経済分析第168号
雇用創出と失業に関する実証研究

2003年3月
  • 玄田 有史(客員主任研究官、東京大学社会科学研究所助教授)
  • 照山 博司(客員研究員、京都大学経済研究所助教授)
  • 太田 聰一(客員研究員、名古屋大学大学院経済学研究科助教授)
  • 神林 龍(元客員研究員、東京都立大学経済学部助教授)
  • 石原 真三子(元客員研究員、城西大学経済学部専任講師)
  • 瀬沼 雄二(元研究官、東京国税局)
  • 佐々木 和裕(研究官)
  • 阿部 健太郎(研究官)
  • 草嶋 隆行(元経済社会研究調査員、トヨタ自動車株式会社)
  • 森藤 拓(経済社会研究調査員、株式会社りそな銀行)

(要旨)

1.背景・目的

昨今の急速に上昇する失業率に、その原因解明と適切な政策対応が求められている。しかし日本では、雇用構造の変化に関する研究がこれまで限られていたのが実情である。現在の深刻な雇用状況と高齢化のさらなる進展を前に、労働市場の変化の背景を明らかにすることは雇用政策上の重要課題である。

当研究では、マクロ経済学の労働市場研究で蓄積されてきた手法を適用し、政府統計を再集計することで雇用や失業率の変動要因を分析した。同時にOECD加盟国で精力的に研究されてきた雇用創出(ジョブ・クリエイション:事業所の新設や拡大に伴う雇用機会の増加)、雇用喪失(ジョブ・ディストラクション:事業所の縮小や閉鎖に伴う雇用機会の減少)にも注目した。さらにデータで把握された事実を補完するために、企業へのヒアリング調査も実施した。

その主な結果は次のとおりである。

2.主な結果

(1)「1998年の金融不況以後の雇用悪化の特徴とは?」

⇒ 雇用を支えてきた中小企業やサービス業の停滞深刻

⇒ 従業員の高齢化がすすんだ組織で雇用削減が顕在化

雇用環境の悪化として需要不足による企業業績の悪化が影響したことは言うまでもない。90年代を通じて製造業や大企業の雇用減退が続く一方、98年以後は雇用を支えてきた建設業、サービス業、そして中小企業の雇用が大きく停滞した。96年から98年にかけて、雇用の多くを造り出してきた事業所の開設と、5人未満の零細企業の成長による雇用創出が鈍化したことも失業率急上昇のきっかけとなっている。

くわえて、組織内の高齢化による雇用過剰感が、雇用削減に影を落としているのも近年の特徴である。高齢化と雇用変動の関係については、新卒など若年の採用が抑制された結果、組織内の高齢化が進む点のみが、これまで認識されてきた。本分析の結果では、高齢化が進んでいる事業所ほどその後に雇用が削減されており、その傾向は98年以降強まっている。厚生労働省が毎年調査している「雇用動向調査」(2000年)の分析からは、事業所内で45歳以上の社員の割合が1パーセント高まると、その後半年間に雇用はおよそ2パーセント削減される傾向がみられた。

高度成長期時代の大量採用、年功賃金修正の遅れ、出向機会の飽和等から、中高年社員の過剰感が90年代に入って急速に高まった結果、若年の採用抑制を招き、若年失業率を上昇させる要因となった。さらに90年代後半における業績の大幅な悪化のなかでは、若年採用抑制だけでは人件費を調整しきれず、中高年の早期退職による大幅な調整に手をつけることになったのが、90年代末の雇用悪化の実態である。


(2)「社会全体の少子高齢化が失業に与えるインパクトは?」

⇒ 高齢化は失業率の高い若年の割合を引き下げ、失業率の上昇を抑制

⇒ ホワイトカラーと同時に、ブルーカラーの長期失業が中高年で深刻化

組織内では高齢化が雇用削減をもたらしているが、労働市場全体でみると少子高齢化の進展が失業率の上昇に一部歯止めをかけている面もある。少子高齢化が進むということは、失業率の高い若年の構成を下げることになり、失業率上昇を抑制したからである。

むしろ高齢化の進展のなか、中高年の長期失業者が急増していることこそ、重大である。中高年失業者のうち、一年以上の長期失業者が増えているが、そこには大企業のホワイトカラーの他、製造業・建設業のブルーカラーも多く含まれる。不良債権処理が加速すると、製造・建設等の就業者から失業の大量発生が予想される。失業期間が長期化した中高年の技能労働者に対して、より高度な技能を身につけられるよう集中的な能力開発を行う、職業転換のためのカウンセリングを綿密に実施するなどの積極的な再就職支援が急がれる。


