経済分析第163号
財政赤字と経済活動:中長期的視点からの分析

平成14年3月
井堀 利宏
(内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官、東京大学大学院経済学研究科教授)
加藤 竜太
(同客員研究員、滋賀大学経済学部助教授)
中野 英夫
(同客員研究官、専修大学経済学部助教授)
中里 透
(同客員研究官、上智大学経済学部専任講師)
土居 丈朗
(同客員研究員、慶應義塾大学経済学部専任講師)
近藤 広紀
(同客員研究員、信州大学経済学部専任講師)
佐藤 正一
(同情報研究交流部研究交流官補佐)

(序文)

本研究は、2000年9月に公刊した、経済分析-政策研究の視点シリーズ16「財政赤字の経済分析:中長期視点からの分析」をふまえて、日本の財政赤字に関する諸問題について、主として中長期の視点から考察を加えたものである。

本研究は、わが国の財政赤字累増について、アカデミックな視点でどのような分析が可能であるかを、今後のマクロ経済や少子高齢化との関連、公共投資の生産性、民間の家計や企業の反応、利益団体などの政治的ロビー活動、国債満期構成や公的金融などの金融的側面といった切り口から、理論的かつ実証的に分析している。本書は全体で6章からなっており、それぞれの章の内容は、以下のように要約することができる。

第1章『高齢化社会における財政赤字・公共投資・社会資本』では、高齢化するわが国における将来の社会資本投資、また、それに伴う財政赤字が、国民負担率、資本蓄積、さらには将来世代の経済厚生にどのように影響するのかについて、いくつかのシナリオ分析を行っている。第1章では、国立社会保障・人口問題研究所による「日本の将来推計人口」(平成9年1月推計)を用いて、高齢化への移行過程に議論を集中して、将来への影響を分析する。前述の視点シリーズ掲載時の計量モデルに、社会資本の生産力効果を明示的に導入し、将来の財政赤字・公共投資の影響を再吟味している。

第1章で、特に重要な点は、次のとおりである。第1に、公共投資削減を伴った将来の公債残高を減少させる政策は、所得・生産への効果はむしろマイナスとなる。しかし、消費水準で評価する効用レベルで見ると、民間の生産に寄与する公共投資をある程度削減しても、将来の公債残高は低い水準に維持することが望ましいという結果が出た。第2に、公的年金制度のみを通じた世代会計でみると、拠出負担と給付便益の比較で考慮すると、1940年代後半以降に生まれた世代はすべて不利益を受ける。一方、それ以前に生まれた世代は逆に大きな利益を受ける。第3に、長期における民間の生産力に貢献しないという意味で『無駄』な公共投資は将来の所得・生産水準に対してマイナスの影響を与える。将来の公共投資に25%の無駄がある場合、定常状態では6.5%程度の生産へのマイナス効果がある。さらに、50%の無駄がある場合、そのマイナスの影響は15%程度の生産減となり、全く公共投資が民間生産に貢献しないような100%の無駄がある場合は、定常状態での生産減は30%程度となるように、公共投資の無駄の大きさに応じて生産力の減が大きくなる。

第2章『財政再建の非ケインズ効果をめぐる論点整理』では、財政政策の非ケインズ効果について、既存研究の論点整理を行うとともに、日本を対象とした実証分析を行い、今後の財政運営のあり方について検討している。ここでの「非ケインズ効果」とは、現時点の財政支出が非効率である場合や税負担が将来に先送りされている場合など、一定の財政状況や経済環境のもとで、歳出削減や増税がむしろ民間需要の自律的な回復に寄与する可能性を意味している。この場合、財政再建と景気回復が両立する政策目標となり得る。これまでの一連の先行研究によると、非ケインズ効果が生じるかどうかは、財政改革の継続性や政策変更を行う時点における財政状況に依存することが示されている。

第2章における、わが国を対象とした実証分析の結果では、1980年代の財政再建期間に歳出削減が民間消費の増加をもたらしたことが示される。「増税なき財政再建」が財政改革のスキームとして一定の役割を果たした可能性が示唆されている。ただし、財政改革が自律的な景気回復に寄与するかどうかは、改革に取り組む政府に対する信認や改革を行う時点の経済環境にも依存する。実際の財政改革においては、これらの点も考慮しつつ、政策変更の是非について判断すべきであろう。

