経済分析第154号
環境問題への計量経済学的接近

1997年11月
植田和弘
(経済企画庁経済研究所客員主任研究官、京都大学大学院経済学研究科教授)
吉岡完治
( 同 客員研究員、慶応義塾大学産業研究所教授)
稲田義久
( 同 客員研究員、甲南大学経済学部教授)
藤川清史
( 同 客員研究員、甲南大学経済学部教授)
横山
( 同 客員研究員、中央大学総合政策学部教授)
幹雄
( 同 部外協力者、東海大学教養学部助手)
斎藤哲夫
( 同 総括主任研究官)
小野
( 同 主任研究官)
川島
( 同 総括主任研究官付主査)
山岸祐一
( 同 研究官)
鈴木俊之
( 同 委嘱調査員)
中山博喜
( 同 委嘱調査員)
室田弘壽
( 同 委嘱調査員)
足立直己
( 同 委嘱調査員)

(要旨)

第1部 「中国の経済成長とエネルギー・環境問題の分析-マクロ計量モデルと産業連関モデルの接合による分析-」

(1)問題意識

  • エネルギー需要抑制と(地球温暖化を含めた)大気汚染の制御は現在の世界経済にとっての最大課題の一つであろう。
  • 特に発展途上の国・地域では経済成長を急ぐあまりに、自然環境への配慮を欠いた工業開発や天然エネルギー開発を進めがちであり、皮肉なことに、経済成長がかえって国民の経済厚生を悪化させるかもしれないというジレンマに陥いる場合がある。
  • そうしたジレンマからの脱却のために、先進国からの省エネルギー技術や環境汚染物質除去の技術が移転されつつあるが、そうした技術移転の有効性を知るためには技術導入国側の技術構造についての一定の理解が必要だと考えられる。
  • 第1章では、対象地域を中国を中心に置き、改革開放政策が採られた後の1980年代以降について、産業構造の変化がエネルギー需要や二酸化炭素の排出量変化とどのように関係しているかを検討し、日本から中国への技術の移転が中国の環境問題の解決、特に二酸化炭素排出量の削減にどの程度寄与するかの可能性を検討した。
  • 以上のような歴史的な産業構造に基づく分析に加え、将来の産業別二酸化炭素排出量を予測することは重要な課題となろう。成長著しい中国経済の将来を予測するためには、動学的なマクロモデルを用いた分析が有効である。
  • 第2章では、できるだけ最新のデータを使った中国マクロ計量モデルを開発し、そのモデルの予測解に基づいて、中国での二酸化炭素排出量を予測した。

(2) 産業構造の日中比較

・日本と中国の産業構造の変化の比較 (産業連関分析の応用)

表1は、産業構造の変化(各産業の生産シェアの変化)の要因を、消費、投資、在庫変動、純輸出といった需要要因と中間投入構造(技術要因)に分解した結果である。数値がプラスの場合は産業の拡大を促進した要因、マイナスの場合は衰退させた要因と読み、その合計はゼロになるように調整したもの。

日本の1970年代は以降の産業構造変化は、重厚長大・エネルギー多消費産業の衰退し、成長産業は電気機械および輸送機械産業へサービス産業集中へ集中する。こうした変化の中で、原燃料投入量および素材産業からの投入量が大きく減少するという生産の省エネルギー化・スリム化が起こっている(中間需要の効果はマイナス)。

一方、中国の産業構造の変化については、中国の1980年代は重化学工業化の進行段階である。中国での重工業部門の拡大の主要因になっているのは技術変化の効果であった(中間需要の効果はプラス)。技術変化効果の大きさは、国内での迂回生産の複雑化・高度化を示す指標として解釈できるのだが、見方を変えれば、環境に対する負荷は全体として強まっていることになる。

参考として、日本と中国の産業構造格差の要因を同様に手法で検討した。中国では中間需要部分が日本に比較して非常に大きい。環境問題を緩和するためには生産効率の改善が必要であることが改めて確認された。

(3) 技術移転と二酸化炭素の排出量

日本の1990年での二酸化炭素排出量は333(炭素換算 100万トン) (表2)

表2は日本の1990年での二酸化炭素の産業別排出量をその起源別に示したもの。

産業別では、サービスが最も多く、ついで建設業、化学製品の順で、この3産業で総排出量の半分以上を占める。

中国の1992年での二酸化炭素排出量は730(炭素換算 100万トン) (表3)

中国での二酸化炭素の排出量は1990年の日本と比較して倍以上である。そのうち石炭消費量によって説明されるものがその8割弱を占める。建設業の活動により排出される二酸化炭素排出量は全体の約30%、最終消費とサービス産業からの排出量も多い。

技術移転による二酸化炭素削減効果は大きい (表4)

最も極端なケースとして、日本の投入産出構造がそっくりそのまま中国に移転された場合を考えた。その場合、中国の二酸化炭素排出量は半減あるいはそれ以下になる。先進国からの技術移転は、エネルギー効率の改善にきわめて有効である。

