経済分析第158号
The Determinants of the Location of Foreign Direct Investment by
Japanese Small and Medium-sized Enterprises
(日本の中小企業による海外直接投資の立地決定要因)

1999年5月
浦田秀次郎
(早稲田大学社会科学部教授、前経済企画庁経済研究所客員主任研究官)
河井啓希
(慶応義塾大学経済学部助教授)

(要旨)

1.背景

アジア経済は、97年夏以降の通貨・金融危機で大きな打撃を受けている。これまでアジアの経済発展を主導してきた海外直接投資には、アジア経済を再活性化し、中長期的に持続的な成長を可能とするために、重要な役割を果たすことが期待されている。

本論文は、我が国の中小企業における海外直接投資の立地決定要因について検討すべく第1回及び第2回シンポジウムにおいて提出された論文をベースに、本プロジェクトの集大成として取りまとめられたものである。

なお、国際シンポジウムに提出された他の論文の概要等については、経済企画庁経済研究所編「エコノミック・リサーチNo.5」を参照されたい。

2.論文の概要

(問題意識)

中小企業は大企業に比べて対外直接投資(FDI)を行う上で資金や人的資源の制約があるが、途上国にとっては裾野産業発展を目的とした中小企業のFDIの誘致が課題となっている。この論文では、日本からのFDI件数のうち約半分(40~60%)を占める中小企業のFDIについて、投資の動機や直面する問題等の点において大企業の投資行動との違いをアンケート調査の結果を用いて把握した後、投資立地選択の決定要因を統計的手法により明らかにする。

(分析手法)

投資の決定要因には投資先国・地域の経済状況や投資企業の属性など様々な要因がある。本論文では、日本企業による対外直接投資の立地選択の決定要因を条件付きロジットモデルを用いて分析した。日本からの対外直接投資先としての重要性とデータ・アベイラビリティを考慮し、投資先の選択肢は117ヶ国として、繊維・一般機械・電子電機・輸送機械の4産業について分析を行った。統計分析では、被説明変数としては投資の有無を表す投資件数を用い、説明変数としては被投資国・地域の属性を表す諸変数を用いた。具体的には、為替レート・現地労働者の賃金(以上、価格競争力の変数)・GDP(市場規模)・CPI・中等教育の就学率(教育水準)・電力供給能力(インフラ)・過去における日本からの直接投資累計件数(集積の利益)・現地政府統治能力変数(政府の契約否認・土地収用の危険性・汚職・法慣習・官僚の質)を説明変数とした。本分析の主要なテーマが投資決定における大企業と中小企業の違いを検討することであることから、企業規模ダミー変数などを用いて投資決定における企業規模の影響を検証した。

(結論)

分析結果からは、日本企業が直接投資の立地先を決定する場合に、現地の供給および需要要因が重要であることが明らかになった。具体的には、供給面では、低賃金労働力、整備されたインフラ、産業集積、現地政府の統治能力、需要面では大きな販売市場の存在が日本企業の直接投資の重要な決定因であった。また、安定的なマクロ経済環境も日本の直接投資を引き付けるための重要な要因であることが認められた。中小企業は直接投資を行う際に、大企業よりも、低賃金労働力の利用可能性、インフラの整備状況、産業の集積度といった現地の状況に感応的である。これは、中小企業の方が大企業よりも資金や人的資源の制約があり、かつ企業全体の生産に占める海外生産の比率が大きいためであると考えられる。

中小企業の直接投資を受け入れることにより、発展途上国では企業家精神が高められ、「適正な」技術が移転されるとともに、未熟練労働者に就業機会が与えられることで所得分配の改善も促される。したがって、途上国の政策担当者は、安定的かつ好ましい企業環境を醸成することにより、外国の中小企業を誘致しなければならない。

3.補足資料

(1)直接投資受入の意義

直接投資の受入れは、受入国にとって、1)生産能力の拡大に利用可能な資金の移転、2)経済成長に重要な役割を果たす技術や経営ノウハウの移転、3)輸出入の拡大に資する販売や調達のための様々なネットワークへの参入等、経済成長を促進するための様々な利点がある。

加えて、中小企業の直接投資の受入れには、特に、1)受入国の裾野産業である部品・組立産業の発展を促す、2)労働集約的技術の利用により経験や教育の限られた現地の人々に仕事と収入をもたらすことを通じた所得分配の改善により受入国の経済成長に貢献する、といった追加的な利点がある。

