経済分析第92号
完全雇用余剰の再検討 他

1983年7月
<分析1>
油井 雄二
<分析2>
小椋 正立

<分析> 完全雇用余剰の再検討(注1)

(はじめに)

 昭和50年以降、わが国は大幅な財政赤字を抱えるにいたった。その原因の一つとして、低成長経済への移行に伴って歳入不足が顕在化しているにもか かわらず、歳出構造が高度成長期の体質を温存したまま受け継がれ、時代に即応した改革がなされていないという指摘がしばしばなされてきた。このような指摘 の背景には、現在の財政赤字が経済活動水準の停滞に起因する循環的な赤字というよりも、財政構造自体から発する構造的ないし制度的赤字であるという現状認 識がある。財政赤字が構造的であるか否かを判断する指標として、完全雇用余剰という概念がしばし用いられてきた(1)。わが国における完全雇用余剰の推計もまた構造的赤字の指標としての利用に限定されてきた。

 しかし、完全雇用余剰概念自体の歴史は古く、とくに、1960年代前半のいわゆるNew Economicsが全盛の頃、現実の政策立案の場合において、完全雇用余剰が裁量的財政政策の効果を要約した尺度(summary measure)として利用されたことは周知であろう。いずれの利用の仕方にしろ、完全雇用余剰概念が定着するにつれ、概念自体にもその測定にも多くの問 題が存在することも指摘されてきた。そこ結果、少なくとも現在では、完全雇用余剰は財政政策の効果を示す厳密な尺度とはなりえなくとも、その動向をラフに 示す指標としては有用であるという評価が定着しつつある(2)

 言うまでもなく、完全雇用余剰を実際に推計するに際しては、多くの大胆な仮定、単純化か必要とされる。したがつて、推定された完全雇用余剰の大き さはそれらの前提に大きく依存することになる。本稿は、わが国を対象に完全雇用余剰を推計するが、推計に関して新たな方法論の展開を意図するものではな い。むしろ、本稿の第1の目的は、伝統的な推計方法に依拠しつつ、完全雇用余剰概念の問題点とその相対性を再検討することにある。近年、わが国でも完全雇 用余剰がしばし利用されるに至った点を考慮すれば、本稿で完全雇用余剰の現実適用面における問題点を整理しておくことは、この概念の理解と応用にとって有 益なものとなろう。

 さらに、次節で詳細にみるように、伝統的な完全雇用余剰概念の問題点の1つとして、予算項目毎の総需要に与える効果の差異を無視していることがあ げられる。この欠点を除去するために「ウエイト付きの完全雇用余剰」という概念が提案されているが、本稿の第2の目的はこれを検討することにある。

 インフレなき完全雇用を達成するためには、完全雇用余剰が国民経済全体の貯蓄投資バランスからみて適切な大きさになっていること(full- employment adequacy)が必要である。したがって、完全雇用余剰の大きさと民間および海外部門の完全雇用時の貯蓄投資差額の大きさとの相対関係が問題にされな ければならない。本稿の第3の目的は、この両者の相対的関係がどのように推移してきたかを検討することにある。

 以上の問題は、国民経済計算上の一般政府の完全雇用余剰を用いて検討される。しかし、他の完全雇用余剰も考えられないことはない。たとえば国の一 般会計を対象にした完全雇用余剰がこれにあたる。そこで本稿では、最後に国の一般会計を対象にした完全雇用余剰を推計し、より長期間の完全雇用余剰の推移 を検討してみた。

 本稿は次のような構成をとる。第II節において完全雇用余剰概念とその理論的問題点について、これまでの論議を要約する。次いで第III節におい て、完全雇用GNP等の推計を行い、完全雇用余剰推計の準備作業を行う。とくに第IV節での検討のために、完全雇用失業率について3つのケースを仮定する ことにより、完全雇用GNP等についても3系列の数値を作成する。第IV節において、国民経済計算上の一般政府と国の一般会計の完全雇用余剰が推計さる。 また、前述のウエイト付けの問題とfull-employment adequacyについて検討を行う。最後に結果を要約し、残された課題を述べることになる。


(注1) 本稿を作成するに当たり、経済研究所の福地崇生所長、吉富勝総括主任研究官、石弘光前システム分析調査室長、本間正明現室長をはじめ多くの方々より有益なコメントを得た。ここに記して感謝する。もちろん残る誤りは筆者の責任である。

(1) 代表的な例として野口悠紀雄[29],経済企画庁[39]、[40]、[41]。

(2) たとえばOkun-Teeters[12]を見よ。


全文の構成

  1. 要旨別ウィンドウで開きます。(PDF形式 412 KB)
  2. 1ページ
    I.   はじめに
  3. 2ページ
    II.  完全雇用余剰概念とその問題点
    1. 2ページ
      (1)  完全雇用余剰概念について
    2. 4ページ
      (2)  完全雇用余剰の問題点
  4. 7ページ
    III.  完全雇用GNPと分配所得の推計
    1. 8ページ
      (1)  完全雇用GNPの推計
    2. 12ページ
      (2)  分配所得の推計
  5. 16ページ
    1. 16ページ
      (1)  一般政府の完全雇用余剰
    2. 23ページ
      (2)  ウエイト付きの完全雇用余剰
    3. 29ページ
      (3)  経済全体の貯蓄投資差額
    4. 35ページ
      (4)  一般会計完全雇用余剰
  6. 38ページ
    V.  結びにかえて別ウィンドウで開きます。(PDF形式 315 KB)

