経済分析第149号
わが国経済成長と技術特性

1997年3月
櫻本
(経済企画庁経済研究所客員主任研究官、慶応義塾大学商学部教授)
新保一成
( 同 客員研究員、慶応義塾大学商学部助教授)
幹雄
( 同 部外協力者、東海大学教養学部助手)
貝沼直之
( 同 委嘱調査員、第一生命保険)
平下克己
( 同 委嘱調査員、東海銀行)
浦島良日留
( 同 委嘱調査員、明治生命保険)
二宗仁史
( 同 委嘱調査員、東洋信託銀行)

(要約)

1 研究の目的

本研究の目的は、1960年から1990年までの我が国の経済成長の特性を技術進歩ないしは生産性向上の部門間波及という観点から実証的に明らかにすることである。この課題を取り上げたのは、近年の経済理論、特に経済成長理論の分野における“New Growth Theory"と言われている新たな展開(内生的経済成長理論に代表される)に触発されたことと、我が国経済が石油危機前後を境に転機を迎えて以降の観察事実を加えて従来の分析の成果を再構成することの必要性を感じたためである。本研究の第1の目的は、我が国の産業連関表を用いた産業部門別生産性上昇の測定とその要因分解であり、第2の目的は、個別の産業部門の生産性上昇が産業間の相互依存関係を通じて他の産業部門に与える効果を計測することである。

2 分析上の主な特徴

ア) 産業部門の三角化(Triangularization)

産業連関表において、中間財を生産する産業部門(内生部門)の順序を、加工度の高い製品(最終財)を生産する産業から加工度の低い製品(中間財特に基礎素原材料)を生産する産業の順に再配列すると、最終財は、中間財として他の商品生産に投入されることが少なく、逆に下部の中間素材は、多くの商品生産に中間財として投入されるかわりに、最終財として需要される可能性が少ないことがわかる。つまり、ある産業の生産性上昇効果の産業波及効果は一方方向であり、加工度の高い産業の生産性上昇は、加工度の低い産業に影響を与えないが、逆に、加工度の低い産業の生産性上昇は、加工度の高い産業に影響を与えることがわかる。

イ) 商品の相互依存関係における特性

商品の配列を三角化により再配列するといくつかのブロックに分けることができる。そのブロック相互の中間投入はある種の独立性をもっていることが確認される(ブロック独立性)。ここでは、12の大ブロックに統合される50の商品ブロックに分割することができた(表5)。また、12の大ブロック及び50の小ブロック間に、その中間投入の構造を通じて、ヒエラルキーの成り立つことを確認できる(ブロック間逐次性)。さらに、各ブロック内では、三角化の順序に従って、下部の商品から上部の商品にブロック内での逐次性が観察される(ブロック内逐次性)。

ウ) 技術進歩率の測定

技術進歩率を全要素生産性(Total Factor Productivity)の成長率と定義し、1960年から1990年で、50部門のTFPを計測した。

3 分析結果

ア) 我が国経済の成長要因の特性(1960年から1985年)

  • 資本投入の成長への貢献が最も大きく、資本投入の伸び率は産出の伸び率を上回っていた。
  • 労働投入の成長への貢献は13%程度であり、年率1.7%程度の平均伸び率を示している。それは、マン・アワーベースの労働力人口の伸び約年率1.0%程度と労働の質の伸びとに分解される。
  • 技術進歩は、年率2.2%程度の平均伸び率を示しており、成長に対する寄与も33%程度と大きい。1975年以降の伸び率の下降は著しく、低成長の一つの要因となっている。

イ) 技術進歩ないしは生産性向上の静学的スピルオーバー効果

ある産業の産出財の価格上昇率は、投入要素のウェイトとその要素の価格上昇率の総和から当該産業の技術進歩率を差し引いたものになっている。すなわち、

ある産業の産出財の価格上昇率を導く算式
ある産業の産出財の価格上昇率=各投入財のウェイト×それぞれの価格上昇率
+労働投入のウェイト×賃金上昇率
+資本投入のウェイト×資本価格上昇率
-技術進歩率

である。ある産業の産出財は他の産業の投入財になっていることから、この関係を用いてある産業における技術進歩が最終的にどのように他の産業の産出財の価格低下に寄与したかを明らかにすることができる。ここでは、この効果のことを静学的スピルオーバー効果と呼んでいる。

