経済分析第128号
金融政策と日本経済

1993年3月
吉川 洋
(経済企画庁経済研究所客員主任研究官、東京大学経済学部教授)
堀 雅博
( 同 研究官付)
堀 宣昭
( 同 研究官付)
井村 浩之
( 同 委嘱調査員、東洋信託銀行)
渡辺 俊生
( 同 委嘱調査員、東邦生命保険)
竹田 陽介
( 同 部外協力者、東京大学大学院)

(要約)

第I章 マネー・サプライと季節変動

従来のマクロ経済モデルにおいては、理論・実証にかかわらず、マネー・サプライを外生あるいは簡単なフィード・バック・ルールに基づくものと仮定している。しかし日銀の季節変動に対する政策を分析すると、日銀は実体経済の季節変動による貨幣需要の変化に対し、金利(コール・レート)が大きく変動しないようにマネー・サプライを内生的に供給していることが観察できる。

第II章 マネー・サプライと景気循環

日銀は景気循環に対しても季節循環の場合と同時に、名目利子率をターゲットとしてマネー・サプライを内生的に供給していることが多い。しかし季節変動と違って、景気循環に対しては常に利子率を平準化しているわけでなく、マネー・サプライが積極的な政策スタンス(コール・レート)の変更を反映して変動することもある。我々はこの日銀の政策スタンスを確認するため、1958年以降の30年間をコール・レートの動きに着目して30の期間に分け分析を行った。結論として30年間の内半分の期間は利子率は平準化され、残りの半分の期間日銀は利子率の変更を行っていた。

ではどのような時に日銀は金利の変更を行うのであろうか。VARモデルによる分析によれば、生産ショックは金利を引上げ、貿易赤字に対しても金利は上昇する。またインフレ・ショックも金利を引き上げるが、オイル・ショック以前は金利が有意に反応していない。

第III章 金融政策の波及メカニズムI

続いて金融政策スタンスの変更は、どのような経路で実体経済に波及してゆくのか分析した。我々はそのための準備として、景気循環における需要項目のGNPへの寄与率を計測した。その結果日本の景気循環においては、設備投資の果たす役割が最も大きいことがわかった。次に金利が設備投資に対して果たす役割を計測するために、設備投資関数を計測してみた。結果としては金利は設備投資関数に対して必ずしも有意に影響を与えていない。

第IV章 金融政策の波及メカニズムII

設備投資への金利の影響がコスト面を通した直接的なものでなく、金利→生産動向(景気見通し)→設備投資という間接的なものであれば、「金融政策は実体経済に有意な影響を与える」ということと「設備投資関数では金利より生産・売上といった変数の影響の方が大きい」という2つの事実を整合的に説明できる。

我々はR. Hawtreyによってなされた上記のような仮説にのっとり、金利→生産という経路を追ってみた。因果性検定等の結果から、業種別生産において川上産業の生産が金利に敏感であることが判明した。そこで各産業の生産動向を川上から川下へと分類し、フロー・チャート図を用いてさらに深く分析を行った。その結果生産の中でも建設財・生産財の生産が金利から受ける影響が大きいことがわかった。次にこれらの生産の動向において大企業・中小企業の差があるか分析してみた。結果として中小企業の建設財産業が最も早く反応を示した。

では、VARモデルによる結果が実際の景気循環の中でも観測できるだろうか。我々はオイル・ショック以降3度の引き締めにおいて、それぞれの生産の総生産に対する寄与度分析を行った。その結果建設財の生産が最も早く影響を受け、且つその反応の度合も大きいという先の仮定と同じ結果となった。金融政策の変更は建設財生産、中でも中小企業の生産を起点として実体経済に波及していくという結論に到達した。

第V章 物価と金融

II章での分析の結果、日銀は物価の上昇に対し金利を変化させていることがわかった。日銀が「物価の番人」と呼ばれるように、物価が日銀の主要政策ターゲットであることは異論のないところである。この章においてはインフレ発生の原因分析、金融政策のインフレ鎮圧効果、80年代の低インフレの原因分析を行った。

