経済分析第162号
日銀の金融調節とコールレート 他

平成12年11月

<分析1>

細野 薫
(経済企画庁経済研究所部外協力者、名古屋市立大学助教授)
杉原 茂
(同 主任研究官)
三平 剛
(同 研究官)

<分析2>

杉原 茂
(経済企画庁経済研究所主任研究官)
三平 剛
(同 研究官)
高橋 吾行
(同 委嘱調査員、朝日生命保険相互会社)
武田 光滋
(同 委嘱調査員、東京海上火災保険株式会社)

<分析1> 日銀の金融調節とコールレート

( 要旨 )

1.目的

日銀の金融調節がコールレートに及ぼす効果を計測する。具体的には、次の諸点を明らかにする。

  • (1) 準備預金の供給はどの程度コールレートを低下させるか。
  • (2) ゼロ金利下で、準備供給量を増やすことは可能か(「量的緩和」)。
  • (3) 日銀のコールレートの誘導目標は、どの程度有効か。
  • (4) 同じ準備供給量であっても、「朝方の積み上幅」のような政策スタンスを示すと受け取られてきた量的指標の動向や、国債買入オペなどの金融調節手段の違いによって、金利への効果は変わり得るか。
  • (5) 日銀の金融調節は、翌日物コールレートだけではなく、ターム物金利(1週間物コールレート及び1ヶ月物コールレート)にまで影響を及ぼし得るか。

2.方法

コールレートと準備預金に対する需要の関係を表す準備預金需要関数を推計することによって、準備預金供給等がコールレートに与える影響を検討する。

3.推計結果

  • (1) 1994年8月から99年12月までの推計期間において、準備預金供給1%(約350億円)の増加は翌日物コールレートを約0.09ベーシス・ポイント低下させる(第6表)。
  • (2) 期間を分けて推計すると、こうした流動性効果が特に明確にみられたのは、97年11月から99年2月までの金融危機の時期である(第7表)。
  • (3) ゼロ金利近傍において、準備預金需要が大幅に拡大するのは、翌日物コールレートが0.01%を下回って以降であり、コールレートがそれより高いと準備預金需要の拡大には自ずと限界がある(第32図)。
  • (4) 翌日物コールレートに対する準備預金供給以外の影響をみると、
    • a. 誘導レートは、翌日物コールレートに影響を及ぼす(第6表、第7表)。
    • b. 朝方の積み上幅は、金融危機時においてのみ翌日物コールレートに影響を及ぼしていた(第12表、第13表)。
    • c. 個別のオペ手段については、国債買入オペと日銀貸出(オペ手段として使われていた時期に限る)が翌日物コールレートに影響を与えていたが、それ以外のオペ手段では、明確な影響は見られない(第14表)。
  • (5) ターム物金利(1週間物コールレート及び1ヶ月物コールレート)に対しては、
    • a. 日々の準備預金残高は影響を及ぼさない(第16表)。
    • b. 誘導レートは影響を及ぼす(第16表)。
    • c. 朝方の積み上幅は、金融危機時にのみ1週間物コールレートに対して影響あり(第17表)。
    • d. 個別のオペ手段については、国債買切りオペと日銀貸出(オペ手段として使われていた時期に限る)が1週間物コールレートに対して影響を与えていたが、それ以外のオペ手段は、明確な影響は見られない(第18表)。
    • e. 1か月物コールレートに対しては、「朝方の積み上幅」も国債買入オペも明確な影響を与えるとはみられない(第19表)。

4.まとめ

  • (1) 金融システム不安など、流動性需要が高まっている時期には、日銀は準備預金供給を通じて翌日物コールレートに影響を及ぼすことが可能。
  • (2) しかし、それ以外の時期については、準備預金供給は翌日物コールレートに明確な影響を与えておらず、日銀は誘導レートを通じて翌日物コールレートに影響を与えている。このように誘導レートが有効である背景には、翌日物コールレートを誘導レートの水準に誘導するために必要な準備預金を日銀が供給するであろうという市場の信認があると考えられる。
  • (3) 翌日物コールレートがゼロ近傍になっても、準備預金供給の拡大には限度がある。したがって、「量的緩和」は実際上は限界がある。
  • (4) 日々の準備預金供給はターム物金利に影響を及ぼさない。
  • (5) 誘導レートはターム物金利に対しても影響を与える。誘導レート(その他、中期的な政策スタンス)を明確にすることがターム物金利に影響を及ぼすためには重要。
  • (6) 朝方の積み上幅や国債買入オペは、比較的短期のターム物金利には影響を及ぼすが、より長期のターム物金利に明確な影響を及ぼすものではない。

