経済分析第125号
日本の産業内貿易

1991年7月
  • 法専 充男(日本輸出入銀行海外投資研究所主任研究員、前経済企画庁経済研究所主任研究官)
  • 伊藤 順一(農林水産省農業総合研究所研究員、前経済企画庁経済研究所研究官)
  • 貝沼 直之(経済企画庁経済研究所委嘱調査員)

(はじめに)

現代の国際貿易のかなりの部分は先進国間を中心とする産業内貿易(intraindustry trade)である。しかし、完全競争や規模に関する収穫不変を前提とする伝統的な貿易理論ではこの産業内貿易という現象を説明することができない。そこで、1970年代末から産業内貿易の理論的解明が試みられてきた。その結果、貿易理論の新しい展開が促され、今日では不完全競争市場において規模に関する収穫逓増や製品差別化を仮定することにより産業内貿易を説明するのが一般的となっており、理論面はある程度確立されたものとなってきている。しかし、こうした理論の計量化は緒についたばかりであり、産業内貿易の決定要因に関する実証分析はいまだ未成熟な段階にある。

とりわけ、日本の産業内貿易についてはこれまでほとんど分析がなされてこなかったのが実状である(注)。これは日本の貿易に占める産業内貿易のウエイトが小さかったことによる面が大きいものと思われる。歴史的にみても、ヨーロッパ諸国において同一産業内での輸出と輸入の並立という現象が多くみられたことが産業内貿易の理論的探究の端緒となったことからもわかるように、産業内貿易は従来ヨーロッパ諸国を中心に観察されてきた現象であり、日本ではそれほど多く観察されてこなかった。しかしながら、近年は製品輸入の増加等を反映して、日本の産業内貿易も増加してきており、その重要性が増大してきている。

また最近は、日本の産業内貿易が諸外国と比べ低水準にあることを根拠に、日本市場は閉鎖的であり、様々な障壁が外国からの輸入を阻害していると主張することが、アメリカの一部の論者の間でしばしば行われるようになってきている。こうした日本市場の閉鎖性批判についても、新しい貿易理論を踏まえた理論的・実証的分析が求められている。

こうした状況を踏まえ、本書は日本の産業内貿易に関して理論的・実証的分析を行おうとするものであり、全体の大まかな流れとしては、まず日本の産業内貿易の現状を把握した後に、その産業別の差異をもたらす要因を計量的に分析し、さらに諸外国と比べて日本の産業内貿易が低水準にある理由を理論的・計量的に明らかにしようとするものである。具体的な各章の構成は以下のとおりである。

まず第1章では、産業内貿易とは何かという概念と、産業内貿易の多寡を具体的に把握するための計測法を中心に述べる。第1章でみた計測法を用いて、第2章では日本をはじめとする主要先進国の産業内貿易の現状を明らかにする。具体的には、OECD貿易統計(Cシリーズ)を用い、日本、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、カナダ、オーストラリアの8か国について、1978、80、85、88年における産業内貿易の現状を把握する。また、今回の我々の計測期間には含まれていないが、1970年代において日本の産業内貿易の比率が何故低下したのかについても分析を行う。

産業内貿易の貿易全体に占めるウエイトは、第2章でもみるように、産業別にみても、国別にみても異なる。産業ごとに産業内貿易比率が異なる要因を、日本を例にとって実証的に分析しようとするのが第3章である。より具体的には、産業別にみた産業内貿易比率の多寡と各産業における規模の経済性や製品差別化の程度との間に有意な関係が存在するか否かを主としてチエックすることになる。

第4章と第5章では、日本の低水準の産業内貿易が日本市場の閉鎖性の証拠となるのか否かについて、理論的、実証的に検討する。第4章は理論編であり、ヘルプマン(E.Helpman)とクルーグマン(P.R.Krugman)の理論モデルを援用し、まず、各国の産業内貿易比率は、(1)生産要素賦損比率が多国と異なっているほど、また(2)経済規模が大きいほど、低くなるという理論的命題を導く。次に、これを用い、日本の産業内貿易が他の先進諸国に比べて低水準にあるのは、土地やエネルギー資源が極端に乏しく、これと比較して資本や熟練労働に富むという日本の特異な生産要素賦存パターンによって合理的に説明可能であることなどを示す。第5章は第4章の計量化であり、上記の二つの理論的命題を、実際の先進10か国のデータを用い、実証的に確かめようとするものである。また、日本の産業内貿易が本来在るべき水準よりも低いか否かについても計量的に分析する。これまで日本の製品輸入が本来在るべき水準よりも低いか否か、換言すれば、日本の製品輸入構造がoutlierか否かについては、アメリカを中心に数多くの実証分析が行われてきたが、同種の分析を産業内貿易の分野において新たに行おうとするものである。

