経済分析第155号
高齢化社会の労働市場における高齢者の能力活用に関する研究

1997年12月
清家
(経済企画庁経済研究所客員主任研究官、慶応義塾大学商学部教授)
早見
( 同 前客員研究員、慶応義塾大学産業研究所助教授)
阿部正浩
( 同 客員研究員、財団法人電力中央研究所主任研究員)
雅彦
( 同 前研究官、現総合計画局副計画官)
山田篤裕
( 同 部外協力者、国立社会保障人口問題研究所研究員)
一瀬
( 同 前委嘱調査員、東邦生命保険相互会社)
中島正人
( 同 委嘱調査員、株式会社富士銀行)

(要旨)

1〕研究の目的

高齢者の就業・雇用を促進することは、これからの二一世紀の日本の社会活力を維持するために不可欠なことである。とりわけ大切なのは、高度な仕事能力(人的資本)を持った高齢者の能力をできるだけ活かすということである。高度な仕事能力をもった高齢者の活用を阻害するような制度・慣行は早急に改善しなくてはならない。

2〕研究プロジェクトの構成

研究はメンバーの共同作業によった。分析の内容は大きく四つに分けられ、それぞれ一人ないし複数の主担当研究員をおき、研究の進捗に応じて主任研究官である清家および他のメンバーとの討議・修正を経て、最終的には四本の論文にまとめられている。それらは相互に次に述べるような関係にある。

第一の研究は、現在の定年年齢である60歳以降の高齢者の能力を活用しようというとき、公的年金制度や定年退職制度といった公的、準公的な制度がどれだけ妨げになるかの分析である。これに対して第二の研究は、定年前中高年期の労働移動による人的資源の損失に焦点をあてている。そして第三の研究は、移動プロセスの人的資本損失を分析している。最後に第四の研究では、これら第一から第三の研究とはすこし視点を変えて、規制緩和等による企業形態の変化は、高齢者の能力活用という点でどのようなインパクトをもたらすかを考察する。

3〕定年退職制度と厚生年金制度の人的資本損失にあたえる影響

高い仕事能力(人的資本)をもった高齢者ほど定年経験を持ちやすくまた多額の年金を受給するため、定年退職制度や厚生年金制度(共済年金を含む)が高齢者の人的資本の活用を阻害しやすい。こうした観点からここでは次の三つの作業仮説を吟味する。

[作業仮説1]

厚生年金を受給して引退生活にある高齢者、あるいは定年退職を経験して引退生活にある高齢者は、そうでない高齢者に比べて高い人的資本をもっている。

[作業仮説2]

厚生年金を受給することや定年退職の経験は、働く高齢者の人的資本の活用度を減らす。

[作業仮説3]

厚生年金を受給することや定年退職を経験することは、実際に働く場合の賃金を低下させ、人的資本投資からの収益を減らすという意味でも人的資本の活用を減じる。

これらの作業仮説を検証するために、ここでは関連する変数値の分布の観察というノンパラメトリックな方法と、いくつかの推計手法を用いたパラメトリックな計量分析を行う。利用したデータは労働省『高年齢者就業等実態調査』である。

上述の作業仮説は次に示す発見事実によって支持された。

  1. 公的年金を受給したり定年退職を経験して引退している高齢者の稼得可能賃金の分布は、公的年金を受給せずにあるいは定年退職を経験せずに働いてる高齢者のそれよりも高い水準にある。(図1-2)

  2. 引退している高齢者中で、高い人的資本をもっているひとほど、公的年金を受給したり定年退職を経験している確率も高い。(表1-4)

  3. 公的年金を受給したり定年退職を経験して働き続けている高齢労働者の労働供給時間は、公的年金を受給していない高齢労働者や定年退職を経験していない高齢労働者よりも短く、また55歳当時と同一職種で働く確率も公的年金受給者や定年退職経験者のほうが低い。

  4. 労働供給時間や55歳当時と同一職種で働く確率を説明する関数に含めた、公的年金を受給していることや定年退職を経験していることを表すダミー変数の係数は統計的に有意に負の値をとって計測される。(図1-6)

  5. スウィッチングリグレッションモデルにおけるスウィッチ関数に含まれる公的年金受給や定年退職経験を表すダミー変数の係数は統計的に有意に負の値をとって計測され、第2グループの賃金関数における人的資本変数の係数は、多くの場合第1グループの賃金関数におけるそれよりも小さな値に計測されている。(表1-7)