全文の構成(PDF形式、 全3ファイル)

  1. 5ページ
    要約別ウィンドウで開きます。(PDF形式 194 KB)
    1. 11ページ
      第1節 日銀の金融調節のプロセス
    2. 11ページ
      1.コール市場と日銀の金融調節
    3. 13ページ
      2.日銀の金融調節と準備預金供給
    4. 14ページ
      3.金融調節の実際
    5. 19ページ
      4.個別のオペ手段
  2. 22ページ
    第2節 準備預金需要関数の導出
    1. 22ページ
      1.銀行の準備預金需要
    2. 25ページ
      2.銀行の最適化行動と準備預金需要関数
    3. 29ページ
      3.市場均衡
  3. 30ページ
    第3節 準備需要曲線の推計
    1. 30ページ
      1.推計のフレームワーク
    2. 31ページ
      2.データ
    3. 32ページ
      3.操作変数の選定
    4. 32ページ
      4.準備需要関数の推計
    5. 34ページ
      5.構造変化と推計期間の分割
  4. 37ページ
    第4節 ゼロ金利と準備預金需要の飽和
  5. 41ページ
    第5節 日銀の政策スタンスとコールレート
    1. 41ページ
      1.朝方の積み上幅の影響
    2. 44ページ
      2.オペ手段とコールレートへの影響
    3. 48ページ
      3.金融調節とターム物金利
  6. 51ページ
    第6節 結語
  7. 55ページ
    参考文献別ウィンドウで開きます。(PDF形式 393 KB)
  8. 56ページ
    表及び図別ウィンドウで開きます。(PDF形式 436 KB)
  9. 110ページ
    ワークショップの概要

<分析2>金融政策の波及経路と政策手段

( 要旨 )

1.問題意識

90年代の長期の景気低迷に対応して、金融政策は大幅に緩和したにもかかわらず、景気への効果は限定的にみえる。

特にゼロ制約により金利低下余地が限られてきたことから、従来のように短期金利を政策手段とするのでは不充分という議論が出てきた。

そこで、金融政策手段の有効性を分析した。

量的指標を通じる波及経路(量的政策)視点で金融政策手段の有効性を分析した関係式
・量的指標を通じる波及経路(量的政策)
マネタリーベース  ⇒マネーサプライ  ⇔債券、株式、対外資産
(信用乗数)(代替関係→ポートフォリオ調整)
金利を通じる波及経路(金利政策)視点で金融政策手段の有効性を分析した関係式
・金利を通じる波及経路(金利政策)
短期金利  ⇒長期金利  ⇒実体経済
(期待理論)(金利弾力性)