(4) 中国のマクロ計量モデル

・本稿で提示される中国マクロ計量モデルは、これまでに開発されてきたモデルの問題点を克服すべく作成されたものである。その主な特徴としては以下の通り。

  • (a) 中国の国民所得統計がMPS体系からSNA体系への移行途上にあるなかで、可能な限りSNAに基づく構想のもとで作成されていること、
  • (b) 近年の中国の経済発展の原動力が非国有経済単位にあることに注目し、その生産および雇用の決定に市場要因をできるだけ取り込んでいること、
  • (c) 今後、経済のマクロ・コントロールの重要性が高まることを先取りして、財政・金融ブロックの充実が図られていること、
  • (d) 中国における直接投資の流入の役割が重視されていること、が挙げられる。

・中国の経済成長は年率約 10%が見込まれる。

  • このモデルを用いて、中国の経済成長予測を基礎に(技術変化がないという想定で)二酸化炭素排出量を試算すれば、1992年の734(炭素換算 100万トン)に対し、2000年では1667(炭素換算 100万トン)となる。
  • さらに、最終需要の構造が日本的(具体的には食料等のウエイトの低下、機械製品のウエイトの増加)に変化する事を織り込んだ場合には、排出量はさらに増加する (図1)。

表1 産業構造の変化の要因
表2 1990年日本二酸化炭素排出量
表3 1992年中国二酸化炭素排出量
表4 中国(1992年)に日本(1990年)の投入構造を移植した場合の二酸化炭素排出削減量
図1 中国の二酸化炭素排出量予測

第2部 「環境分析用産業連関表の活用」

(1) 研究の目的

  • 我々が生産し消費するさまざまな財貨・サービスからまわりまわって発生した環境負荷がいったいどれくらいあるのか、という課題に答えるためには産業連関表オープン・モデルで比較的精度高い計算が可能である。しかし、産業構造を変えて環境負荷を下げるためにどのようにすればよいのかといった計算には、通常の産業連関表オ-プン・モデルでは不適切な場合が多い。各種の生産工程は、通常の産業連関表で前提とする1コモディティ-・1アクテビティ-ではなく、副産物・廃棄物を含めたマルチプロダクトのケ-スが多いからである。また生産工程に投入される各種エネルギ-についても、通常の産業連関表で前提とする補完ではなく、エネルギ-間代替の余地が十分にあるケ-スがある。このような課題に答えるため我々は最もハンディ-な、したがって実用可能なモデルを産業連関表オ-プン・モデルから拡張した。

(2) シナリオ・レオンティエフ逆行列の応用

  • 我が国の経済活動から排出されるCO2総排出量は年間10~15億トン(CO2換算値)である。そのうち、主要固定発生源をみると電力産業が全体の25%、鉄鋼産業が10%、セメント産業が7%程度を排出しており、この3つの産業からの排出が圧倒的に上位をしめている。従って、これら3つの産業がCO2負荷を改善するかが重要になる。またこれら3つの産業は不思議と相互にからみあっている。第1にセメント、鉄鋼産業からの余熱、副生ガスは発電のためのエネルギ-として利用できる。また第2に石炭火力発電の副産物であるフライアッシュ、鉄鋼産業の高炉スラグをセメントの原料としてうまく利用すれば、焼成工程を経ないでセメントが生産できるので、セメント産業のCO2排出を大幅に下げることになる。また鉄のリサイクルを考えると、鉄くずから粗鋼を生産するためには電気炉を使用するが、そのために電力需要が拡大する。このような具合で電力、鉄鋼、セメントの3つの産業は互いに副産物・くずを利用しあっているのである。我々はシナリオ・レオンティエフ逆行列の構想をこれら3つの産業に応用し、高炉スラグ、フライアッシュ、鉄くずの利用率を変化させた場合にト-タルでみて、どれくらいのCO2排出量、1次エネルギ-消費量を減少させるのかシミュレ-ションを行う。

(3) 結論

  • a. 鉄くず、高炉スラグ、フライアッシュの有効利用を単独に行った場合、我が国のCO2総排出量、1次エネルギー総消費量がどう変化するかをシミュレーションした結果は次の表のように整理される。
表1:各シミュレーションのCO2排出量、1次エネルギー消費量減少率
CO2排出量減少率1次エネルギー消費量減少率
(1)高炉スラグをフルに利用0.71%0.20%
(2)フライアッシュをフルに利用0.07%0.02%
(3)電気炉の粗鋼生産シェアを51%に変更1.95%2.28%
(4)市中鉄くずを25%投入する転炉のシェアを20%に変更0.77%0.91%
(5)合計=(1)+(2)+(3)2.73%2.50%
(6)合計=(1)+(2)+(4)1.55%1.13%
  • b. 鉄くず、高炉スラグ、フライアッシュの有効利用を同時に行った場合
    • 1.高炉スラグとフライアッシュをフルに利用し、電気炉の粗鋼生産シェアを1990年時点の31%から51%に変更するとCO2排出量が2.43%減少し、1次エネルギ-消費量は2.42%減少する。
    • 2.高炉スラグとフライアッシュをフルに利用し、市中鉄くずを25%投入する転炉の粗鋼生産シェアを1990年時点の0%から20%に変更するとCO2排出量が1.47%減少し、1次エネルギ-消費量は1.11%減少する。

