経済分析第115号
最適制御理論の応用
-マクロ経済政策の協調問題-

1989年9月
  • 廣松 毅, 池田 実,原田 泰, 龍前 三郎,若林 芳雄,今井 良夫,柴本 芳郎,渡辺 啓史

(はじめに)

経済分析に制御理論を導入することによって、経済学の分析手法を強化する試みは古くからなされてきた。そして今日ではそのような試みは、いくつかの流れを形成している。そこで、本研究の内容に具体的に立ち入る前に、このいくつかの流れを概観するとともに、そのような流れの中における本研究の位置付けを与えておくことにする。

そのためには、まず現在、制御工学、数理計画法、オペレーションズ・リサーチ、システム工学といった理論に体系化されている一連の最適化作法が経済分析に応用されるときの対象によって分類して考えるのが便利である。これまでのところ、最適化手法が経済分析に応用された例を、その対象によって大別すると、次の2つの経済学上の研究領域に分類できる。その第1は、ミクロ経済学における経済主体の行動のモデル化や最適行動の記述に関するものである。そして第2は、本研究に直接かかわるマクロ(計量)経済モデルの分析である。

第1の、ミクロ経済学の分野における最適化手法の応用は、経済主体の行動原理を記述するときの効用の最大化、利潤の極大化といった問題の動学的な最適化までを含む分析である。このような分析の古典的な例としては、[PHELPS 70]、[坂口 70]、[INTRILLIGATAR 71]などがあり、最近では不確実性を明示的に含んだ確率制御の問題も扱われるようになってきている(例えば、[板垣 85]。この立場からは、現在でも広範な分野にわたる多くの問題に関して研究が行われている。それらについては例としてあげた巻末の文献リストを参照されたい。

ここでは本研究に直接かかわりのある第2の研究領域に限定して、以下で概観することにする。

動学的な最適資源配分問題の分析
 

最適化手法の経済分析への応用としてのマクロ(計量)経済モデルの分析には、動学的な最適資源配分問題の分析に関するものとマクロ(計量)経済モデルそのものを制御対象とした最適制御理論の応用がある。

第1の分野における分析の端緒として、経済成長論への応用があげられる。この分野の歴史は古く、ラムゼー[RAMSEY 28]による消費と投資の時間的最適配分の問題にまでさかのぼる。その後サミュエルソンやソロー等の黄金成長経路と最適成長経路の関係の解明[SAMUELS ON 65][SOLOW 70]など一連の研究によって大きな進歩をとげ、古典的な変分法を応用した解析手法が経済分析の手法として確立した。その後、理論経済学において動学的な分析の有力な手段として変分法が広範に利用されるようになった。最近では[HADLEY/KEMP 71]、[SELERSTAD/SYDSAETER 87]などに変分法の応用の方法論的な枠組や歴史的な展開の記述を見ることができる。また、ターンパイク定理の数学的性質の解明や、確率モデルへの拡張といったこの分野の最近の研究の体系化を[ARKIN/EVSTGNEEV 87]が試みている。

このように動学的な最適資源配分問題の取り扱いが盛んになるとともに、古典的な変分法のほかに線形計画法、非線形計画法、最大原理[PONTRYAGIN/BOLTYANSKII/GAMKRELIZE/MISHCENKO 62]、最適性原理[BELLMAN 57]を利用した数理計画法や最適制御、動的計画法(DP:Dynamic Programming)などの経済分析への応用[INTRILIGATO R 71]、[KAMIEN/SCHWARTZ 81]が注目されるようになった。わが国においては、この種の手法による動学的最適化問題の分析を単に理論的分析に終らせずに、投入産出分析と結び付けて、非線形最適化問題を線形計画問題によって近似することにより、多部門成長モデルのターンパイクを計量的に計算する試みが行われている。そしてさらに、それを長期経済計画に利用するための実用化研究が経済企画庁経済研究所[村上 他70]、[筑井 他71-1,2]、[筑井 他73]を中心に行われている。その成果は、経済企画庁総合計画局が行なっている長期経済予測に利用されている[経済企画庁 82]。