要すれば、第1章は導入部分であり、第2章は計測(measurement)、第4章は理論(theory)的分析、第3章と第5章は理論の計量化(quantification)ということになる。なお、補論1では、産業内貿易に関する理論をサーヴェイする。主として、ディキシット(A.K.Dixit)、ノーマン(V.Norman)、クルーグマンらの着想による独占的競争モデルと、ブランダー(J.A.Brander)、クルーグマンらの着想による差別的寡占モデルとをレヴューする。ここでは、不完全競争下で規模に関する収穫逓増や製品差別化といった前提を置くことによって、産業内貿易の発生が説明可能であることが明らかになる。また、補論2では、日米の自動車産業を例にとり、産業内貿易理論のキーワードである規模の経済性を計測するとともに、産業内貿易理論の若干の適用を試みる。


(注) ブルッキングス研究所のリンカーン主任研究員の著した"Japan's Unequal Trade"(1990)によれば、日本でこれまでに産業内貿易について広範な研究を行ってきた有力な経済学者は慶應義塾大学の佐々波楊子教授だけである。


全文の構成(PDF形式、 全1ファイル)

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 453 KB)
  2. 2ページ
    (要旨)
  3. 9ページ
    (はじめに)
  4. 11ページ
    第1章 産業内貿易とは
    1. 11ページ
      第1節 産業内貿易の概念
    2. 11ページ
      第2節 産業内貿易の類型
    3. 12ページ
      第3節 産業内貿易の計測
  5. 14ページ
    第2章 産業内貿易の現状
    1. 14ページ
      第1節 産業内貿易指数の計算方法
    2. 16ページ
      第2節 世界貿易に占める産業内貿易の重要性
    3. 16ページ
      第3節 対象期間内における産業内貿易の全般的推移
    4. 16ページ
      第4節 国別にみた特徴
    5. 18ページ
      第5節 産業別にみた特徴
    6. 28ページ
      第6節 日本、アメリカ、ドイツの貿易相手地域別にみた特徴
    7. 32ページ
      第7節 日本の産業内貿易比率が1970年代に低下した理由
  6. 35ページ
    第3章 産業別にみた日本の産業内貿易の決定要因 -産業別クロスセクション分析-
    1. 35ページ
      第1節 序
    2. 35ページ
      第2節 推計式及びデータ
    3. 36ページ
      第3節 各産業の産業内貿易指数
    4. 38ページ
      第4節 推計結果
    5. 40ページ
      第5節 産業別要因分解
    6. 41ページ
      第6節 結論及び今後の検討課題
  7. 45ページ
    第4章 低水準の産業内貿易と日本市場の閉鎖性 -理論的分析-
    1. 45ページ
      第1節 モデルの基本的前提
    2. 45ページ
      第2節 貿易パターン
    3. 47ページ
      第3節 貿易の構成
    4. 50ページ
      第4節 低水準にある日本の産業内貿易の評価
  8. 53ページ
    第5章 国別にみた先進国の産業内貿易の決定要因 -国別クロスセクション分析-
    1. 53ページ
      第1節 序
    2. 53ページ
      第2節 推計式及びデータ
    3. 55ページ
      第3節 各国の産業内貿易指数と生産要素賦存比率
    4. 57ページ
      第4節 推計結果
    5. 60ページ
      第5節 結論及び今後の検討課題
  9. 62ページ
    補論1 産業内貿易の理論
    1. 62ページ
      第1節 ヘクシャー=オリーン理論の修正
    2. 63ページ
      第2節 独占的競争モデル
    3. 67ページ
      第3節 差別的寡占モデル
  10. 72ページ
    補論2 日本自動車産業における規模の経済性と産業内貿易
    1. 72ページ
      第1節 序
    2. 72ページ
      第2節 理論モデル
    3. 74ページ
      第3節 費用関数のデータ
    4. 75ページ
      第4節 計測結果
    5. 78ページ
      第5節 貿易理論への拡張
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