  1. 1.鉱物原料部門(h1)の生産性向上
    1. 一次金属工業ブロック(D)、とりわけ粗鋼(d2)、フェロアロイ(d4)や非鉄金属製品部門(d5)に直接的影響を及ぼし、間接的には,より上部の最終財ブロックである自動車工業(b2)、一般機械(b3)、電気機械(b4)や電子機械装置部門(b5)にも影響を与えている。
  2. 2.窯業・土石原料部門(h2)の生産性上昇
    1. 窯業・土石製品(F)や建設業部門(A)の生産コスト削減に寄与しており、特に窯業・土石製品や建設業ブロック自身の生産性が悪化している期間においてさえ、コスト削減に大きな影響を及ぼして、悪化の影響を相殺している。
  3. 3.農業生産物(h3)や畜産生産物部門(h5)
    1. 生産性は必ずしも向上していない。これらの部門の生産性の悪化は、明らかにその上部に位置する商品群の生産コストに悪影響を及ぼしている。特に、その他製造業製品(c1)、食料製品(E)やゴム・皮革製品部門(g4)への影響が大きい。
  4. 4.天然繊維原料部門(h6)
    1. 1970-75年の期間を除く1960-85年の生産性の悪化の影響は、その上部の最終財商品、特に衣服製品(g1)や繊維製品(天然繊維)部門(g2)などのコスト削減には良い影響を与えていない。
  5. 5.木製品原料部門(h7)
    1. 生産性の成長率は1965-80年の期間負の値をとっており、その系統の上部商品、特に紙・パルプ製品(g5)、合板(c2)や建設業部門(A)には影響が大きい。
  6. 6.石炭鉱業部門(h8)の生産性上昇(1970年以前)
    1. その上部商品への影響を大きくしている。特に一次金属工業ブロック(D)、粗鋼部門(d2)の生産性の改善を通じた機械工業ブロック(B)の生産性向上に寄与するところが大きい。
  7. 7.石油製品・天然ガス部門(h9)の生産性変化
    1. 第2次エネルギー製品ブロック(I)を通じてほとんどの商品部門の生産性に波及している。
  8. 8.電力・ガス部門(i1)
    1. 生産性は1970年以来悪化の方向にあるが、他商品への影響は比較的軽微である。
  9. 9.石油精製製品部門(i2)
    1. 生産性は1970年以来向上に転じ、その影響が全商品に及んでいる。

ウ) 静学的スピルオーバー効果と産業構造変化との関係(第6節)

静学的スピルオーバー効果は、素原材料系統間の資源配分の変化を通じて我が国の産業構造変化(第5節)と密接な関係をもっている。歴史的に、自財部門の生産性が向上している部門、そしてそれが素原材料系統を通じて波及する上部商品部門の価格低下に寄与した部門への資源配分の拡大がみられる。1960年から1985年に掛けて、生産性の上昇した鉱物原料部門(h1)や第2次エネルギーブロック(I)の系統に属する産業部門の拡大は著しく、それに対して生産性の改善されなかった農業生産物(h3)、漁業生産物(h4)、畜産生産物(h5)や天然繊維原料(h6)の素原材料部門の系統に属する産業ブロックの衰退が浸透してきている。このような形で、生産効率の劣等な部門から、優等な部門への資源配分の変化がスムーズに行なわれたことを窺い知ることができる。

エ) 生産性波及の動学的スピルオーバー効果(第7節)(表15-17)

静学的スピルオーバー効果は、技術連鎖の上部にある最終財、とりわけ投資財の価格を低下させる。ここでは、静学的スピルオーバー効果を通じた投資財価格の低下が資本サービス価格を低下させ、結果として他の部門の産出財の価格を低下させる効果のことを動学的スピルオーバー効果と呼んでいる。一方で、各生産部門の雇用係数や資本係数の変化の動向に注目してみると、すべての部門で雇用係数が急激に低下し、労働生産性が向上している一方で、資本係数は、一部の部門では低下傾向にあるものの、ほとんどの部門では上昇傾向にある。この傾向は、高度経済成長期においてはとりわけ顕著である。

  • 1) 1960年代から70年代初めまで
    • 高度経済成長期においては、中間素材としての一次金属工業ブロック(D)の生産性上昇が投資財の価格低下に結びついて、それが資本サービス価格を相対的に割安とし、片方で労働サービス価格の上昇があって、資本・労働の要素相対価格の変化を大きくする構造をもっていたことが確かめられる。いわば、内生的な資本蓄積が、外生的な技術進歩の進展によって増幅されるメカニズムをもっていたことになる。クルーグマンの主張するように、我が国の経済発展が事後的には、現在の東南アジア諸国の発展と同様に資本蓄積の成長への貢献が大きく測定されるにもかかわらず、その成長要因が枯渇せずに、持続的発展を可能ならしめたメカニズムがそこにあったものと理解することができる。もう一つの要素は、エネルギー投入の波及効果である。エネルギー価格の安定的であった1960年代から石油危機までの期間は、その部門の生産性上昇の他部門への波及程度はそれほど大きくなく、変化も少なかったにも関わらず、価格上昇に転じた1970年代後半から80年代初めまでの期間では、第2次エネルギー製品ブロック(I)の生産性上昇は他の部門に波及する度合が急激に拡大しているのである。エネルギー生産性の各部門での向上がエネルギー価格の上昇を相殺する効果をそこではもっていたことになる。
  • 2) 1980年代以降
    • しかし、これらの構造的要因が、1980年代に入って、とりわけ1985年以降急速に変化し、その構造的アドヴァンティッジを失いつつある。産業平均で一次金属工業ブロック(D)の動学的スピルオーバー効果は、1960-65年の0.5261%から、1985-90年には、0.2172%まで半減している。また、素原材料ブロック(H)のそれも0.3079%から0.0828%へ、第2次エネルギー製品ブロック(I)のそれも0.1348%から0.1244%へと低下している。資本蓄積の価格効果からくるインセンティヴが産業の構造的要因から枯渇してくるという姿がみられ、90年代に入ってからの設備投資の低迷の一つの要因として指摘することができる。