以上の実証結果から得られる政策的イムプリケーションは次のようなことである。まず公的年金制度については、現在の厚生年金や共済年金はその適用範囲や給付水準が現役時代の職業経歴、従って人的資本の蓄積状況とリンクして決まるようになっている。われわれはこのリンクを断ちきり、公的年金制度によってわざわざ高い人的資本の活用が妨げられないようにしなくてはならない。そのためには、厚生年金や共済年金の報酬比例部分について掛金建ての完全積立て方式とし、積立て額について個人の選択を認めるようにすべきである。また、定年制については定年を無くすか、すくなくとも将来厚生年金の支給開始年齢となる65歳までに引き上げる必要がある。

4〕年齢・勤続年数と人的資本の損失

ここでは次の二つの作業仮説を吟味する。

[作業仮説1]
労働者はそれまで蓄積してきた企業内での技術・技能が多いほど転職を避ける傾向にあり、一般には企業内での技術・技能と高い相関を持つ勤続年数と転職確率は負の相関をもつ。
[作業仮説2]
転職の成功する確率はそれまで積み重ねてきた技術・技能の一般的有用性と正相関するので、一般性の少ない企業特殊的な技術・技能と相関を持つ勤続年数と転職成功確率は負の相関を持つ。(表2―1) ここでは、総務庁『就業構造基本調査』のマイクロデータにより離(転)職確率や転職成功確率をプロビットモデルによって計測した。分析の結果次のような結果を得た。
  1. 高齢で長期勤続者ほど離(転)職確率は低い。(図2-5-1図2-6-1)

  2. 高齢で長期勤続者ほど転職成功確率は低い。(図2-5-1図2-6-1)

こうした結果は、離(転)職確率も転職成功確率も低い中高年・長期勤続者の増えるこれからは、産業部門間の労働移動が減り労働力再分配機能を阻害する一方で、失業確率も高まることを示唆する。これに対して職業紹介機能や能力再開発の充実など、中途採用による労働力再配分がスムーズに行われるような施策を必要とする。

5〕労働移動・失業期間と労働者属性

ここでは次の二つの作業仮説を吟味する。

[作業仮説1]
所属産業の特殊な技能や知識の蓄積が、異なる産業への移動にともなう失業期間を長くする。
[作業仮説2]
失業期間の長さには労働力の属性も影響する。

こうした作業仮説を、失業期間についての計量分析によって吟味する。データは個人の失業期間について調べている総務庁『労働力調査特別調査』のマイクロデータである。

分析の結果は次のようにまとめられる。

  1. 労働移動の多くは同一産業内で発生し、また他産業への移動でも、関連の深い産業への移動になりやすい。

  2. 産業内移動では9割近くが一年以内に再雇用されるのに産業間移動では2割に留まる。

  3. 失業期間は産業内移動の場合は年齢とともに短期化し50歳台以降長期化する一方、産業間移動の場合は一貫して年齢と共に長期化する。

  4. 一年を超える失業確率は、産業間移動、男性、中・高年、有配偶、本人都合退職であるほど上昇する。

産業構造の変化等による産業横断的な労働移動は失業期間の長期化というかたちで人的資源のロスを深刻化させるので、これに対する労働市場の情報機能、能力再開発機能向上にむけた政策が必要である。また年齢という労働者にとって選択不可能な用件が失業期間の長期化と正の相関をもっていることは、年齢に依存した雇用制度を維持する限り失業にともなう社会的ロスを増大させるので、できるだけ年齢中立的な雇用制度への変革が必要と思われる。

6〕企業形態の変化と高齢者雇用

この分析では性・年齢別の労働需要関数を推計する。

この分析の第一の特徴は、総務庁『事業所統計』をベースに、通産省『商業統計』と労働省『賃金構造基本調査』をマッチングさせた商業についての事業所別マイクロデータセットを作成したことである。このデータを使って、労働銘柄別の労働需要関数を計測し、事業の規模、多角化などの企業形態の変化によってどのような銘柄の労働力が需要されるようになるかを確認することである。