<分析2> 汚染税と汚染基準の理論的考察(注2)

(はじめに)

 環境汚染の原因となる財が市場経済において存在する場合に、汚染による限界的な外部コスト(marginal external damage)に相当する汚染税を財の生産者に対して課することがパレート最適な資源配分を保障することはよく知られている。これに対して汚染基準によっ て(汚染の絶対量あるいは財の生産・消費量に対する相対量を規制することにより)パレート最適な資源配分を達成することができないこともよく知られてい る。この汚染税は企業に対して直接的に汚染を減らすような誘因として機能するだけでなく、生産者のコストを直接に引き上げることにより汚染の原因となる財 の最終需要を押さえるという物品税的な機能も同時に果たすことにある。これに対して汚染基準は前者の機能をもつが、後者の機能についてはきわめて不十分に しか持たない。そこでブユキャナン=タロックが文献[4]と[5]に示したように完全競争の仮定の下で汚染税と同じ効果をもたせるためには、政府は汚染量 だけを規制するだけでは不十分であり、産業の生産量をも規制しなければならないのである。しかし、産業の生産量を制限すると、産業は超過利潤を得ることに なるばかりか、この結果、企業間の生産量の配分が非効率なものとなる可能性も出てきてしまう。

 現実の汚染を規制する法律や規則は、このような観点から生産量を制限しようとしていない。むしろ、現存の汚染基準が現実にある企業の生産活動を根底からおびやかすばあいには、汚染基準の方が緩められる可能性が高い、とすら言えよう。

 そこで、汚染基準のみによる環境汚染のコントロールをパレート最適な汚染税によるコントロールとは別の問題として考察してみることはそれなりに十 分、現実的な意味のあることといえよう。もちろん、汚染基準のみによって環境汚染をコントロールすることは、前述のような産出量の規制がないために、当 然、セカンド・ベストの問題を設定することになる。

 ここでは汚染基準は、具体的には、財の生産や消費の結果として発注する汚染物質の排出量とその財の生産量との比について定められるものと仮定され ている。汚染物質の総排出量を汚染基準として選ぶことも可能であるが、汚染基準が財の生産による社会的便益を考えながら設定されると考えることは非常に自 然でもあるので、この点を明示的に定式化する方が好ましいと考えたわけである。このことは、もちろん、汚染物質の排出量と産出量との比を変えることが技術 的に可能であるとの仮定に立っている。

 以下においては、部分均衡および一般均衡的なモデルを用いて、われわれは次の二つの問題を考慮することとする。すなわち、

  • (i) 汚染税が存在しないか、あるいは最適でないレベルに定められているときに、汚染基準をどのように政府は定めるべきか、および
  • (ii) 汚染税が存在しないときに、最適な汚染基準はパレート最適な状態における汚染物質排出量対産出量比に比べてより厳しいものであるべきかどうか

という二つの問題である。

 まず、1においてわれわれは部分均衡モデルを導入し汚染税のレベルが恣意的に与えられた場合に汚染基準をどのように定めるべきかということに関す る一般的なルールを導き出す。このルールによると政府は汚染税が存在しない(つまり汚染税のレベルがゼロ)時には、パレート最適な状態に比べて、より厳し い汚染基準が設定されなければならないことを証明する。そして2において、われわれはさらにこれらの部分均衡モデルによる分析の結果を、より一般均衡的な モデルによって再検討してみるが、結論的には部分均衡モデルによる分析の結果に、ある条件の下ではあるが、一般均衡的なモデルにおける結果が対応すること を示すことにする。



(注2) 本論文は、著者が55年2月から55年8月に経済研究所客員研究員として在任中の研究を取りまとめたものであるが、その後ニューヨーク州立大学に帰職のため、発表が遅れたものである。なお現在は、埼玉大学に在職している。


全文の構成

  1. 要旨別ウィンドウで開きます。(PDF形式 484 KB)
  2. 45ページ
    I.   はじめに
  3. 46ページ
    II.  部分均衡モデルにおける汚染税と汚染基準
    1. 46ページ
      (1)  部分均衡モデル
    2. 48ページ
      (2)  最適汚染税
    3. 49ページ
      (3)  汚染税と汚染基準
    4. 51ページ
      (4)  最適な汚染基準の理論:汚染税ゼロのケース
    5. 53ページ
      (5)  最適汚染基準の一般理論:汚染税が所与の値をとるケース
  4. 56ページ
    III.  一般均衡モデルにおける汚染税と汚染基準
    1. 56ページ
      (1)  一般均衡モデル
    2. 57ページ
      (2)  ファースト・ベストと最適汚染税
    3. 58ページ
    4. 62ページ
      (4)  汚染税と汚染基準に関するシミュレーション結果
  5. 65ページ
    IV. むすびに代えて
    1. 66ページ
      付A  部分均衡分析の図解
    2. 70ページ
      付B  短期一般均衡分析
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