経済分析第139号
第5次版EPA世界経済モデル
-基本構造と乗数分析-

1995年5月
増淵 勝彦
(経済企画庁経済研究所研究官)
若林 芳雄
( 同 総括主任研究官付主査)
今井 玲子
( 同 研究官)
高山 裕一
( 同 委嘱調査員)
岸渕 和也
( 同 委嘱調査員)
山口 芳樹
( 同 委嘱調査員)
玉田 裕之
( 同 委嘱調査員)
浦嶋 良日留
( 同 委嘱調査員)
乃万 一隆
( 同 委嘱調査員)
倉知 靖博
( 同 行政実務研修員)
山岡 博士
( 同 委嘱調査員)
鈴木 俊之
( 同 委嘱調査員)
二宗 仁史
( 同 委嘱調査員)

(要旨)

1.「EPA世界経済モデル」の第5次版への改訂

1)経済研究所では、平成3年に第4次版世界経済モデルを完成させた後、内外においてその活用を図ってきたが、平成5年度より、構造方程式の推計期間を延長した第5次版モデルの作成作業を進め、平成6年末にその作業を終了させた。

2)第5次版モデルの基本的枠組みは従来のものと同様で、9か国(米国、日本、ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、カナダ、オーストラリア、韓国)のモデルと6地域(東・南アジア(日本及び韓国を除く)、西欧(上記4か国を除く)、中南米、中近東、旧ソ連・東欧、その他地域)の輸出入モデルからなり、それらが貿易連関モデル等を通じて相互にリンクしている。

表Aに示したように合計1234本(個)の方程式(うち推計式 322本、定義式 912本)と内生変数、及び 297個の外生変数で構成されている。

9か国のモデルのうち、米国、日本、ドイツ(旧西独)の主要3か国については、多様な政策シミュレーションが可能であるように、中規模モデルとした(例えば日本モデルの方程式は 219本(うち推計式74本、定義式 145本))。一方、他の6か国については作業負担の軽減等のため小規模なモデルとなっているが(推計式は20本弱)、各国間の比較が可能となるよう使用変数等の統一に努めた。

3)第5次版モデルの各方程式の推計期間は原則として1983~92年である(平成3年完成の第4次版モデルは推計期間は79~88年)。推計期間を10年程度に限定したのは、80年代後半以降の経済変動の特性をよりよく反映させるためである。

また、推計期間を延長した時期(89~92年)は、特に我が国において、長期の景気拡大を背景とした資産インフレの昂進とバブルの崩壊に伴う景気後退という、激しい経済変動を経験した時期である。したがって、日本モデルの定式化に当たっては、これらの経済変動をできるだけ反映するように努めた。

2.主要なシミュレーション結果

以下に主要なシミュレーション結果を示す。いずれもモデルの内挿期間である1990年から3年間を対象としている。また、各表の数値は標準ケース(シミュレーション上の追加的な政策等のインパクトを与える以前のケース)の数値からの乖離率あるいは乖離幅を示している。

a.財政政策シミュレーション

ここでは財政政策について、a)代表的な財政政策のケースとして、実質政府支出が標準ケースの実質GDPの1%相当額だけ継続的に増加するケース、及びb)個人所得税が標準ケースに比べて名目GDPの1%相当額だけ継続的に減税されるケース、の2つの財政拡大ケースを想定した。

  • (a) 政府支出拡大の効果
    • ここでは財政政策を、実質政府支出(公的固定資本形成又はそれに相当する項目)が標準ケースの実質GDPの1%に相当する額だけ増加し、それがシミュレーション期間中継続するものと想定した。なお、シミュレーション上、政府支出の財源は公債発行によるものと想定している。また、非借入マネタリーベースを一定と想定しており、金融面からのアコモデーションは行われていない。

米国、日本、ドイツについて財政支出拡大シミュレーションを行った結果は表Bのとおり。

  • i. 自国での効果について、実質GDPへの影響の大きさ(財政乗数)をみると、米国は1.6 ~1.7 (1,2年目の値、以下同様)と比較的大きな値となっており、これは主に米国の国内民間需要の反応が大きいことによる。日本は1.2 ~1.4 と米国よりやや小さく、ドイツは日本とほぼ同水準である。

    ただし、3か国とも(四半期でみれば日本も)3年目には財政乗数は低下しており、為替の増価、金利の上昇、物価の上昇によるクラウディングアウト効果がみられる。

    為替レートへの影響については、ドイツの3年目を除いて増価している。これは、GDPの増加や財政収支の悪化に伴う自国金利上昇による自国通貨の増価効果が、貿易収支の赤字化による減価効果を上回るためである。この自国通貨の増価は純輸出を減少させ、実質GDPの増加を抑制している。

