経済分析第89号
世界経済モデルにおけるフランス経済の短期予測モデル(注1)

1983年4月
  • 豊田 利久,広瀬 晴子,伊藤 順一,長橋 敦子

(はじめに)

 本稿は当研究所が開発した世界経済モデル(EPA World Economic Model)の一環として作られたフランス経済モデルの解説をすることを目的としている。世界経済に占めるフランス経済とその通貨の地位、およびわが国の貿易相手国としての重要性を考慮して、国別モデルが開発された9カ国の中にフランスも含まれたが、そのモデルとしては中規模のものが要請された。その線に沿ってわれわれが開発した最初のモデルである1980年12月版は、当世界経済モデル・ディスカッションペーパーNo.6[19]として発表された。その後、モデルの特定化やデータの変更も含めて大幅な修正がなされ、その修正モデルである1982年1月版は、同ディスカッションペーパーNo.10[23]として発表された。1980年12月版から1982年1月版への修正は、モデル特定化の理論的背景を明確にすること、使用されるデータの修正、併行的になされた世界経済モデル全体のインク・シミュレーションの結果を改善すること、などを考慮してなされたものである。本稿では、この1982年1月版に若干の修正を加えたモデル体系に解説を加え、分析結果を検討することにする。

 当世界経済モデルにおける各国モデルの中でも、フランス経済モデルはその開発が最も困難なものの一つであった。標準的モデルに馴染まないという制度的特徴多いことに加えて、利用可能なデータの制約が大きいこと、参考になるフランス経済モデルが少ないこと、などがその主な理由である。フランスにおいて開発されている四半期の本格的モデルは、国立統計研究所(INSEE)の「METRIC」(注2)だけであり、それも金融面や国際収支面が統合され、為替レートが内生化されたのは1977年以降に過ぎない。しかも、公表された結果からみると、この統合されたモデルの動学的パーフォーマンスは必ずしも満足のいくものではないようである。われわれは、フランスその国においてもこのような現状であるにも拘らず、為替レート(フランス・フランの対ドル・レート)を内生化し、しかも、他のモデルとのリンク・シミュレーションに堪えるモデルを開発するという大きな試みをせざるを得なかった。

 上に述べた理由によって、われわれがフランス経済モデルを開発するときの出発点として参考にしたモデルは、INSEEにおいてE.マランヴォーを中心に開発されたMETRICであることは申すまでもない。もともとMETRICは、ケイシジアンの実物体系を需要面のみならず供給面を重視してモデル化した多部門体系である。その体系に1977年に至って金融的側面が統合されたという経緯をもつ。1962年ベースの旧モデルは450本の方程式をもっていたが、1971年ベースの新モデルでは、886本の方程式を有する大型四半期モデルとなっている。このMETRICモデルは世界的にみても注目すべきモデルの1つであることは確かで、多くの興味ある特徴を有している。いくつかを列挙すると、(1)モデルの実物面を規定する枠組としてパティ・クレイ型の技術進歩が前提とされ、資本・労働の代替可能性に関して事前と事後で異なるという供給面の重要な性質が取り入れられている。これに基づいて、生産関数や投資関数、要素需要や相対価格などが規定されるという特徴をもつ。(2)マクロ諸変数が生産能力(稼働率)、労働市場状況、企業の資金調達状況、および金融市場の需給状況によって説明づけられ、しれら、諸市場の需給は基本的には不均衡状態であり、短期的にはその変動が影響を及ぼすものの中期的には安定性が保たれると想定されている。(3)為替レートについては、いわゆるアセット・アプローチに期待形成を明示的に導入し、外国為替に対する需要が均衡するところで為替レートが決定される。(4)アンケート調査による予想統計データを多く活用し、各主体の期待が積極的に経済変動をもたらすメカニズムを導入している。例えば、遊休設備能力調査(稼働率指標)、資金調達状況調査、在庫投資計画状況調査などの予想に関するアンケート調査がモデルの短期的変動をもたらす要因として指標化されて活用されており、物価予想アンケート調査が短期および長期のインフレ期待の指標として用いられている。

 われわれのモデルは、このMETRICに体系を圧縮し、しかも種々の変更を加えたものである。まず、モデルの規模について述べると、方程式数は80本で、そのうち推定される式は38本となっている。METRICと同じく、実物・金融面を統合したモデルであるが、多部門モデルであるMETRICからみれば集計度が高い。すなわち、財の種類については、前者の8財がここでは2財(財貨およびサービス)に集計されている。経済主体については、前者10主体が6主体(企業、家計、政策、中央銀行、都市銀国、外国)に集計されている。モデルの特徴としては、上述されたMETRICモデルの特徴が取り入れられていることは申すまでもない。それらをまとめると次のようになるであろう。

