経済分析第152号
The present and future National Medical Expenditure in Japan
(国民医療費の現状と将来)

1997年9月
  • 鴇田 忠彦(経済企画庁経済研究所客員主任研究官、一橋大学経済学部教授)
  • 知野 哲朗( 同 客員研究員、東京学芸大学教育学部助教授)

( 要旨 )

I 国民医療費の将来推計

問題

急速な高齢社会の進行は,老人医療費を中心に国民医療費を増加させ,現行医療制度の抜本的な改革を焦眉のものとする。そこで,医療制度改革を検討する前提として,患者を世代別かつ入院および外来別に分類して,2025年までの国民医療費の将来推計を試みる。(データの制約のため,厚生省の国民医療費から歯科診療,薬局調剤医療費,老人保健施設療養費および老人訪問看護医療費を除いている。このため,1993年では厚生省の国民医療費24兆円に対して小論で定義される国民医療費は21兆円である。)次に,この医療需要に対応して,それを充足すべき病床数や医師数などの医療資源の供給的側面を考察する。

モデル

国民医療費を,以下のように3つの要因に分解し,さらに4つの仮定(ケース1~4)に従って,時系列的に将来推計を行う。

(国民医療費)=(患者受療率)×(患者1人当たり医療費)×(人口)

仮定

  1. 患者受療率と患者1人当たり医療費の将来については,以下の4つのケースを想定。
    ケース1 受療率・一人当たり医療費ともに1993年の水準に止まる。
    ケース2 受療率は1993年水準,一人当たり医療費は過去のトレンドで増加する。
    ケース3 受療率は過去10年の平均,一人当たり医療費は1993年の水準に止まる。
    ケース4 受療率は過去10年の平均,一人当たり医療費は過去のトレンドで増加する。
  2. 人口は「日本の将来推計人口(平成9年1月推計)」(国立社会保障・人口問題研究所)による中位推計を使用。
  3. 患者1人あたりに必要な将来の医療資源は,1993年水準に止まるとする。

結果(図1-1表1-11-2a1-2b

  1. 国民医療費は2025年まで平均年率2.8%で上昇,同年には1990年価格で約50兆円と推計(ケース4)。
  2. 65歳以上の入院医療費は平均年率4.0%,外来は4.1%とその上昇が顕著(ケース4)。
  3. 高齢化による人口構成の変化だけで平均して年率0.8%国民医療費は増加(ケース1)。この数値は先進国では異例に高く,日本の高齢社会の急速な進行を意味する。
  4. 70歳以上の高齢者比率が22%に達する2025年では,高齢者医療費は国民医療費の59%である。その内訳は病院45%,診療所14%で,特に病院の入院医療費は30%となる。
  5. 2025年に病床数は病院で43%,診療所で56%増加することが必要となり,医師数は現在の23万人から29万人が必要となるが,医師が70歳まで働くとすれば,2025年には現行の医師養成体制のままでは過剰となる。

政策的含意

  1. 急速な高齢社会の進行の下で,上記の予測期間の日本の経済成長は一般に鈍化すると予想される。そのことは,ケース4で患者1人当たり医療費の増加率を低下させ るかもしれないが,国民医療費の対国民所得の比率を相当程度高める。
  2. 前項と関連して,マクロレベルにおいても,国民医療費の上昇は医療への資源のより大きな配分とその負担など,多様かつ深刻な問題 を提起する。
  3. 1993年の患者1人当たりに必要な医療資源を所与とすれば,国民医療費が老人医療を中心に増大するとともに,病床数などの増加が急 務となる。その際に介護と医療の連携によって,質が高くかつ効率的な医療の提供を図ることが望まれる。