    以上の結果を旧版(第4次版)と比較すると、日本の財政乗数はやや小さくなった。これは、設備投資及び住宅投資の金利弾性値が上昇したために長期金利上昇に伴うクラウディングアウト効果が大きくなったことや、輸入のうち製品輸入の所得弾性値が高まったために拡大した需要のより多くの部分が海外への需要になったこと等による。また、米国の財政乗数もやや小さくなった。これは、円の対ドルレートの金利感応度の上昇を反映してドルの実効レートの増価率が大きくなったために輸出の増加率が低下したことに加えて、巨額な財政赤字の持続を反映して財政拡大時の金利上昇幅が大きくなったために内需のクラウディングアウト効果も大きくなったこと等による。ドイツの財政乗数はやや大きくなった。これは、90年の東西両ドイツの統一に伴う統一ブームにより設備投資、住宅投資の所得弾性値が大きくなったこと等が反映している。

  • ii. 他国への波及効果については、いずれの国の財政政策も、自国の内需の増加と通貨の増価を通じて他国の輸出を増加させ、他国の実質GDPを増加させている。その大きさを日米間で比較すると、米国から日本への影響と日本から米国への影響は大きく異なっている。米国からの影響が大きいのは、米国の経済規模が大きいことの他、日本の財政拡大によるドルの実効レートの減価率に比較して、米国の財政拡大による円の対ドルレートの減価率が大きく(財政拡大時の長期金利の上昇速度の違いを反映)、その分だけ日本の輸出がより促進されていること等による。

    ただし、旧版と比較すると、日米間の経済規模の格差が縮小していることを反映して、相互の影響度の相違も縮小傾向にある。

  • (b) 個人所得税減税の効果
    1. 米国、日本について、個人所得税が標準ケースの名目GDPの1%に相当する額だけ減税され、それが継続するものと想定してシミュレーションを行った結果は表Cのとおりである。財源及び金融政策についての想定は政府支出拡大の場合と同じである。

      実質GDPへの効果(減税乗数)をみると、政府支出拡大の効果と同様に、米国は比較的大きな値をとっている。日本は米国より小さい。

      以上の結果を旧版と比較すると、日本の減税乗数はやや小さくなった。その理由は、財政乗数の場合と同様である。また、米国の減税乗数はやや大きくなった。これは、91年以降の景気回復局面における住宅投資の急速な回復等が反映しているものと考えられる。

b.金融政策シミュレーション

金融政策についても、a)代表的な金融政策のケースとして、名目短期金利が標準ケースに比べて1%ポイントだけ低下し継続するケース、及びb)マネーサプライが標準ケースと比べて最終的に1%だけ継続的に増加するケース、の2つの金融緩和ケースを想定した。

  • (a) 短期金利1%低下の効果
    • 米国、日本、ドイツについて短期金利1%低下シミュレーションを行った結果は表Dのとおりである。ただし、名目金利を固定するこのシミュレーションでは、金利上昇に伴うクラウディングアウト効果が働かないことや、マネーサプライの増加や物価の上昇が持続する傾向があることには注意する必要がある。

  • i. 自国での効果について、実質GDPへの影響(金融乗数)をみると、いずれの国においても金利の低下に伴う内需の増加により増加している。財政政策の場合と異なり、いずれの国においてもシミュレーション期間の3年間では効果の減衰がみられない。また、経常収支への影響は、マネーサプライ増加ケースと同様な結果が得られている。

    旧版と比較すると、日本の金融乗数は大きくなった。これは主として、財政乗数の場合と同様に設備投資及び住宅投資の金利弾性値が高まったためである。また、米国の金融乗数はやや小さくなった。これは、80年代半ば以降の物価の顕著な安定化により、金融緩和時にも実質金利が下がりにくくなったこと等を反映している。

  • ii. 他国への波及効果には、政策国の輸入の増加を通じて他国の輸出、実質GDPを増加させる効果と、政策国通貨の減価を通じて他国の純輸出、実質GDPを減少させる効果(「近隣窮乏化効果」)というプラス、マイナスの両方の効果がある。シミュレーション結果をみると、日本から米国への効果、米国から日本への効果のいずれもマイナスの効果の方が大きい。他方、日本からドイツへの効果は、円・マルク間のレートの変化が実物経済に及ぼす影響が比較的小さいこと等を反映して、プラスとなっている。なお、いずれの場合においても自国通貨の減価を通じて他国の物価へは好影響を与えている。
  • (b) マネーサプライ1%増加の効果
    • 米国、日本、ドイツについて、マネーサプライを1年目の第1四半期より 0.2%づつ累積的に増加させ、2年目以降1%継続的に増加させるシミュレーションを行った結果は表Eのとおりである。

      いずれの国においても金利の低下に伴う内需の増加により、実質GDPは増加している。また自国通貨の減価による純輸出の増加も、実質GDPを増加させている。

      貿易収支への影響については、内需の拡大を通じた赤字効果が自国通貨の減価による黒字効果によって減殺されており、全体としての貿易収支への赤字効果は比較的小さい。経常収支の対名目GDP比は、対外利子支払いの減少を反映して3か国とも上昇している。

      他国への波及効果については、名目短期金利1%低下のケースと同様の結果になっている。

c.為替レート変化シミュレーション

ここでは、各国の通貨が独自の要因により標準ケースに比べて10%減価し、それが継続する場合を想定した。

米国、日本、ドイツについて自国通貨10%減価の自国への効果は表Fのとおりである。 自国通貨の減価は、自国の純輸出の増加とそれに伴う内需の増加を通じて自国の実質GDPを増加させるが、他方、輸入価格の上昇に伴う実質所得の減少は国内需要の増加を抑制する。

