経済分析第95号
世界経済モデルにおける為替レート決定方式の計量的研究(注)

1984年5月
豊田 利久,新居 玄武

(序論)

この研究は、EPA世界経済モデルの中で中心的な役割を担っている為替レートについて、われわれが採用している決定方式に関する計量経済学的分析を試みているものである。具体的には、(1)その決定方式の特質を明らかにし、(2)その特質がモデル全体の分析にどのような影響を与えているかを明らかにし、さらに、(3)その決定方式で未解決の問題として今まで残されていた点の解決策を求めることを試みる。

EPA世界経済モデルは、変動相場制下における各種の外生的撹乱の国際的波及を計量的に分析し、このような国際的波及を考慮した短期予測をすることを目的として開発されたものであり、当然のことながら為替レートが重要な役割を演じる。変動相場制下における3カ国以上の相互波及を考慮した外生的撹乱の波及と隔離のメカニズムに関する理論的命題は確立されているとはいい難しい状況下で、EPA世界経済モデルによるこの問題への実証的・計量的アプローチはすでにいくつかの事実発見を示し、それなりの成果を挙げつつあるといえるであろう。しかし、このような計量モデルによるアプローチにおいては、それが前提として用いているモデルの理論的枠組と統計的分析手法に制約されていることを、われわれはつねに心に銘じておかねばらならい。当世界モデル・プロジェクトでは、より優れたモデル分析を志向し、モデル開発と並行して経済理論と統計的分析手法の双方の観点からもいくつかの自省的研究を今までも進めてきたが、本研究もその一環としてなされたものである。

EPA世界経済モデルにおける為替レートは、関係する主要通貨の米ドル・レートとして表わされ、各国の外国為替に対する需要と供給に関する各項目の構造方程式を推定し、それに基づいて外国為替市場がクリヤーされるように内生的に決定される。米ドルは実効レートとして整合的に決定される。しかも、外国為替のストックとフローの相互関連や通貨当局の市場介入を考慮した需要均衡方式は為替レート決定しおける計量的分析の中でも独得な総合的アプローチであり、いくつかの優れた特徴を有している反面、いくつかの未解決問題も残されていた。すでにわれわれは豊田・新居・大谷(1983,第2章)において、このような方式のおける統計的推定問題を論究した。したがって、本研究では推定問題には触れず、主として次の2つも問題を究明することにする。

第1は、EPA世界経済モデルは四半期モデルなので為替レートも四半期単位で決定されるが、為替レートのように日々変動している変数を四半期単位に時間集計するときの諸問題を理論的・実証的に調べることである。需給均衡方式の背後にある理論仮説を厳密に解釈するならば、それは、日々の外国為替市場に適用されるべきであろうが、構造方程式に含まれる全変数を日単位のデータで分析することは不可能である。しかし、四半期という時間単位に集計してしまうと、市場均衡という概念もかなりルーズなものと解釈されるべきであり、理論的に想定されることが実証結果に反映されることは必ずしもいえない。時間単位の集計によって多くの情報を失ってしまうからである。この情報の損失が、モデルの推計結果、為替レートの決定、予測誤差、モデル全体の特性や乗数などに及ぼす影響を分析することが、ここでの大きな目的である。

第2は、当世界経済モデルにおいて採用されている為替レート決定方式(いわゆる「構造的国際収支アプローチ」)をより観客的に行うためのいくつかの提案と検討をすることである。この方式では為替レートと外貨準備高に関して一定の許容変動幅(以下、バンドと略称)を設定し、その幅内での限定された市場均衡を扱っているが、従来はこのバンドの選び方に恣意性が存在し、分析者の手操作によっていわば主観的になされていた。この方式の開発者である天野明弘教授もこの点を認めており、また、バンドを客観的に設定する方式を開発することの必要性を述べている。(天野(1982,P17))。われわれは、4つの代替的なバンドの設定法を提示し、それらの比較・検討を行う。

本報告では、まず第2節から第4節までにおいて、当世界経済モデルの実証分析に関係する範囲に論点を絞って、時間集計がもたらす諸問題の理論的検討を行う。まず第2節においては、予測誤差の時間集計に関する一般的な分析がなされる。特に、四半期ベースのモデルに基づく予測誤差は四半期よりも年次の時間単位についてより小さいものを与え、同様に、四半期の予測誤差を小さくしようと思えば、四半期よりも月次ベースのモデルを用いた方がよいことが示される。

第3節においては、線型回帰モデルについて、そのパラメーターの推定や、それに基づく予測における時間集計の影響を調べる。集計されたモデルの最小二乗推定値の精度が減じることが示されるとともに、特に、第2節の1つの応用として、線型回帰モデルに基づく予測においても時間単位をよりディスアグリゲートしたモデルの方が小さい予測誤差を与えることが示される。

