経済分析第94号
イタリア財政危機の構造と制度改革

1984年3月
  • 鈴木 捷彦(経済企画庁経済研究所主任研究官)

(序章)

 イタリアの財政危機は極めて構造的であり、その根は深く、第1次石油ショック以降深刻化した「経済危機」と表裏一体をなすものである。こうした視点から、本稿では、戦後のイタリア経済の発展過程における50年代、60年代の基本的変化を踏まえて、70年代に顕在化し、深刻化した「経済危機」の構造的背景を分析し、こうしたなかで公共部門の肥大化、財政赤字拡大に象徴される財政危機の要因を検討する。

 そこで、まず戦後のイタリア経済の発展過程をいわゆる「奇跡の成長」を達成した第1期(1953~63年)、「奇跡」が崩壊し経済パフォーマンスが次第に悪化する第2期(1963~69年)及び「経済危機」が顕在化し、深刻化する第3期(1969年以降)に区分し、イタリア経済・社会特有の危機の実態を明らかにする(第3期は本格的な経済・財政再建に着手した78年以前と以後に分けられる。)次に、こうした財政危機に対処するため、70年代以降展開された財政・金融制度の改革を中心とした新たな政策手段の特徴とその実施状況を若干の評価を加えなから整理する。

 本稿は6つの章からなっている。第1章では戦後のイタリア経済の発展過程を4つの時期に区分し、その特徴を明らかにし、深刻化した経済危機の実態とその要因を検討する。第2章では経済危機と深く結びついているイタリア特有の構造と諸制度が経済の発展過程でどのような役割を果たし、その機能がどのように変質していったかを検討する。イタリアは様々な二重構造問題を抱えており、その根底にあるのが南北の地域価格差である。こうした観点から南部開発政策の発展と国家介入の強まり(第2節)、その推進機関として「奇跡の成長」に一定の役割を課した国家特株社会の仕組みとその機能の変質(第1節)を検討し、次いで、絶大な価格支配力をもつ国家持株社会を中心に形成されている寡占産業体制と相まってインフレ体質の元凶とされているイタリアの賃金・物価スライド制、いわゆるスカラ・モービレ制の特徴と改革の動き(第3節)を整備する。前述のように、戦後の歴代内閣は地域間・部門間の構造的不均衡を是正し、同時に経済発展を実現する必要があった。しかし財政制度は極めて前近代的かつ非効率的で財政政策を機動的・弾力的に運営できる条件が欠如していた。第3章では、こうした、背景で形成されたイタリア銀行が通貨・信用組織に対して強い影響力を行使できるイタリア独自の産業・信用組織の特徴を述べ、その役割と機能が戦後の経済発展過程でどのように変化したかを検討する。第4章では、イタリアの財政・予算制度がいかに前近代的かつ非効率なものであったかを繰越債務の発生と累積や新規繰越債務の実行状況等によって明らかにする(第1節)。また、公共財政の概念と機能の変化や広義公共部門の範囲等について明確にし(第2節)、第5章でイタリア財政危機の構造分析を行う。ここでは、一般政府のほか中央政府、地方政府の財政構造変化とその特徴を明らかにし、財政危機の実態とその要因を分析する。第6章では、70年代に入って実施された税制改革、社会保障制度改革、とくに78年以降着手された財政・予算制度の抜本的改革の内容について詳述する。最後に、財政制度改革以降の公共財政活動がどのように展開されるかを検討する。


