経済分析第104号
経済協力のあり方に関する基礎的研究
-世界経済協力モデルの開発-

1986年11月
  • 竹中 治,横山 久,小中山 彰,福井 尚二,中島 喜勝,小畑 薫穂

(序論)

 本研究の目的は長期経済戦略研究の一環として,経済協力モデルを開発し,我が国をはじめとする先進国の経済協力のあり方の長期的な展望・分析を行うことにある。この研究の特色は,地球規模のグローバルな視点からの世界経済構造の大胆な把握を前提として,発展途上国問題,南北問題,貿易問題等を解析し,地球上の発展段階の異なる諸国が,共存共栄して行くための国際公的経済協力の基本的方策を模索することにある。この意味において本研究は,これまでにあまり例をみない地球的経済空間と経済発展スペクトラムの広がりに意欲的に挑戦した試みであり,またそのために,実証経済分析として資料面での多大な困難と研究資源の限界とに苦闘しつつ得られた成果の序章である。したがって,本研究がカバーし得ていない個々の問題も多く残されており,特に我が国の国益に直接関わる特定発展途上国別の対外経済協力や民間資本移動等の詳細分析については視点・焦点の異なる別途の研究で補完されるべきことをあらかじめ断わっておく。

 これまでの研究過程は基本的に二つのフェーズに分けられる。研究の前半に試みられたパイロットモデル,WECOM-1(World Economic COoperation Model-1)の開発研究と,その経験をふまえて後半にとりおこなわれた拡充基本モデル,WECOM-2の開発研究である。以下では,WECOM-1の概略をふまえてWECOM-2モデルの大要を概説し,第2節にWECOM-2モデルの因果序列図と構造方程式を示し,第3節でこれら構造方程式の説明を行う。第4節,第5節でそれぞれファイナルテスト結果と若干のシミュレーション分析結果を報告する。第6節では標本資料作成加工の概要を説明する。なお,WECOM-1モデルの内容,構造方程式,因果序列図ならびにシミュレーション分析結果を第7節に要約する。

 WECOM-1モデルは,世界113ケ国をカバーし,方程式10本程度の簡素な構造を持つ支出面中心の計量経済モデルである。当初の視点であるグローバルな視野を重視し,各国の時系列標本には欠値を含むものもあるものの,ほぼ1960年代初頭から1980年までの世界経済のマクロ動学的構造を把握せんとしたものである。このモデルの対象国には自由主義諸国を中心とする,先進諸国と発展途上国が含まれるが,これらの国々はまた,経済協力開発資金の供与国,受取国の大部分を占めている。WECOM-1モデルにはこれらの国々の国際開発援助資金の供与額,受取額が,政策変数として組み込まれており,開発援助資金の国際的流れの変化が世界経済全体の動向に及ぼす影響をシミュレーション分析できるように構造推定されている。モデルの精度は各国標本レベルではとくに高いとは言えぬものの,地域別,所得クラス別には高い適合度を得ており,地球的視野からの分析目的には一応,耐え得るものとなっている。

 モデルの体系そのものは簡素であるとはいえ,各構造方程式の標本は,国々の横断面×各国年次時系列のプーリング資料であり,標本数は約2100前後に及び統計的な自由度は大きい。各国の経済資料は,世界銀行のWORLD-TABLEを中心に,IMF統計,DAC統計等を加工,一部推計して用いたが,発展途上国の中には標本期間中に独立した国々や,国民経済計算統計等に整備不十分な国々も多く,資料上の限界は問題を残している。

 パイロットモデルの構造が支出面中心となったのも主にこのような資料上の制約に起因しており,研究の主眼である国際公的開発援助の政府社会資本整備を通じて果たす役割の大きさを考えるとき,資本,生産面が政府民間合計の投資,潜在生産関数各マクロ一本となっているのは分析力にやや鈍りを生じさせている。これはまた,シミュレーション上の援助効果が支出面に過大評価され易い傾向も生じさせていると思われる。にもかかわらず,このWECOM-1モデル上では,南北間の公的援助フローの変化が地球経済の所得全体や地域ごとの所得の成長に及ぼす影響,したがって南北間,地域間の所得格差の方向をうかがい知ることができる。それゆえこのモデルは,先進諸国の応分の負担の額と割合及び対象地域配分のあり方をさぐる上でのツールとしての基本的骨格を備えていると言えよう。

