経済分析第145号
アジア諸国のマクロ経済安定化と金融政策
-日本、韓国、インドネシア、フィリピンのケース-

1996年3月
  • 黒柳 雅明
  • 矢野 順治
  • 中西 泰夫
  • 小松 正昭
  • 二村 香彦
  • 三平 剛

(要約)

研究の問題意識

近年、アジア諸国の急速な経済成長および経済発展が注目されており、実証分析の重要なテーマの一つになっている。多くの分析では人的資本、技術進歩や生産性、高い投資率および貯蓄率といった供給面が重視されているが、このような見方と同時に良好なマクロ経済のパフォーマンスの重要性も注目されている。ここでは、1980年代までのアジア諸国に於けるマクロ経済のパフォーマンスに関し、金融政策がいかなる役割を果たしてきたかということについて時系列分析によって研究した。

研究方法

この研究の対象国は、アジア諸国の中で、日本、韓国、インドネシア、フィリピンという経済発展段階や資源賦存状況の異なる4カ国を取り上げた。ここでは、これらの国々を共通のマクロ経済学の分析手法を用いて金融政策を分析した場合に、どのようなことが共通点であり、また相違点であるかに注目した。そして、これら4カ国の金融政策に関し、(1)金融政策のターゲットを政策反応関数、(2)金融政策が機能する条件を貨幣需要関数、(3)金融政策がマクロ経済に与えた結果をVARモデルを計測することによって分析を行った。

ここでは日本と韓国の計測期間を基本的に為替レート制に基づいて固定相場制である第1期と変動相場制である第2期に分割した。日本では、第1期を1962年第1四半期から1973年第1四半期まで、第2期は1973年第2四半期から1990年第1四半期とし、韓国では同様に1970年第1四半期から1979年第4四半期までを第1期、1980年第1四半期から1990年第1四半期までを第2期に分け、インドネシアでは実質GDPデータの制約によって1976年第1四半期から1983年第4四半期までを第1期、1983年第1四半期から1990年第1四半期までを第2期とした。しかし、フィリピンにおいては、統計上の制約によって1981年第1四半期から1990年第1四半期の1期間の分析となった。

日本、韓国、インドネシア、フィリピンのマクロ経済状況と金融制度の発展

第1章では、この研究の対象期間である1970年代から1980年代にかけての世界経済の動きおよび対象国4カ国のマクロ経済状況と金融の発展状況について簡単にレビューした。この期間の特徴は、1970年代にブレトンウッズ体制の崩壊による国際通貨制度の変動と石油ショックという世界経済の枠組みを変更するような大きな変化があり、1980年代に開発途上国において債務危機が生ずるなど経済の困難に直面したことであった。研究対象国である韓国は1980年代初頭に債務危機に陥る可能性に直面し、また、インドネシアも同様に苦しい状況におかれ、フィリピンは1982年に債務危機に陥った。

しかし、このような苦しい経済状況があったにもかかわらず、これらの諸国は全般的に見れば経済発展を達成し、金融的な深化(Financial Deepening)もとげてきた。また、1980年代に入ってから、各国とも急速に金融自由化が進展し、金融構造が変化してきたことも事実である。

金融政策のターゲット

第2章では、金利または通貨供給量は金融当局がコントロール出来るという強い仮定を置き、「金融政策のターゲット」を政策反応関数の推計によって分析した。さらに金融当局が当期にマクロ経済状況を把握し、1期のラグをおいて政策的な反応を行うことが出来ると仮定した。このような2つの強い仮定を置くことによって、単純な方法で金融政策のターゲットを見ることが可能となった。この結果、日本、韓国の第1期で、国際収支が悪化したり、インフレ的傾向が出てきた場合に金融引締政策がとられるいわゆるストップ・ゴー・ポリシーが行われていたということが示された。しかし、各国とも第2期全体で金融政策の明確な目標が得られなかったのは、ファイナンシャル・イノベーションの影響が強かったことが要因であると思われる。フィリピンでは、ストップ・ゴー・ポリシーが見られるものの、インフレに関しては、追随的あるいは促進的であり、金融政策がシステマティックに行われていなかったことを示している。

ここでの分析の前提は、政策当局は、当期のマクロ経済状況を当期に把握し、次の期にこれに対して対処するというものである。しかし、開発途上国において当局が当期の経済状況を直ちに把握できるのであるかという疑問が生じるため、ラグを増やした政策反応関数の分析も行った。この結果、日本については、深刻な情報認識の問題が存在する可能性は少なかったが、韓国、インドネシア、フィリピンについては、このような問題が存在する可能性が示された。さらに、過去の研究において逐次的分析手法を用いることによって金融政策の目標に関して興味深い結果が得られていることに基づき、本章においても逐次的手法を用いた分析を行った。その結果、いずれの国においても金融政策の目標が変化してきた可能性があるとの結論を得た。特に、インドネシアにおいては、逐次的手法によって金融政策の目標が随時変化しており、第1期および第2期においてストップ・ゴー・ポリシーが見られ、第2期にはインフレ抑制政策も見られることがうかがわれる。