全文の構成

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  2. 1ページ
    序章
  3. 3ページ
    <要約>
  4. 13ページ
    第1章 戦後イタリア経済の発展過程
    1. 13ページ
      1-1 はじめに
    2. 14ページ
      1-2 イタリア経済発展の時期区分
    3. 14ページ
      1-3 4つの時期の特徴
    4. 18ページ
      1-4 「奇跡の成長」-その要因と問題点-
    5. 20ページ
      1-5 「奇跡の崩壊」-経済パフォーマンスの悪化-
    6. 21ページ
      1-6 経済危機の深刻化
    7. 25ページ
      1-7 政府部門の肥大化と財政赤字急拡大
  5. 28ページ
    第2章 イタリア経済の構造的・制度的特徴
    1. 28ページ
      第1節 イタリアの混合経済体制-国家持株制度-
      1. 28ページ
        1-1 イタリアの公的企業の種類と国家持株制度
      2. 29ページ
        1-2 国家持株制度の仕組みと機能
      3. 29ページ
        1-3 国家持株制度の機能の変質
      4. 30ページ
        1-4 産業構造改善と国家持株制度の活用
        1. 31ページ
    2. 33ページ
      第2節 南部開発政策の展開と国家介入の強まり
      1. 33ページ
        2-1 南部開発問題の重要性と開発政策の展開
      2. 33ページ
        2-2 優遇措置の拡大と国家介入の強まり
    3. 36ページ
      第3節 イタリアの賃金・物価スライド制の特徴
      1. 36ページ
        3-1 賃金・物価スライド制の特徴-スカラ・モービレ-
      2. 36ページ
        3-2 スカラ・モービレ導入の背景と適用方式の変更
      3. 37ページ
        3-3 スカラ・モービレ制度の問題点と改革案
      4. 38ページ
        3-4 スカラ・モービレ制度改正の動き
      5. 39ページ
        3-5 スカラ・モービレ制度改正の背景
  6. 39ページ
    第3章 イタリアの金融制度と政策運営の特徴
    1. 40ページ
      第1節 イタリア特有の産業・金融組織と強力な金融政策手段
      1. 40ページ
        1-1 イタリア特有の産業・金融組織
      2. 40ページ
        1-2 主要金融機関の資金調達と運用
      3. 41ページ
        1-3 部門別資金の流れ
      4. 41ページ
        1-4 強力な金融政策手段
      5. 41ページ
        1-5 操作目標(政策変数)と管理手段
      6. 42ページ
        1-6 マネタリー・ベース管理の限界と金利機能の重視
      7. 43ページ
        1-7 金融政策運営上の諸問題
      8. 43ページ
        1-8 60年代末までの金融政策の実施状況
    2. 44ページ
      第2節 通貨管理中間目標の変更と金融政策の新展開
      1. 44ページ
        2-1 通貨管理中間目標の変更-国内信用総額(CTI)の採用-
      2. 45ページ
        2-2 金融政策の新展開
        1. 45ページ
          (1) 新しい通貨管理手段の導入
        2. 48ページ
          (2) 量的貸出規制
        3. 49ページ
          (3) 強制債権保有制度
        4. 50ページ
          (4) 支払準備制度改正と特別準備率導入
        5. 51ページ
          (5) 公開市場操作の活用
        6. 52ページ
          (6) 公定歩合操作の弾力的運用
        7. 54ページ
          (7) 輸入預託金制度の導入
    3. 55ページ
      第3節 財政赤字ファイナンスと通貨管理
      1. 55ページ
        3-1 イタリア銀行の対政府信用供与と国庫の資金調達(60年代末まで)
      2. 56ページ
        3-2 国庫所要資金の急増と通貨管理(70年代以降)
  7. 58ページ
    第4章 イタリアの財政・予算制度の特徴と政策運営上の諸問題
    1. 60ページ
      第1節 イタリアの予算制度の特徴
      1. 60ページ
        1-1 権限ベース予算と現金ベース予算の区別
      2. 61ページ
        1-2 権限ベース予算と現金ベース予算の比較
      3. 62ページ
        1-3 繰越債務の発生と累積
      4. 63ページ
        1-4 新規繰越債務の実行状況
      5. 64ページ
        1-5 繰越債務累積額の支出権限賦与別構成
      6. 66ページ
        1-6 複雑な税体系と徴税の遅れ
    2. 66ページ
      第2節 公共財政の概念および機能の変化
      1. 66ページ
        2-1 公共財政の概念と機能の変化
      2. 66ページ
        2-2 公共部門赤字の4つの定義
      3. 67ページ
      4. 69ページ
        2-4 広義公共部門財政の規模と赤字
      5. 70ページ
        2-5 国家部門財政悪化と国庫の役割
      6. 72ページ
        2-6 広義公共部門の機関別公共投資の推移
      7. 73ページ
        2-7 広義公共財政の資金調達
      8. 75ページ
        2-8 巨額な広義公共部門債務残高と形態別構成
  8. 77ページ
    第5章 イタリア財政危機の構造分析
    1. 77ページ
      第1節 一般政府財政の規模と構造