となった。単独で有効利用を行った場合の減少率の合計と、同時に有効利用を行った場合の減少率を比較すると、後者の方が小さいことに注目されたい。この原因は、例えば鉄くずを利用すると銑鉄の生産が減少し、その結果として高炉ガス、高炉スラグの発生量が減少することが起きているからである。このように個別対策を同時に実施したときには産業間の波及を通じて思いがけないことが起こるのであり、シナリオ・レオンティエフ逆行列によってこのような計算が可能になったのである。

  • c. 有効利用を行った場合の住宅建築(非木造)の最終需要1単位あたりのCO2排出量、1次エネルギ-消費量に対する効果想定は、(1)既存の転炉鋼(転炉鋼a)と電気炉鋼の比率が、1990年時点の現実値では69:31であるのを、50:50になることを想定する。(2)高炉スラグ利用率が、1990年時点の現実値では59%であるのを100%にする。(3)フライアッシュ利用率が、1990年時点の現実値では6%であるのを100%にする。このシミュレ-ションの結果は次のとおりである。
    • 1.住宅建築(非木造)の最終需要百万円あたりCO2排出量は'90年現実値にもとづく場合では2.9(トン/百万円)、有効利用を行った場合は2.8(トン/百円)であり、0.1(トン/百万円)減少する。
    • 2.住宅建築(非木造)の最終需要百万円あたり1次エネルギ-消費量は'90年現実値にもとづく場合では8.7(106kcal/百万円)、有効利用を行った場合では8.3(106kcal/百万円)であり、0.5(106kcal/百万円)減少する。

このように副産物・廃棄物の有効利用を行った場合に、個別の財貨・サ-ビスの1単位あたりCO2排出量、1次エネルギ-消費量についても計算することが可能である。


全文の構成(PDF形式、 全4ファイル)

  1. 3ページ
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  2. (第1部)中国の経済成長とエネルギー・環境問題の分析-マクロ計量モデルと産業連関モデルの接合による分析-
  3. 10ページ
    第1章 中国の産業構造とエネルギー・環境問題
    1. 10ページ
      第1節 はじめに
    2. 10ページ
      第2節 中国のエネルギー問題概説
    3. 13ページ
      第3節 本稿での産業連関分析モデル
      1. 13ページ
        3-1 産業構造変化の要因分析モデル
      2. 15ページ
        3-2 二酸化炭素発生量計算モデル
    4. 17ページ
      第4節 産業構造変化の要因分析-日本の経験と中国の現状-
      1. 17ページ
        4-1 日本の産業構造の変化とその要因
      2. 19ページ
        4-2 中国産業構造の変化とその要因
      3. 21ページ
        4-3 中国の二酸化炭素排出構造の変化とその要因
      4. 23ページ
        4-4 日本と中国の産業構造の格差とその要因
    5. 26ページ
      第5節 日中の産業別二酸化炭素排出量
      1. 26ページ
        5-1 日本の産業別二酸化炭素排出量
      2. 28ページ
        5-2 中国の産業別二酸化炭素排出量
      3. 29ページ
        5-3 二酸化炭素排出量の削減と技術移転
    6. 32ページ
      第6節 まとめ
    7. 34ページ
      付表 産業統合表
  4. 40ページ
    1. 40ページ
      第1節 はじめに
    2. 40ページ
      第2節 中国経済の計量モデル:簡単なレビュー
    3. 41ページ
      第3節 中国経済の計量モデルの概要
      1. 41ページ
        3-1 モデル開発上の基本原則
      2. 42ページ
        3-2 モデルの概要
    4. 59ページ
      第4節 若干のシミュレーション分析
    5. 60ページ
      第5節 環境問題への応用
    6. 62ページ
      第6節 おわりに
    7. 64ページ
    8. 74ページ
      付表2 方程式・変数リスト
  5. 88ページ
    第1章 はじめに
  6. 90ページ
    第2章 シナリオ・レオンテイエフ逆行列の考え方
    1. 90ページ
      2-1 いくつかのアクティビティが共通の生産物を作る例示
    2. 96ページ
      2-2 1つのアクティビティがいくつかの生産物を作る例示(副産物、主産物が完全補完で作られるケース)
    3. 99ページ
      2-3 [2-2]のケースが進み,余剰ストックを利用し主産物に換えていくアクティビティが現存する場合の例示
    4. 103ページ
      2-4 多数の生産物が,ある生産アクティビティでは代替的に使えるが,別の生産アクティビティでは補完的になる場合の例示
  7. 107ページ
    第3章 シナリオ・レオンティエフ逆行列の応用例
    1. 107ページ
      3-1 鉄鋼,セメント,電力のシミュレーション
    2. 107ページ
      3-2 鉄鋼,セメント,電力産業のプロダクト・マテリアル・フローとCO2負荷
    3. 110ページ
      3-3 シミュレーション用産業連関表
    4. 113ページ
      3-4 モデル
    5. 125ページ
      3-5 シミュレーション結果
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
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