(2)本ペーパーの目的、特徴、意義

本ペーパーの目的は、日本企業による直接投資の立地選択における決定要因を明らかにすることである。具体的には、どのような属性を持った国が日本企業の直接投資を誘致する可能性が高いかということを分析する。中小企業は、大企業と比べて、資金や人的資源に関してより制約が厳しいことから、直接投資の決定において現地の状況に対し、より感応的であると思われるが、従来、企業規模を明示的に考慮に入れて、投資の決定要因を分析した研究はなかった。分析から得られる結果は、直接投資の誘致に関心を持つ発展途上諸国の政策担当者だけではなく、発展途上国に援助を供与する先進諸国の政策担当者に対して有意義な示唆を提供すると思われる。

(3)本ペーパーの2つの分析方法と3つの視点

本ペーパーでは、1)直接投資の動機や直接投資に当たって直面する困難についてのアンケート調査の分析、2)投資立地選択の決定要因の統計的手法による分析、の2つのアプローチを採用した。

また、その際に、

  • a. 企業規模(大企業or中小企業)
  • b. 産業別(統計的分析については繊維、一般機械、電子電気、輸送機械の4産業について)
  • c. 投資の相手国別(先進国、途上国、アジア)

の3つの視点に着目することにより、特に、アジアをはじめとする途上国が、裾野産業育成や雇用の確保のためにも重要な中小企業の直接投資を呼び込むための方策を検討した。

(4)日本企業による直接投資の最近の傾向

(概況)

我が国の直接投資件数のうち、おおむね半分は中小企業によるものである。全産業ベースの傾向と同様、中小企業の直接投資は、80年代後半に急速に増加し、88年にピークに達したあと、急速に減少した。減少は92年まで続いたが、以降横ばいで推移している。 80年代後半の直接投資急増の最も重要なマクロ経済的要因は、80年代後半の急激な円高の進行であり、その他の理由には、バブルによる旺盛な投資資金の存在と賃金の高騰等がある。逆に、90年代初頭の減少は、主にバブルの崩壊と、円安によるものである。尚、90年代半ばの一時的な回復は、円高によるものである。

(地域別の動向)

地域別には、日本の中小企業直接投資は、80年代前半にはその約半分が北米に向かったが、後半にはアジアのシェアが増加しだした。

アジアの中では、80年代までは、直接投資促進政策によりNISs諸国が投資を引き付け、88年にはピークに達した。その後、NIEs諸国は賃金上昇と現地通貨の増価によりコスト優位性を失いはじめ、日本の投資は貿易と投資の自由化が行われたASEAN諸国へとシフトした。中国への直接投資も90年以降伸びている。さらに、近年、非常に小さな規模ではあるが、ベトナム等、その他のアジア諸国への直接投資が増え始めている。

(分野別の動向)

日本の中小企業直接投資の分野別動向では、非製造業から製造業への顕著なシフトがあり、製造業の占めるシェアは80年の約30%から、90年代半ばには70%程度にまで増加した。製造業の中では、とりわけ繊維産業と機械産業の直接投資が活発であった。こうした分野へのシフトは、円の増価のなかで、世界市場における競争力を確保することが、日本企業の直接投資の大きな目的となったからである。なお、アジア向け投資についてみると、全世界向けと比較して、特に製造業のシェアが大きい。

(5)アジアにおける日本の直接投資の動機

1992年通産省調査(アンケート調査)から日本の中小企業による直接投資の動機をみると、

  • a. 最も重要な動機は現地労働力の利用であること(中小企業78.6%、大企業46.1%であり、中小企業にとって特に重要)
  • b. 現地販売の重要性は中小企業では大企業と比べて低いこと(中小企業37.8%、大企業64.0%)
  • c. 日本への製品輸出を目的とするものは中小企業で相対的に多いこと(中小企業37.8%、大企業13.1%)、第三国への輸出(中小企業22.4%、大企業24.7%)を含めて全体としてみると、概して、中小企業の直接投資の輸出志向が高いこと

等がわかる。

ここから、日本の中小企業の直接投資が、国内の労働力不足と高賃金への対応として、現地の低賃金労働を利用した製品を輸出すべく行われたことがわかる。こうした直接投資パターンは、彼らが下請けネットワークや系列の一員として行動していたことの証左ともいえる。