II 医療費の世代間の負担

問題

日本の医療制度は,年金と共に世代間の相互扶助システムであるが,少子・高齢社会の進行は,Iによれば現役世代にどの程度の負担を強いるものになるだろうか。

モデル

現役世代を15歳から64歳までの生産年齢人口,被扶養世代を65歳以上の高齢者および14歳までの子供から構成される従属人口として,現役世代の医療費負担を考察する。
θt≡(国民医療費)/(生産年齢人口(15~64))
=(生産年齢人口の医療費+従属人口(0~14および65~)の医療費)/(生産年齢人口)
=(生産年齢人口の医療費)/(生産年齢人口)+(従属人口の医療費)/(生産年齢人口)
≡θ1,t+θ2,t

仮定

老人医療費における高齢者の実際の負担は約4%相当の自己負担分の他に,各保険者の拠出金のうち彼ら自身が支払った保険料,及び公費負担分のうち彼らが収めた税額の総計である。しかしここでの試算はこれらの高齢者負担はないという単純なケースを想定している。

結果(表2-1

現役世代(15~64歳)の負担する医療費は現在1人当たり年間23万円(自身に12万円,被扶養世代に11万円),2025年には全体で69万円(同じく22万円+46万円)で約3倍となり,被扶養世代に対する負担は約4倍となる(ケース4)。仮に,1人当たり医療費が93年水準で止まれば,現役世代の負担は約1.5倍となる(ケース1)。

政策的含意

  1. 少子・高齢社会の進行は,医療や年金などの世代間の扶助システムを,その根幹から揺るがすことになる。現役世代1人当たりの被扶養世代に対する医療費の負担は 約4倍になると推定され,抜本的な改革なしに制度の存続は困難だろう。
  2. 前項の状況から,制度の存続のためには,例えば老人医療費の定率制の導入など高齢者の応分の負担は避けられない。

III 都道府県別医療費の現状

問題

都道府県別の1人当たりの医療費は,「西高東低」と呼ばれ,国民健康保険給付に係る高齢者の入院医療費上位5県(北海道,高知,福岡,熊本,長崎)と下位5県(長野,山形,千葉,栃木,宮城)の比は平均して約2.1倍である。そこで,都道府県別の1人当たり医療費の差異を,一人当たり所得,医師数,病床数,CTスキャナーの設置数,ICUの病床数などで説明を試みる。

モデル

都道府県別の被保険者1人当たり医療費M ijを,入院と外来及び高齢者(70歳以上および65歳以上の寝たきり老人)と非高齢者に分類し,クロス・セクションでの回帰分析を行う。

lnM ij=c+α1lnX ij,1+α2lnX ij,2…+DUM ij+μij

ここでX ijは以下の独立変数であり,i は高齢者/非高齢者,j は入院/外来を示し,μijは誤差項である。また,cは定数項である。

独立変数 (比率以外は特記のない限り都道府県人口1000人当たりに基準化)

回帰分析に用いる独立変数の一覧
NPI都道府県別1人当たり所得[千円]DOC医師数
CTCTスキャナー設置数ICU集中治療室及び冠動脈治療室の病床数
BED医療機関の総病床数BED2BEDより老人病院病床を除いた総数
PUBBED公的病院病床のシェア[%] PUBMED総数に占める公的医療機関のシェア[%]
SUB老人保健施設及び特別擁護老人ホーム入所者数SNH特別養護老人ホームのベッド数
POP6070歳未満人口に占める60代人口比率[%] DUMダミー変数(東京は1,他は0)

結果1(表3-1

都道府県別1人当たり医療費のバラツキを示す変動係数の値は,高齢・非高齢を問わず入院の値が高い。また入院医療費の差異は,1人当たり医療費や1件当たりの治療日数よりも,1000人あたり受診件数の差異による。この傾向は,91年から93年までの3年間(実際は80年代以降)ほぼ安定している。