第3章『中立命題と民間消費』では、わが国において公債の中立命題、とくに、"バローの中立命題"が成立しているか否かを検証することで、歴史的に見ても、また他の先進諸国との比較でも、類のない規模で増大しつつあるわが国の公債残高水準について、規範的な考察を行うことを目的としている。バローの中立命題とは、公債を償還するための増税が将来世代にまたがる場合でも、消費等の経済活動は政府支出が一定である以上は影響を受けない、とするものである。バローの中立命題が成立するためには、1) 家計が借入れを行う際に、なんら制約のない、完全な金融市場があること。2) 非撹乱的租税体系であること。3) 政府の将来の財政政策が民間によって確実に把握されていること。4) 政府と同様、家計も無限の計画期間をもつこと。といった強い前提が必要とされる。1)~3)は、リカードの中立命題が成立するための必要条件であるが、バローの中立命題が成立するためには、これに4)が加わることとなる。本来、有限な寿命をもつ各世代が、無限の計画期間をもつということは、子孫の世代の効用も考慮に入れて、消費・貯蓄の意思決定を行っているということに他ならない。つまり、世代間が利他的に結びついている場合と考えられる。

第3章では、近年の恒常所得仮説の検証方法を応用して、世代ごとの恒常所得仮説と世代間の利他性がともに支持され、バローの中立命題が成立するような状況にあるのか、それとも、世代ごとの恒常所得仮説は支持できても利他性は支持されず、公債が将来世代へ負担をもたらすような状況にあるのかを、わが国のデータを用いて検証する。その結論としては、まず、恒常所得仮説と利他性の同時の成立は支持されないこと、つまりバローの中立命題は支持し得ないことが示される。しかし、世代ごとに恒常所得仮説にしたがって行動しているが、利他性は持たないか、持っていても完全ではないという仮説は棄却できない。こうした結果から、現在の公債残高のうち、かなりの部分が将来世代への負担として残されると推測される。

第4章『地方間非協力動学ゲームを用いた財政再建の分析 -財政再建の試みとその帰結-』では、動学的非協力ゲームの枠組みを用いて、財政再建の理論的分析をしている。税源を持つ中央政府と、そこから移転支出を受ける複数の地方政府もしくは利益団体からなるモデルを考える。地方に比べて中央政府のリーダーシップは弱く、移転支出などの政府支出の水準は、各地域、各利益団体の意向によって決定されると想定する。また、地方同士は協調して行動せず、中央政府の税収やほかの地方政府の行動などをみながら、できるだけ多くの移転支出を得ようと、非協調的に行動しているものとする。また、中央政府に移転支出を要求し、それを実現する過程で何らかの政策コストが必要であるとする。特に、その地域のみに便益をもたらすような支出は、より多大なコストを費やしてようやく実現すると考える。

第4章の理論的分析から得られた結果は、次のとおりである。一国全体の公債残高がそれほど大きくないうちに、各地域は競って多くの移転支出を得ようとする。その結果、公債残高は累増し、最終的には、所与の税収で維持可能な最大レベルに達する。このとき、公債残高を減らす目的で増税を行っても、再び各地域が移転支出を増やす行動をとる。結局、増えた税収で新たに維持可能になる分だけ、公債残高が増加する。また、移転支出を実現するための政策コストが低下すると、かえって、各地方から中央への政策的働きかけが活発になる。移転支出は増加し、公債残高累増のスピードも増加し、長期的な公債残高も増大する。

第5章『わが国における満期構成に関する国債管理政策の分析』では、わが国における国債管理政策について、その満期構成を中心に理論分析を行うとともに、数値解析によって今後のあり方を検討している。理論モデルによると、満期構成について、発行時における満期までの長さは次善の意味 でインフレ率や税率、財政支出の水準には影響しないが、次善の意味で望ましい各期における公債発行額には影響を与える。公債発行を、社会厚生(社会的損失)に対して中立的にするには、各期において税制の予算制約式を満たしながら、インフレ率や税率、財政支出の水準にゆがみを与えないように、財政支出と償還のために必要な財源を税収と通貨鋳造益ではまかないきれなかった分として、公債を発行すべきである。すなわち、各期における公債発行は、既決の満期構成を所与として、予算において、いわばクッションの役割を果たすべきである。

現在の満期構成(10年債に重きを置いた構成)を前提として、今後の国債発行スケジュールに関する政策的な含意は、次のとおりである。10年周期で満期が集中する時期が生じるため、その時期に過度に税率を上げたり、インフレ率を上げたり、財政支出を減らしたりするのではなく、ある程度国債依存度を高めてでも財源を確保するのが望ましい。しかし、あまり満期到来債がない期には、過度に税率を下げたり、財政支出を増やしたりせず、その分だけ十分に国債依存度を引き下げる必要がある。さらに、国債依存度は趨勢的に引き下げていく必要がある。