第4節においては、分布ラグ・モデルを特にとり上げ、その推定における時間集計の影響を理論的に調べる。説明変数が1変数の場合には、一般的には個々の係数の最小二乗推定値は不精確なものになってしまうが、自己回帰過程を示す説明変数行列が特殊な条件を満たすときには重要な情報が得られる。すなわち、分布ラグの長期的効果や平均ラグについては望ましい統計的性質をもつ推定値となることが示される。さらに、複数の説明変数の分布ラグをもつモデルでは、他の変数からの影響が生じて、精確な係数等の推定値を得ることは難しくなることが示される。

第5節から第8節までは、対ドル円レートを決定する簡単な構造方程式を導入し、そのモデルの月次と四半期の実証分析によって時間集計の諸問題を考察する。まず、第5節において、実証分析で用いられる為替レート決定のための小型モデルが指示され、その推定結果が吟味される。ここで用いられるモデルは、実質最終需要をはじめ、労働市場や賃金・物価メカニズムなど供給面など捨象したものであり、経済全体の構造分析や予測をする目的のためには必ずしも十分なものとはいえないが、国際収支の各項目の構造方程式を考慮しているという点で構造的国際収支アプローチのエッセンスは具備しているものである。われわれは、特に、月次モデルと四半期モデルの比較・検討に焦点を当てる。

第6節では、上記モデルの為替レート決定方式を説明し、4つの代替的なバンドの設定の仕方を提示し、それに基づく実証結果を比較・検討する。

第7節では、最終テストによる予測誤差の分析(内挿テスト)を月次と四半期の時間単位を比較する形で行う。第1に、予測期間の長さの違いと予測誤差がどのように関係しているかをみるために、始点を順々にずらせてすべて可能な最終テストを行い、平均絶対誤差率による月次モデルと四半期モデルのパフォーマンスの比較をする。第2に、通常の平方平均二乗誤差による月次モデル、四半期モデルのパフォーマンス比較をする。その結果、一般に月次モデルの方が小さい予測誤差を与えることが示され、とりわけ、短期間の予測でそれぞれが顕著あることが示される。

第8節では、このモデルの推定結果を用いた若干の乗数分析がなされ、月次モデルと四半期モデルの与える乗数が比較・検討される。このモデルは為替レート決定モデルであるから、為替レートの変化に注意を集中し、世界貿易、公定歩合、および通貨当局の外国為替市場の介入の程度の変化が為替レートに及ぼす乗数が分析される。そして、一般に、月次モデルの方が乗数効果がより大きく、かつ、より速く現れることが示される。さらに、シミュレーション期間の始点の違い、構造的国際収支アプローチのバンドの設定の仕方の違い、Jカーブの現われ方などが、月次モデルと四半期モデルについて比較・検討される。


(注) 本稿作成の全段階において、小野宏哉氏の貴重なご助力を得た。心からの謝意を表す次第である。


全文の構成

  1. 要旨別ウィンドウで開きます。(PDF形式 417 KB)
  2. 1ページ
    第1節 序論
  3. 3ページ
    第2節 予測誤差の時間集計
  4. 5ページ
    第3節 線型回帰モデルにおける時間集計
    1. 5ページ
      3.1 時間集計と推定量の精度
    2. 8ページ
      3.2 時間集計とR 2t
  5. 9ページ
    1. 9ページ
      4.1 時間集計とラグ構造(1変数の場合)
    2. 13ページ
      4.2 条件付集計モデル
    3. 14ページ
      4.3 時間集計とラグ構造(多変数の場合)
  6. 16ページ
    1. 16ページ
      5.1 モデルの構造
    2. 19ページ
      5.2 推定結果別ウィンドウで開きます。(PDF形式 335 KB)
    3. 34ページ
    4. 41ページ
  7. 50ページ
  8. 55ページ
    1. 55ページ
      7.1 予測期間の長さと予測誤差
    2. 59ページ
      7.2 平方平均二乗相対誤差率でみた予測誤差
  9. 59ページ
    第8節 乗数分析
    1. 60ページ
    2. 60ページ
      8.2 公定歩合の変化の効果
    3. 62ページ
      8.3 介入程度の変化の効果
    4. 63ページ
      8.4 月次モデルと四半期モデルの乗数の相対的大きさ
    5. 65ページ
      8.5 初期条件の違いの効果
    6. 65ページ
      8.6 Jカーブ効果
  10. 69ページ
    付表1 変数リスト別ウィンドウで開きます。(PDF形式 460 KB)
  11. 70ページ
    付表2 データ・リスト
  12. 79ページ
    参考文献
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)