オ) コンピューター部門(b5)のスピルオーバー効果(第7節)(表19)

1960年以来連続的に生産性が向上している部門は、機械工業ブロック(B)に多い。中でもコンピューター部門(b5)の生産性向上は近年特に著しく、上で述べた構造的波及のこの部門の特性を更に増幅する形で、各部門の静学的、動学的コスト削減に寄与している。コンピューター部門の生産性上昇率は、1960年からの5年おきで、それぞれ年率6.1817%、2.1687%、1.2742%、6.0535%、0.7910%、4.5262%となっている。静学的スピルオーバー効果は、産業平均で、1960年から、各5年間平均で、0.0833%、0.0431%、0.0091%、0.0922%、0.0447%、0.1658%となっており、近年のコンピューター部門も生産性上昇と波及効果の拡大を示している。1985年以降、各部門への静学的スピルオーバー効果と動学的スピルオーバー効果との差異が拡大しており、コンピューター部門の投資財としての役割が急速に拡大していることを読み取ることができる。ここでいうスピルオーバー効果とは、静学的なものにしろ、動学的なものにしろ、内生的経済成長理論(第3節)が問題としている市場の失敗をもたらすような経済の外部性のことを指しているのではなく、あくまでも価格メカニズムに基づいて生産性波及の効率化を促進するように産業構造の変化をもたらす効果のことを指している。


全文の構成(PDF形式、 全5ファイル)

  1. 2ページ
    (要約)別ウィンドウで開きます。(PDF形式 359 KB)
  2. 6ページ
    1 はじめに
    1. 6ページ
      1. 1問題の所在と本書の構成
    2. 9ページ
      1. 2日本経済の成長の軌跡
  3. 11ページ
    2 成長要因の分解
    1. 11ページ
      2. 1集計レベル純産出指数の算定
    2. 14ページ
      2. 2労働・資本の集計指数の算定
    3. 15ページ
      2. 3技術進歩率の集計指数
    4. 18ページ
      2. 4日本経済の成長の要因分解
  4. 24ページ
    3 経済成長理論の展望
    1. 24ページ
      3. 1新古典派成長モデル-ソロー・モデル
      1. 24ページ
        3. 1. 1新古典派的生産関数
      2. 25ページ
        3. 1. 2ソローの新古典派成長モデル
    2. 27ページ
      3. 2稲田条件と内生的成長
    3. 30ページ
      3. 3外部性と内生的成長
      1. 33ページ
        3. 3. 1ソロー・モデルと内生的成長
      2. 35ページ
        3. 3. 2最適成長モデルと内生的成長-資本蓄積のスピルオーバー効果
  5. 42ページ
    4 静学的スピルオーバー効果と技術特性
    1. 42ページ
      4. 1静学的スピルオーバー
    2. 43ページ
      4. 2技術連関構造と三角化
    3. 48ページ
      4. 3生産性波及構造の分析枠組み
  6. 51ページ
    1. 51ページ
      5. 1わが国産業構造の変化とスカイライン図
    2. 54ページ
      5. 2素原材料系統の生産性1%の変化とその部門間波及効果
  7. 61ページ
    1. 61ページ
      6. 1各産業部門の生産性変化と主な特徴(1960-85)
    2. 63ページ
      6. 2素原材料系統の生産性変化と実測によるその直後・間接コスト削減効果(基準年構造)
    3. 69ページ
      6. 3構造調整と生産効率効果
  8. 70ページ
    図表別ウィンドウで開きます。(PDF形式 91 KB)
  9. 74ページ
    1. 74ページ
      7. 1動学的スピルオーバー
    2. 74ページ
      7. 2動学的生産性波及の分析枠組み
    3. 76ページ
      7. 3動学的スピルオーバー効果の測定
  10. 90ページ
    8 おわりに
  11. 96ページ
    ワークショップにおけるコメント
  12. 97ページ
    Abstract
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)