整の国際比較が、残された大きな問題であった。更に超過雇用モデルの説明変数の一つである将来の期待生産量の変化の項についても第一次的な接近では最も単純なPerfect expectationを仮定しており、この他の期待仮説によっても計測を行ってみることも残された課題の一つであった。

そこで本稿では、まず期待仮説の精緻化を含むモデルの修正を行うことによって、石油危機以前の計測期間でも超過用モデルの有効性を向上させ、石油危機前後での比較をより満足のゆくものにする。また次に、1970年代のアメリカ合衆国(以下単に「アメリカ」とする)製造業諸産業についても同様の超過雇用モデルをあてはめ、雇用調整の日米比較を行うことにする1)

後に詳しく調べるように、モデルの中の説明変数である超過雇用のパラメターは、(正負の)手持ち超過雇用が雇用調整に与える影響を示す「反応係数」であるが、それはまた一回の雇用調整によって解消される超過雇用の比率を意味する。それ故そのパラメターは、企業にとっての雇用調整の容易さ、逆に言えば調整コストを示す一種の「摩擦係数」ということもできる。従ってそのパラメターの大小は、そうした意味での雇用調整特性の差異を表す。

すでに先の分析では、そのような企業にとっての雇用調整の容易さが産業類型別の技術特性の違いと系統的な関係を持つことが示唆された。そこで今度は本稿において石油危機前後での雇用調整の比較を行うことによって、経済の成長局面の違いによる雇用調整の構造変化の有無が吟味できる。一方、同じ産業分類で日米の雇用調整を比較することによって、技術特性をコントロールした上での日米の労働市場一般の雇用制度の差異が雇用調整の容易さにどのような影響を与えているかを考察することができる。

本稿の主たる目的は以上である。但し、先の分析における発見事実の追証もその目的であることはいうまでもない。

以下の本稿の構成は次のおとりである。まず、次のIIにおいては、モデルの計測に先だって日米製造業諸産業における雇用と産業変動のパターンをグラフで概観する。そしてIIIにおいて、計測モデルの分析枠組を示し、IVにおいて、データの吟味を行う。計測結果はVとVIに示すが、Vでは主としてわが国製造業の雇用調整の石油危機前後での比較、VIでは、雇用調整の日米比較を行う。最後にVIIにおいて結論と残された問題点を示す。


1) これまでアメリカの製造業にかんして超過雇用モデルを計測したものには、いうまでもなく、Fair (1969)がある。しかしこのFair (1969)の計測は、計測の対象が製造業の中でも小分類産業のごく一部に限られ、しかも計測期間が1940年代後半から1960年代中盤までである。従ってアメリカの製造業にほとんどの中分類産業について、石油危機を含む1970年代のデータで超過雇用モデルを計測したのはわれわれの分析が初めてである。


全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 442 KB)
  2. 第I部 賃金決定機構と賃金調整関数の分析
    1. 1ページ
      I  はじめに
    2. 1ページ
      II  関心の所在と分析のプラン
    3. 4ページ
      III  分析結果
      1. 4ページ
        A  賃金決定関数の変化
      2. 12ページ
        B  国際比較
      3. 18ページ
      4. 30ページ
        D  同時方程式による賃金決定の分析
    4. 35ページ
      IV  むすび
    5. 37ページ
    6. 47ページ
      補論 B 賃金改定時期分布を考慮した賃金関数の推計
    7. 52ページ
      付属資料別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 453 KB)
    8. 60ページ
      参考文献

  1. 第II部 雇用変動と雇用調整関数の分析
    1. 62ページ
      I  本稿の目的と構成別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 485 KB)
    2. 63ページ
      II  雇用変動の概観・日米比較
      1. 71ページ
      2. 77ページ
    3. 80ページ
      III  分析枠組
      1. 80ページ
        A  超過雇用モデル
      2. 81ページ
        B  超過雇用の概念
      3. 82ページ
        C  最適雇用量の導出
      4. 84ページ
        D  期待生産量を求める仮説
    4. 85ページ
      IV データ
      1. 85ページ
        A  変数とデータの対応および分析対象となる産業の種類
      2. 86ページ
        B  データ利用上の留意点
    5. 87ページ
      1. 87ページ
        A  計測結果の概要
      2. 92ページ
        B  雇用調整の石油危機前後での比較
    6. 96ページ
      VI 雇用調整の日米比較
      1. 96ページ
        A  アメリカにかんする計測結果の概要
      2. 102ページ
        B  雇用調整の日米比較
    7. 104ページ
      VII  発見事実と残された問題点
    8. 106ページ
      参考文献
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