経済分析第112号
計量経済分析再考
-より信頼性の高いモデル作りのための推定手続き-

1988年7月
  • 廣松 毅,池田 実,藤原 直哉,若林 芳雄

(はじめに)

計量経済モデル(以下単にモデルという)を用いた実証分析(以下単に計量経済分析という)に対して、今日非常に大きな批判が投げかけられている。計量経済分析は、1950年に発表されたクラインIモデル以来今日まで、大学、政府機関、民間の研究機関等において、景気予測、構造分析、シミュレーション分析あるいは経済政策の政策効果の分析などの多くの分野で用いられてきた。この間モデルは、より精密に現実を記述したいという願望のもとに次第に複雑化・大型化の途をたどり、総方程式数が数千にも達する非戦形の大型モデルがいくつも開発されてきた。

しかし第1次石油危機以降の世界経済の不安定化に伴い、計量経済分析の結果と現実との乖離が如実に、否定し難いかたちで現れるようになり、計量経済分析に対する失望と批判は次第に高まっていった。そしてそれに呼応して時系列分析が計量経済分析に代わるものとして脚光を浴びるようになった。しかしこの時系列分析に対してもさまざまな視点から批判、反論が投げかけられており、現在のところ計量経済分析に代わりうる手法とはなりえていない。こうして現在では非常に強い批判を浴びつつも、ほかに有力な分析手法がないという消極的な理由によって、依然として計量経済分析が、大学、政府機関等を中心に根強く行われている。

また最近の現象として高性能のパーソナルコンピュータや分析用のソフトウェアが低価格で市販されるようになるにしたがい、誰でも手軽に計量経済分析を行うことが可能となり、中小規模のモデル開発が再び盛んになってきている。しかし他方で計量経済分析からその中核をなす回帰分析をもはずして、あらかじめ想定した構造方程式の係数を外から与えるという手法も一部で用いられるようになってきている。

こうした計量経済分析の現状に対して、理論研究の面では同時推定法の分布理論やその他個々の分野で非常に大きな業績が見られるものの、実際に計量経済分析を行う段階になると実用上のいろいろな制約からその成果を適用できないことが多い。すなわち現在の計量経済分析は、推定上の個々の問題に関する理論的貢献が実証研究では必ずしも十分に活かされているとはいえない状況にある。その最大の理由は、すべての問題が同時に存在し得るという一般的状況を念頭に、個々の問題に対する対応手法をどのように組み合わせてモデル全体の性能を向上させるかという研究が従来ほとんど行われてこなかったことにあるといえよう。

本稿はこのような問題認識に立って、より信頼のおける計量経済分析を行うための方法について一つの見通しを呈示することを目的としている。

本稿の全体は2部構成となっている。第1部ではまずデータの問題も含めて、改めて計量経済分析の理論と前提、結果の診断と前提が満たされない場合の対策についての整理を行う。次に経済企画庁経済研究所84年11月版世界経済モデルの中のドイツモデルをとり上げて、現実の計量経済モデルがどの程度統計上の問題点を持っているかを分析した上で、より信頼性の高い計量経済分析の必要性を明らかにする。そしてその次にこのモデルの分析結果を踏まえて、モデルの推定手続きを総合的にフローチャート化することを試みる。このフローチャートは、数多くの推定上の問題をどのような手順にもとづいて処理し、かつそれらの問題に対してどのような手法で対応したらよいかについての見通しを与えるものである。

第2部ではこのフローチャートに従って実際に小型日本モデルを推定する。その過程でさまざまな推定上の問題を克服することがどの程度モデル全体の性能向上につながるかを実証的に明らかにするとともに、このフローチャートの有効性を検証する。

このように本稿は従来にはない実践的なマニュアルとしての内容をもそなえており、これが本稿全体の大きな特徴となっている。


全文の構成

  1. 要旨別ウィンドウで開きます。(PDF形式 268 KB)
  2. 1ページ
    はじめに
  3. 第1部 計量経済分析の理論-基本的な考え方ならびにその診断と対策-
    1. 3ページ
      第1章 計量経済分析の基本的な考え方
      1. 3ページ
        1-1 理論研究と実証研究
      2. 3ページ
        1-2 計量経済分析のステップ
      3. 5ページ
        1-3 統計手法の利用
    2. 7ページ
      第2章 結果の診断と対策
      1. 7ページ
        2-1 より信頼性の高い分析結果を得るための要件
    3. 10ページ
      第3章 経済企画庁経済研究所ドイツモデルの統計的性質の分析
      1. 10ページ
        3-1 分析の目的
      2. 10ページ
        3-2 分析の前提
      3. 14ページ
        3-3 多重供線性
      4. 14ページ
        3-4 残差の外れ値
      5. 22ページ
        3-5 系列相関
      6. 23ページ
        3-6 分散不均一
      7. 24ページ
        3-7 同時性のバイアス
      8. 30ページ
        3-8 結論
    4. 30ページ
      第4章 計量経済モデル推定のフローチャート化
  1. -小型日本モデルの作成とそれを用いた実証研究-
    1. 37ページ
      第5章 第2部の基本的な考え方
      1. 37ページ
        5-1 分析目的と分析手法
    2. 39ページ
      第6章 式の特定化
      1. 39ページ
        6-1 式の特定化の意味
      2. 39ページ
        6-2 モデルの全体像
      3. 40ページ
        6-3 各式の特定化
    3. 42ページ
      第7章 推定期間の決定
      1. 42ページ
        7-1 推定期間を決定するときの要因
      2. 42ページ
        7-2 推定期間の決定
    4. 42ページ
      第8章 データの収集・加工と検討
      1. 42ページ
        8-1 データの収集・加工
      2. 49ページ
        8-2 データの検討
    5. 53ページ
      第9章 推定と検定別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 327 KB)
      1. 53ページ
        9- 1 推定作業の実際
      2. 53ページ
        9- 2 中間段階の推定結果
      3. 58ページ
        9- 3 自由度のチェック
      4. 58ページ
        9- 4 多重供線性
      5. 69ページ
        9-5 残差の外れ値別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 490 KB)
      6. 85ページ
        9- 6 構造変化の問題
      7. 97ページ
        9-7 系列相関の問題別ウィンドウで開きます。 (PDF形式 374 KB)
      8. 103ページ
        9- 8 分散不均一
      9. 104ページ
        9- 9 係数の符号と大きさの検討
      10. 104ページ
        9-10 F 値の検討
      11. 105ページ
        9-11 t 値の検討
      12. 105ページ
        9-12 残差の標準偏差
    6. 105ページ
      第10章 同時性のバイアス
      1. 105ページ
        10-1 同時推定の問題
      2. 106ページ
        10-2 同時推定の結果
    7. 106ページ
      第11章 モデルの性能の評価
      1. 106ページ
        11-1 推定結果のまとめ
      2. 119ページ
      3. 133ページ
        11-3 モデルの選択
    8. 136ページ
      第12章 結論
  2. 139ページ
    補論1 主成分分析を用いた経済変数の最近20年間変動の分析
  3. 142ページ
  4. 148ページ
  5. 159ページ
    補論4 推定に過大な影響を及ぼす観測値の検出
  6. 173ページ
    巻末資料 第1部の分析に用いたドイツモデル
  • 〒100-8914
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