(6)アジアで日本企業が直面する問題

アンケートで示された殆ど全ての項目について、中小企業の方が大企業よりも問題だとしている。これは、中小企業のほうが大企業と比べて、資金的、人的制約が厳しいこと、また、海外営業の重要性が相対的により高いことによるものだと考えられる。

大企業の方がより多く問題だとした項目は、唯一、現地市場の競争の厳しさである。これは、大企業の主な直接投資動機が現地販売であることと整合的である。

一方、中小企業では、熟練労働力の不足を問題とする企業が最も多く、次に、裾野産業の未発達を指摘する企業が多い。更に、不十分なインフラと高インフレ等が続いている。

(7)日本の中小企業の直接投資立地決定要因に関する分析結果

(表:日本企業の直接投資の立地決定要因(1980-94年)推計結果抜粋 参照)

以上を踏まえ、日本企業による対外直接投資の立地選択の決定要因を分析した。なお、投資先の選択肢は117ヶ国、産業としては、繊維、一般機械、電子電機、輸送機械の4産業である。さらに中小企業ダミー(Dsm)を導入した(中小企業の方が受入国の状況に感応的だと考えられるため、中小企業の方が係数の絶対値は基本的に大きい筈。ただし、GDPについては、大企業でより大きいことが想定される)。

分析した4分野のうち、最も投資件数の多い電子電機産業について分析結果をみてみると、

  • a. 為替レートの水準の直接投資への影響は明確でないが、一方で、為替レートの変動が大きいことは直接投資に明確にネガティブな影響を与えている
  • b. 現地の賃金水準が低いほうが投資を引き付ける
  • c. インフラ整備の代理変数としての電力供給能力、日本の直接投資の累積件数、現地政府統治能力の高さは全て投資促進的に働いている
  • d. 消費者物価は有意ではない
  • e. 熟練労働力の代理変数としての中等教育就学率は先進国でのみ有意であること

等の結果となった。

中小企業は大企業と比べて、途上国やアジア向けの投資においては、特に現地の賃金、インフラや累積投資件数に関してより敏感であることがわかった。

また、地域別の係数を比較すると、現地賃金や電力供給能力、累積直投件数、現地政府統治能力指数等の係数が、途上国やアジアにおいて先進国より高くなっている

(8)政策インプリケーション

分析結果からは、日本企業が直接投資の立地先を決定する場合に、供給面では、低賃金労働、整備されたインフラ、産業集積、現地政府の統治能力、需要面では大きな販売市場の存在が日本企業の直接投資を引きつけるために重要な要因であることが認められた。

さらに、中小企業の直接投資を引きつけるためには、特に、大企業よりも、低賃金の労働力の利用可能性、インフラの整備状況、産業の集積度といった現地の状況に感応的である。これは、中小企業のほうが大企業よりも資金や人的資源に制約があり、かつ、企業全体の生産に占める海外生産の比率が大きいためだと考えられる。

外国の中小企業を誘致することで経済発展を促進させるためには、途上国の政策担当者だけではなく途上国の発展を支援する先進国や援助機関の政策担当者は、上記に挙げた要件を満たすことで企業にとって安定的かつ好ましい環境を醸成するような政策を立案し、実施しなければならない。


日本企業の直接投資の立地決定要因(1980-94年)推計結果抜粋 電子電気産業

全文の構成

  1. 全文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 416 KB)
  2. 3ページ
    Abstract
  3. 4ページ
    1. Introduction
  4. 5ページ
    2. Recent Trends of Foreign Direct Investment by Japanes SMEs
    1. 5ページ
      1. Rapid Expansion in the 1980s and Subsequent Slowdown in the 1990s
    2. 7ページ
      2. Foreign Direct Investment in Asia by Japanese SMEs
  5. 10ページ
    3. Motives Behind Japanese FDI in Asia
  6. 12ページ
    4. The Problems Encountered by Japanese Firms in Asia
  7. 14ページ
    5. The Determinants of FDI Locations by Japanese SMEs
    1. 14ページ
      1. Previous Studies
    2. 15ページ
      2. The Model and the Hypotheses on the Determinants of FDI Location
    3. 19ページ
      3. Empirical Results: An Application of the Conditional Logit Model
  8. 21ページ
    6. Conclusions
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