 WECOM-2モデルは,WECOM-1モデルの特徴と開発経験を生かしつつも,その分析目的から見た限界を打破するため,標本資料そのものに立ち戻って全面的に改訂を加えた拡充基本モデルである。このモデルは,35本の構造方程式(うち推定式18本)から構成され,このうち2本の推定式は国際間の貿易取引を説明する標本次元の異なるサブモデルをなしている。経済発展と深い関わりを持つ生産面の産業構造が部門化され,資本形成,資本ストックの民間・政府部門分割,価格調整構造の導入等の実物面モデルである。さらに,公的経済援助協力の分析に必要な変数が取り込まれており,国際間の商品種別貿易取引構造の陽表化を受け持つサブモデルと合わせて,大幅な改訂・改良が計られている。

 基本資料である各国の国民経済計算統計については,各国データの標準化整備が進んでいる国際連合DRPA1)の好意を得てその補正推計・編纂されたデータベーステープの提供を受けた。これを更に加工編集して生産面・支出面・価格デフレータ各構成要素及び資本ストック推計を行った。またこのテープから人口,労働人口,農業労働人口,為替レート等も利用した。この大幅なデータベースの変更は,まだ分配面および生産要素面において十分とは言えないものの,発展段階に応じた各国の生産面の内部構造と相対価格の変化をモデルに陽表化する可能性をもたらした。

 また,援助協力と経済発展にかかわる国際間貿易取引の重要性を認識し,各国間商品貿易取引額マトリックスの各要素が当該両取引国の需要ポテンシャルと相対価格により動学的に変化するサブモデルが連動できることもWECOM-2モデルの特色のひとつである。メインモデルのマクロブロックでは各国内経済を農業・鉱業・製造業・その他産業の4産業部門にわけ,そのうち標本期間中二度にわたる石油危機のために推定の困難な鉱業を除く3部門を内生化している。国際貿易ブロックでは,この産業分割に合わせ,各国間商品貿易取引が農産品,鉱産品,製造品各取引に3分割されており,このうち農産品,製造品貿易取引が内生化されている。

 WECOM-2モデルのマクロブロックにおいても,各国標本×年次時系列資料による最小自乗法によるプーリング推定を行っているが,資料を勘案して欠値のない90ケ国×1971年~1981年の標本に限っている。対応する国際貿易ブロックの対象次元は,当然90ケ国×90ケ国×11年と巨大標本となるが,このようなデータは商品別には国連貿易統計のみであり,アジア経済研究所の協力を得て上記3商品種別に有効集計出来たのは,45ケ国×45ケ国×11年であった。

 本モデルの構想は,グローバルかつ長期的な視野に基づいており,貿易ブロックも通常見られる各国別々に推定されたマクロモデルを調整リンクするタイプではなく,各国間商品取引額マトリックスの要素全体を直接推定する国際相対価格補正型グラビティーモデルである。そこで,国際貿易ブロックのバラメーター推定用標本はこの得られた45ケ国×45ケ国×11年の実績値を用い,モデルの解法上は90ケ国間の推定値マトリックスを用いることとした。なお,マクロブロックへの接合はこの貿易取引マトリックスの横計・縦計にあたる各国商品輸出入ベクトルと,国民所得勘定上の輸出入とを統計式で結んでいる。

 いずれの推定式も,発展段階の違う世界各国の時系列全体を対象標本とする抽象レベルの高い推定であるので,原則として対数線形式の採用と各国定数項ダミーの導入により,横断面の不均一分散と各国の個別初期条件を管理したうえで,他の説明変数上でもなるべく経済発展スペクトラムを通じた安定的構造の推定を心がけた。

 このようにして,全面的に新しく開発されたWECOM-2モデルは,支出面6本,生産面5本,価格調整面5本と各国間商品貿易取引2本の合計18本の推定式に国民所得勘定上の定義式およびストック定義式,集計関係の定義式合計17本を加えた35本の構造方程式から構成されている。このためこのモデルは,非共産圏の大部分を占める地球規模での世界経済の実物構造をバランスよくコンパクトに表現したものとなっている。

 WECOM-2モデルにおいても,国際公的経済協力変数として政府開発援助(ODA)及びその他公的資金の流れ(OOF)が粗支払い額(供与国),粗受取額(受取国)ベースで当該国の政府資本形成,政府消費支出関数に組み込まれている。支出面の若干の需要創出効果とともに,経済社会発展の環境資本としての社会資本整備蓄積による生産力効果が各国各産業ごとに長期的に波及するようにモデル上で関連づけられている。また,貿易取引ブロックにおいても,二国間公的援助フロー(ODA+OOF)が先進・途上国間の二国間貿易取引額に影響する要因として組みこまれている。したがって公的援助フローが,二つのモデルブロックが接続されたときに,輸出入をつうじて各国の経済パーフォーンスに影響するようになっている。

