経済分析第123号
日本の流通システム:理論と実証

1991年5月
  • 丸山 雅祥(経済企画庁経済研究所客員主任研究官、神戸大学経営学部助教授)
  • 酒井 亨平( 同 前主任研究官)
  • 外川 洋子( 同 客員研究員、流通産業研究所調査部長)
  • 坂本 信雄( 同 前主任研究官、京都学園大学経済学部助教授)
  • 山下 道子( 同 主任研究官)
  • 荒川 正治( 同 前委嘱調査員)
  • 井場 浩之( 同 委嘱調査員)

(要約)

1.日本の流通構造の特色(第1章)

欧米5か国(アメリカ・西ドイツ・イギリス・フランス・イタリア)と日本の流通構造を比較すると、日本の小売業は店舗当りの売場面積、従業者数、売上高のいずれでみても小規模であり、小売店舗密度(人口千人当りの店舗数)は高い。また、W/R比率(卸と小売の売上高の比率)や卸売間の販売比率が高いことから、日本の流通は欧米に比べて多段階であるといえる。

2.流通構造の特色を生む要因(第2章)

小規模・高密度という日本の小売業の特色は、住居が狭く、鮮度を重視する消費者の多頻度小口購買行動と、同じく在庫コストが高く、鮮度や品揃えを重視する小売業者の多頻度小口発注行動が原因となっている。日本の卸売業の多段階性は、小売の小規模・高密度性に対応しており、取引の管理能力の制約の下で、流通段階の取引のネットワーク数を減らし、取引費用を制約する作用を持つ。

3.日本の商取引の基本特性(第3章)

日本の企業は需要の不確実性を回避し、危険分担を通じて長期・安定的利益を確保しようとする傾向が強い。日本の企業は企業同士が所有権統合する形態をとらなくても、長期継続的な取引関係の下で、特定項目についての意思決定を共同化することにより、共同利益の最大化をはかっている。このように、独立した企業間での部分的な意思決定共同化と、それを支える長期継続的な取引関係が日本の商取引の特徴であり、これを市場取引と組織取引の中間に位置する中間組織を通じた垂直的協調と言い換えることができる。

4.長期継続的取引の機能(第3章)

取引の継続性は、需要の不確実性への対応策として機能している。逐次的で匿名的な取引関係のもとでは、長期的利益を重視する取引相手を選別することが困難であり、危険分担契約を実施することができない。取引関係の継続によって生み出される相互理解や共通知識の形成は、事前的な合意形成のためのコミュニケーション・コストを節約し、契約の事後的拘束力を確保するという点で、危険分担への機会を提供するとともに、意思決定共同化の基盤を与えている。しかしその反面、相互理解をベースに契約が曖味になったり、取引先変更のコストを高めるなど、市場への新規参入を阻害する側面がある。

5.日本の商慣行の機能(第3章)

日本の中間組織を通じた垂直的協調は、継続的取引を前提とする以下のような商慣行によって支持されている。

(1)建値制

製品差別化を背景とするメーカーと地域的独占を背景とする小売業者が、各々独自に販売価格を設定すれば、最終小売価格は両者の利潤を最大化する水準を上回る。このため、建値が小売価格の上限規制として働けば両者の共同利益を高め、消費者余剰を増加させるという機能を持つ。しかしその反面、下限規制として働けば価格競争を制限する危険性がある。

(2)返品制

小売業者の危険の一部を、メーカーあるいは卸売業者が負担するシステムである。返品を認めることによって品揃えが確保され、販売が拡大するほか、地域的な需給のミスマッチを解消しうるなど、売手にとってメリットがある。しかし、返品制は、他方で建値制を維持する手段として機能している面があり、両者が結びついて小売価格の下限規定につながるディメットがある。

(3)リベート制

販売促進へのインセンティブを与え、決済の時期・方法など取引条件の遵守を確保するための手段である。危険分担のために、事後的な利潤分配の手段として利用される面もある。複雑なリベートは、小売業者による独自の利益計算に基づく価格設定を困難にし、メーカーの建値に依存した安易な販売を促すディメリットを持つ。

(4)系列取引

(a)製品差別化、(b)販売活動の外部制、(c)顧客ニーズに関する不完全性、などに由来する市場の失敗への私的な対応策である。自動車・家電製品・医薬品・化粧品などの(a)~(c)が重要な問題となる分野において、系列取引は販路を特定化することにより、販売政策に関するメーカーと流通業者間の意思決定共同化の基盤を与えている。しかし、消費者の商品知識が普及する一方で製品の規格化が進むなど、系列店制の持つメリットは徐々に薄れつつあり、メーカーのチャネル政策にも影響を与えている。

6.日本の流通の効率性(第4章)

効率性の観点から国際比較すると、日本の流通業は規模間格差がきわめて大きいものの、全体的な生産性は従業員1人当りの売上高をみても、製造業との相対的な付加価値生産性でみても、低いとはいえない。また卸の多段階性を考慮にいれても、流通マージン率や流通在庫率は高くない。つまり、国際比較上は、小規模・高密度・多段階といった特色を持つ日本の流通業が非効率という結論は導かれない。

7.改革の方向性(第5章)

国際比較上は非効率ではないにしても、日本の小売業には大規模店と小規模店、多店舗店と単独店との間にきわめて大きな生産性格差が存在し、小売分野において競争の余地が大きく残されている。大店法その他による出店規制の緩和は競争を促進し、生産性を向上させると考えられる。また、返品の条件やリベートの基準を明確化することによって、小売業者の自主的かつ合理的な価格設定を促すとともに、契約を明文化として商慣行の透明度を高め、内外企業の新規参入を即す必要があろう。


全文の構成(PDF形式、 全3ファイル)

  1. 2ページ
    (はしがき)別ウィンドウで開きます。(PDF形式 416 KB)
  2. 4ページ
    (要約)
  3. 6ページ
    第1章 流通構造の国際比較
    1. 6ページ
      1.1 日本の小売構造の特徴
    2. 18ページ
      1.2 日本の卸売構造の特徴
  4. 29ページ
    第2章 流通構造の理論分析
    1. 29ページ
      2.1 小売構造
    2. 35ページ
      2.2 卸売構造
    3. 37ページ
      2.3 流通段階の取引様式
    4. 42ページ
      2.4 要約
  5. 43ページ
    1. 43ページ
      3.1 商慣習の基本特性
    2. 45ページ
      3.2 商慣行の機能と問題点
    3. 55ページ
      3.3 要約
  6. 56ページ
    第4章 流通成果の国際比較
    1. 56ページ
      4.1 流通活動の評価基準
    2. 60ページ
      4.2 相対生産性の国際比較
    3. 61ページ
      4.3 ユニット・レーバー・コストの比較
    4. 61ページ
      4.4 流通マージン率の国際比較
    5. 63ページ
      4.5 在庫回転率の国際比較
    6. 66ページ
      4.6 資金回転率の国際比較
    7. 66ページ
      4.7 要約
  7. 68ページ
    第5章 日本の流通問題
    1. 68ページ
      5.1 流通構造の側面
    2. 77ページ
      5.2 商慣行の側面
  8. 86ページ
    付録別ウィンドウで開きます。(PDF形式 256 KB)
    1. 87ページ
      1 付加価値による相対生産性の国際比較
    2. 100ページ
      2 付加価値の分解(賃金比率と利益比率の国際比較)
    3. 103ページ
      3 ユニット・レーバー・コストの国際比較
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