(3)「今後求められる中高年への雇用対策とは?」

⇒ 再就職のために企業と企業の連携を深める対策を

⇒ 民間再就職支援ビジネスの活用などカウンセリング充実を

事業の縮小や倒産などで離職を余儀なくされた中高年の再就職を円滑化するには、送り出し企業と受け入れ企業の間での情報交換・共有が効果的である。労働者本人の自助努力による求職活動と同時に、企業間の直接的な連携(「ファーム・トゥ・ファーム」)が進むような環境づくりが必要となる。送り出し企業が十分に再就職に関与できないときには、民間の再就職支援会社(「アウトプレースメント会社」)の活用も有効な手立てとなる。再就職支援会社は、求職者への丁寧なカウンセリングと求職者のための営業開拓が効果的に行われている場合の評価が高い。

中高年が再就職する場合、一ヶ月から半年くらいで決めた場合ほど賃金の大幅下落も避けやすいことなどを考えると、半年以内の再就職決断を促す様、求職者への適切なカウンセリングに加え、雇用保険の給付期間の再設計も検討すべきである。


(4)「パートタイムの増加はフルタイムの雇用を奪っているか?」

⇒ フルタイムを減らす代わりにパートを増やしている事業所は少数派

⇒ ただしフルタイムが減少するなかでパートタイムの「基幹化」も進む

経済全体でみると、パートタイム労働者が増加し、フルタイム労働者が減少していることから、「パートがフルタイムの仕事を奪っている」と言われることがある。しかし、5人以上の事業所全体のなかで、1年のあいだにパートが増え、同時にフルタイムが減ったという事業所は、1割にも満たないのが実際である。パートが増えた事業所で削減されたフルタイムの雇用機会は、雇用喪失全体の2割にも満たない。パートタイムがフルタイムの雇用を奪っているという表現は正確さを欠いている。

ただしフルタイムが減少した事業所では、人件費の相対的に安いパートタイムの定着を強める動きもみられ、フルタイムに代わって基幹的な業務をこなすパートタイム労働者の「基幹労働力化」は強まりつつある。


(5)「自営業減少の特徴は?」

⇒ 自営女性の廃業に歯止めをかける対策を

⇒ 「失業から開業」は困難化しており期待薄

1980年代以降の非農林業の自営業者数の減少は、他の先進国ではみられない日本の特徴である。1990年代における就業者数の減少も、雇用者数の減少より、自営業と家族従業者の減少によって引き起こされている面が強い。自営業の減少理由を、開業と廃業の動向に分けてみると、開業の停滞よりも廃業の増加の影響が大きく、特に女性の自営廃業増加が著しい。自営業のなかで女性が大きく減少しているのも先進国に類のない日本の特徴であり、女性の独立就業の継続が困難化している要因の把握が急務である。

就業先の見出せない失業者の独立開業を促進することを意図した政策も検討されているが、失業者が自営業を開業するのは趨勢的に減少しつつあり、失業者の独立は現状ではむしろ困難化している。


(6)「その他、必要な雇用対策全般について」

⇒ 失業対策と同時に非労働力対策を

⇒ 雇用創出・喪失に関する統計整備を

さらに女性の労働市場の特徴としては、就業していた女性が離職した場合に非労働力化する(「まったく働かず職探しもしない」)といった傾向(「求職意欲喪失効果」と呼ばれる)は弱まりつつある。むしろ失業していた女性が職探しをあきらめて非労働力化する傾向が強まりつつある。今後は女性や若年の無業者の就業促進を念頭に置いた場合、「失業者対策」だけでなく、非労働力者が職を探す気持ちを高め、能力開発を主体的に行うことを促す「非労働力者対策」こそ、少子高齢社会での労働力確保には論議されなければならない。

労働移動と就業機会の変動に関する客観的な状況把握を進めるため、完全失業率や有効求人倍率だけでなく、本研究で提案した雇用創出・喪失に関する統計を定期的に整備、公開することも求められる。それによって現状の雇用政策よりも進んだ政策を提言することが可能となることが期待される。

データ付録:労働力フローの調整系列別ウィンドウで開きます。(PDF形式 188 KB)