 しかしながら,WECOM-2では,WECOM-1と異なり,生産面よりGDPが定義される構造をとっているため,援助効果は資本形成および相対価格変化を通じた生産要素変化をつうじてのみ生産面から所得変化に影響する。このことはWECOM-2モデルでは援助が乗数効果を持たないことを意味しているが,このモデルは基本的に長期の発展動学構造の把握が主眼であるので,短期の需給要因は価格変化と投資行動に反映される構造となっていることの帰結である。生産面における稼働率および雇用構造の陽表化は望ましいが,標本資料の入手可能性の問題があり,将来の課題である。

 本来,国際公的開発援助協力はODAを中心とする政府系資金の流れをさすが,純粋に移転項目である無償協力を除けば形式上,金融勘定上の国際貸借関係であるから,所得勘定を主とする国民経済計算上の項目としては陽表的には現れて来ない。例えば供与国側では海外援助担当機関・基金等に対する政府出資金,赤字補填,利子補給といった会計処理がなされる。また,受取国側でも借入金を所得勘定には計上しない。しかし実態上で考えるならば,受取国側ではそのような低利融資資金を念頭において政府財政予算を組み,あるいは政府系公益事業活動が増大する結果,短期的には財政支出拡大にプラス要因となる可能性がたかい。従って一見受取国の国民所得を増やすように見えるが,これは短期支出需要の増大であって,必ずしも所得増大ではない。融資ベースの公的援助協力の実際の効果は,長期的にみて償還コストを上回る経済社会的便益が実物的に生み出されるか否かにかかっている。WECOM-2モデルでは,長期的な考え方に立って,支出面効果よりも政府社会資本充実をつうじた生産面効果を重視している。

 一方,供与国側政府予算も一見膨らむ様に見えるものの,実際には大部分が海外への資金・購買力の流出であるから,国内でそれら資金が使われた場合と比較した機会費用で測れば短期的には国内政府財政支出に対する実質的抑制要因と考えられる。超長期的にはこれら資金は償還される海外債権ではあるが,市場融資と比較した時の優遇融資のグラント・エレメント相当額は,供与国民の負担による国民所得会計に表面上現れない実質的国際移転と考えて差し支えない。したがって,主として国際金融活動である国際公的経済協力をマクロ計量経済モデルに体系化するには,本来,政府財政収支勘定を含む金融面,国際資本収支面がとりこまれねばならぬものの,本WECOMモデルでは実物面モデルとして,これを上の意味で水面下の構造としてとらえ,政府財政支出,及び貿易取引におけるシフト要因として取り扱っている。これは単に金融面統計資料が全対象国について得られ難いというだけではなく,国際公的経済協力の目的である経済社会発展の側に焦点を絞り,そのメカニズムをグローバルにとられることに,手段である金融プロセス側よりも重点をおいたからである。

 このように,ほぼ全面的に再構築されたWECOM-2モデルは,いわばツイン高層ビルのように,見かけ上スリムではあるが,対象とするその標本数の大きさ,とくに貿易取引ブロックのそれが,コンピュータ負荷としてのモデルサイズを,非線形モデルであることとあいまって大規模なものとしており,モデルの実用上の操作性をきわめて重たいものとしている。このため,現状の我々の研究環境資源では,二つのブロックを連動させて動学的に解くことは事実上困難な状態にある。そこで当面これら二つのブロックを切り離して動かしているが,そのマクロブロックの分離ファイナルテスト結果の適合度は各国所得変数のレベルで見るかぎりかなり良好といえる。一部の特異体質国や各国の市場構造に依存する一部価格指数を除けば標本レベルでも誤差率が二桁%にのぼるケースは比較的少なく,単純に比較は出来ないが,地域集計レベルの適合度では,ほぼWECOM-1モデルのそれをかなり上回る精度が得られているといえよう。惜しむらくは観察期間中二度にわたる石油危機の影響が支出面,価格調整面での攪乱要因として残っていると推測されることである。この点は最後まで内生化の努力を払いつつも,最終的には外生化せざるをえなかった鉱業清算所得及び鉱産品貿易取引額とともに,1970年代標本を用いる際の課題である。


1) Office for Development Research and policy Analysis, Department of International Economic and Social Affairs, United Nations, New York.


全文の構成

  1. 要旨別ウィンドウで開きます。(PDF形式 305 KB)
  2. 1ページ
    第1節 序論
  3. 4ページ
    第2節 世界経済協力モデルWECOM2
  4. 10ページ
    第3節 WECOM2構造方程式の説明
  5. 17ページ
    第4節 ファイナルテスト結果
  6. 18ページ
    第5節 WECOM2モデルによるシミュレーション
  7. 24ページ
  8. 27ページ
    第7節 WECOM1モデルの概要
  9. 54ページ
    付表1別ウィンドウで開きます。(PDF形式 354 KB)
  10. 75ページ
    付表2
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