 第1に実物面の諸関係、とりわけ生産関数、投資関数、要素需要関数、相対価格等を規定する枠組としてはパティ・レイク型の技術進歩が前提とされている。

 第2に、マクロ諸変数の短期的変動は、生産能力(稼働率)、労働市場状況(失業率)、外国為替市場状況(為替レート)、および利子率によって影響されると想定されている。生産能力と有効需要、労働の需要と供給には絶えず不均衡があるというケインズ的世界を対象としており、また、外国為替市場はその不均衡が毎時点調整されると考える。短期利子率も基本的には需給調整によって決定されると考える。

 第3に、為替レートと利子率は基本的には各市場の需給調整によって決定されると考えるが、それぞれの調整過程における政策介入を認めた形になっている。外国為替市場については、通貨当局が為替レートの過度な変動を防ぐ形で積極的に介入するメカニズムが組み込まれ、また、METRICでは必ずしも保証されていない均衡レートの収束メカニズムも組み込まれている(詳しくは第2章参照)。金融市場については、当初、各主体の金融的取引のバランスを考慮した資産選択理論の定式化と推定を行ったが、必ずしもフランスの金融制度に馴染まないということもあり、満足のいく結果が得られなかった。そこで、ここでは、短期金利は主として為替レートの安定化をめざす通貨当局の介入を考慮した需給均衡に決定されると考え、それを基本に期間構造によって長期利子率が決定されると想定されている。

 第4に、アンケートにより予測データについては、短期における企業家の期待として稼働率指標が用いられ、また、長期におけるインフレ期待として長期債券から計算される予想配当インフレ率が用いられている。

 第5に、経済政策の効果をみるために、主要な種々の政策手段が組み込まれている。例えば、政府の一般的支出や移転支出、付加価値税率などの財政および社会保障に関する政策などがある。しかし、金融財政については、フランスの特徴に鑑みて、短期利子率(コールレート)が通貨当局のreaction functionを通じて決定されるように政策が内生化されている。

 われわれのフランス経済モデルの動学的パーフォーマンスを最終テストの誤差(率)でみるならば、METRICモデルに比べてより良いといえるし、本世界経済モデルの他国モデルともほとんど比肩できるものとなっている。また、METRICの伝統を引き継いで供給面の枠組は理論的に充実しており、多くの他国モデルが、むしろ需要面のみに重点をおいていると対照的である。しかし、動学的特性などで不満足な点も残されており、それらの個所は以下の本文の中で指摘されるであろうが、将来の改善に委ねられている点も多いのである。

 以下の構成は次の通リである。まず、第1章では、本モデルの理論的背景の説明と推定結果の吟味が、各方程式毎になされる。さらに、各ブロック毎の各変数間の関連を明示するために、推定された方程式体系と構造分析表が掲載されている。また、章末には、モデルの特定化において重要な役割を果たした3つのトッピクスに関する解説が補論として付け加えられている。第2章は、本モデルにおける為替レート決定のメカニズムを解説することに当てられている。第3章では、モデルを各変数の相互依存体系として動学的に解いたときのパーフォーマンスが示される。第4章では、いくつかのシミュレーションのよるモデルの動学的特性に関する解説がなされる。最後に第5章では、方程式体系と変数記号表が一覧できるように示されている。


(注1) 本稿の作成にあたっては、初期の段階で、H.Lenormand氏(フランス政府大蔵省)と菊池純一氏、最終段階でJ.Mathis氏(フランス政府大蔵省)、沢田五十六氏、佐久間隆氏の貢献が大であった。また、当世界経済モデル・プロジェクトの同僚諸氏からは種々のご協力いただいた。記して謝意を申し上げる。しかし、本稿の内容に関する責任は著者にあることは申すまでもない。

(注2) Model econometrique trimestriel de la conjonncture.


全文の構成

  1. 要旨別ウィンドウで開きます。(PDF形式 424 KB)
  2. 1ページ
    はじめに
  3. 3ページ
    第1章 モデルの構造
    1. 4ページ
      第1節 最終支出ブロック
    2. 12ページ
      第2節 雇用・稼働率ブロック
    3. 16ページ
    4. 20ページ
      第4節 所得分配および政府ブロック
    5. 22ページ
      第5節 金融ブロック
    6. 28ページ
      第6節 国際収支ブロック
      1. 40ページ
      2. 43ページ
        (補論2) 長期期待インフレ率について
      3. 44ページ
        (補論3) 金融ブロックの代替的モデリング
  4. 49ページ
  5. 51ページ
    1. 52ページ
      第1節 為替レート外生の場合
    2. 52ページ
      第2節 為替レート内政の場合
  6. 73ページ
    1. 74ページ
    2. 77ページ
  7. 120ページ
  8. 136ページ
    参考文献
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