第6章『国債管理政策と公的金融の役割』では、国債管理政策を公的金融(ここでは資金運用部、国債整理基金、簡易生命保険といった政府関係機関および日本銀行を指す)との関連で考察している。わが国では公的部門が多額の国債を保有している。政府の負債である国債が公的部門によって引き受けられ、運用されるというのは、諸外国ではあまり例がない。しかも、公的部門の投資行動は、バイ・アンド・ホールド型と考えられ、公的部門が購入した国債のほとんどは、償還まで保有され、再び市場に出回ることはない。こうした公的金融を活用した政府の国債保有が、償還リスクなどの民間の期待形成、ひいては国債価格、利回りにどのような影響を及ぼすのかを、理論的に検討している。

公的部門は民間に比べて危険回避度が小さいという前提のもとに、公的部門の国債保有が、国債価格を上昇させる(利回りを低下させる)ことが理論的に示される。また、自らの償還リスクを知る資金の借り手(政府)と、貸し手である民間との間には情報の非対称性が存在する。この点を考慮すると、次の結果が得られる。すなわち、通貨当局の国債引受額、買い切りオペなどが、民間の償還リスクの予想に大きな影響をもたらす。公的部門は自分のこうした行動が償還リスクを類推するシグナルとなることを知った上で、最適な政策を講じる。そこでの最適な政策は、償還リスクの高まりなどの財政を巡る環境が変化しても、常に市中消化(民間購入)を一定額に維持しながら、国債価格を安定化させることである。これは、ゲーム論でのプーリング均衡が存在することを意味し、民間が誤ったシグナルを受けることで、国債価格がファンダメンタルズから乖離することになる。


全文の構成(PDF形式、 全10ファイル)

  1. 3ページ
    序文別ウィンドウで開きます。(PDF形式 180 KB)
  2. 7ページ
    第1章 高齢化社会における財政赤字・公共投資・社会資本
    1. 7ページ
      1.はじめに
    2. 8ページ
      2.先行研究と本稿の特徴
    3. 10ページ
      3.建設国債と生産基盤型社会資本の推移
    4. 13ページ
      4.モデルの概要
    5. 20ページ
      5.シミュレーション分析
    6. 28ページ
      6.シミュレーション結果
    7. 37ページ
      7.結論
    8. 39ページ
      <補論1~7>
    9. 51ページ
      図表別ウィンドウで開きます。(PDF形式 372 KB)
  3. 71ページ
    1. 71ページ
      1.はじめに
    2. 72ページ
      2.論点整理
    3. 77ページ
      3.実証分析
    4. 83ページ
      4.政策的含意
    5. 84ページ
      5.結論
  4. 91ページ
    第3章 中立命題と民間消費
    1. 91ページ
      1.はじめに
    2. 92ページ
      2.理論モデル
    3. 96ページ
      3.実証分析
    4. 99ページ
      4.まとめ
    5. 100ページ
      データ補論
  5. 105ページ
    第4章 地方間非協力動学ゲームを用いた財政再建の分析
    1. 105ページ
      1.はじめに
    2. 107ページ
      2.モデル
    3. 113ページ
      3.比較動学
    4. 115ページ
      4.まとめ
    5. 116ページ
      補論 (24)(25)の導出
  6. 123ページ
    1. 123ページ
      1.はじめに
    2. 124ページ
      2.国債管理政策とマクロ経済
    3. 125ページ
      3.国債の満期構成と国債発行
    4. 130ページ
      4.結論
    5. 133ページ
      補論 理論的枠組み
    6. 145ページ
      図表(1)別ウィンドウで開きます。(PDF形式 401 KB)
    7. 147ページ
      図表(2)別ウィンドウで開きます。(PDF形式 403 KB)
    8. 149ページ
      図表(3)別ウィンドウで開きます。(PDF形式 371 KB)
    9. 151ページ
      図表(4)別ウィンドウで開きます。(PDF形式 333 KB)
    10. 153ページ
      図表(5)別ウィンドウで開きます。(PDF形式 435 KB)
  7. 155ページ
    1. 155ページ
      1.はじめに
    2. 157ページ
      2.公的機関による国債引受の経済的含意
    3. 160ページ
      3.国債管理政策の理論分析
    4. 172ページ
      4.結びに
  8. 181ページ
    ワークショップにおけるコメント
  9. 189ページ
    図表索引
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