2.量的政策: 信用乗数および貨幣需要の安定性

第2章及び第3章では、量的政策が有効であるための前提条件である、信用乗数の安定性及び貨幣需要関数の安定性を検討した。

  • (1) 第2章で検討した信用乗数は、マネタリーベースからマネーサプライを結ぶもので、90年代にはかなり低下している。すなわち、日銀がマネタリーベースの供給を増やしても、それがマネーサプライの増加に結びついていない(第2-1図)。
     ここでは信用乗数を、銀行部門の準備預金・預金比率、非銀行部門の現金・預金比率等に分解し、その変動の要因を検討した。その結果、90年代の信用乗数の低下には、非銀行部門の現金・預金比率の上昇、とりわけ超低金利下での現金保有の拡大が大きく寄与していることが示された(第2-2図)
  • (2) 第3章においては、貨幣需要関数の安定性を検討した。
    • a. まず、マネーサプライと実質GDPとの長期的関係が安定的かどうかを検討した。
       M2+CD全体としては、最近の金融システム不安の影響による関係の不安定化が窺えるものの、実質GDPとの間に比較的安定的な長期的関係があることが確認された(第3-1図)。
       一方、現金通貨や預金通貨など通貨種類別に見ると、そうした安定的な関係は認めらなかった(第3-3図)。
       すなわち、M2+CD全体は実体経済との長期均衡関係に従いつつ、その内部では通貨間の代替が活発に行われ、通貨構成が激しく変化していることになる。これは、信用乗数が長期的に安定してはいないことを示している。
    • b .次いで、貨幣需要の短期的変動要因を見るために、貨幣需要関数の推計を行った。
       M2+CDについては、97年11月以降の金融システム不安が大きな影響を与えたことが示された。また、各種の構造変化テストによると、M2+CD需要が短期的には不安定であることが示された。
       なお、現金通貨等通貨種類別には、金融システム不安が大きな影響を与えたとの証拠は得られなかったものの、通貨種類間の活発な代替が確認され、信用乗数は短期的にも大きく変動することが示された。
  • (3) 第2章及び第3章を概括すると、信用乗数及び貨幣需要関数は必ずしも安定しておらず、量的政策が想定しているようにマネーサプライをコントロールして実体経済に安定した影響を与えることは困難であると考えられる。

3.流動性のわな

第4章においては、いわゆる「流動性のわな」が実際に日本で生じていたかどうかを、貨幣需要関数を利用して検証した。「流動性のわな」が生じていれば、金利を通じる波及経路及び量的波及経路、ともに、有効性が失われてしまうおそれがある。

結果は、現金通貨については、短期金利低下とともに貨幣需要の増加率が高まっているとはいえないものの、水準(貨幣量)としては需要が無限大に拡大する領域に相当近付いていることがわかる(第4-8、4-9図左)。

しかし、M2については、そもそも長期金利とM2の間に明確な関係が見受けらない(第4-8、4-9図右)。すなわち、「流動性のわな」の議論は、低金利下でM2と債券との代替が無限に強まることを論拠とするのであるが、そもそもそうした代替関係の存在が明確に観察されなかった。したがって、「流動性のわな」によるM2や長期金利への制約は特段生じていないものと考えられる。

4.金利政策: 金利の期間構造および信用スプレッド

第5章及び第6章においては、金利政策の操作変数である短期金利から長期金利や社債金利への波及経路のいくつかの側面について検討した。

  • (1) 第5章では、中央銀行が操作している短期金利から、実体経済に直接関係が深い長期金利への波及が円滑に行われているかどうかを検討した。その結果、短期金利は、3年程度の年限では将来の短期金利に金利に影響を与えているが、それ以上長い年限では有意な影響を与えていない。
     しかし、金融政策が通常以上の緩和姿勢をみせたと考えられる時期に短期金利が3年より長い年限に影響を与えるかどうかを検証したところ、95年春先の円高に対応した時期以降、そうした影響が観察された。ただし、99年2月のゼロ金利政策採用以降については、そうした効果は認められなかった。
  • (2) 第6章においては、97秋以降急速に拡大した社債と国債の利回り格差(スプレッド)の背景を分析した。
     97年11月の金融システム不安直後は、個別企業の倒産確率は社債スプレッドにあまり影響を与えていなかったが、98年9月の世界的な金融危機とともに、有意な影響を与えるようになった。同時に社債の残存期間もスプレッドにプラスの影響を与えるようになり、長期投資が回避される傾向が生じた可能性を示唆している。
  • (3) 第5章及び第6章を概括すると、短期金利から長期金利への波及は、ターム・プレミアムやリスク・プレミアムなどにより、必ずしも円滑なものとはいえない。しかし、金融当局のスタンスによっては短期金利の変化は長期金利に大きな影響を及ぼす場合がある。

5.金融政策の効果

第7章においては、金融政策の効果を総括的に把握するために、構造VARモデルを構築した。従来から金融政策の効果は様々な角度から検討されてきたわけであるが、それらは金融政策の効果をきちんと識別できていたとはいい難い。構造VARモデルは、時系列分析で用いられる通常のVARモデルに金融政策の効果を明示的に特定化するための制約を課したものである。モデルの構築に当たっては、多くの種類の制約を考慮し、それぞれの特性をチェックした。

その中から代表的と考えられるモデルを用いて、金融政策の効果を計測した。計測された金融政策のスタンスは、80年代後半に緩和、90年代前半に引締め、90年代央以降緩和ないし中立というプロセスをたどった(第7-6図3(1))。

