経済分析第120号
応用一般均衡モデルと公共政策

1990年9月
橘木 俊詔(経済企画庁経済研究所客員主任研究官、京都大学経済研究所教授)
市岡 修  ( 同 客員研究員、静岡県立大学国際関係学部助教授)
中島 栄一( 同 行政実務研修員、神奈川県)

(序論)

実証的な均衡分析の現状

財政学を含む経済学の諸分野における経済問題の理論的研究に際して、一般均衡的アプローチの重要性は我が国でも十分認識されており、例えば税の帰着を問う一般均衡効果の分析に見られるように、かなり高度な数理的技能を駆使して周到な検討が行われている。いわゆる紙の上での純理論分析では、精緻な一般均衡分析を可能とするモデルを構築・操作するのであるが、いったん現実経済への応用を試みるとき、事情は一変する。解析的に解ける特殊構造のモデルを除いて、通常利用される解法技術では、たとえ小型モデルであっても非線形の経済行動に関する方程式や生産技術条件を含むとき、一般均衡解を構成する変数である価格や数量などを数値的に精確に求める計算 (computation) は極めて困難になる。

その例証とも言えそうなのが、近年の税制改革論議に関連して新聞等のマスコミに登場する「○○シミュレーション」と銘打つものである。これらは、われわれの知る限り、経済学で理解されている定義での「一般均衡」効果を提示していない。特定少数の産業あるいは財・サービスのみを対象とする部分均衡分析、主体的均衡のみを取り扱うモデルによるシミュレーション分析、あるいは経済主体の最適行動や財・生産要素の需給の均衡条件を考慮せずに産業連関表を利用するシミュレーション分析等であったりするのである。

財政学をはじめ専門諸分野で提起される経済政策効果に関する純理論的分析と実証的な応用分析の水準の間には、上記のいくつかの税制改革シミュレーション例が示すように、相当のギャップが現在もなお依然として解消されずに残っている。このような非整合的とも言うべき経済分析上の格差を埋める新しい手法が、応用一般均衡 (Applied General Equilibrium, 略称AGE) モデルを利用するアプローチである。

AGE分析の開発

AGE分析手法の開発は、1960年代半ば頃米国エール大学の数理経済学者H.スカーフ(Scarf)によってなされた均衡価格(数学的には不動点)を近似値に算出するアルゴリズム (algorithm, 解法手順) の考案が、もっとも大きなきっかけになっている。従来のワルラス型モデルにおける一般均衡は、位相数学の「不動点定理」を使ってその存在のみが示唆されるにとどまっていたが、スカーフ・アルゴリズムは均衡解の存在証明の別証明 (いわゆる constructive proof) を提示し、同時に均衡解そのものを有限回の反復計算により実際に解くことを可能にしたのである。1)

このスカーフ・アルゴリズムを利用したAGEモデルの開発ならびにAGE分析の理論的精緻化は、1970年代の初期より、米国スタンフォード大学のJ.ショーヴン (Shoven) とカナダのウェスタン・オンタリオ大学のJ.ウォーレイ (Whalley) の2人の財政学者を中心にして進められた。2)当初は、既に古典的業績として評価されているA.ハーバーガー (Harberger) の法人税帰着の2部門モデル分析の一般化を指向し、租税の一般均衡分析の代替的アプローチとして位置づけられた。その後、外国貿易等も分析対象に加えられてモデルの拡張・深化がほどこされ、現在では、例えば一国という広域経済において、特定の経済政策が資源配分・所得配分・経済厚生等にどのような一般均衡効果を及ぼすかを、ミクロ的かつ数量的に評価・検討できるようなモデルの構築が行われている。3)


1)スカーフの業績はScarf (1973) にまとめられている。また、スカーフ自身の手になるスカーフ・アルゴリズムおよびその改良版に関するサーベイにはScarf (1982) がある。

2)この2人はエール大学大学院の同期生であり、スカーフの一番弟子にあたる。

3)AGE分析に関するすぐれたサーベイの1つはShoven and Whalley (1984) である。また、AGE分析の最初の論文集と言えるのはScarf and Shoven (1984) である。中型以上のサイズをもち実証分析を目指すAGEモデルの構築では、米国版と英国版とが最も早く着手された。その成果はBallard, Fullerton, Shoven and Whalley (1985) とPiggott and Whalley (1985a) として出版されている。比較的最近のAGE研究としては、Borges (1986) , Piggott (1988) , Piggott and Whalley (1985b) , Srinivansan and Whalley (1986) , Whalley (1985) などがある。また、もっとも初期にAGE分析の方法論について論じたものにFullerton, Henderson and Shoven (1984) がある。


全文の構成(PDF形式、 全1ファイル)

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  2. 2ページ
    第1章 AGE分析入門
    1. 2ページ
      第1節 序論
    2. 2ページ
      第2節 AGEモデルのメカニズム
    3. 5ページ
      第3節 スカーフ・アルゴリズム入門
  3. 10ページ
    第2章 AGE日本モデルの解説
    1. 10ページ
      第1節 ミクロ経済データセットの作製
    2. 10ページ
      第2節 政府の経済行動と税の分類
    3. 11ページ
      第3節 産業での生産
    4. 11ページ
      第4節 価格の形成
    5. 12ページ
      第5節 生産要素
    6. 12ページ
      第6節 家計の経済行動
    7. 13ページ
      第7節 外国貿易部門の定式化
    8. 13ページ
      第8節 AGE日本モデルの一般均衡条件
    9. 14ページ
      第9節 AGE日本モデルに関する留意事項
  4. 20ページ
    第3章 公共投資と財政赤字
    1. 20ページ
      第1節 序論
    2. 20ページ
      第2節 財政政策の課題
    3. 21ページ
      第3節 公共投資の経済効果
    4. 24ページ
      第4節 おわりに
  5. 30ページ
    第4章 高齢化社会における社会保障制度と税制
    1. 30ページ
      第1節 序論
    2. 30ページ
      第2節 高齢化社会での社会保障給付のファイナンス(I)
    3. 35ページ
      第3節 高齢化社会での社会保障給付増額のファイナンス(II)
    4. 36ページ
      第4節 付言
  6. 39ページ
    第5章 直間比率の一般均衡分析
    1. 39ページ
      第1節 序論
    2. 41ページ
      第2節 直接税・間接税の分類
    3. 42ページ
      第3節 既存間接税率と直接税率の税収中立的変動効果
    4. 46ページ
      第4節 直接税減税財源としての付加価値税導入効果
    5. 49ページ
      第5節 非課税措置を含む付加価値税の再検討
    6. 51ページ
      第6節 付加価値税と既存税との代替による直間比率変動効果
    7. 51ページ
      第7節 付言
  7. 54ページ
    第6章 累進消費税の一般均衡分析
    1. 54ページ
      第1節 累進消費税に関する諸研究のサーベイ
    2. 59ページ
      第2節 累進消費税導入のシミュレーション
    3. 63ページ
      第3節 おわりに
  8. 66ページ
    補論 モデル体系とパラメーターの概要
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