結果としてインフレはある時には日銀による過度のマネー・サプライ供給によって起こるが、ある時には実体経済の動きから稼働率が上昇し生産が追いつかないために起こるということが判明した。財別に生産と価格の関係を追ってみると、建設財に関しては「生産の上昇→価格上昇」という関係が見られるが、他の財についてはこの関係は見られない。また金利の上昇はインフレを鎮圧することが観察されたが、「金利→物価」という経路で価格が下げられる財もあれば、「金利→生産→物価」という経路によって価格が下げられる財(特に建設財)もあることが判明した。80年代の低インフレの分析においては、1.日銀のマネー・サプライ政策の成功、2.輸出産業の生産性の上昇、3.円高が原因であったことがわかった。

第VI章 資産価格と金融

この章においては金融政策と資産価格の関係について、戦後3回の地価高騰のエピソードを分析しその原因を探ってみた。結果として1960~1961年の地価高騰は工業地不足という実需に対し、日銀がマネー・サプライ供給をアコモデートしたために起こったことがわかった。また1972~73年の地価高騰は外生的なマネーの過剰な供給(「過剰流動性」)によってもたらされたものであった。さらに1985年~88年の地価高騰は都心部の商業地に対する実需を発端とし、さらにマネーの過剰な供給のためそれが他の用地に波及したものであった。

第VII章 マネー・サプライの要因分解

マネー・サプライの決定について、個々の銀行・支店といったミクロのレベルで考えられているのは、いわゆる教科書的な「信用乗数」の理論にのっとった「1.本源的預金の発生→ 2.貸出→ 3.派生預金」といったメカニズムである。しかしマクロ経済全体で考えると、マネーの創造のためにはまず銀行部門の与信行為(a.銀行貸出・b.銀行による「債券」購入)がなければならないことがわかる。われわれはマネーの変動をこのような銀行部門の資産選択行動という観点から考えることにし、マネー・サプライについてその与信項目別の寄与分解を行った。さらに銀行部門の与信行動に影響を与えている日銀ハイパワード・マネー供給についても同様な寄与分解を行い、両者の対応をもとに70年代、80年代のマネー・サプライの動きについての説明を試みた。その結果、マネーの変動は、ほぼ全体経済の動きを反映した銀行部門の対民間非金融部門への信用によって説明ができるが、70年代では財政支出のファイナンスや経常収支の不均衡の影響がみられる。また80年代に入ると、資産の取引をアコモデートするための与信行為の影響が重要となっていることが確認できる。

第VIII章 金融の自由化・国際化と金融政策の有効性

この章においては、われわれがこれまで考えてきた金融政策の波及メカニズム(Hawtrey的なメカニズムや中小企業への影響を重視するもの)が最近の企業金融の変化によってどのような影響を受けるのかを、資産市場の一般均衡分析を用いて検証した。その結果、コール・レートを手段とする金融政策の銀行の中小企業向け貸出への有効性は、

  • 1. 大企業の資金調達の国際化が"Additive"なものであれば有効性は維持される。
  • 2. "Multiplicataive"なものである場合でも、
  • a. 銀行の中小企業向け貸出が大企業のユーロ円債レートと大企業向け貸出レートから独立である場合、
  • b. 銀行のユーロ円債需要と大企業向け貸出供給のローン・レート弾力性が無限大の場合
  • c. 銀行にとって大企業のユーロ円債と大企業向け貸出が完全代替の場合、

には有効性が維持されることが確認された。日本の大企業がユーロ円債を発行できるようになったという意味での金融の国際化・自由化が、金融政策の第一義的な波及径路である中小企業向け銀行貸出に対する金融政策の有効性を弱めることはない。