貿易収支(対名目GDP比)への影響については、各国とも輸出入の価格弾力性に関するマーシャル・ラーナー条件を満たしていることを反映して、プラス(黒字化)となっている。日本、ドイツに比べて米国の値が小さいことには、米国の標準ケースにおける貿易赤字が大きいことが関係している。

旧版と比較すると、日本ではあまり変化がみられない。他方、米国及びドイツでは、実質GDP及び貿易収支に及ぼす効果が大きくなった。これは、両国経済の輸出入依存度(特に輸出依存度)が傾向的に高まってきていること等を反映しているものと思われる。

d.鉱物性燃料価格上昇シミュレーション

鉱物性燃料価格(石油、石油製品、天然ガス、石炭の価格)が標準ケースに比べて20%上昇し、その水準が継続した場合の影響は表Gのとおりである。

石油消費国側の交易条件の悪化を反映し、いずれの国においても実質GDPが低下している。日本の1年目は例外的に実質GDPが増加しているが、これは、省エネルギー化が進んだ日本の輸出財の価格競争力が相対的に向上することや、産油国が所得増加に伴い輸入を増加させることにより、日本の輸出が増加するためである。

旧版と比較すると、実質GDPへの影響は日本では低下し、米国では上昇した。これは、日本では産業構造の省エネルギー化が進展していること、米国では原油の輸入依存度が高まっていること等を反映しているものと思われる。


表A 第5次版世界経済モデルの構造
表B 財政政策(実質政府支出の実質GDP1%相当額拡大)の効果
表C 財政政策(個人所得の名目GDP1%相当額減税)の自国での効果
表D 金融政策(短期金利1%ポイント低下)の効果
表E 金融政策(マネーサプライ1%増加)の自国での効果
表F 為替レート変化の自国での効果
表G 鉱物性燃料価格上昇の影響

全文の構成(PDF形式、 全4ファイル)

  1. 3ページ
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  2. 10ページ
    ワークショップにおけるコメント
  3. 13ページ
    第1章 第5次版EPA世界経済モデルヘの改訂の経緯
  4. 15ページ
    第2章 世界経済モデルの基本構造
    1. 15ページ
      第1節 中型国別モデル
      1. 15ページ
        1. 中型国別モデルの理論的基本構造
      2. 17ページ
        2. 中型国別モデルの各ブロックの構造
    2. 29ページ
      第2節 小型国別モデル
    3. 33ページ
      第3節 貿易連関モデル・地域モデル
      1. 33ページ
        1. 貿易連関モデル
      2. 34ページ
        2. 地域モデル
  5. 37ページ
    第3章 主要シミュレーションの結果
    1. 37ページ
      第1節 財政政策シミュレーション
      1. 37ページ
        1. シミュレーションの前提
      2. 37ページ
        2. 財政政策の効果
      3. 38ページ
        3. 政府支出拡大の自国での影響
      4. 41ページ
        4. 政府支出拡大の他国への波及効果
      5. 43ページ
        5. 所得税減税の効果
    2. 45ページ
      第2節 金融政策シミュレーション
      1. 45ページ
        1. シミュレーションの前提
      2. 45ページ
        2. 金融緩和の効果
      3. 46ページ
        3. 短期金利1%ポイント低下の自国でり効果
      4. 47ページ
        4. 短期金利1%ポイント低下の他国への波及効果
      5. 49ページ
        5. マネーサプライ増加の効果
    3. 51ページ
      第3節 為替レート変化シミュレーション
      1. 51ページ
        1. シミュレーションの前提
      2. 51ページ
        2. 為替レート変化の効果
    4. 55ページ
      第4節 鉱物性燃料価格上昇シミュレーション
    5. 56ページ
      [乗数分析についての補足]
      1. 56ページ
        1. 米国及び日本の公定歩合引下げの効果
      2. 57ページ
        2. 日本の輸出自主規制の効果
      3. 58ページ
        3. 日本の財政・金融乗数の新旧比較の詳細
      4. 60ページ
        4. 主要3か国のIS-LM曲線の導出
  6. 65ページ
    第4章 残された課題
  7. 67ページ
    (補論1) 経済企画庁のこれまでの計量経済モデルの比較でみた公共投資乗数の変化
  8. 71ページ
    (補論2) 世界経済モデルによる政策シミュレーションの歴史
  9. 75ページ
    1. 83ページ
      1. 9カ国の財政・金融政策の各国への波及効果
    2. 91ページ
      2. 9カ国の財政・金融政策が自国経済変数へ及ぼす影響
    3. 111ページ
      3. 3大国(米・日・独)の財政・金融政策が他の2大国及び世界の主要経済変数へ及ぼす影響
    4. 131ページ
  10. 167ページ
    1. 170ページ
      1. 構造方程式
    2. 186ページ
      2. 定義式
    3. 194ページ
      3. 変数一覧表
  11. 202ページ
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