また一般に、連続時間をもつ大規模非線形最適化問題は解析的に取り扱うことが困難であるため、目的関数や変数を効率よく近似することによって、それを非線形計画問題に帰着させて解く方法の研究がなされており[今井 82]、[IMAI/SUZUKI 88]、かなり複雑な理論モデルの最適化問題を数値解析によって解くことができるようになりつつある。

マクロ計量経済モデルを制御対象とする研究
 

第2のマクロ(計量)経済モデルそのものを制御対象に最適制御理論の応用も、いくつかの流れに分けることができる。その端緒となった研究を特定化することは、きわめて困難である。しかし一般的には[CHOW 87]にもあるとおり、ティンバーゲンによるマクロ経済政策の最適化に関する方法論の体系化とその応用研究をもって、端緒とする場合が多い。このティンバーゲンの一連の研究は、経済モデルを構成し、政策の最適化を行なうためのシミュレーションを行なうことによって、1国の経済政策の策定[TINBERGEN 52]や国際的な政策協調[TIN BERGEN 54]に必要な情報を定量的に得ようとする試みであり、この分野における先駆的な業績として高く評価されている。オランダにおけるティンバーゲンの研究とほぼ時を同じくして、イギリスにおいてもやはり経済モデルを用いて定量的な情報を得るとともに経済の最適化や安定化に必要な制御機構をモデル化する試みが[TUSTIN 53]等によって行われている。このイギリスでの研究の大きな特徴は、このようなモデル化に必要な計算過程を自動化する試みがなされた点にある。当時まだデジタル・コンピュータが利用できなかったので、経済のモデル化やその安定化のために、アナログ・コンピュータの回路の設計や機械的なサーボ機構の設計が行なわれた。わが国においては、すでに戦前から同様の発想で、茅野 健など工学の専門家たちの手により、経済現象をシミュレートするための電気的な回路の設計の研究が着手されていた。しかし一般に知られる前に、戦争のため他の研究が優先されることになったようである。

本研究の位置付けと特徴
 

最適化手法の時間的な最適資源配分問題への応用では、理論的・解析的な研究が先行した後に計量的な分析や、それを数値解析の手法を用いて解くことが試みられるようになった。それと対照的に、ティンバーゲンやタスチン等により方法論的基礎が与えられた経済政策への応用では、理論的・解説的研究と計量的・数値解析的な応用研究が平行して発展してきた。

これら2つの分野における個々の研究にはさまざまな要素が含まれているので、それらを一律に概観することは不可能である。しかし、これまでの研究は、経済理論の観点から大きく分けると、主として、次の3つの問題を取り扱っていたと考えられる。第1は[TUSTIN 53]の発想に近いものであり、経済変動の安定化の問題である。この問題の理論的な研究としては、[GANDOLFO 71]が試みた、各種の景気変動論に基づいて経済変動を安定化するための制御工学的な定式化、さらにはリヤプーノフの第2法による動学システムの安定性の分析から経済政策論的なインプリケーションを得ようとする研究などをあげることができる。その後[AOKI 76]、[MURATA 77]、[MYOKEN 80]、[AOKI 81]などの業績によってこの問題の理論的研究は発展し、経済動学システムの可制御性や可観測性の問題や開放経済モデルさらには多国経済モデルの安定化などの問題が扱われるようになってきた。この問題に関しては[ASAKO/KANOH 88]が計量的な応用研究を試みようとしているが、未完成である。

第2は[TINBERGEN 52,54]の発想に近いものであり、経済状態を所望の状態、あるいはできるだけ所望の状態に近いものにするために必要な制御(経済政策)を求めようとするものである。この問題での理論的研究の発展はチョウによるところが大きく[CHOW 75,87]、最近では確率制御の考え方が導入されつつある。この考え方に基づく最適制御理論のマクロ計量経済モデルへの応用研究はかなり多く、最近のものとしては、[平井81]、[RAO 87]などがある。本研究の4章の実証分析例は、この延長線上に位置するものである。

第3に、国際経済協調問題への最適制御理論によるアプローチがある。この問題の研究の出発店はやはり〔TINBERGEN 54〕である。この問題に関して最近では次の2つの考え方に基づいて研究がされている。1つは[LASDON 70]等が体系化した階層制御理論に基づくものであって、[MYOKEN 83]などがこのアプローチを理論的に研究している。最近わが国で行なわれている一連の研究[ITO 87,88]は地域経済問題や国際経済問題に関してこのようなアプローチから定量的な分析を行なおうとする試行的な研究である。