第IX プラザ合意以降の金融政策と日本経済

最終章では、今回の景気循環局面(87年の景気拡大以降)の諸現象を、われわれがこれまでに得た成果を、データをナイーブに見ることによって検証した。

金融政策に対する実体経済の反応パターンは、生産について建設財・生産財の反応が早く資本財・消費財の反応が遅れ、建設財・生産財の生産が設備投資とりわけ機械受注に波及するというHawtrey的メカニズムが観察される。また85年以降の地価の上昇はクロノロジーから、東京の商業地地価の上昇期待に端を発し、日銀の円高抑制をターゲットとした拡張的金融政策に原因があることがわかる。

近年のマネー・サプライの急変動については、80年代後半の高成長時には銀行による不動産業向け貸出の増加や有価証券投資の影響が大きい。郵貯シフトのマネー・サプライに与える影響については、ただ単に個人部門のポートフォリオ・シフトの問題として捉えるだけでなく、その貸出市場に与える影響、及び日本銀行の政策スタンスの違いを考慮して論じる必要がある。日銀がハイパワード・マネーではなく金利水準を政策目標としている場合には、郵貯シフトがマネー・サプライの減速につながることが確認できる。


全文の構成(PDF形式、 全10ファイル)

  1. 2ページ
    (はじめに)別ウィンドウで開きます。(PDF形式 333 KB)
  2. 3ページ
    (要約)
  3. 6ページ
    第I章 マネー・サプライと季節変動
    1. 6ページ
      1. モデル
    2. 8ページ
      2. 季節変動における貨幣
  4. 17ページ
    第II章 マネー・サプライと景気循環
    1. 17ページ
      1. IS-LM図による日銀の政策スタンス検討
    2. 18ページ
      2. 経済循環図
    3. 21ページ
      3. 日銀による金利平準化政策
    4. 25ページ
      4. コール・レートの反応関数
    5. 25ページ
      5. 日銀の政策スタンス変更
  5. 31ページ
    1. 31ページ
      1. 景気循環の寄与率分析
    2. 32ページ
      2. 金利から支出項目への影響
    3. 41ページ
      3. 設備投資関係の計測
  6. 63ページ
    1. 63ページ
      1. Hawtrey仮説
    2. 63ページ
      2. 業種別生産動向分析
    3. 73ページ
      3. フロー・チャートによる分析
    4. 85ページ
      4. 大企業と中小企業
    5. 87ページ
      5. 景気循環における生産
    6. 91ページ
      6. 金融政策と建設財生産
    7. 93ページ
      7. まとめ
  7. 94ページ
    第V章 物価と金融別ウィンドウで開きます。(PDF形式 424 KB)
    1. 94ページ
      1. インフレーション(WPIとCPIの比較)
    2. 95ページ
      2. インフレの決定要因
    3. 96ページ
      3. マネー・サプライと物価
    4. 100ページ
      4. 金融政策と物価
    5. 105ページ
      5. 財別の価格と生産の関係
    6. 115ページ
      6. 低インフレの原因
  8. 118ページ
    第VI 資産価格と金融-3回の土地高騰のエピソード
    1. 118ページ
      1. 戦後の地下変動の概観
    2. 120ページ
      2. 土地価格変動のマクロ・モデルによる分析
    3. 123ページ
      3. 金融政策と地下上昇
  9. 128ページ
    1. 128ページ
      1. マネー・サプライの決定メカニズム
    2. 131ページ
      2. マネー・サプライの寄与分解
    3. 136ページ
    4. 139ページ
      4. 景気循環過程における金融政策スタンス
    5. 154ページ
      補論
  10. 156ページ
    1. 159ページ
      1. モデル
    2. 163ページ
      2. 金融政策の伝播過程
    3. 165ページ
      補論
  11. 168ページ
    1. 168ページ
      1. 「プラザ合意」以降の日本経済の概観
    2. 171ページ
      2. 生産および設備投資
    3. 178ページ
      3. 資産価格
    4. 183ページ
      4. マネー・サプライの変動とその原因
    5. 193ページ
      補論 郵貯シフトに関する理論的分析
  12. 204ページ
  13. 220ページ
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