経済分析第113号
ポートフォリオ・アプローチと円ドル・レート、マルクドル・レート

1989年9月
  • 須田 美矢子,古城 謙治

(はじめに)

変動レート制下の為替レート決定理論については、ポートフォリオ・アプローチに代表されるアセット・アプローチの考え方、つまり資産市場で需給が均衡するように為替レートが決まるという考え方が広まりつつある。そのような考え方に立つことによって、為替レートの短期的な乱高下とか、将来に生じる出来事についての予想がすぐに為替レートに反映されること等、現在の為替レート変動の特徴の一部をよく理解できるようになってきた。しかしながら、現実の為替レートの時間を通じた全体的な動きをこの考え方によって説明・実証しようとすると、必ずしもうまくいっていない状況である。

資産市場で為替レートが決まるという考え方の中には、主として貨幣市場に関心を寄せたマネタリー・アプローチによるものと、さまざまな資産市場を考慮に入れたポートフォリオ・アプローチがある。前者の考え方の基礎にあるのは、貨幣数量説と購買力平価説であり、貨幣市場で各国の物価が決まり、このようにして求められた2国の物価の比率が購買力平価説によって均衡為替レートとなるというものである。変動レート制移行後70年代の為替レートの動きについて、この考え方にそった実証研究がかなり試みられたが、満足のいくものは得られなかった(R. M. Levich 〔1985〕、R. MacDonald 〔1988〕、J. A. Frankel 〔1984b〕等のサーベイを参照)。

他方、ポートフォリオモデルについては、トービン流の資産の一般均衡モデルを対外資産を含むように拡張し、国内各資産価格(利子率)の決定と同時に対外資産と国内資産との交換比率としての為替レートの均衡値が求められる。

この立場に立った実証分析には二つの流れがある。その一つは為替レートを各資産残高と外生変数の関数として解き、各資産残高の変化がどの程度為替レートの動きを説明するかを求めるものである。

もう一つの流れは内外の予想収益率の乖離を示すリスク・プレミアムに焦点を当てるものであり、リスク・プレミアムがあるかどうかの議論、つまり内外の予想収益率が均衡で一致するかどうかの議論にも関わるものである。この場合、均衡内外予想収益率格差をトービン流のポートフォリオ理論から求めることもできるが、通常は期待効用最大化から資産需要を求め、その均衡条件からリスク・プレミアム(=均衡内外予想収益率格差)を導出し、それについての実証分析が行われている。

前者の資産残高による為替レート決定式の実証分析については、各資産残高の係数の符号が理論と整合的ではないかあるいは有意でないと分析され、後者の内外収益率格差を被説明変数とする分析については、様々な角度から実証分析が行われているが、リスク・プレミアムがないという仮説を必ずしも否定できないでいる(例えばFrankel 〔1983〕)。あるいはポートフォリオモデルによって説明できるリスク・プレミアムは少ないという分析もみられる(Dooley=Lsard 〔1983〕)。また期待効用最大化からの資産需要が現実に合っているかどうかという観点からの分析も行われ、これについても良い答えは得られていない(Frankel=Engel 〔1984a〕)。

このような実証分析の状況下で、マネタリー・アプローチとリスク・プレミアムモデルとを統合したモデルによる実証分析も行われているが、これについても満足のいく結果が得られていない(Frankel 〔1983b〕 を参照)。

特に、80年代のドル変動についてはその前半には米国経常収支赤字・日本経常収支黒字のもとでのドル高・円安が生じ、後半には同じような状況下でドル安・円高が生じており、これについては理論的にもうまく解明できていない状況であるので、実証分析についてはなおさらである。

ミーズとロゴフ(Meese=Rogoff 〔1983〕)は、ランダムウォーク・モデルも含んだいくつかの代表的な為替レート実証モデルのアウト・オヴ・サンプルでの予測精度を検討し、1年までの予測期間ではランダムウォーク・モデルに勝るものはないと結論づけた。その後の分析(Meese=Rogoff 〔1985〕)では構造モデルの評価が少しは上がっており、またその他の人々によっても同様の分析が行われているようであるが(Isard 〔1987〕 〔1988〕を参照)、依然構造モデルによる為替レート決定式に対する評価は低いままである。

この研究は、このように特に80年代にはいってその説明力が疑問視されているポートフォリオモデル、なかんずくリスク・プレミアムモデルによる円ドル・レート、マルクドル・レートの実証分析である。これまでの分析との違いは、最近の資本移動には投資期間が非常に短く、金利収入よりもその証券自体の価格の変動によるキャピタル・ゲインを求めたものも多く見られることから、それを表す金利の変化率を予想収益率に加えたことと、preferred habitat とかlocal habitat とかあるいはwealth transfer effect と呼ばれる資産分配効果を重視している点である。

この資産分配効果は、世界における資産分配の変化が世界全体の各資産需要、従って資産の均衡価格に与える効果を意味する。この効果は後に述べるように、これまで無視されるかあるいは否定的見解がとられてきたものであるが、かなり有効な説明変数であることが示される。


全文の構成

  1. 要旨別ウィンドウで開きます。(PDF形式 442 KB)
  2. 1ページ
    I.    はじめに
  3. 3ページ
    II.   ポートフォリオモデルの導出
  4. 9ページ
    III.   実証分析の予備的考察
  5. 15ページ
    IV.  「分散・共分散型モデル」の実証分析
  6. 31ページ
  7. 40ページ
  8. 44ページ
    VI.  シミュレーション分析別ウィンドウで開きます。(PDF形式 298 KB)
  9. 48ページ
    VI.  シミュレーション分析別ウィンドウで開きます。(PDF形式 489 KB)
  10. 55ページ
    VII. おわりに別ウィンドウで開きます。(PDF形式 65 KB)
  11. 56ページ
    付録 財政政策の為替レートに及ぼす影響
  12. 60ページ
    付録 実証データについて
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