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全文の構成

  1. 1ページ

第I部 雇用創出・喪失分析編

  1. 第1章 雇用からみた「失われた10年」
  2. 15ページ
    1. 15ページ
      1-1. はじめに
    2. 16ページ
      1-2. 雇用創出・喪失の定義とデータ
    3. 18ページ
      1-3. 雇用創出・喪失の基本特性
    4. 20ページ
      1-4. 雇用創出・喪失の労働移動への分解
    5. 21ページ
      1-5. 存続効果と開廃効果
    6. 25ページ
      1-6. 開廃効果と規模分析の留意点
    7. 27ページ
      1-7. おわりに
    8. 30ページ
      参考文献別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.0 MB)
  3. 38ページ
    1. 38ページ
      2-1. はじめに
    2. 41ページ
      2-2. 雇用創出・喪失と労働移動の動向の概要
    3. 57ページ
      2-3. 事業所ごとにみた採用と離職
    4. 65ページ
      2-4. 90年代後半の雇用動向について
    5. 67ページ
      2-5. 結果の概要
    6. 73ページ
      参考文献別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.1 MB)
  4. 83ページ
    1. 83ページ
      3-1. はじめに
    2. 85ページ
      3-2. パートタイム・フルタイム別の雇用創出・喪失
    3. 86ページ
      3-3. フルタイム労働者の雇用とパートタイム労働者の雇用の関係
    4. 91ページ
      3-4. パートタイム労働者の流入・流出率
    5. 93ページ
      3-5. おわりに
    6. 97ページ
      参考文献別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.9 MB)
  5. 107ページ
    1. 107ページ
      4-1. はじめに
    2. 108ページ
      4-2. マクロレベルでの雇用変動
    3. 109ページ
      4-3. 高齢化が雇用変動に影響する理由
    4. 111ページ
      4-4. 同時性バイアスを考慮した雇用増加率の推計
    5. 113ページ
      4-5. セレクションバイアスを考慮した雇用創出・喪失の推計
    6. 115ページ
      4-6. むすびにかえて
    7. 117ページ
      補論.雇用創出と雇用喪失の持続性の定義
    8. 119ページ
      参考文献別ウィンドウで開きます。(PDF形式 624 KB)

第II部 失業・転職分析編

  1. 125ページ
    1. 125ページ
      5-1. はじめに
    2. 126ページ
      5-2. 1980年代以降の労働力フローの推移
    3. 138ページ
      5-3. 労働力フローの詳細分析
    4. 148ページ
      5-4. まとめと今後の課題
    5. 152ページ
      補節1. 労働力フローデータ調整系列の作成法
    6. 159ページ
      補節2. 年齢階級別EU確率の推計について
    7. 161ページ
      補節3. 失業・就業移動者についての分析
    8. 163ページ
      図表
      1. [1]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.9 MB) [2]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.9 MB) [3]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.9 MB) [4]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.0 MB)
  2. 190ページ
    1. 190ページ
      6-1. はじめに
    2. 190ページ
      6-2. 定年が全体の失業に与える影響
    3. 191ページ
      6-3. 失業率と労働力人口の高齢化
    4. 196ページ
      6-4. 長期失業者の実態
    5. 198ページ
      6-5. 結論
    6. 200ページ
      参考文献
      1. [1]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.3 MB) [2]別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.6 MB)
  3. 211ページ
    1. 211ページ
      7-1. 分析の課題
    2. 214ページ
      7-2. 長期フローデータによる分析
    3. 218ページ
      7-3. 年齢・産業・規模と開廃業
    4. 223ページ
      7-4. 開廃業確立関数の推定
    5. 228ページ
      7-5. まとめ
    6. 230ページ
      《引用文献》別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.8 MB)
  4. 252ページ
    1. 252ページ
      8-1. 目的
    2. 253ページ
      8-2. 希望退職・解雇の状況
    3. 254ページ
      8-3. 離職と出向
    4. 256ページ
      8-4. 出向「頭打ち」の背景
    5. 257ページ
      8-5. 転職による産業・職種の転換
    6. 257ページ
      8-6. 転職と賃金の下落
    7. 262ページ
      8-7. 入職経路の重要性
    8. 265ページ
      8-8. 結語
    9. 269ページ
      参考文献別ウィンドウで開きます。(PDF形式 777 KB)

第III部 企業インタビュー編

  1. 277ページ
    1. 277ページ
      9-1. インタビューの目的
    2. 277ページ
      9-2. インタビューの概要
    3. 279ページ
      9-3. インタビュー事例 (1) 人員削減計画の策定
    4. 289ページ
      9-4. 早期退職制度の導入
    5. 307ページ
      9-5. 企業からの出向・転籍
    6. 320ページ
      9-6. 退職後の再就職について
    7. 326ページ
      9-7. インタビュー結果から見た今後の課題
  2. 328ページ
    1. 328ページ
      10-1. 再就職支援会社について
    2. 328ページ
      10-2. 求職の準備段階
    3. 337ページ
      10-3. 求職活動について
    4. 348ページ
      10-4. 産業雇用安定センターについて
    5. 352ページ
      10-5. 現状の問題点及び今後の課題
  3. 354ページ
    1. 354ページ
      11-1. インタビューの概要
    2. 354ページ
      11-2. インタビュー事例
    3. 403ページ
      11-3. インタビューを終えて
    4. 407ページ
      11-4. インタビュー結果一覧表: 大手製造業編

まとめ

  1. 409ページ
  2. 413ページ
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