ただし、金融政策の効果はあまり大きくない(第7-6図2(1))。過去(1980年から99年)の実質GDPの変動に対して金融政策がどの程度寄与しているかを計算すると、5%程度に過ぎない。

なお、従来の金融政策がコールレートをターゲットとするものか、準備預金残高をターゲットとするものかを検定したが、前者であるとの結論となった。これ自体は特段驚くべき結論ではないが、マネーサプライなど量的指標の変動をもって金融政策を測ることは誤りであり、コールレートを政策変数とした場合の効果をきちんと識別して計測する必要があることを改めて確認したことになる。

6.金融政策における「期待」の役割

最後に、第8章で期待を通じる金融政策についての最近の提案をいくつか紹介した。将来期待に働きかける金融政策という考え方は、注目すべき方向性であるが、現在のところは、主として理論的ないしは高度に抽象的なモデルにおける分析にとどまっており、現実の経済の動きに即したデータやモデルによる検討を深めていく必要がある。


第2-1図 マネーサプライ・ハイパワードマネーの伸び率と信用乗数
第2-2図 信用乗数変化率の要因分解
第3-1図 M2+CDとGDPの長期的関係
第3-3図 通貨種類別に見たGDPとの長期的関係
第4-8図 通貨伸び率と金利水準
第4-9図 マーシャルのkと金利水準
第7-6図 2 ブロック・リカーシブ機構VARモデルのヒストリカル分解[国内WPI]
第7-6図 3 ブロック・リカーシブ・モデルによる金融政策スタンスの推移[国内WPI]

全文の構成(PDF形式、 全10ファイル)

  1. 119ページ
    要約別ウィンドウで開きます。(PDF形式 380 KB)
  2. 125ページ
    第1章 金融政策の波及経路と政策手段を巡る論点
    1. 126ページ
      1.金利を通じる波及経路
    2. 130ページ
      2.量的緩和論:何故、量的緩和か
    3. 134ページ
      3.金利政策と量的政策の選択についての論点
    4. 147ページ
      補論:貨幣の取引機能と貨幣需要
  3. 152ページ
    第2章 信用乗数とマネーサプライの制御可能性
    1. 152ページ
      1.はじめに
    2. 153ページ
      2.信用常住の分解
    3. 161ページ
      3.バランスシートの動向とマネーサプライ
    4. 191ページ
      4.総括
  4. 194ページ
    1. 194ページ
      1.はじめに
    2. 195ページ
      2.マネーと経済活動の長期的関係
    3. 203ページ
      3.通貨需要関数の安定性
    4. 215ページ
      4.総括
  5. 221ページ
    1. 221ページ
      1.貨幣需要の増大と「流動性のわな」
    2. 230ページ
      2.日本における「流動性のわな」の検証
    3. 242ページ
      3.政策的インプリケーション
    4. 244ページ
      補論1:クルーグマンのモデル
    5. 248ページ
      補論2:包括テストについて
  6. 267ページ
    1. 267ページ
      1.金利の期間構造に関する期待理論
    2. 270ページ
      2.金融政策と将来の期待金利
    3. 272ページ
      3.金利の期間構造の決定要因
    4. 279ページ
      4.金融政策の効果
    5. 288ページ
      補論:アウトプット・ギャップの推計
  7. 314ページ
    第6章 信用リスクと社債スプレッド
    1. 314ページ
      1.はじめに
    2. 315ページ
      2.倒産確率とその決定要因
    3. 317ページ
      3.個別企業の社債スプレッドの決定要因
    4. 319ページ
      4.結語
  8. 344ページ
    1. 344ページ
      1.はじめに
    2. 345ページ
      2.構造VARについて
    3. 347ページ
    4. 374ページ
      1. 386ページ
    5. 395ページ
      5.総括別ウィンドウで開きます。(PDF形式 133 KB)
    6. 397ページ
      補論:構造VARの推定
  9. 405ページ
    1. 405ページ
      1.インフレ期待への働きかけとインフレ・ターゲット論
    2. 410ページ
      2.将来金利へのコミットメントと過去に依存した金融政策
    3. 415ページ
      補論:最適な金利政策
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)