貨幣需要関数による分析

第3章では、貨幣需要関数(M2)を計測し、計測結果が理論的条件と合致し、かつ安定的な貨幣需要が存在することが金融政策が有効に機能する前提条件として考えた。日本においては、貨幣需要関数は第1期は有意性は弱いものの有効であり、変動相場制となった第2期では有意性が強まっている。CHOW TEST、CUMULATIVE SUM TESTによれば1970年代前半に構造的な変化があったと見られる。韓国では、貨幣需要関数は第1期、第2期とも比較的有意であったが、CHOW TESTによれば、1983年に構造的なブレイクが見られる。インドネシアでは、貨幣需要関数の計測は第1期、第2期ともに比較的有意であったが、1982年に構造的なブレイクが見られる。フィリピンにおいては、貨幣需要関数は、通常の金利メカニズムが有効に機能していなかった可能性があることが示された。

近年盛んに議論されている貨幣需要関数のCo-integrationの問題を補論1で取り上げた。良好な結果が得られなかったが、この主たる理由はデータ上の制約であると思われ、今後残された研究課題である。

VARモデルによる分析

第4章では、4変数のVARモデル(金利、マネーサプライ、インフレ率あるいは為替レート、GNP)によって、マクロ経済変数相互間の関係を分析、金融政策による実体経済への影響を検討し、金融政策の効果を分析することとした。ここでは、標準的なVARモデルを用いた分析でよく使われるコレツキー分解(Cholesky Decomposition)による分散分解によって、貨幣が内生変数であるか外生変数であるかを確認し、金融に関連する変数が外生変数であると判断出来、かつ他の変数に影響を与えれば、いわゆるマクロ経済政策として「ファイン・チューニング」が行われたと判断した。

日本においては、第1期に金利と経済成長の間に強い関係が見られ、いわゆるファインチューニング政策が実施されていたのではないか推測される。また第2期でも金利と実質GNP成長率の間に強い関係が見られたが、金利は為替レートおよびマネーサプライによって大きく影響され、変動相場制のもとで金融政策が対外的要因に大きく影響されるようになったと思われる。韓国では、第1期にはマネーサプライと経済成長の間に密接な関係が見られ、第2期でも、マネーサプライは金利に影響を与えることによって経済成長とも関係があったことが示される。インドネシアでは、経済構造上石油の影響が強いため、インフレ率の代りに石油価格を入れたモデルも検討して分析した。この結果、第1期では、石油価格の経済全体に対する影響が強く、金融政策の効果は限定的であったことが示された。しかし、第2期では、石油価格の影響が低下し、金利およびマネーサプライの経済成長への影響が強まり、金融政策の効果が高まってきたことが示された。しかし、フィリピンでは、マネーサプライ、インフレ率が経済成長に影響しているものの、金利は受動的であり、金融政策の影響について明確な結論を得ることが出来なかった。

分析の結論

(1)金融政策の目標

対象国の共有の目標はインフレ抑制が主たるものであったが、日本や韓国の第1期(固定相場期)やフィリピンにおいては景気変動の調整も金融政策の目標であったと見ることも出来る。

(2)金融政策が有効に働く基盤

日本、韓国、インドネシアでは貨幣需要関数は有効に機能し、金融政策が働く条件が整っていたと解釈されるが、フィリピンでは、貨幣需要関数の計測結果から金融政策が有効に働く基盤が無かった可能性がある。

(3)金融政策のマクロ経済に対する影響

日本、韓国において第1期には経済成長に影響があり、インドネシアでは第2期に影響があった。フィリピンでは、金利が他のマクロ経済変数に対し、受動的であったことが示された。また、VARモデルの分析結果から日本、韓国、インドネシアでは第2期においてマクロ経済変数相互間の関係が強まっていることが確認された。

(4)経済発展段階と金融政策

日本、韓国では金融政策の目標、有効性、結果ともある程度明瞭な関係があったが、インドネシア、フィリピンでは上記両国ほど明らかな関連を見いだすことが出来なかった。これは経済発展の程度と金融政策の有効性の間には密接な関係があるのではないかという示唆を与えるものであり、今後研究を深める価値のある課題である。

(5)今後の研究課題

この研究では、いままで開発途上国の経済分析にあまり使われなかった時系列分析の応用によって興味深い分析を行えることが示された。また、マクロ経済政策のもう一つの政策手段である為替レートに関する政策反応関数とVARモデルの分析を補論2で試みとして行った。この結果、為替レート政策の目的は4ヶ国とも経常収支の調整であった。また、VARモデルでは為替レートと景気変動との関連があることが、日本・韓国・インドネシアで見られた。

今後、分析対象国の数を増やすほか、マクロ経済政策のもう一つの重要な要素である財政政策を含め、より総合的な手法によって多くの国の比較研究が行えることが期待される。


全文の構成(PDF形式、 全3ファイル)

  1. 9ページ
    Introduction別ウィンドウで開きます。(PDF形式 458 KB)
  2. 15ページ
    Chapter 1. Macroeconomic and Financial Developments of Japan, Korea, Indonesia and the Philippines
  3. 44ページ
    Chapter 2. On the Objectives of Monetary Policy
  4. 82ページ
  5. 115ページ
    Chapter 4. Results of the Monetary Policies of Four Asian Countries-VAR Analysis
  6. 153ページ
    Conclusion
  7. 161ページ
    References
  8. 180ページ
  9. 197ページ
    Appendix 2.
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