経済分析第166号
景気指標の新しい動向

2003年2月
  • 美添 泰人(客員主任研究官、青山学院大学経済学部教授)
  • 大平 純彦(客員研究員、静岡県立大学経営情報学部助教授)
  • 塩路 悦朗(客員研究員、横浜国立大学大学院国際社会科学研究科助教授)
  • 勝浦 正樹(客員研究員、名城大学経済学部教授)
  • 元山 斉(一橋大学大学院経済学研究科博士課程)
  • 大西 俊郎(統計数理研究所領域統計研究系助手(元総合研究大学院大学数物科学研究科博士課程))
  • 沢田 章(住友信託銀行年金信託部数理室(元中央大学大学院理工学研究科博士前期過程))
  • 木村 順治(元内閣府経済社会総合研究所景気統計部)
  • 児玉 泰明(内閣府経済社会総合研究所景気統計部)

(要旨)

I. 背景・目的

1990年代に入り日本経済の景気変動1 のパターンが大きく変動する中で、適切な経済運営を行うために、景気判断に用いられる各種の指標を見直すことが求められている。わが国では多くの景気指標の中で、景気動向指数(DI)、四半期別GDP速報(QE)、日銀短観の3つが御三家とも呼ばれ重視されてきた。QEについては、14年4~6月期の一次速報(8月30日公表)から新しい推計方法に移行した。日銀短観についても調査対象の見直しなどが行われた。

景気指標を再検討しようという動きはわが国だけのものではない。アメリカでは、1970年代以降の時系列分析の発展等を踏まえて、第3世代の新たな景気指標が提唱されている。本研究はDIに密接に関連する景気指標の理論モデル等について当研究所経済動向指標ユニットが再検討を行ったものである。2

II. 検討結果

1.伝統的な指標の拡張

(1)DI及びコンポジット・インデックス(CI)の中間的な指標の作成
頑健性の統計学(robust statistics)と探索的データ解析法(EDA)の簡単な応用によって、現在景気動向指数で採用されているDI及びCI の中間的な指標を作成した。このクラスの指標については、適当にパラメータを設定することにより、安定的かつ変動の比較的滑らかな指標が得られた。形式的には簡単な手法であるが、経済データを扱う場合には有効なものと思われる。
(2)指標選択の実験
景気の局面転換を考えたときに、DI一致系列の一部の指標のみ用いて局面転換を推定できるか、個別系列に関して考えられる全ての組み合わせに対しロジットモデルの推定を行い、変数選択の効果を確認した。現行DI3 においては、大口電力使用量、商業販売指数(卸売業)、所定外労働時間指数(卸売業)、生産指数(鉱工業)の順に説得力の高い組み合わせとして個別指標が採用されることがわかった。ヒストリカルDIにおいては、現行の景気基準日付の決定に関して、(生産指数(鉱工業), 大口電力使用量, 所定外労働時間指数(卸売業), 商業販売指数(卸売業),有効求人倍率(除学卒))の系列が主要な決定要因であると言ってよいことがわかった。

2.最近の手法の検討

比較的最近提案され、利用され始めた景気指標について、できるだけ厳密な整理を行った。これらについて概観するとともに、代表的な手法である Neftciモデル、Stock-Watsonモデルを含む時系列因子分析モデル、局面推移モデルのそれぞれについて正確な解説を作成した。その上で頑健性の統計学の観点から各モデルの妥当性を判断した。

(1)Neftciモデル

Neftciモデルは、景気の転換点の問題を最適停止問題と捉え理論的な根拠を与えたものである。Neftciモデルの確率分布の推定には、総合化された景気指標そのものを用いることもできるし、景気指標を構成する複数の系列により多変量の分布を用いることもできる。このモデルを日本経済に適用したところ、正規分布以外のモデル化が比較的容易に実現可能であり、推定結果もある程度安定したものを得ることができた。

(2)時系列因子分析モデル

時系列因子分析モデルについては、確率分布を多変量正規分布とすることの制約が極めて強く、モデルの推定結果も計算手法に強く依存し、不安定である。このことは理論的な手法として、最大化しようとしている尤度関数が、多くの局所的最大が存在するような病的な性質(pathological property)を持つことに由来すると考えられる。正規分布以外のより現実的な経済データ発生メカニズムを表現する分布のクラスを導入することは、この手法に関してはほとんど不可能であろう。

従って、時系列因子分析モデルは有効ではないと考えられる。

(3)局面推移モデル

局面推移モデルは、景気指標がある局面から他の局面に推移する確率を求める非線形時系列モデルである。このモデルを日本経済に適用したところ、正規分布以外のモデル化が比較的容易に実現可能であり、用いる景気指標の特徴にあわせたモデルを適用することにより、景気指標を適切に分析することができた。

以上より、現時点での暫定的な結論としてはNeftciモデルと局面推移モデルを若干修正ないし拡張した手法によって、相対的に安定した経済動向指標が作成できるものと判断される。

3.景気循環論の概観

マクロ経済学の観点から、景気循環がどのように理解されているかに関しても整理を試みた。

第一に、実物的景気循環理論が、アメリカの景気循環の特性を反映したモデルを構築したいという動機のもと発展してきたことを概観した。第二に、日米の景気循環の特徴を比較することを通して、アメリカで開発されたモデルをそのまま日本に適用できるのか、それとも日本独自の景気理論(ひいては独自の経済動向指標)が必要なのかを問うた。

