経済分析第138号
医薬品産業における製造物責任、安全規制と研究開発

1995年3月
岡田羊祐
(経済企画庁経済研究所客員研究員、信州大学助教授)
浦島良日留
( 同 委嘱調査員、明治生命保険)
二宗仁史
( 同 委嘱調査員、東洋信託銀行)

(要旨)

本稿の目的は、日本における製造物責任訴訟と安全規制が医薬品の研究開発に如何なる影響を与えてきたかを検討することにある。

日本の医薬品産業の動向と特徴をまとめてみると、以下の5つが重要である。第1に、医薬品産業は極めて研究開発集約的な産業である。第2に、新薬の開発は重要な企業戦略と位置づけられてきたといってよい。第3に、この産業は海外からの技術導入への依存度が比較的高い。第4に、1960年代末から1970年代にかけて、研究開発費や研究本務者数などの研究開発資源に対する新薬承認件数の比率が大幅に低下してきた。第5に、日本ではある年度をもって急激に新薬承認審査が強化されたとは言い難く、医薬品の安全規制は総じて持続的にかつなだらかに強化されてきたといってよい。

以上のような産業特性を踏まえて、日本の医薬品産業における研究開発生産性を、本稿では、研究本務者数に対する新薬承認件数の比率として定義した。この研究開発生産性の低下を説明する要因として、(1)1960年代末から今日に至るまでの日本における持続的な安全規制の強化、および(2)1971年に提起されたスモン訴訟のインパクト、の2つの要因に、本稿では特に注目することとした。

安全規制と製造物責任とは、理論的には安全確保という目的に対して相互補完的な役割を果たしているといえる。すなわち、両者を適切に組み合わせることによって、どちらか一方にのみ依存している状況よりも、より望ましいリスク制御が可能となるのである。

このモデル分析が示唆するように、日本の医薬品産業では、1970年代のスモン訴訟を契機として、従来の安全規制に重心をおいたリスク管理から、訴訟による抑止と安全規制との混合型のリスク管理へと移行したものと解釈できる。この変化は、安全対策費用を含めた研究開発費の増加をもたらし、研究開発生産性の低下を引き起こしたものと推察できる。

この推察の正しさは、実証的に確認できる。実証的に研究開発生産性の決定要因を調べてみると、安全規制の継続的な強化よりも、スモン訴訟を契機とする訴訟リスクの増大の方が、日本の研究開発生産性の低下要因としてより重要であった。また、導入技術に依存しない自主的な研究開発を行なおうとすると、研究開発生産性を上昇させることも確認された。この結論から示唆されるのは、訴訟システムと安全規制との適切な組み合わせを工夫する余地は日本には依然として存在しているということである。


全文の構成(PDF形式、 全1ファイル)

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  2. 2ページ
    (要約)
  3. 3ページ
    コメント
  4. 4ページ
    1.はじめに
  5. 5ページ
    2.医薬品産業の研究開発
    1. 5ページ
      2.1. 研究開発の動向とその特徴
    2. 8ページ
      2.2. 研究開発生産性低下の要因
  6. 9ページ
    3.医薬品産業における安全規制
    1. 9ページ
      3.1. 安全性に対する行政的規制の経緯
    2. 11ページ
      3.2. 安全規制の経済的含意
  7. 12ページ
    4.医薬品における製造物責任訴訟と安全規制との関係
    1. 12ページ
      4.1. 医薬品における製造物責任訴訟
    2. 13ページ
      4.2. 行政的規制と損害賠償責任の望ましいあり方
  8. 18ページ
    5.研究開発への影響
    1. 18ページ
      5.1. これまでの実証研究
    2. 21ページ
      5.2. 推計の方法と結果
  9. 23ページ
    6.おわりに
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