      1. 77ページ
        1-1 財政の国民経済に占める地位-国際比較-
      2. 79ページ
        1-2 一般政府財政構造の特徴
      3. 81ページ
        1-3 一般政府支出構造の変化
        1. 82ページ
      4. 88ページ
        1-4 一般政府収入構造の変化
      5. 89ページ
        1-5 一般政府財政赤字の拡大
      6. 93ページ
      7. 94ページ
        1-7 景気循環調整後の一般政府財政収支の変化
      8. 98ページ
        1-8 政府部門の貯蓄・投資バランスの変化
      9. 99ページ
        1-9 粗「民間」貯蓄の供給と用途
    2. 100ページ
      第2節 中央・地方政府財政危機とその要因
      1. 100ページ
        2-1 中央・地方政府財政の悪化とその要因
      2. 102ページ
        2-2 中央政府財政の悪化
        1. 102ページ
          (1) 中央政府歳出構造の変化
        2. 102ページ
          (2) 中央政府歳入構造の変化
        3. 103ページ
          (3) 中央政府公債依存度の高まり
        4. 103ページ
          (4) 中央政府移転支出構成の変化
        5. 106ページ
          (5) 中央政府予算(権限ベース)の目的別支出構成の変化
        6. 107ページ
          (6) 中央政府税収構造の変化
        7. 108ページ
          (7) 中央政府財政赤字急拡大
      3. 109ページ
        2-3 地方政府財政の悪化
        1. 109ページ
          (1) 地方自治体の行政単位
        2. 109ページ
          (2) 地方政府財政の推移
        3. 109ページ
          (3) 地方政府財政歳出構造の変化
        4. 111ページ
          (4) 地方政府財政歳入構造の変化
        5. 112ページ
          (5) 市・県・州の財政の特徴
        6. 113ページ
          (6) 市・県・州の歳入構造の変化
        7. 114ページ
          (7) 市・県・州の歳出規模,移転収入規模の比較
        8. 115ページ
          (8) 市・県の公営企業の財政状況
      4. 117ページ
        2-4 地方政府(市・県)債務残高の推移
        1. 117ページ
          (1) 市・県の債務残高の推移
        2. 118ページ
          (2) 地方政府債務残高の目的別・借入金融機関別構成の変化
  9. 120ページ
    第6章 イタリアの財政制度改革
    1. 120ページ
      第1節 税制改革の背景と目標
      1. 120ページ
        1-1 税制改革の背景
      2. 120ページ
        1-2 税制改革の目標
      3. 121ページ
        1-3 税制改革の具体的内容
      4. 123ページ
        1-4 税制改革の効果
    2. 123ページ
      第2節 イタリアの社会保障制度改革
      1. 123ページ
        2-1 社会保障制度改革の背景
      2. 124ページ
        2-2 1969年の年金制度改革
      3. 124ページ
        2-3 イタリアの社会福祉・保険機関
      4. 124ページ
        2-4 財政再建の一環としての年金・医療制度改革
    3. 125ページ
      第3節 イタリアの財政制度改革
      1. 125ページ
        3-1 財政制度改革の背景と目標
      2. 126ページ
        3-2 国および地方公共団体の財政制度改革のための立法措置
      3. 126ページ
        3-3 地方財政健全化のための立法措置
      4. 127ページ
        3-4 財政・予算制度の抜本的改革の内容
      5. 129ページ
        3-5 3か年計画と79年度予算案
      6. 130ページ
        3-6 79年度既定経費削減法(財政法)の導入
      7. 130ページ
        3-7 80年度予算案の特徴と緊急経済対策
    4. 131ページ
      第4節 財政制度改革以降の公共財政活動
      1. 131ページ
        4-1 1981年における公共財政活動の展開
        1. 131ページ
          (1) 財政赤字急増とその要因
        2. 131ページ
          (2) 財政赤字削減措置
        3. 132ページ
          (3) 国家部門資金需要の急増と民間部門の資金調達
        4. 133ページ
          (4) 国家部門の資金調達
        5. 133ページ
          (5) 民間部門の国内信用残高と通貨供給量の動き
      2. 133ページ
        4-2 1982年における公共財政活動の展開
        1. 133ページ
          (1) 財政赤字拡大とその要因
        2. 134ページ
          (2) 財政赤字抑制措置
        3. 135ページ
          (3) 国内信用総額の予想を上回る増加
        4. 135ページ
          (4) 国家部門の資金調達と国債発行
  10. 136ページ
    おわりに
  11. 137ページ
    参考文献
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)