計測の結果は次のようにまとめられる。

  1. 商業部門全体でみて、労働固定性という面では、高齢労働者はとくに固定的とはいえない。

  2. 小売り業では生産規模の拡大につれて若年女性比率が高まり、経営の多角化につれて高齢男性比率が高くなる。

  3. 卸売業では生産規模の拡大につれて若年労働者比率が高まり、経営の多角化につれて男性比率が高まる。

規制緩和・市場開放などの企業経営環境の変化は高齢者雇用にどのような影響をもたらすかをここでは商業を例にとってみた。かりに大規模小売店舗にかんする規制緩和で事業所規模拡大があれば、商業部門においては、女性のウエイト増というかたちの労働需要構造の変化になる。しかし規制緩和によって経営の多角化も促進されるとすると、それは相対的には高齢の男性への労働需要を増やすかたちになるものと考えられる。


図1-2 公的年金受給の有無と稼得可能賃金の分布(男性60~69歳)
〔表1-4〕公的年金を受給したり定年退職を経験して引退している高齢者の特性についての計測結果
図1-6 公的年金受給・定年経験の有無と55歳当時と同一職種で働く高齢者の比率
〔表1-7〕実際に受けとる賃金額にかんするスウィッチングリグレッションの計測結果
図2-5-1 前年雇用就業していた人の失業確率(男子)
図2-6-1 離職した人の失業確率(男子)

全文の構成(PDF形式、 全6ファイル)

  1. 3ページ
    はじめに別ウィンドウで開きます。(PDF形式 350 KB)
  2. (第一研究)定年退職制度と厚生年金制度の人的資源損失にあたえる影響
  3. 9ページ
    要旨
  4. 10ページ
    1.序論
  5. 11ページ
    2.高齢者の退職パターンと記述的な分析
  6. 13ページ
    3.分析枠組
  7. 17ページ
    4.実証分析の結果
  8. 21ページ
    5.留保条件
  9. 22ページ
    6.結論
  10. 49ページ
    要旨
  11. 50ページ
    1.序論
  12. 52ページ
    2.理論模型と作業仮説
    1. 52ページ
      2.1 分析の動機
    2. 54ページ
      2.2 理論模型
    3. 56ページ
      2.3 作業仮説
  13. 57ページ
    3.推定結果
    1. 57ページ
      3.1 データ
    2. 58ページ
      3.2 離転職確率関数の推定結果
    3. 61ページ
      3.3 労働力化継続確率関数の推定結果
    4. 63ページ
      3.4 転職成功確率関数の推定結果
    5. 64ページ
      3.5 シミュレーション
  14. 66ページ
    4.まとめと今後の課題
  15. 83ページ
    付録別ウィンドウで開きます。(PDF形式 492 KB)
  16. 89ページ
    要旨
  17. 90ページ
    1.序論
  18. 90ページ
    2.失業期間分析の先行例
  19. 92ページ
    3.利用する統計とその特性について
  20. 93ページ
    4.移動の分析
  21. 95ページ
    5.失業期間分析
    1. 95ページ
      5.1 産業内移動と産業間移動の失業期間比較
    2. 95ページ
      5.2 労働者の属性をコントロールする
  22. 98ページ
    6.計量分析
    1. 99ページ
      6.1 労働力調査特別調査による分析-推定結果の考察(その1)
    2. 100ページ
      6.2 労働力調査特別調査による分析-推定結果の考察(その2)
  23. 100ページ
    7.分析のまとめ
  24. 114ページ
    図表別ウィンドウで開きます。(PDF形式 328 KB)
  25. 125ページ
    要旨
  26. 126ページ
    1.序論
  27. 128ページ
    2.データの作成方法
  28. 129ページ
    3.労働需要の概念と定式化
    1. 131ページ
      3.1 労働需要の静学理論-これまでの分析の簡単な展望-
  29. 137ページ
    4.年齢・性別労働需要の新しい定式化
    1. 138ページ
      4.1 計量分析のためのモデルの一般的な解説
    2. 143ページ
      4.2 計測された方程式の詳細
  30. 149ページ
    5.計測結果
    1. 149ページ
      5.1 データと変数
    2. 150ページ
      5.2 計測方法と結果
    3. 152ページ
      5.3 パラメター・コンステレーション(星座)と雇用のフレキシビリテ
  31. 155ページ
    6.労働需要の相転移
    1. 155ページ
      6.1 生産水準と労働需要の構造
    2. 156ページ
      6.2 小売業の売場面積、副収入と労働需要の構造
  32. 156ページ
    7.結論
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