もう1つの考え方は、システムにゲーム構造を導入した上でそのシステム全体を制御しようとするアプローチである。この考え方を計量分析に応用するためには分権的制御や集権的制御の問題として定式化されることが多い。この立場から国際協調問題を理論的に扱ったものには[浜田82]、[早川86]、[HAMADA 88]などがある。これらの研究は、分析手法としてゲーム理論や数理計画法、さらには最適制御理論を用いている。[小坂 82]、[DEZEEUW 84]、[KOSAKA 85]などは計量経済モデルを利用した研究である。

第5章に述べる本研究の研究成果は基本的にこの考え方に立つものである。そこでは複数主体の最適制御理論の考え方に基づいて計量経済モデルのシミュレーション分析を行っている。[OUDIZ/SACHS 84]以来の一連のサックスモデルの研究は、この問題に関する先駆者的な研究である。彼らのモデルは、理論的に定式化されてはいるものの、その構造パラメータには、他の計算モデルのシミュレーション結果に基づく、仮説値が恣意的に与えられている。

本研究の大きな特徴は、小規模ながら、国際経済の相互依存関係を表わす計量経済モデルを実際に開発し、その動学的特徴に関するシミュレーション分析の結果を踏まえた上で、そのモデルに最適制御理論を適用している点にある。このような意味から、本研究は経済分析手法としての最適制御理論の新たな応用分野を拓くとともに、国際経済における政策協調問題について、実証的にその可能性を探ろうとしている点に、大きな意義をもつといえよう。


全文の構成

  1. 要旨別ウィンドウで開きます。(PDF形式 187 KB)
  2. 1ページ
    はじめに
    1. 2ページ
      動学的な最適資源配分問題の分析
    2. 2ページ
      マクロ計量経済モデルを制御対象とする研究
    3. 3ページ
      本研究の位置付けと特徴
  3. 5ページ
    1章 経済分析の手法としての最適制御理論
    1. 5ページ
      1-1 動学システムの最適制御
    2. 8ページ
      1-2 複数主体による最適制御:ゲーム構造の導入
    3. 17ページ
      1-3 複数主体による最適制御問題
  4. 20ページ
    1. 20ページ
      2-1 制御理論とは
    2. 32ページ
      2-2 最適制御理論
    3. 47ページ
      2-3 階層制御理論
  5. 55ページ
    1. 55ページ
      3-1 経済システムの分析と最適制御理論
    2. 57ページ
      3-2 最適制御問題とていの政策決定問題
    3. 58ページ
      3-3 単一主体の政策決定問題
    4. 60ページ
      3-4 複数主体の政策決定問題
    5. 63ページ
      3-5 シミュレーション・アルゴリズム
  6. 68ページ
    4章 経済動学モデルの最適制御-Chow の理論の要約と実証分析例
    1. 68ページ
      4-1 経済動学モデルの導入
    2. 72ページ
      4-2 線形動学モデルの解法
    3. 79ページ
      4-3 非線形動学モデルの解法
    4. 86ページ
      4-4 計量経済モデルの最適制御:実証分析例
  7. 97ページ
    1. 97ページ
      要旨
    2. 97ページ
      5-1 問題の定式化
    3. 120ページ
      5-2 乗数シミュレーションを用いた政策協調問題の分析:離散型の場合
    4. 126ページ
    5. 131ページ
       相互依存関係の大きさと政策協調の余地
    6. 134ページ
    7. 136ページ
    8. 142ページ
    9. 143ページ
  8. 145ページ
    1. 145ページ
      要旨
    2. 146ページ
      A-1 モデル全体の考え方
    3. 147ページ
      A-2 各サブモデルの構造と推定結果
    4. 150ページ
      A-3 サブモデルのリンク
    5. 153ページ
      A-4 ファイナルテストとリンク・シミュレーションの結果
    6. 169ページ
      A-5 参考資料別ウィンドウで開きます。(PDF形式 396 KB)
    7. 174ページ
      A-5 参考資料別ウィンドウで開きます。(PDF形式 469 KB)
    8. 177ページ
      A-5 参考資料別ウィンドウで開きます。(PDF形式 355 KB)
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