結果2(表3-23-3

  1. 都道府県別1人当たり所得は,高齢・非高齢や入院・外来を問わず,概ね有意である。その係数の推定値は医療支出の所得弾力性を示すが,値は0.5前後で医療サー ビスは「奢侈財」ではなく,従来の時系列データによる1を超える結果と対照的である。
  2. 人口当たり医師数の係数の推定値は,高齢・非高齢共に外来医療費で有意で,入院医療費では有意でない。
  3. 人口あたり病床数の係数の推定値は,高齢・非高齢共に入院医療費では有意性が高く,頑健である。また外来医療費では係数は負であ り,入院サービスとは代替的と解釈される。医師数と病床数が有意なことは,医師誘発需要の理論と整合する。
  4. 医療のハイテク化の代理変数であるICUは,高齢者入院で有意だが非高齢者では有意でなく,CTは高齢・非高齢の外来でほぼ有意であ る。
  5. 人口構成の高齢化の代理変数である70歳未満人口に占める60代のシェアは,非高齢者医療費の入院・外来共に有意である。

政策的含意

  1. 高齢者入院の場合に,上位5県と下位5県の1人当たり医療費の平均値は,2倍以上の差があり,かつ双方の道県の高齢者の健康状態に有意な差異は報告されていな い。従って,患者の健康を低下させずに上位の道県の医療費を抑制する余地があると考えられる。
  2. これらの差異は病床数や医師数に依存し,地域ごとの病床を規制する地域医療計画は,病床数などのコントロールを通じて医療費の抑 制に貢献するといえる。
  3. ICUの設置やCTスキャナーの普及などの医療のハイテク化が,医療費の差異に有意に影響しており,これらの設置を医療機関の機能分 化などで調整することが望ましい。

図 1-1: 年齢階層・入院/外来別国民医療費の将来推計

図 1-1: 年齢階層・入院/外来別国民医療費の将来推計

注:推計値はケース4の場合。*は 1993年の実績値。

出典:厚生省(1997)「日本の将来人口推計(平成9年1月推計)」,厚生省「患者調査」,厚生省「国民医療費」

表1-1: 国民医療費(実績)の年平均増加率
表1-2a: 将来の必要医療施設数
表1-2b: 将来の必要医療数
表2-1: 現役世代への負担推計(ケース4)
表3-1: 一人当たり医療費の構成要素(1993)
表3-2: 入院患者の医療費関数の係数推計値(1993)
表3-3: 外来患者の医療費関数の係数推計値(1993)

全文の構成(PDF形式、 全1ファイル)

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 305 KB)
  2. 3ページ
    (要旨)(Summary in Japanese)
  3. 13ページ
    Preface
  4. 15ページ
    Chapter1 The estimation of National Medical Expenditure in Japan
    1. 17ページ
      Introduction
    2. 18ページ
      I National Medical Expenditure(NME)and its estimation
      1. 18ページ
        1)Definition of NME
      2. 19ページ
        2)Models and key issues
    3. 20ページ
      II Estimations and the empirical results:Model I
      1. 20ページ
        1)Model I
      2. 20ページ
        2)Some assumptions and cases
      3. 21ページ
        3)Empirical results and discussions
    4. 28ページ
      III Estimations and the empirical results:Model II
      1. 28ページ
        1)Model II
      2. 29ページ
        2)Empirical results and implications
    5. 33ページ
      IV Conclusion and Policy Implication
    6. 34ページ
      Notes
    7. 38ページ
      Appendix
  5. 43ページ
    Chapter2 The determinants of medical expenditure across prefectures in Japan
    1. 45ページ
      Introduction
    2. 45ページ
      I Differences in medical expenditure across prefectures
      1. 46ページ
        1)Date characteristics and key issues
      2. 48ページ
        2)Variations in the components of medical expenditure
    3. 50ページ
      II Model
      1. 50ページ
        1)Analytical framework
      2. 51ページ
        2)Independent variables
    4. 54ページ
      III Empirical Results
    5. 57ページ
      IV Conclusion and Policy Implication
    6. 58ページ
      Notes
    7. 62ページ
      Appendix Tables
  6. 67ページ
    Concluding Remarks
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    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
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