その結果、日米で景気循環特性はある程度共通しているものの、労働市場に関連した変数については日米で大きな差異が認められた。このことを考慮したモデルを構築することで、より日本のデータの特徴に則した結果を得ることができるであろう、ということが明らかになった。

III. 将来の課題

1.目的変数を明確にした景気動向指標の開発

「客観的な経済変動と対応がつけられる景気動向指標の開発」が今後の主要な課題であろう。ここでも基本的な視点は、目的変数の変動を表現できるような月次系列で速報性の高いものを作成することにある。

(1)利用可能な統計の検討

一次統計、指数などの加工統計で信頼性の高いもののリストを確認する。最近では商業動態統計の調査対象の拡大(コンビニエンスストア)や輸送指数の速報化、第3次産業活動指数の月次公表化などが実現されており、これらの統計の利用可能性を含めて、さらに慎重な見直しが必要である。

(2)指標の合成

利用可能な変数を組合わせて指標を作成する際、目的変数と理論的に直接対応する変数に限定せず、間接的に対応するものも検討対象に含めるとともに、同種の変数を多く採用しすぎないような配慮も必要である。因子分析、主成分分析等、多変量解析の手法の部分的な利用が想定されるが、前段階として変数の変換、外れ値の処理方法を検討する必要がある。

(3)変数の選択

具体的な変数選択の方法については、今回の実験以外にもさまざまな可能性が考えられる。問題は、対象とする統計をどの範囲まで拡張するかである。可能であれば統計として公表されるデータだけではなく、例えば国土交通省の月例報告のように業務報告から作成した大事業所のみの集計結果などを利用することが望まれる。電子媒体によるデータの入手可能性も高まっており、十分現実的な利用可能性を持っている。

2.景気動向の速報化

目的変数としては、経済活動の水準を表す指標であるGDPないしGDPと密接な関係にある変数を考えるのが一般的であろう。しかし、必要であれば、現行の景気動向指数と類似の動きをする系列で、早期化を図る可能性についても検討できる。その際に検討すべき内容は、GDP等の一般的な目的変数に対応する指標の構築方法を準用して、GDP の代りに過去の DI を目的変数とすればいいことになる。ただし、この場合には作成した指標が何を表現しようとしているのかと言う点に関しては、はじめに指摘した恣意性を免れることはできないという問題が残る。


1 われわれの認識としては景気変動という概念は自明なものとは考えていない。

2 内閣府経済社会総合研究所の景気動向指数は、経済動向を把握する手法の例の一つとして本研究の主題と密接な関係はあるものの、本研究の主題とは直接的には関わらないことを注意しておきたい。

3 1973年1月から2000年4月までの景気動向指数の一致系列を対象にした分析。採用系列については、2000年4月当時のもので、現在の採用系列とは異なる。


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全文の構成

  1. 3ページ
    要約別ウィンドウで開きます。(PDF形式 373 KB)
  2. 6ページ
    研究の目的別ウィンドウで開きます。(PDF形式 365 KB)
  3. 13ページ
    1. 伝統的な指標の拡張
    1. 13ページ
    2. 21ページ
      1.2 頑健な指標の試算
      1. [1]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.2 MB) [2]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.7 MB) [3]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.4 MB) [4]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.3 MB)
    3. 40ページ
      1.3 指標選択の実験別ウィンドウで開きます。(PDF形式 830 KB)
    4. 57ページ
      1.4 頑健統計学概説別ウィンドウで開きます。(PDF形式 464 KB)
  4. 71ページ
    1. 71ページ
      2.1 はじめに
    2. 72ページ
      2.2 Neftciモデル
    3. 73ページ
      2.3 時系列因子分析モデル
    4. 75ページ
      2.4 局面推移モデル
    5. 77ページ
      2.5 Weckerの転換点の確率予測
    6. 78ページ
      2.6 主成分分析による景気指標の作成
    7. 82ページ
      2.7 景気局面の特徴の分析
    8. 85ページ
      2.8 時系列因子分析モデルと局面推移モデルの融合
    9. 86ページ
      2.9 景気指標作成のための系列の選択
    10. 87ページ
      2.10 景気指標の現状
  5. 89ページ
    3. Neftciモデル:景気の転換点予測
    1. 89ページ
    2. 95ページ
    3. 100ページ
  6. 115ページ
    4. 時系列因子分析モデル
    1. 115ページ
    2. 127ページ
      4.2 時系列因子分析モデルによる景気指標の分析
      1. [1]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 2.0 MB) [2]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.3 MB)
  7. 159ページ
    5. 局面推移モデル
    1. 159ページ
    2. 176ページ
      5.2 局面推移モデルによる景気指標の分析
      1. [1]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.5 MB) [2]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.1 MB)
  8. 197ページ
    6. マクロ経済学と景気循環)
    1. 197ページ
    2. 212ページ
  9. 224ページ
    A. 補論
    1. 224ページ
      A.1 指標の試算で利用した系列
      1. [1]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.7 MB) [2]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.7 MB)
    2. 232ページ
    3. 254ページ
  10. 266ページ
  11. 286ページ
    参考文献別ウィンドウで開きます。(PDF形式 381 KB)
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